第ニ章 理想と現実の交錯

9. 天使――いや、神ってる。とゆうか女神ってるよー!

「ひでェな……」


 アルクラントから翔空艦で約十分の距離にあるルバイエの町。レンガや石でできた頑丈そうな家屋かおくが、焼かれたり破壊された惨状。王に謁見えっけんした次の日の晴れた朝、バルクとココとサヤは町の入口に立った。


「ひどすぎるよ。どうしてこんなに壊されてるの?」


 町の中心部に向かって進み始めたバルクの後ろに、サヤとココが続いた。


「ここまで破壊された町を見るのは初めてだぜぃ」

「モンスターが町を襲うのは、基本的に食料不足が原因と言われている。だが、これだけ町を壊して焼いたのは破壊目的に見える。人里から離れて生活するはずのドラゴンが、なぜルバイエまで来て破壊行動をしたのかが問題だ」


 吹き飛ばされた屋根、崩れ落ちたレンガ、むき出しになった柱、焼け落ちた家の黒い瓦礫がれき。それぞれ被害の程度は違えど、無傷の家を探す方が難しい状況だ。


「――聞いたか? 心臓病の町長が発作を起こしたって!」

「そんな! 薬の支給が切れたんでしょう? どうすればいいのよ!」


 後方から会話が聞こえて振り返ると、医者っぽい白衣を着た男女二人が足早に追い越してきた。


「大丈夫! 『歴戦の看護師』様が向かってる。必ず蘇生させるはずだよ」

「あの方がいるなら安心ね! 行きましょう!」


 二人は町の広場に向かっていった。


「歴戦の、看護師様?」

「討伐隊の一人、プラノの二つ名だ。今は看護師じゃなくて女医だけどな。それより、蘇生魔法が見られるかもな」

「蘇生魔法? 行こう!」

「早いぜサヤっち! ちょ、待てぃ!」


 サヤが走っていくと、ココも四足走りで追いかけた。バルクは淡々と歩くスピードを変えずに後を追った。



―*―


「皆さん! 治療中ですので静かにしてください! 押さないで!」


 町の広場には白いテントがいくつか立ち、その内の一つに多くの人が集まっていた。バルクがその最後列に加わると、サヤとココが野次馬の最前列を陣取り、治療の様子をまじまじと見つめているのが見えた。


「心肺停止から1分30秒経過!」


 テント内中央の診療台には、男性の老人が上半身裸で寝ている。一人の男性医師が心臓マッサージと人工呼吸を必死に行い、その周りを囲うように白衣を着た医師と看護師がせかせかと動いている。心電図のモニターには『0』と表示されていて、心臓が止まっているのを示す電子音が鳴り続いている。


