11. 戦いは、嵐のように去っていく。

「ガグォォォォ!」

「……ん?」


 低く飛んできた大人のドラゴンはバルクの手前で急上昇し、子供のドラゴンに向けて赤い炎を吐きだした。炎をかわすと、紫色ドラゴン対緑色ドラゴンの激しい戦闘が始まった。


「な、何だ? 仲間割れか?」

「なんか、親子喧嘩みたいじゃない?」

「案外、そうかもしれませんわ」


 プラノがバルクへ回復魔法をかけると緑色の光がキラキラと光り、傷口が塞がった。


「どういうことだ?」

「大人の竜は、南東の火山に生息してるグリーンドラゴンのメスですわ。子供の竜の本来の姿は、あの色かもしれません」

「そっか! グレて黒く染まった子供をしかるママドラゴン。なんかしっくりきたかも!」

「しっくりきたか? しかも今は紫だぞ?」

「きっとねー、黒く染まりすぎて通り越したんだよ」

「通り越すと紫なのか? 意味不明だ」

「しかし、紫ドラゴンが優勢に見えますわ。大人のグリーンドラゴンは軍隊百人分に匹敵する強さのはずですのに……」

「反抗期って、恐ろしいね」

「ガウォ!」


 緑竜が紫竜に首を掴まれながら、三人の目の前の地面に叩きつけられた。紫竜は首を足で押さえつけながら、ブレスを吐く体勢になった。


「させるか!」


 とっさにバルクが斬りかかると、紫竜は空へ逃げた。


「ママさん! 大丈夫?」


 緑竜にサヤが継続回復魔法をかけると、金の光がキラキラしだした。すると、再び紫竜へ向かって飛び立った。


「目が『ありがとう』って言ってた気がする!」

「サヤ、母親を援護しろ。地上に近づいたら、俺が攻撃する」

「うん!」


 紫の竜対、緑の竜と大剣使いと勇者の戦いが始まった。


「まさか、ドラゴンと共闘する日が来るとはな……」


 緑ドラゴンが空中近接、サヤがレーザーで援護射撃し、高度が下がったらバルクが二段ジャンプで攻撃を試みた。互角の戦いがしばらく続いた。



―*―……


「はぁ、はぁ……」


 力の拮抗した戦いが五分くらい経過したところで、バルクも息が切れ始めた。


「バルクさん! このままだとまずいですわ!」

「俺も……はぁ、はぁ、それを言おうと思っていた!」

「なに弱気なこと言ってんのバルク! それでも討伐メンバーなの?」


 サヤがレーザーを乱射しながら言った。


「いや、おまえの心配をしてんだよ!」

「はい?」

「サヤさん! そんなに魔法を使っていたら倒れてしまいますわ!」

「で、でも! 他に方法がないじゃん!」

「……わたくしがやりますわ。お二人とも、巻き込まれないように離れてください!」

「マ、マジかプラノ!」

「え? 『巻き込まれないように』って、どういう意味?」

「サヤ! いいからプラノから離れろ!」


 プラノは竜同士が戦う近くまで進み、右手で赤い剣を引き抜いた。すると、顔がうつむいて静かになった。


「……」

「プラちゃん? どうしたの?」


 サヤはプラノに歩み寄った。


「サヤ! 危ねェぞ!」

「えっ?――」


 次の瞬間、剣と盾がぶつかる音が響いた。プラノは顔がうつむいたままサヤへ一太刀を浴びせたが、サヤはとっさに金の盾を展開しガードした。


「……プラ、ちゃん? これはどういう――」

「フフフッ、ヒャアッハッハッハ!」

「え?」


 プラノが顔を上げると、突然大きな声で笑いだした。さっきまでのおしとやかな女性の仕草はまるでなく、野蛮やばんな男のような笑い方。たれ目がつり目に変わっている。


「久しぶりに目覚めたと思えば、紫空むらさきぐもの下でドラゴンたちが仲間割れってか? しかも目の前には新しい女勇者とか、マジで燃える展開じゃんか! これこそオレ様の望む混沌こんとん乱脈らんみゃく、狂気だ! 一番強ェのは、どいつだ?」


