14. 本当の愛と、本当の平和
「むむっ! パンケーキおいしそう!」
「ダメですわ。これから昼食をとるのですから」
サージェスの海側に位置するカフェテラス。常に席が埋まる人気店で、店員が運ぶパンケーキを羨ましそうに見る女子高生と、それを落ち着かせる聖剣士が座る丸テーブル席があった。
「でもさぁ、紅茶だけってさみしくない? 『お茶はお菓子と一緒にいただくからこそ、おいしく感じるのですわ!』」
「……わたくしを真似たおつもりですか?」
「そだよ! 似てた?」
「いえ全く。本人を目の前にモノマネをするなんて、悪意に満ちておりますわ」
「満ちてないよー! なんでなんで?」
「ふふふ」
「あはは、笑われた。今日はよかった! 薬の調達できたし、プラちゃんと仲良くなれたもんね!」
二人が買った治療薬は、一度翔空艦まで運び終えた。
「はい。わたくしも嬉しいですわ」
「ねぇねぇプラちゃん! 恋バナしない?」
サヤはテーブルに身を乗り出した。
「こい、ばな? それはなんでしょうか?」
「日本の女子高生の会話って、ほとんど恋バナか美容の話なの! 恋の話、略して恋バナっ!」
「ああ、なるほど。恋愛事情のお話ですね?」
「そう! それでプラちゃん、彼氏いるの?」
「今までお付き合いした方はおりませんわ」
「えぇ! そうなの? こんなに美人さんなのに?」
「縁談を持ちかけられたことは何度かありましたけど――」
「えええええんだん! け、結婚を申し込まれたの?」
「はい。一応わたくしは貴族の家に生まれたので、よくある話ですの」
「よ、よくあるんだ。それで、どう答えたの?」
「全て丁重にお断りしましたわ」
「そ、そうだよねぇ。でもプラちゃん、やっぱりモテるんだね」
「どうでしょう? わたくしがモテるというよりは、わたくしの家がモテているのだと思いますわ」
「おうちが? でも相手も貴族なんでしょ? 一人くらいは良い人いたんじゃ――」
「おりませんわ」
「そ、そんな被せ気味にキッパリと?」
「ええ。親がすごいだけの空っぽお坊ちゃま、他人がいないと何もできない植物のような方、意味のない自慢ばかりで時間を浪費するナルシスト、過去の栄光にすがって目の前も見えてないお先真っ暗な方、そんな方々でしたわ」
「へ、へぇ……」
「そもそも縁談を持ちかけて結婚しようとする人間に、ろくな方なんておりませんわ。『パーティで見かけて一目惚れした』とか、『美しいという噂を聞いた』とか、訳の分からないことをおっしゃっていましたけれど、私の中身を探ろうとなど一切してきませんでしたの。自分本位で縁談を持ち掛けてる時点で、相手の気持ちなんて考えていないのですわ」
「う、うん……」
(どうしよう。話が異次元すぎて、今までの恋バナで一番入っていけない)
「大体わたくしが今後も救護活動を続けたいと申しましたら、『妻になったら家にいてほしい』とおっしゃっる方はどういう神経をしておりますの? 多くの女性が働くこの時代に、男女差別も
「プ、プラちゃん。抑えて抑えて……」
気が付くと、周りのお客の視線がプラノに集中していた。
「失礼いたしました。つい、熱くなりましたわ」
プラノが我に返ると、周りからの注目が途切れた。
「サヤはどうですの? お付き合いしてる方はいるのですか?」
「いたよ。リキュアに転生する前には別れたんだけどね。健太っていうんだけど、優しくて、気遣いが上手で、カッコ良くて、背が高くて、サッカー部でディフェンダーやってて、私を守ってくれそうな人だった」
「そんなに素晴らしい殿方なのに、どうして破局したのですか?」
「他の女に取られた」
「ええっ!」
「しかも浮気相手は私の友達で、付き合ってるの知ってて健太に言い寄ってたの。それで健太の気持ちがその女にいっちゃった」
