21. 空の上、ゴスロリ幼女とつなぎ女子。

『来たねバルク! 真剣勝負といこうじゃないか!』

『その声は、ベルガ!』


 アミアイレの操縦席に座る二人の耳に、今度はベルガの声が入ってきた。気が付くと、周りには六機もの翔空艦が近付いていた。


「まずいぜバルク! 集団に囲まれちまってる!」


 前を飛ぶドラグナムから、いくつもの銃の弾が打ち出されてきた。


『容赦ねェな! 災厄さいやくの道具師さんよ!』


 バルクは銃弾をミラーソードで弾いた。ドラグナムの甲板後方に立つベルガの左腕が、機関銃に変形していた。


「ねぇ待って! ベルさんが甲板にいるけど、誰が運転してるの?」

(べ、ベルさんでぃ?)

「……ベルガさんは自分の体に操縦系統を埋め込んでるんでぃ! つまり、ワイサポ兼任でパイロットもやってるんだぜ!」


 ココが操縦桿を巧みに操り、弾をかわしながら答えた。


「えええ! こんなにスピード出してるのに、アミアイレを攻撃しながら運転してるの?」

「――毎年のように飛んでるコースだからな。チェックポイントも、山の位置も、把握しきってんだろうな」


 突然自動ドアが開き、船内にバルクが入ってきた。


「え?――ちょっ、バルク! なんで戻って来てんの!」

「……」


 バルクは腰につけたワイヤーと、大剣を収めた鞘を体からはずして床に置いた。そして、最後方右座席の背もたれをほぼ水平になるまで倒し、崩れるようにドサッと横たわった。


「ねぇ! どうしたのよ!」


 サヤは立ち上がり、ツカツカとバルクに歩み寄った。


「……バルク?」

「ぐぅ……」

「ね、寝てる……体がボロボロ。傷だらけじゃん!」


 サヤは手をかざしてバルクに回復魔法をかけると、みるみるうちに傷が塞がった。


「寝かせてやってくれぃ。相手の手の内を分かってても、剣士が不利な空中戦でぃ。それも相手が元魔王軍。受けたダメージ以上に精神力をすり減ったはずだぜ――サヤっち? 何してるんでぃ!」


 ココがバックミラーでサヤの様子を覗くと、ワイヤーを赤い作業着の上から腰に巻き、鞘からミラーソードを抜いていた。


「見れば分かるでしょ? 機体を守らないと」

「けどよぅ、いきなりトップクラスのベルガさんが相手だぜ?」


 準備を済ませたサヤは、開いた出入り口の枠に手をかけた。


「……もう、答えは出てるんだよ」

「ん?」

「守るべき仲間がいて、この状況で戦えるのは私だけだもん。私もココたちのために戦うよ!」


 そう言ってサヤは外へ飛び出し、扉が閉まった。風の魔法を使って空を飛び、甲板の一番前側に着地した。


「おや? 今度は新勇者様のご登場だネ?」

「よろしくお願いします!」


 サヤは深々を頭を下げた。上下左右で戦闘が行われているが、ドラグナムとアミアイレには向かってこない。


「まったく、彼らは元討伐隊同士を戦わせて隙を突く作戦のようだネ。シングルランカーのくせに、立ち向かおうとする勇気はないのカナ?」

「しんぐる、らんかー?」

「世界ランキングが一桁のことさ。数字が一つのランクだから、シングルランカー」

「あ、なるほど」

「その剣はバルクのだネ? そんな持ち方で良いのかな?」

「あれ? バットの握りと同じだけど違うの? こう? こうかな?」

「フフ、面白い子だ」


 ベルガほほ笑みながら、再び機関銃を乱射を開始した。


「ココ! 避けなくていいからね! スピード上げて!」

『が、がってんでぃ!』

「はあぁ!」


 サヤは覚束おぼつかない剣さばきで、着弾しそうな弾を弾いた。


「少しはやるようだネ! これならどうカナ!」


 ベルガは赤い銃弾を充填し、再び連射した。


「何度撃っても平気だよ!」

『サヤ! 触れちゃダメでぃ!』


 ココは機体の高度を下げ、銃弾をかわした。


「ちょっとココ! 避けなくてもいいって――!」


 後方へ流れた弾が爆発を起こした。連射した弾へ引火に引火が重なり、近くの翔空艦を巻き込んでいく。


「う、うそでしょ?」

『サヤ! 目を離したらダメだぜ!』


 ベルガは次の赤い弾を左腕に充填している。


『剣で弾いたら爆発しちまうぜぃ! 着弾する前にどうにかするんでぃ!』

「『着弾する前に』って、どうすれば――キャー!」


 再び弾が連射され、サヤはとっさに右の手のひらから火炎放射の魔法を放出させた。すると、着弾前の弾をドドドドドと引火させた。


「え、あれ? ケホッ、ケホッ! どうなってるの?」

『おかしいぜぃ! 高速で飛行しているはずなのに、視界が悪いままでぃ』


 アミアイレの目の前が黒煙で見えない。サヤは煙を吸わないように全身を包む金の膜を張った。


『おおっと! 災厄さいやくの道具師が発射した爆裂弾へ、火の魔法で引火させたサヤ選手! 連なる爆発がドラグナムの後方エンジンにクリーンヒットしています!』

「えええー!」


 なかなか収まらない黒煙は、前を飛ぶドラグナムから出ていると分かった。


「行かせないよ!」


 煙の隙間からベルガが見えると、機銃状態だった左腕は通常の手の形に戻っていた。今度は右手で半球の透明な容器を取り出すと、その中にはカジノのルーレットのようなデザインが施されている。


