3. アタイは呼んだら来る、宅配ピザ屋じゃないんだよ!

「……それで、何でその女はピンク服のままなんだ?」


 村の入口で出発を待つバルクの前に、神父村長と制服セーター女子が再び現れた。さっきと唯一違う点を挙げるなら、サヤが大きめの黄色いスーツケースを引いてきたところだ。


「わしゃ教会にあった鎧を着るよう説得したんじゃ! しかし、『ダサい! 重い! 臭い!』と言って聞かんのじゃよ」

「……そのデカい箱は何だ?」

「これは私の、お着替えと女子の道具!」

「バカなのか? 外はモンスターが――」

「アンタこそバカなの? 一泊以上するのに着替えないとか不潔ふけつすぎ!」

「……」

(まさか本当に転生人――いやいや、こんなんで断定できねェか)

「……もういい。とにかく自分の安全を優先しろ。あと、俺から離れるな」

「やったー!」

「よいのかバルク? 攻撃を受けたらひとたまりもないぞ?」

「俺は討伐パーティの一人だ。この辺のモンスターなら守りきれる」

「そうかもしれぬが!――」

「門番! 開けてくれ!」

「は、はい!」


 門番の若者は少し躊躇ちゅうちょしながらも解錠した。その間、バルクは自分の右耳から銀色のイヤリングを外し、サヤに差し出した。


「ほらよ」

「……なにこれ?」

「身を守る効果があるイヤリングだ。これならダサくねェだろ?」

「……きれい。ありがとう!」


 サヤはイヤリングを袖で拭き、右耳に付けたところで門が開ききった。広大な草原に、ぽつぽつと木が立っている。遠くで狼のような群れがいたり、鳥のような生き物が空を横断している。村の入口から分かれ道があり、直進した先の森に向かう道と、左方向に村を外周する道の二手に分かれている。


「二人とも気を付けてのう!」

「村長さん! ありがとね!」

「バルク! おみやげかってきて!」

「豪傑の剣神にご加護を!」


 門が閉まる間、サヤは手を振り続けた。バルクは民衆に軽く会釈しただけで、スタスタと歩き始めていた。


「ちょ、待ってよバルク!」


 サヤが気が付くと、バルクは村を外周する道をかなり進んでいた。サヤは土の道を使わず追いつこうとしたが、草地ではスーツケースのローラーが草に絡みやすいのが分かり、土の道へ戻ってダッシュした。一度小石につまずきかけたが、なんとか倒れずに追いついた。


「はぁ、はぁ……」

「ほらな。荷物多いと大変だろ?」

「でもこの道、すごく歩きやすい」

(つまづいてたけどな)

