7. 大事なことは、どんな状況でも自分の生きる軸に背かず行動すること。
「それでお主は、ふてくされた態度のまま玉座の間を出たのか? ガハハハ!――あ、痛い痛い。腹がぁ……」
城から少し離れた場所に位置する病院。二階にある一人部屋の窓からは立派な翔空艦型のお城がよく見える。白いベッドの上で白いあごひげを整えた白髪色黒の大男が上半身を起こし、痛みをこらえている。
「入院中なのに笑い過ぎだよ、おっさん」
その横で椅子に座る赤髪剣士は、恥ずかしそうにツッコミを入れた。
「スマンスマン。バルクらしいと思ってな」
「そもそも、リキュアであの怠け者を育てたのはテュラムだろ?」
「誰が教えてもああなっただろう。少し基礎を教えただけで習得し、すぐ自己流に走りよるからな」
「それだよ。勇者の剣を逆手で持つってどうなんだよ?」
「剣技に正解などない。逆手にもメリットはある。本人が戦いやすいならそれが正解なのだ」
「そ、そうだけどよ……」
「素直に話を聞く部分もあったぞ? 盾の使い方は金の魔法でちゃんと真似ておる」
「当たり前だ。『無傷の
『無傷の金剛壁』――二つ名の由来は、数々の大戦で強固な鎧に傷一つつけなかったため。アルクラント王国の元将軍で、現在五十二歳の
「今の体力じゃ、その鎧も着れんな」
バルクがつい、病室の窓際に飾られた光り輝く甲冑へ目線がいくと、テュラムは言った。
「病気の具合はどうなんだ?」
「変わらんな。悪くなった訳でも、良くなった訳でもない」
「どうにかならねェのか? 薬とか、魔法とかで」
「いろいろ試してはいる。だがタクミが言うには、日本では発見が遅いと完治が難しい病らしい」
「裏を返せば、日本では治す方法があるって意味なんだろ? そうだ! ジュリーなら何か――」
「落ち着けバルク。やれることは順に試しておる」
「そんな……」
バルクが悲しい顔をすると、テュラムは赤い髪をくしゃくしゃに撫でた。
「そんな顔をするな。死ぬまでずっと元気である方が珍しいのだ。だからこそ、元気な者は下を向いてる暇などないのだぞ?」
「まさか、自分の可能性を信じてない訳じゃねェよな? 『人の可能性を信じろ』って、昔よく言ってたじゃないか」
「勘違いするな。この程度の逆境に屈するつもりはない。大事なことは、どんな状況でも自分の生きる軸に背かず行動することだ」
「……」
『大事なことは、どんな状況でも自分の生きる軸に背かず行動すること』。バルクが三年前に何度も聞かされた言葉だ。
「バルク。お主が討伐隊に入る時、戦う理由を何と言ったか覚えておるか?」
「あ、ああ。なんとなくな」
「『アンタらみたいな魔王を倒しに行く人たちを目の前にして、見送るだけしかできないなら剣士として恥じるべきだ。俺は今まで、自分の村を守るためだけに剣技を磨いてきた。魔王討伐が故郷の平和に繋がるのなら、ともに戦わせて欲しい』――だ」
「よく覚えてるな」
「人が戦う理由は、その人間の生きざまを表すと言っても過言ではない。あの頃無名な赤髪の青年は戦う理由が明確だった。動機がなければ人は動かせん。たとえ相手がモンスターであっても、理由もなく傷つける者になってはいかん。今のバルクはどうなのだ? 三年前よりも強く、太くなったその体は、何のために鍛え続けておる?」
「……あの頃と変わらねェ。俺はラベラタを守るために修行を続ける。黒いウルフが何体現れようと、今度は自分の力で
「ガッハッハ! それが聞ければ十分だ!」
テュラムは嬉しそうに豪快に笑った。
「世界が常に変化し、生きる者が惑わされるように感じることもあるかもしれん。だが、物事は考える以上にシンプルなのだ。悪い考えを持つ者がおるから、それを正そうとする者が現れる。正しくあろうとする者がおるならば、それを壊そうとする者が現れる。草木が生え変わるように、老いた年寄りは死んで新しい命が芽吹いていく。全ては表裏一体で、世界のバランスを保つには自然なサイクルなのだ。そうした動きがなければ、世界はとっくに大きな
