10. 戦いは、嵐のようにやってくる。
「はぁっ、はぁあー!
ルバイエの町からすぐ近くの草原。明け方の太陽が上がる頃に、停められた翔空艦の横で赤髪の剣士が大剣を振り回している。
「はぁ、はぁ……くそっ、もう朝か……」
激しい動きを続けたせいで、汗だくのバルクはその場に仰向けになった。その表情を一人の女性が覗き込んだ。
「おはようございます、バルクさん。ちゃんとお休みになりましたか?」
「おはよう、『狂気の聖剣士』様。やっぱその格好がしっくりくるな」
「もう、からかわないでください……」
プラノは長い銀髪を後ろで折りたたむように髪留めで結わき、白を基調とした鎧に身を包んでいる。白いマントの外側と上半身の胸の辺りには黄色い十字架が描かれ、左腰には鞘に収められた剣の赤い柄が見える。朝の光が反射し白いマントが風でなびく姿は、聖剣士の名に相応しく神々しさがある。
「バルクさん、以前よりスピードもパワーも格段に上がっておりますわ」
「気付くとはさすがだな。そう言うプラノも修行か?」
「わたくしも、ルバイエではこの辺りで鍛練をしておりますの」
「なるほどな。じゃ、一緒にやるか?」
「……バルクさんはどうして、魔王のいない今も鍛練を欠かさないのですか?」
バルクは横たわったまま、大剣から手を離して伸びをした。
「平和じゃねェからだな。ラベラタを守るために、俺は鍛練を続けてる」
「バルクさんのルーティーンは、本当に参考になりますわ。ですからわたくしも、毎朝聖剣士の装備で鍛練をして、身も心も引き締めておりますの」
「まさか、その剣を握るのか?」
プラノはクスッと笑った。
「この、自作した木刀を使いますの」
「そ、そうだよな」
バルクは上半身だけ起こしてあぐらをかき、朝日に向かった。
「……なぁプラノ。今の世界は平和だと思うか?」
「思いませんわ。魔王を討伐して三年が経ちましたが、平和とはほど遠いでしょう」
「魔王がいなくなれば平和になるって思ってたのによ、結局こうやって強いモンスターが出たりとか、人間同士の争いは終わらねェのな」
「多様な生き物が共存する時点で、争いはやむを得ないのでしょう。必ず蹴落とし合いが起きるのですわ」
「ったくよ、自分をどう高めるかだけを考えりゃいいのに、他人を傷付けんなって話だよな。人もモンスターと変わんねェよな」
「モンスターにとっては、魔王を倒した人間はモンスターかもしれませんわね」
「どこまでもそんな連鎖が続くんじゃ、いつ争いが終わるんだよ?」
「そして傷付くのは弱き者ばかり。こんな世界は平和とは言えませんわ。人々とモンスターは協力し合う道もあるはずなんです。例えば――!」
突然町から鐘の音が強く響き、会話が中断した。緊急事態を知らせる鐘のようだ。
「敵襲! 敵襲だー!」
見張りの男性が発する大声に反応し、二人は南東の火山方向を見た。すると遠くの空から三つの黒い影が、こちらへ向かって飛んでるのが見えた。
「ここで俺が食い止める! プラノは住民の避難誘導をしてくれ!」
「承知いたしましたわ! 終わり次第戻ります! お気を付けください!」
「おう! 任せろ!」
プラノは町へ走っていった。空の三つの影が近くなってくると、子供のドラゴンが翼を羽ばたかせているのが見えてきた。バルクは大剣を拾い上げながら呟いた。
「さぁ来いよ。テロリストドラゴンども」
「――バルク!」
バルクがドラゴンを迎え討とうと剣を構えると、アミアイレの扉が開き、制服へ着替えたサヤが出てきた。
「危ねェから中に入ってろ! 翔空艦は頑丈だから安全だ!」
「ううん! 私も戦う!」
「まだ攻撃魔法を使えねェのに何言ってやがる! 黒の魔物を甘く見んな! 隠れてろ!」
サヤはムスッとした表情で、翔空艦の中ではなく翔空艦の影に隠れた。
「ちぃっ!」
サヤと話している間に、ドラゴンたちが空からバルクに向かって突進してきた。
「うるぁ!」
すれ違いざまに三度の斬撃音。そして一体のドラゴンが消失した。
「二体は手応えがあったんだがな……」
残ったドラゴンは交差するように旋回して、再びバルクに向かってきた。近めで見ると体の周りに黒い帯状のものが何重にも飛び交っている。
「ウルフの方が速いな!」
バルクは二回目の突進をジャンプでかわした。するとドラゴンたちは上昇し、一定の高さで高度を保ちはじめた。
「ここでブレスか!」
バルクは落下しながら、黒い炎を大剣の腹でガードした。
「危ねェ!」
バルクは地面を蹴り、一匹に向かってさっきよりも高くジャンプして斬りかかった。しかし、ドラゴンは少し上に飛んでかわした。
「調子に乗んな!」
バルクはそう言うと、何もない空中で何かを踏みつけたかのようにもう一度ジャンプし、ドラゴンのおなかに剣を突き刺した。
「ギャオオオオン!」
「うらぁ!