「状況はどうですの?」


 さらさらした銀髪ロングに金のカチューシャをつけたパッチリたれ目の女医が質問した。彼女が元討伐隊第一パーティ所属、妖精人のプラノスキーだ。


「心肺停止から約2分経ちました! かなり危険な状態です!」

「分かりました。わたくしが代わりますわ」

「お願いします! はぁ、はぁ、はぁ……」


 懸命けんめいに心臓マッサージをしていた男性医師は、テントの隅にへたり込んだ。


「魔法で心臓に電気ショックを、肺には酸素を送りますわ。不要な器具は外してください」

「は、はい!」


 医師や看護師らが町長に繋がっている器具をテキパキとはずした。その間に、プラノは手袋をはめた。


「完了しました!」

「ありがとうございます。では、処置をしますので離れて下さい」


 プラノは片手を患者の胸の中心に、もう一方の手は口に当てて念じ始めた。


「はあぁ!」


 電気ショックで町長の体がビクビクと反応し、口に添えた左手から酸素を送ると肺に入って膨らむのが見えた。


「ゲホゲホっ!」

「い、意識回復しました!」


 町長が反応を示すと、プラノは両手を離した。


「心肺蘇生が完了しましたわ。点滴と心電図をお願します」

「は、はい!」

「すごい!」


 医師も驚いた表情を見せながら医療器具をつけ直し始めた。静観していた人たちから、自然と拍手が起こった。


「皆様、お静かに願います!」


 心電図の器具を取りつけなおすと、脈を示す機械音がリズム良く鳴りだした。



―*―*―*―……


 日が沈みかけた夕方。テントが並ぶ間で、バルクら三人は焚き火を囲んで座っていた。


「……蘇生魔法って、私が思ってたのと違ったなぁ」

「あれは蘇生魔法じゃねェ。左右の手で風と雷の魔法を組み合わして心肺機能を再開させるなんて、俺も初めて見た」

「なんでぃバルク。てっきりあれが蘇生魔法だと思っちまったぜ!」

「蘇生魔法は長い詠唱の後に、魔法陣から白い光が空に伸びてく派手さがあるからな」

「――やっぱり、バルクさんだったんですね?」


 テントの間からプラノが現れた。背はサヤと同じくらいで、近くで見るとさらに綺麗な顔立ちだ。


「ようプラノ。相変わらずだな」

「お久しぶりですわ。赤髪の剣士が瓦礫がれきの片付けを手伝ってると聞きまして、もしやと思いましたの」


 礼儀正しい口調におしとやかな歩き方。初対面のサヤとココでさえ、育ちの良さが分かる立ち振る舞いだ。


「そちらの方々は?」

「こいつはココ。俺の翔空艦専属のパイロットだ。操縦と整備は超一流だ」

「プラノさん、よろしくだぜぃ!」

「よろしくお願いいたします」


 ココは水かきのある手で、屈んだプラノと握手した。


「こっちがサヤ。タクミと同じ世界の『日本』から来た、金の魔法使いだ」


 バルクは座ったまま、焚き火をいじりながら紹介した。


「えええ! まさか、勇者様ですの?」

「えへへ。そうなんだー。初めまして」

「は、初めまして……」


 サヤも立ち上がって握手をした。


「魔法の腕はまだまだだが、継続回復魔法が使えるようになった」

「継続回復ですか! あれは上級魔法のはずでは――!」


 サヤの制服姿が金色で光りだすと、プラノは言葉を失った。


「そういえば、二人とも歳が近いんじゃねェか? プラノ何歳だっけ?」

「わ、わたくしは今年で十七歳になりました」

「私も今年十七になるよ! やったー! 同い年だ!」


 サヤはプラノに抱きついた。


「く、苦しいです。サヤさん」

「呼び捨てで良いよ! タメなんだし!」

「わ、分かりました。分かりましたのでサヤ、少し力を緩めていただけますか?」

「――バルク、転生人は初対面の人間に抱きつく習慣があるんでぃ?」

「いや、タクミはしてねェよ。サヤだけだろ?」

「プラちゃんマジ天使だね! さっきの魔法、すごすぎてビックリしちゃった!」

「プ、プラちゃん? まじ、天使ですか? いえ、わたくしはそんな。ありがとうございます」


 サヤの言動にツッコみきれないプラノは、ひとまずお礼を述べた。


「ホントに天使だよ! 私と生まれた年が一緒なのに、討伐隊にいたり救護活動してるんだもん!」

「わたくしなんてまだまだですの。サヤだって、勇者の力がおありなのは尊敬いたしますわ」

「えへへ、それほどでも。――でも、どうして救護活動をしようって思ったの?」

「それは――」


 プラノは丸太の椅子に座り、焚き火を見つめながら続けた。


「『救護活動をしよう』って、思ったことはないんですの。気が付いたら困っている方々がいらして、医療知識と魔法が使える自分がいて、当たり前のことをしているだけなんですわ」

「プラちゃん天使――いや、神ってる。とゆうか女神ってるよー!」


 サヤは再びプラノに抱きついた。


「あ、ありがとうございます」

「おいサヤ、あんまりくっつくな。『狂気の聖剣士』様がお困りだろ?」

「ん? 狂気? 誰の話?」

「ちょっとバルクさん。その呼び方は――」

「てやんでェ! 『狂気の聖剣士』は、討伐隊にいた残忍ざんにんな戦い方をする剣士でぃ? その正体がこんなおしとやかな淑女しゅくじょだなんて、冗談が過ぎるぜバルク!」

「そんな人も討伐隊にいたんだ? ちょっと意外!」

「ふ、ふふ……」


 女医はぎこちない笑みを浮かべている。


「それよりプラノ。この町に何が起きたんだ? ドラゴンが来たって聞いたが本当なのか?」


 バルクが真面目なトーンで質問した。


「はい。子供のドラゴンが複数で襲ってきたようですわ」

「子供? 普段大人しいはずのドラゴンが、どうして町を襲うんだ?」

「それが、まだ詳しくは分かっておりませんの。ルバイエの人々は再び襲撃される恐怖と戦わなくてはなりませんわ」

「だったら、やられる前にやるしかねェな。どこから飛んで来るんだ?」


 プラノは夕日に染まる景色を見渡し、遠くにうっすら見える山を指差した。


「あそこに見える、南東の火山だと聞いておりますわ。昔からドラゴンが住む場所として知られてるそうですの」

「よし、早速明日行ってみるか!」

「ねぇ、危険じゃない?」

「危険だけどよ、ほっといたら町がもっと危険だろ?」

「それは、そうだけど……」


 サヤは心配そうなまなざしをバルクに向けた。


「わたくしはバルクさんの強さを否定するつもりはないですが、苦戦するかもしれませんわ」

「ドラゴンは空を飛んで速いし、炎を吐くから剣士は不利だって言いてェんだろ? だが、今の俺なら勝てる」

「ですが今回ルバイエを襲ったのは、通常のドラゴンとは様子が違うみたいですの」

「様子が違う? どういうことだ?」

「黒いオーラをまとい、赤い目をしていたらしいですわ」

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