 プラノはそう言って辺りを見渡し始めた。地声は女性だが男性のような発声で、女性の仕草は全くない。誰かが憑依ひょういしているように人が変わっている。


「久しぶりだな『狂気の聖剣士』。戦うとしたら、あの紫の竜がオススメだ」

「おう? 誰かと思えば『豪傑の剣神』! うーん……あれか。ガキのくせに生意気そうだな?」

「ああ。親ドラゴンと比べても、スピードやブレスの威力は段違いだ」

「決めたぜ! オレ様はあれを1分で潰す! ヒィーーヤッハーーー!」


 男口調のプラノはそう叫ぶと、風の魔法を使ってとんでもない勢いで上空に飛んでいった。


「……ふう」

「だ、誰あれ?」

「あれがプラノのもう一つの顔、『狂気の聖剣士』だ。プラノは武器を握ると、その武器の持ち主だった戦士の人格に変わる」

「もしかして、あの剣は呪われた装備なの?」

「そうじゃなくて、そういう体質なんだってよ。剣を手放して本来の人格に戻っても、記憶があんまりないらしい」

「……へ、へぇ」

「ヒャーハッハッハ! オラオラ! もっと楽しませてみろよ!」

「グウオォォォン!」


 プラノは空中で緑の竜を置き去りにして、紫の竜を切り刻み圧倒している。風の魔法をうまく使い、翼で飛ぶドラゴンよりテクニカルに動き回っている。


「ちなみにさ、あの剣は誰の物だったの?」

「旧ビクニーズ王国最強のバーサーカー、メラニッチが使っていた赤い魔剣『ディストスレイヴ』だ」

「ヒャアッハッハ! トドメだ!」


 紫の竜が空を飛ぶ力を失くして地面に落ち始めると、プラノは急降下で追いかけながら左手を剣から話して空へ向け、詠唱を始めた。


「空に集まりし神の怒りよ! いかづちとなり、世界を乱す悪しき存在を切り裂くつるぎとなりたまえ! 雷鳴剣らいめいけん!」


 まさに雷の一撃。急降下しながら魔剣を両手で振りかざしたところで技名を叫ぶと、空から稲妻が剣先に当たり振り下ろす力に加わった。そして剣が竜に当たった瞬間、辺りは轟音ごうおんと地響きがした。


「やったか?」


 二人はプラノのところに駆け寄った。動かなくなった紫竜の横で、男人格の聖剣士が立っていた。


「ヒャッハッハ! なかなかの強さだが、飛び方も攻撃も見え見えだ! ポテンシャルを生かしきれてねェな! 経験が足り――!」


 突如剣をはじく音。倒れていたはずの紫竜の尻尾が、プラノの魔剣を弾き飛ばした。


「グルルルル……」

「あ、あれ? 倒せていませんの?――きゃあ!」


 全身傷だらけの紫竜は、前足でプラノを掴んで握り潰そうとし始めた。


「た、すけ……」

「プラちゃん!」


 サヤがレーザーを放ち、プラノを掴む前脚を切断した。切断された部分は、プラノと地面に落ちるとすぐに消失した。


「グキャオオオオン!」


 紫竜は激痛で叫び、のたうち回りだした。その間にプラノは風魔法で脱出した。サヤも力を使い果たしたのか、その場に倒れ込んだ。


「ナイスだサヤ!」


 バルクが紫竜に向かって駆け出した。


「やっと降りてきたな! 地上戦なら負けねェ!」


 バルクは飛びかかってジャンプし、大剣を振りかぶった。紫の竜はブレスを吐く構えに入った。


「テュラム、技を借りるぜ! あめあられやいばの嵐!」


 バルクは無数の突きで竜の首の向きを変えてブレスを吐かせた。そして間髪入れずに鱗を嵐のように切り刻んだ。


「ギャオ! ギャオ! ギャオオオオーーーン!!!」


 紫の竜は苦痛の雄たけびと共に消失した。空に集まっていた紫の雲もかき消えて、一気に青空が広がる快晴になった。




―*―*―*―*―*―……


「う、うぅん……」

「サヤっち! 目が覚めたんでぃ?」

「カワウソ、さん?――あ、ココ。おはよう」

「おはようじゃないぜぃ。こんにちはの時間だぜ?」

「え?」


 サヤがゆっくり上体を起こすと、木造部屋の窓際のベッドに寝てると分かった。部屋の四隅に一つずつベッドが置かれているが、サヤとココ以外には誰もいない。サヤはいつも寝る時の格好で、髪はシュシュで結ばずに白いモコモコパジャマを着せられている。