バルクはドラゴンごと落下して大剣を地面に突き刺し、鍵をかけるように抉った。すると黒い竜は消失した。
「なに? 今のジャンプ……?」
「――バルクさんの靴、セカンドブーツだったんですね」
住民への避難指示を終えたプラノが、翔空艦の影に身を隠すサヤの横に現れた。
「プラちゃん! セカンドブーツって?」
「一度飛んでから地面に落ちるまで、もう一度だけジャンプできるブーツですの」
「へえぇ! すごい!」
しかし、再びバルクの方を見ると、黒い子供ドラゴンがさらに二体合流していた。
「まだいるのかよ!」
バルクはドラゴンの攻撃に剣技と二段ジャンプで応戦した。しかし、次第にドラゴンがバルクの動きを見切り始め、劣勢になってきた。さっきまでかわしていたドラゴンの突進も、徐々に大剣で受け流す回数が増えてきた。
「くっ!」
「まずいですわ。やはりあのドラゴン、突進の力やブレスの火力が強いように感じますの」
「そうなの?」
「はい。バルクさんとしてはかわしたいところですが、三体同時だと難しいですわ」
「ぐわぁ!」
バルクはブレスのガードをしてる間に、背中へ低空タックルを食らって声をあげた。一度距離を取り、体勢を整えた。
「ねぇプラちゃん! 詠唱しない攻撃魔法ってどうやって出すの?」
「え? なんですか?」
「金のレーザーを出したいんだけど、やり方が分からないの!」
その間もバルクが三体の子供ドラゴンと戦っている。
「詠唱しない魔法は、頭の中でしっかりとイメージすることが大切ですわ。自分が伸ばした手から、金のレーザーが出るイメージをはっきりと頭に描きますの」
「私の手からレーザーが出るイメージ……分かった! やってみるね!」
「あ、サヤさん! ちょっと!――」
サヤは翔空艦の影から飛び出して右腕を伸ばし、二本指を立てた右手をドラゴンに向けた。
「しっかりとイメージ……はあぁ!」
サヤが念じると、金の線がドラゴンの頭部を通過した。食らったドラゴンは消失した。
「なに!」
「プラちゃーん! やったよー!」
「サヤさん! 後ろ!」
間一髪だった。ピースサインを送っていたサヤの後ろに黒いブレスが迫っていたが、バルクが大剣でガードした。
「よそ見すんな!」
「はぁ? 苦戦してるくせに何言ってるの?」
「んだとコラ!」
「サヤさんまた後ろ! 両手を広げて盾のイメージ!」
プラノがそう言うと、もう一体がブレスを吐いてきた。
「はぁ!」
バルクとサヤの全身を覆う大きな金の盾が展開され、炎から身を守った。
「ふぅ、危ない」
「……」
(サヤさんすごい。タクミさんより魔力が強いように見えますわ)
「遠くのドラゴンは頼む。近くに来たら自分の回避を優先しろ。背後に注意して、常にドラゴンの位置を把握するんだ」
「りょーかい! ドッジボールでも最後まで残るタイプだったし、避けるのは得意なんだ!」
「よく分からんが、頼んだぞ!」
バルクは近くに来た一体に向かって斬りかかった。サヤはもう一方のドラゴンから連続ブレスを吐かれたが、魔法を使わずにかわした。
「うるあぁ!」
バルクが二段ジャンプで斬りにかかったが、ドラゴンにかわされた。バルクの体が落下し始めたあたりで、その上を金のレーザーが通過した。ドラゴンのおなかの真ん中を通過し、致命傷を受けた竜は消失した。
「ナイスだ! サヤ!」
着地したバルクはサヤとハイタッチをした。
「お気を付けください! 最後の一体、様子がおかしいですわ!」
プラノが叫ぶと、残ったドラゴンが突然悶えるように高く飛び上がった。羽ばたくリズムも不規則で、急上昇と急降下を繰り返し始めた。
「グヴェェェ! グルルルルルル!」
苦しむような竜の鳴き声。
「何だ? どうした?」
「なんか、嫌な感じがする。なにこれ……?」
「グヴワアアアアアアアアアーーーー!!!!」
耳を塞いでも痛みが走るほど、あまりに大きな鳴き声が辺りに響き渡った。空はいつの間にか紫色の雲が覆い、辺りの景色そのものが紫色に変わった。
「どうなってんだ? 魔法か!」
「見てバルク! ドラゴンの色が!」
さっきまで黒い帯状のオーラを放っていたドラゴンの体が、黒色から紫色に変わっていた。苦しんでいた仕草は終わり、羽ばたくリズムが一定に戻った。
「今まで黒いオーラと思ってたのは、違うってことなのか?」
「バルクさん! 異様な力を感じますわ! ご用心くだ――!」
「ぐはぁっ!」
紫の竜は一瞬で急降下してバルクへ頭突きし、再び空に急上昇した。ガードし損ねたバルクは真横に50mぐらい吹っ飛んだ所で止まった。
「バルク!」
「ぐ、ぐぼっ!」
バルクは口から血を吐きながら、ゆっくりと立ち上がった。
「かっ、かはっ! に、逃げろ!」
「はあぁ!」
サヤが金のレーザーを紫の竜に向かって連射したが、ひらひらとかわされた。するとドラゴンはブレスの構えに入った。
「シールド!」
サヤが全身を覆うシールドを展開すると、さっきまでの炎とは比べものにならない勢いの紫色の炎がサヤに向けて放出された。
「サヤ!」
「あ、あつい! いやあああああーーー!」
サヤが叫ぶと金の光が強く輝き、炎をかき消した。
「だ、大丈夫か!」
「はぁ、はぁ、駄目、かも……」
サヤは魔力をかなり消費したらしく、その場に両膝両手をついた。制服が何カ所か黒く焦げていた。
「グオオオオーン!」
今度は南東の方角より、低くて重みのある鳴き声が近づいてきた。振り返ると、緑色の鱗に黒い目をした大人のドラゴンが、低空飛行でこちらに向かってきている。
「くそっ! この状況で大人ドラゴンまで参戦かよ!」
緑の竜は、立ち上がったバルクへ向かって突進してきた。
「バルク!」
バルクは大剣でガードの構えをした。
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