13. ん? あれで結界?

「それで、今日は何の用なのさ?」


 マジック家お屋敷内の応接室。エックスは赤いソファの上座真ん中にドカッと座った。二つの長いソファを挟んで黒いテーブルがあり、ドラゴンのはく製やシャンデリア、絵画や暖炉など、お金持ちの家にありがちな物が揃う部屋。執事のグランは紅茶の用意に向かった。


「エックス。最近変わったことがなかったか?」


 バルクは下座のソファ真ん中に座った。


「変わったこと? 特にないし」

「不思議な魔力を感じたとか、妙な魔物の噂を聞いたとかは?」

「ないよ。そもそも噂を聞く相手もいないし、聞きたくもない」

「……」

(そういやこいつ、友達いないんだった。聞く相手を間違えたか?)

「なんだよバルク? 人の顔をジロジロ見てさ」

「いや、なんでもねェ」

「失礼いたします。紅茶をお持ちしました」


 執事が茶器の乗ったお盆を持ち、部屋に入って来た。


「今日みたいに外へ出たら、誰かと話すだろ?」

「そりゃあね。魔導書の解読をお願いしてたし」

「書物でもいい。何か今のリキュアを変える手がかりはないか?」

「そんな話をするためにはるばる遠くから来たの? 三年前のバルクは、自分を鍛えて人助けすることしか考えてなかったはずだし」

「これも人助けだ。俺は今、討伐メンバーが何をしているかを知る必要がある。――ありがとうグランさん」


 差し出された紅茶にお礼を言ったバルクに対し、執事は一礼した。


「僕は何も変わらないし、いつも通りだよ。ねぇグラン?」

「さようでございますね。エクストリーム様らしく、自然体でおられます」

「……」

(その自然体が心配なんだけどな)

「それではバルク様、ごゆるりとお過ごしください」


 執事はそう言って一礼し、部屋を出ていった。バルクはグランの淹れた紅茶に角砂糖を一つ入れてかき混ぜ、一口飲んだ。


「実はよ、もう一人勇者が転生してきた」

「ん? タクミ以外にもう一人って意味?」

「ああ。しかも女だ」

「ふぅん。そっか、なるほどね」

「驚かないんだな?」

「最近何度か金の魔力を感じたけど、タクミかと思ってた」

「気付いてたのか」

「うん。でも、それがどうかしたの?」

「なぜ今になってもう一人の勇者が来たのか、エックスの見解はどうなんだ?」

「うーん……勇者が二人いたらいけないってルールはないじゃん? そもそも転生自体が謎なのに法則があるなんて知らないし。今までの歴史に残ってないだけで、二人いても目立たなかっただけかもしれない」

「まぁ、確かにな」

「過去には女性の勇者も存在したらしいし。その女性のために作った装備があるって、何かで読んだ気がする」

「女性勇者用の装備、か……」

(手に入ってもサヤは着ないだろうな)


 エックスは十五歳でありながら博学多識だ。偉大な両親に育てられ、他人と関わらなくとも知識があり余っている。それは彼にとって長所であり短所でもある。人並み以上の知識がある分、必要以上に他人と関わろうとしない。


「んじゃ、物知りなエックスにもう一つきたい。モンスターを黒や紫色に変える強化魔法を知ってるか?」

「黒か紫の強化魔法?……読んだ文献にはないし。色で判断するなら闇属性って気がするけど、黒はともかく紫の魔法はあまり例がないね」

「紫の方が本当の色って感じなんだよな。黒ドラゴンが追い詰められると紫色に変わって、パワーもスピードも格段にアップした」

いて言うなら毒系は紫だし。それか特定の人物やモンスターが使う魔法? 新しい組み合わせかな? 興味深いじゃん」

「組み合わせ?」

「うん。魔法の色って、組み合わせで簡単に変わるんだよ。僕のパパも『千の魔法の使い手』って言われてるけど、組み合わせが千通り以上あるって意味だし」

「親父さんも使わない組み合わせかもしれないのか?」

「魔法は本当に奥が深いんだし。闇魔法を組み合わせてるなら、ジュリーさんが詳しいかもね」

「ジュリーはこの前会ったが、知らなそうだったぞ?」

「え、そうなの? 知らないフリじゃなくて? 本当かな?」

『――本当さ』


 二人の頭に直接女性の声が響くと、応接室の窓側に突然黒い球体が現れた。魔女の形に変わって色がつくと、黒いローブと三角帽子に身を包んで杖を持った闇魔導師が現れた。


「やっぱり聞いてたか。ジュリー」

「うるさいねぇ。やっぱり自意識過剰なんじゃないかい?」

「ジュリーさん! この家には透視や転移魔法を無効化する結界があるはずなのに、さすがだし!」

「ん? あれで結界?――まぁそれよりも、紫化の話を続けようじゃないか」

「本当にジュリーは知らないのか?」

「ああ、アタイも初めて見たさ。特に紫化のドラゴンについては興味深かったねぇ。放つ力が強力過ぎて、周辺の景色まで紫に変えるんだからね」

「あんな強い敵を透視していて、何で戦闘に参加しなかったんだ? 昔なら即横取りしていたはず。やっぱり、ジュリーが犯人なんじゃないのか?」

「ククク……」


 冥闇めいあんの大魔導師は不敵な笑みを浮かべている。自分が疑われる状況を楽しんでいるようだ。


「まったく、アタイを誰だと思ってるんだい? 魔王みたいな戦闘バカと一緒にしないでおくれ。確かに、横取りは少し考えたけどさ……」

(考えたのかよ)

「それで? 犯人じゃねェ言い分は?」

「アタイが子ドラゴンを強化して町を襲うメリットがないね。もし町を襲うとしても、自分の手でやるのが効率的さ。アタイは戦闘に参加するより、紫化の犯人がいないか捜すのを優先したのさ」

「それで、犯人は見つかったのか?」

「……いなかったさ。まぁ、ドラゴンの黒化から時間も経っていたからねぇ」

「ジュリーでさえ見つけられない相手なら、どう捜せばいいんだよ」

「そもそも人の仕業と決めつける根拠はどこにあるんだい? 魔石や食べ物、ウイルスとか突然変異だってありうるだろう?」

「なるほど、確かにそうだな」

「戦闘に関してはプラノがいたし、女勇者も積極的だった。アタイの出る幕じゃないと思ったのさ。『過度な優しさは人を甘やかし、成長を遅らせる』。前にも言っただろう?」

「……」

「つまりジュリーさんは、犯人の捜索だけじゃなく、勇者の成長も選んだんだね?」

「さすがはマジックの息子、賢いねぇ」

「えへへ。でもジュリーさん、いつか強くなった勇者と戦おうとしてるんじゃないの?」

「ククク、それは否定できないねぇ」

「おい、そこは否定しろよ! 本当にありそうだろうが!」

(そういえば、ジュリーが討伐隊の前に初めて現れたのも、タクミに決闘を申し込むためだったな)

「安心しなバルク、不意打ちはしないよ。でないと、アタイの強さが証明できないだろ?」

「……ジュリーの強さは知れ渡ってんだから、これ以上証明しなくていいだろ」

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