「ルバイエの宿屋でぃ。一日以上寝てたんだぜ?」

「い、一日! そんなに!」

「プラノっちが言うにゃ、魔力の使い過ぎだって言ってたぜぃ」

「……」


 サヤはドラゴンとの戦いを思い出した。あまりに激しい戦闘で、脳裏に焼き付いた記憶が鮮明に思い出される。


「バルクとプラちゃんは?」

「プラノっちは女医モードだぜ。バルクはトレーニングがてらに瓦礫がれきの撤去を――」


 木の扉が開く音がすると、青と白の鎧を着た赤髪の剣士が部屋に入ってきた。


「ココ、そろそろメシ――サヤ! 起きたか!」

「うん」


 心配してたのか、バルクはホッとした表情を見せた。


「サヤっちが起きたって、プラノっちにも伝えてくるぜ!」


 ココは四足走りで部屋から出ていった。


「ココのやつ、ずっと看病してたんだぜ」

「本当? 後でお礼言わなきゃ」

「プラノも心配してたな。いろんな意味で」

「いろんな、意味?」

「いや。あとは、まぁ……」

「ん? なに?」


 急にバルクの声が小さくなった。


「俺も、まぁそれなりには、心配してたな」

「うん。ありがと」


 サヤがほほ笑むと、バルクは小っ恥ずかしそうに窓の方へ歩いた。町人らが家を直していたり、難しい顔で立ち話をしている姿が見える。


「忙しそうだね?」

「ああ。黒ドラゴンを倒したことで、町の外から商人たちが来るようになった。物資が届いて、本格的に復興が進み始めてる」

「そっかぁ! よかったね!――!」


 再び扉が勢いよく開き、長い銀髪と白衣をなびかせる女医がツカツカと歩いてきた。続いてココも入ってきた。


「プラちゃん! 無事だったんだね? よかったぁ!」

「――っ!」


 プラノは無言のまま、サヤにギュッと抱きついた。


「プラちゃん?」

「……」

「大丈夫? 何かあったの?」

「……こっちの、セリフですよ」

「え?」


 白衣姿の聖剣士は肩を震わせ、小さく涙声を発した。


「何を考えているのですか? ちゃんと防具も着けず、身を守る魔法を分からないまま、勝手に飛び出したら危ないじゃないですか!」

「ご、ごめん。でもバルクがさ、一対三だったし――」

「防具もなしに攻撃を受けたらどうするおつもりですか! 死んでしまっては意味がありません! 他人を守る前に自分自身を守ってください!」

「ご、ごめんなさい」


 悲痛な叫びが部屋に響くと、バルクとココは部屋を出ていった。


「心配いたしましたわ。『わたくしが魔法の念じ方を教えなければ、こんな危険にさらすことはありませんでしたのに』って。『サヤに何かありましたら、全てわたくしのせいと』――!」

「ありがとうプラちゃん。こんな私を心配してくれて」


 サヤはプラノの言葉を遮るように抱きしめ返した。


「何を言って――」

「私さ、前の世界でそこまで心配してくれる人はいなかったんだ。だからホントに嬉しい」


 プラノはゆっくりと体を離し、涙ぐんだ目を上げた。


「そんなはずありません。誰からも心配されない人間なんておりませんわ。サヤが気付いていないだけで、必ず見てる方がいたのではないのですか?」

「そうかな? でもいいんだ、昔の話だし」

「……」


 初対面で受けた天真爛漫てんしんらんまんな印象とはかけ離れた言動に、プラノはこれ以上くことができなかった。


「それにさ、私に何かあっても全部プラちゃんのせいってのは違うよ?」

「……何が、違うのですか?」

「プラちゃんが救護活動をしようって気持ちと似てるかも。目の前で必死に戦ってる人がいて、自分は勇者の魔法が使える。それだけで、もう答えは出てるんだよ」

「どういうことですか?」

「何てゆうのかさ……戦ってる人がね、生まれて初めて真剣に私を守ろうとしてくれる人だったんだ」

「……バルクさん、でしょうか?」

「うん。最初は冷たかったけど、それは正義感が強いからなんだよね。戦う時はいつも私の安全を考えてくれて、ここまで来れたのもバルクのおかげなんだ。だから今は、お兄ちゃんみたいに大切な人なの」

「『家族みたいに自分の安全を考えてくれる大切な人だから守りたい』。そう言いたいのですね?」

「うん。いつも守ってもらってばっかで、お返しできてないからさ」

「……分かりました。家族を守りたいという気持ちは、誰もが持っていますわ」

「ありがとう!」

「ですが!  だからと言って自分を守らなくていいとはなりませんの! 今後は自分も守ると約束してください! 魔法はわたくしが教えますわ!」

「え! いいの!」


 プラノはこの部屋に入って初めて笑顔を見せた。


「もちろんですわ」

「やったー! プラちゃんが教えてくれるなら安心だね! 分かりやすいし!」


 プラノはサヤから腕をほどき、自分のほほを伝う涙をぬぐいながら向かいのベッドに腰かけた。


「ふふふ、覚悟してくださいね?」

「か、覚悟って、まさか魔剣は握らないよね?」

「さぁ? どうでしょう?」

「こ、怖い……」

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