「そんな……」
「優し過ぎると誰でも助けちゃうからいけないのかな。でも、困ってる人を助けない男はもっと嫌だよね」
「どの世界にも、なかなかよい殿方がおりませんわね」
「ほんと。選ばなければ男はいっぱいいるって言うけど、選ばないのは難しいよね」
「女性に人気があると浮気がありますし、財産がある方は自分が見えていませんし、貧乏過ぎても生活が成り立ちませんわ。どんな方が素敵な男性と言えるのでしょうか?」
「分かんない。もう、お手上げって感じかも」
「……そういえばサヤ、バルクさんとはどうなんですの?」
「は、はぁ? いきなりどうしたの?」
サヤは不意をつかれた表情をした。
「先日、『兄のように感謝してる』と言ってましたわ」
「ないないない! その話と恋愛感情は別だよ! いつも私のことバカにしてくるし!」
「心が打ち解けてる証拠ではないですか? それにバルクさん、背が高くて、優しくて、モテ過ぎずに自分がありますわ」
「モテ過ぎず……」
(プラちゃん、はっきり言うなぁ)
「ここだけの話、魔王討伐の賞金もあるので、お金には苦労しないはずですの」
「確かにお金はありそう――って、バルクとはそんなんじゃないってば! そもそもアイツ、私を恋愛対象と思ってないよ!」
「それはご本人にお伺いしないと――」
「ないない! この話はおしまい! もう、縁談を持ちかけられた気分だよ。本当はプラちゃんがバルクが好きなんじゃないの?」
「うーん、どうでしょう?」
「ん?……」
(否定、しないんだ……)
「今までお会いした男性の中では、一番自分を持っていらっしゃいますわね」
「そうかもね。頑固なトコあるし」
「しかし思い起こしてみますと、わたくしも女性として見ていない気がしますわ」
「こんなに美人なプラちゃんに対してもそうだとしたら、逆に心配になるよ! 女子よりも筋肉とか、プロテインのことしか考えてないんじゃないの?」
「うふふ、さすがにそれはないと思いますわ」
―*―……
その頃のマジック家の応接間。
「ねぇバルク。何で突然、人の家で逆立ちしてんの?」
「見りゃ分かるだろ。逆立ち腕立てだ」
「剣士は不便だねぇ。定期的に筋肉へ負荷をかけないと、戦闘力を維持できないなんてさ」
窓際の赤髪剣士と、ソファへ座る魔法使いたちの会話は続いている。
「本当の平和が来てれば、必要ねェのかもな」
「『本当の平和』? 争いがない世界って言いたいのかい?」
「ああ。人もモンスターもちゃんと住み分けができれば、無駄な争いは減らせるはずだ」
「フン、さまざまな生き物が共存する世界ではありえない話さ」
「今のリキュアじゃ、互いに争ってる場合じゃねェはずだ。なのにモンスターは人を襲うし、自分の利益を優先する人間が多くて復興が遅い地域がある」
「
「アタイには当然としか思えないねぇ。それが人間の
「けどよ、ラベラタみたいに復興がちゃんと進んでいる町だってある。なのに、どうして変わらない地域があるんだ?」
「答えは簡単さ。それはバルクの理想ってだけで、全人類の理想ではないのさ。今の世界に満足してたり、別の方向を向いてる人間がたくさんいるんだよ」
「不自由な生活をしている町があっても、満足してるってか?」
「想像してごらんよ。他の生き物と争わなくなったら、武器や防具は売れない。傭兵や町の警備の仕事もなくなっちまう。けがや病気をしなくなったら薬だって売れなくなる。家が壊れなければ大工も儲からない。平和を願わない連中がいるから、バランスを保つように世界はできてるのさ」
バルクは逆立ちを止めてジュリーに向き直った。
「平和だと儲からないなんて考え、まともじゃねェだろ。リキュアが不安定な状態のままなら、そいつらだって危険になる」
