8. 地球にいても親から離れる時が来るんだから、転生してなくても同じだったかも。

「うわぁ! 星がよく見えるね! あ、翔空艦来た!」


 アルクラント城の十階前方側に位置する、床が全面木でできたプールデッキ。白いTシャツに短パン姿のバルクとサヤ以外は誰もいない。城下町の光が見える一番前方のフェンスに手を掛けて、女子高生がリアクションをしている。


「――それでバルク、話って何? 私もちょうど話したいことがあるんだ!」

「サヤもか? どんな話だ?」

「ううん、いいよ先に言って」


 気のせいか、サヤの反応が少し大人っぽくなったようにバルクは感じた。


「俺はこれから北西にある、ルバイエという町に行ってみようと思う。ドラゴンが町を襲って、討伐パーティの一人が救護活動をしてるらしい」

「……そっか」


 サヤは表情を変えず、空を眺めたまま返事をした。


「それが終わったら、俺は世界各地の状況を見て回るつもりだ。他の討伐メンバーがどうしているか、魔王に滅ぼされた町が今どうなっているかを見るためにな」

「……討伐パーティの人たちって、みんなすごいね。勇者以外の人たちも英雄で、救護活動する人とかいてさ。多分みんな、バルクやタクミさんみたいに正義感強くて、世界のために頑張ってるんだろうなぁ」

「おいどうした? 頭でも打ったのか?」

「は? どういう意味!」


 サヤはむくれた表情を作り、バルクに向き直った。


「いや、急にひたりだしたからよ」

「タクミさんと話して、私なりに考えたの!――あ、聞いて聞いて! 私、継続回復魔法が使えるようになったの!」

「はぁ? 継続回復魔法って確か、タクミが魔王城の中で習得した金の上級魔法か? かなり使える魔法だったような記憶が――」

「ほらほら! これでラメいらず!」


 サヤの足元に金の魔法陣が出て消滅すると、全身が金色にキラキラ光りだした。


「嘘、だろ……」

「おしゃれでしょ? タクミさんも『筋がいいね』って褒めてくれたんだ! 『銀のイヤリングとこの魔法があれば、ほぼ負けないよ』だってさ!」

「……」


 バルクは言葉を失い目を丸くした。上級回復魔法をおしゃれと形容するズレた発言や下手なものまねにも、言及できないほど驚いた。


「でもさ、レーザーとか盾の魔法はできないんだよね。タクミさん、擬音ばっかで分かりづらくてさ」

「……サヤは、この後どうしたいと思っているんだ? アルクラントに残ってもいいし、俺についてきてもいいんだぞ?」


 バルクはとっさに、本心と違う言葉が混ざり込んだ。


「ねぇバルク。このプールって、入ってもいいのかな?」

「ん? いいだろうけど、水着は借りねェと――って、おい!」


 綺麗なフォームで水に飛び込む音。サヤはすでにイヤリングとシュシュをプールサイドに置いていた。クロールで向こう側まで行ってターンし、こちら側に戻ってきた。


「とうちゃーく! はぁ、はぁ……ふあぁ! 気持ちいぃ!」


 息切れしたサヤはあお向けになって、プカプカと体を浮かべだした。


「なかなかの速さだな」

「でしょ? 小っちゃい時スイミングスクールに通ってたんだ! 大会で表彰台に上がったりしたんだよ!」

「そうか……」


 サヤは夜空を見ながら続けた。


「……ずっと考えてたんだけどさ」

「ん?」

「いつの間にかこの世界に来て、『勇者』とか『転生人』って言われて、意味分かんないままここまで来たけどさ」

「ああ」

「ラベラタの村も翔空艦もこのお城も、どれも私の世界にないものでさ。全部感動するんだけど、『やっぱりここは地球じゃないんだな』って不安な自分もいるの」

「……」

「でもね。リキュアを満喫してるタクミさんと話してたらさ、『地球にいても親から離れる時が来るんだから、転生してなくても同じだったかも』って思えたの」

「……おう」

「バルクが翔空艦の中でさ、私がどうしたいかが重要だって言ってくれたじゃん? あれ、結構嬉しかったっていうか……」

「そうか」

「――それでね」


 サヤは体を起こしてプールの底に足をつき、バルクを上目づかいで見上げた。


「私もバルクとこの世界を回りたい。バルクみたいに、私も困ってる人たちの力になりたい。最初は足引っ張っちゃうかもしれないけど、頑張るからさっ!」


 継続魔法の光を帯びた濡れた髪。サヤの表情は今までで最も大人っぽく、凛々しさや頼もしさまで感じた。


「だからさ、これからもバルクについてっていいかな?」


 バルクに断る理由はなかった。何よりも、サヤが自分から頼んできたのが嬉しかった。


「もちろんだ! これからもよろしくな!」

「うん! よろしくねっ!」

「ちなみに――」


 再び泳ごうとしたサヤにバルクが声をかけた。


「なに?」

「下着、丸見えだからな」


 サヤの目線が自分の胸元にいくと、怒りと恥ずかしさで一気に顔が赤くなった。


「ちょっ、見んな! バルクのエッチ!」

「うわっ! 水かけんな! 白い服でプールに入ったのがいけねェんだろうが!」

「うっさいこのスケベ! 変態! 金のビーム出ないかな?」


 サヤはバルクに向けて念じ始めた。


「バカやめろ! 城に当たったらどうすんだよ!」

「うぬぬー、出ない! もう! あっちいけエロじじい!」

「エロじじいって、エロでもじじいでもねェよ!」

「エロいだろ! だからこっち見んなっ!」


 サヤはプールの水をバルクにかけまくった。バルクはかわしながら扉の向こうへ逃げていき、扉が閉まった。


「……ありがとう。バルク」

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