『ココ! 全速前進だ!』

『が、がってんでぃ!』


 インカムから聞きなれた声が聞こえた。


「バルク! もう大丈夫なの?」

『ああ、爆発で目が覚めた』


 アミアイレがブーストを始めた時、ベルガが容器の中にサイコロを入れるのが見えると、空が暗くなりだした。


「何あれ! 隕石?」


 暗い空からいくつもの隕石が降ってきた。


『おいおいマジか、闇の最上級魔法じゃねェか! ココ、早く飛ばせ!』

『やってるけど、さすがに範囲が広すぎるぜ!』

『サヤ! 頼んだ!』

「た、『頼んだ』って、どうすればいいのよぅ!」

『隕石をぶっ壊すか、アミアイレを守るか、どっちかだな! 一分くらい凌げば終わるはずだ!』

「もぅ、簡単に言ってくれるよね……」


 サヤは一つ深呼吸をした。


「この星に燦々さんさんきらめく無数の光よ、天より見守る雷神よ――」

『おい、それはエックスの……』


 これからアミアイレが通る上空に、白と黄色の巨大な魔法陣が二種類重なって出現した。エックスがサージェスの町で見せた魔法よりも、遥かに広い範囲だ。


けがれを浄化する星屑ほしくずの如く、空より降り注ぐ稲妻の雨となりて――」


 カラフルな色がキラキラと光り、その上空には黒い雲が集まりだしてゴロゴロと音が鳴りだした。


「その場の全てを殲滅せんめつたまえ! アストラトス!」


 落下する数々の隕石が魔法陣の間に入ったところで、強力な爆発と雷が入り混じり粉々になっていく。


『これはサヤ選手! とてつもない広範囲での光魔法と雷魔法の合わせ技! あれだけあった隕石が粉末状となり、塵となっていきます!』


 サヤが後方を確認すると、ドラグナムが小さく見えるほど離れているのを確認した。他の翔空艦は隕石を回避していたのか、遠くを迂回して飛んでいる。


『この土壇場でエックスの魔法を使うとはな! 本当に大した勇者だな!』

「えへへ。――でもさ、ベルさんだいじょぶかな?」

『問題ないぜぃ! あれくらいのトラブルじゃ、すぐに復帰するはずだぜぃ!』

『うかうかしてると、すぐに追いつかれるだろう。急がねェとな』

『アミアイレ、全速前進!』

「うわっ!――」


 海上の空で最高時速になると、甲板は強い風が吹いた。


「ちょ、ちょっと待って! こんなに風が吹くの?」

『んん? さっき自分で膜を張ってなかったか?』

「あ、そうすればいいんだ!」


 サヤは風魔法の膜を張って風圧を防御した。


「それにしても、ベルさんの隕石魔法もすごかったな! 今度教えてもらおうっと!」

『あいつは道具師だから、魔法を使えねェよ」

「えええ! ベルさんの力じゃないの?」

『まぁ、最上級魔法が発動するほどの魔石サイコロを造れるのは、ベルガくらいだけどな。あのサイコロに、俺ら第二パーティはどれだけ苦しめられたか……』

『実際、どんなことがあったんでぃ?』

『仲間に対して攻撃魔法が発動すんのは日常茶飯事。倒した魔物を生き返らせたり、同じ属性の魔法をかけてパワーアップさせたり、ダンジョンで俺だけモンスターの巣に転移させられた日には、そのまま討伐隊を抜けてやろうかと思ったな』

「ふえぇ、それはつらい」


 サヤは魔力を回復する飲料を取り出し、ゴクゴクと飲んだ。


『まぁ、ここ何回かはベルガ自身に効果がないのを見ると、道具も進化してるのかもしれねェな』

「それまずくない? また追いつかれたら、また隕石を出してくるかもってこと?」

『可能性はあるが、あれだけサイコロの目とルーレットの数字なら、同じ効果が発揮する確率の方が低いんじゃねェのか?』

「あ、なるほど」

『――二人とも! 先頭争いが見えてきたぜぃ!』

『おおっと! ハイレベルなレース運びをする先頭の二機へ、もう一つの翔空艦が迫っています! 先ほど隕石魔法を回避したあかい稲妻! ワイルドカードレース覇者のアミアイレだー! これから折り返し地点のある機械都市、クオルツ上空に入ります! メウノポリスから世界をほぼ半周した位置にあるこの大都市は、現在夜の十時を迎えたところです!』


 すっかり真っ暗になった海上の空。その空を明るく照らすほどの、輝かしい光を放つ都市が見えてきた。

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