「まともねぇ。アタイは自分本位な人間の方がまともだと思うね。自分の身は自分で守り、よりよい暮らしを求めて稼ぐ。人として当然じゃないか? モンスターを黒く強化して町を襲わせて利益にする奴がいるなら、バルクよりよっぽど人間らしいよ」
「それは違う。時にはぶつかり合うけれど、高めあって成長するからこそ人間なんだ。現に人を殺したら、法律で罰せられるじゃねェか」
「フン。一部の人間が決めたルールなんて、関係ないさ」
少し感情的な剣士と、冷静に反論する大魔導師。
「まぁまぁ二人とも、動機は人間の仕業だった時に考えればいいんじゃない? 少なくとも僕には、黒化は人類への警告に感じるし」
「人の仕業だとすれば、俺はそいつを認めねェ。自分の利益を優先する奴は、魔王と同じ悪だ。平和よりも自分の欲望を優先するなんて、人がする行いじゃねェ」
「だったら自分勝手な人間を根こそぎ殺すのかい? どっちが法律に触れるのか知らないけど、ぜひアタイにも手伝わせて欲しいものだね」
これだけ重いテーマにも関わらず、戦闘主義の魔女は楽しそうだ。
「それじゃ解決できねェよ。見つけたら牢屋にぶち込んで、ダメな人間の見本と吊し上げてやる。世の中の仕組みが問題なら全部ぶっ壊す。悪い奴らが優遇されない世界を目指すべきなんだ」
「フン、つまらないね。人は自分の利益を考えるから必死になり、他人とぶつかって高めあえるのさ。競い合いで生き延びてこそ美しいんじゃないか」
「競い合いが必要なのは否定しない。だが町を破壊されたままなのに、自分の利益だけを考えるのは悪だ」
「アタイはバルクの方が独善的で、悪に感じるねぇ? 自分が危険な環境に置かれたら、他人を気にしてる余裕なんてないはずさ」
「少なくとも俺は気にしてきたし、似たような考え方の人間を何人か見ている。俺はただ少しでもいいから、もっと多くの人が平和になる方法を考えてほしいんだ」
「それぞれで考えたら、自分勝手な意見が増えて余計にまとまらないんじゃないのかい?」
「必ずまとまるさ。同じ方向を向いていれば、絶対に正解がある」
ジュリーは不機嫌な表情になり、ソファから立ち上がりバルクへ背を向けた。
「フン、あんたの生ぬるい考えには反吐が出るね。誰もがお人よしじゃないんだから、必ずどこかで裏切られる。集団で考えていたら、一人で何もできない弱者が増えるだけだ」
「弱者同士でも、意思
「仲良し会がしたいなら勝手にやってな。
「だったら、独善的な連中が生きづらくなるくらい、正しい行動を当たり前にすればいい。現に俺たちは三年前、魔王を討伐する目的で団結していただろ?」
「甘いんだよ。もっと人間の本質が見えてる男だと思ってたけれど、ガッカリさ」
ジュリーはソファから少し距離を取ると、体を黒い球体が覆ってしぼみ、最後には消失した。
「行っちゃったよ? バルク」
「自分の利益を考える人間がほとんどだって、俺も分かってるんだよ。――それでも俺は人の可能性を信じてェんだ。討伐メンバーのように、他人のために戦う人間が増えれば、必ず平和な世界になるはずだってな」
「難しいし。バルクが言ってるのは理想で、ジュリーさんのは現実じゃん」
「誰かに助けられずに大人になる人間はいねェ。人は親や他人に助けられながら成長して大人になる。みんなジュリーみたいに強くねェから、他人の力なしで生きるのは無理なんだよ。だからどんな弱者も、私利私欲のために生きる人間も、他人のために生きる喜びを見せつけて、世の中を変えるんだ」
「ちなみに、どうやって見せつけるのさ?」
「それは……考え中だ」
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