「ちょっと待ておっさん。今回勇者が増えたのも、バランスを保つ一部だって言いてェのか?」
「ふむ。魔王でなくとも、匹敵する存在が現れても不思議ではない。すでにお主は、黒い魔物と対峙しておるのだろう?」
「マジかよ……」
バルクは絶句した。
「世界を大きく変えたいのであれば、新しい考えや文化を生むだけでなく、不要な固定概念や仕組みを壊さなければ変化と言えん。アルクラント王が次々と新しい取り組みをしておるのも、魔王が理想の世界を目指して邪魔者を排除しようとしたのも、変化を望む行動としては理にかなっておるのだ」
「つまり平和を目指すには、いろんなものをぶっ壊す必要があるのか」
「そうだ。その中で最も重要なのは、自分を動かす原動力を肝に銘じ、その肝心な軸を基準に行動し続けられるかどうかだ。理由と行動が誤っていなければ、遅かれ早かれ正しい結果へ辿り着く。もちろん、時には間違うこともあるかもしれん。――それでも、自分の軸をしっかり把握しておれば、誤りの経験はさらなる成長に繋がる。失敗を恐れずに、何度でもやり直すのだ」
「……分かった。ありがとな! 『王国の
『王国の道標』は、もう一つのテュラムの呼び名だ。一国の将軍を務める彼の言動は、タクミやバルクだけではなく、軍隊や討伐パーティの道も示してきた。『自分の道を信じて行動をすれば前進できる』という言葉も、バルクは何度も言われてきた。病気を
「それでどうなのだ? 新しい勇者は?」
「魔法の素質は十分だけど、防具を着ないのは問題だな」
「防具をつけないだと! パラシュートなしでスカイダイビングするようなものだぞ!」
「あ、ああ……」
(そういやおっさん、甲冑盾士なだけあって鎧好きだったな)
「うーむ、性格はどうだ? 勇者らしいのか?」
「少なくともタクミよりは正義感がある。魔王がいない今のリキュアで、勇者としてどうするか悩んでんのが気がかりだな」
「悩むというのは、決して悪いことではない。何かを変えたいという意志の表れでもある。悩み過ぎるのは問題だが、バルクと出会ったのも意味があるはずだ。お主が導いてやるといい」
「俺が? でも魔法は教えられねェし、タクミの方が適任じゃないか?」
「転生人の心は不安定で
「転生人の心が、不安定……」
バルクはラーメン缶を食べた時のサヤの表情を思い出した。
「勇者を導く者は世界を熟知し、心も体も強い者が適任と言える。ならば世界中を飛び回り、魔王の強さを知っておるバルクがよいだろう」
「でもよ、勇者って魔王を討伐する存在だろ? 魔王がいねェのに何をさせたらいいんだ?」
「それを一緒に考えるのも、導く者の務めだ。親子が同時に成長するように、バルクも成長すればよいのだ」
「……難しいな」
「そうだな……この前プラノが訪ねてきたが、未だ復興が進まない町があると言っておった。討伐パーティの活動を見ながら、世界各地を回るのもよいだろう。世界を見せたうえで、勇者の進路を決めるのもよいだろう」
プラノ――
「プラノも相変わらずみたいだな?」
「今頃は、ここから北西にあるルバイエの町で救護活動をしておるだろう。ドラゴンの襲来があったらしいぞ」
「ドラゴンだと!」
ドラゴンは狩りの時以外は巣から出ないと言われている。普段地上に現れないドラゴンが町を襲ったというのは、極めて珍しい。
「ちょうど卵が
「巣穴に居れない事情ができた可能性もある。アルクラント王が魔物が強くなってるとも言ってたし、気になるな……」
「……放っておけないのだな?」
「……まぁな」
テュラムはほほ笑んだ。
「お主らしいな。それで、新勇者とはどうするのだ?」
「テュラムの話を参考にして、後で聞いてみるさ。勝手に俺が決めるべきじゃねェ。サヤ自身が望む通りにすればいいと思う」
「それでよい。導く者自身も、自分を見失わないようにな」
「ありがとうテュラム。また来るよ」
「ガハハ! よい知らせを待っておるぞ!」
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