「馬車や荷車が通るからな。商人たちが中心になって年に二回、護衛をつけながら草取りをしてる」

「うえぇ。どの世界でも草取りするんだね」

「……」


 ここまでのサヤの反応を見ても、バルクは転生人だと認められなかった。彼は今まで、勇者を名乗って人をだます人間を何人も見てきた。


「その赤い髪ってさ、地毛なの?」

「まぁな。サヤは染めてるのか?」

「うん。この世界でも染められるの?」

「魔法使いは染めてる奴が多いな。魔法で半永久的に染められるらしい」

「え! そうなの? 私もやって欲しい!」

「まずは魔法使いの知り合いを作るんだな。店でやってもらうと高い」

「あーあ、やっぱりお店だと高いんだ」


 一言一言のリアクションが、バルクにはオーバーに感じた。


「……サヤは魔法を使えるのか?」

「分からない。どうやって使うの?」

「知らん。俺は使えねェからな」

「うーん……でもさ、今まで勇者が二人いなかったのなら、みんな自分でやり方を見つけたんでしょ? 呪文とかを唱えるのかな?」

「そういやタクミは、勇者特有の魔法を使う時に何も唱えてなかったな。普通の属性魔法だと、呪文を唱えるのと唱えないのがあるようだが」

「じゃあさ、ポーズとかあるの? 棒立ち?」

「ポーズ? 確か、こうしてたな」


 バルクは右手ではさみを閉じたチョキを、手の甲が自分へ見えるように立てて腕を伸ばした。


「こう? もしできたら私を信じてね? はぁぁー!」


 サヤが腕を伸ばした先は、道の先にある山の頂上に向いていた。


「……」

「……」


 何も起きない。山の方から野鳥の鳴き声が聞こえている。


「何もないじゃん! バルクの嘘つき!」

「いや、使えるとしてもそんな簡単じゃねェだろ」

「これで出せるのはどんな魔法なの?」

「金色のレーザーが出る。今できてたとしたら、山頂の発着場が消し飛んだかもしれねェな」


 バルクは、草木が生い茂る裏山の手前で立ち止まった。


「えええ! これ登るの!」

「当たり前だ。この頂上に翔空艦がある」

「そんなぁ……本気なの?」

「嫌なら引き返していいぞ?」

「……」


 バルクはサヤを待たずに歩き始めた。


「もう! 待ってよぅ……」


 サヤは不安な表情でバルクに続いた。スーツケースを片手で引いていたのが、すぐに両手に変わった。山の道は真っすぐ進まず、木や崖を避けて曲がりくねっていた。



―*―……


「そろそろ山の中腹だ。モンスターが多くなるから気を付けろ」

「そう、なん、だ、……ね? はぁ、はぁ……」


 三十分くらい登り続けたところでバルクが話しかけると、サヤの返事がたどたどしかった。さすがにバルクも立ち止まった。


「まだ半分くらいだが、大丈夫か?」

「もう、限界。休憩、したい……」


 道が少し広くなった場所で、サヤはちょうどいい岩に座った。


「何が入ってたらそんなに重くなるんだ?」


 バルクは左手だけで、スーツケースを軽々と持ち上げた。


「すごっ。重くないの?」

「いや重いだろ。人の荷物としては」

「そうじゃなくて、簡単に片手で持つのがすごいって話」

「俺は力の強さなら誰にも負けねェ。魔王を倒した討伐パーティの内の一人――!」


 会話の途中でバルクはスーツケースを置き、左手で背中の大剣を抜いた。


「また魔物? イノシシかオオカミかな?」

「静かにしろ。位置が分からなくなる」

「……」


 サヤも耳を澄ましたが、何も聞こえない。


「そこだ!」


 バルクは茂みへ向かって大剣を振り下ろすと、強い力の衝撃で周囲に草や土砂が飛び散った。すると全身黒い毛に赤い目が光るオオカミ系モンスターが、攻撃をかわして現れた。


「うらぁ!」


 バルクはモンスターに休む暇を与えず次々を剣を振るった。重そうな大剣を軽々と、一秒に十回以上は斬りつけた。しかし、出現した魔物にすべてかわされ、大剣が空を切る音が何度も響いた。


「くそ!」


 サヤは動きが速すぎて目で追えなかったが、バルクの表情から焦っているのが分かった。そして、両者がいったん間合いを取った。


「だ、だいじょぶなの? さっきまでのオオカミと似てるし、魔王を倒したメンバーなら楽勝でしょ?」

「この辺にいるウルフじゃねェ。あの黒いオーラは何だ? なぜ赤い目をしている?」

「え? えっとぉ、私に聞かれても……」


 よく見ると魔物の体の周りには、黒い帯のようなものが何重にも飛び交っている。


「なによりも速さが尋常じゃねェ。俺は動きの速い奴が大っ嫌いなんだよ」

「それじゃ、まずいんじゃ――」


 ウルフはバルクへ突進し始めた。その瞬間、バルクは自分の足元に力強く大剣を突き刺した。


「奥義!」


 剣を中心に半径2mくらいの円状に地面がめり込んで吹き飛び、その衝撃で魔物の体が宙に浮いた。地に足がつかず身動きの取れないモンスターに、バルクは素早く十字斬りをお見舞いした。


土十字つちじゅうじ!」


 バルクが致命傷を食らわすと、黒いモンスターの体は消失した。


「消えただと? 生き物なのか?」

「キャー!」


 悲鳴に気が付くと、サヤが座っていた岩の近くで尻餅をつき、三匹の黒ウルフに囲まれていた。バルクは即座に駆け寄った。


「他にもいるのか! 早く逃げろ!」

「いやあああああぁー!」

(くそっ! 間に合わねェ!)


 三体のウルフが同時にサヤへ襲いかかり、そのうちの一体がサヤの左肩に噛みついた――その瞬間、バルクの目の前に金色の光が広がった。


「なっ!――」


 突如空へ伸びる金色の太い柱。バルクは三年前、この光を何度も見た。魔王を倒した最後の一撃も、こんな色の魔法だった。バルクが驚いた理由はそれだけではない。今まで見たどの金の太さよりも、何倍も太くて力強いものだった。


(……嘘だろ?)


 光が収まると、サヤを中心に木々や芝がえぐれて土の溝ができていた。半径10mくらい周囲にいたはずの黒ウルフたちは、姿を消していた。


「サヤ!」


 バルクは溝の中心であお向けに倒れているサヤに駆け寄った。


「大丈夫か!」

「……すぅ」


 気を失っているが呼吸はしていた。噛まれたように見えた左肩は、ピンクのセーターを含め無傷だった。バルクはサヤの体をスーツケースを置いてある位置まで運び、岩へ背中が寄りかかるように座らせた。そしてバルクはつい、近くに元討伐隊の勇者がいるのではないかと辺りを見渡した。しかし、この場にいる訳がない。


「……ジュリー! 見てるんだろ? 話がしたい!」


 バルクは突然空に向かって、討伐隊にいた大魔導師の名を呼んだ。


「……」


 沈黙。この場には誰もいない。


「なぁ! 聞こえてるんだろ!」

『――うるさいねぇ! アタイは呼んだら来る、宅配ピザ屋じゃないんだよ!』


 直接バルクの心へ女性の声が響いた。さらには空中に漆黒の球体が出現し、黒さをキープしたまま変形を始めた。黒い物体は三角帽子を被り杖を持つ魔女のような形になり、最後には色がついた。金のラインが所々に入った黒いローブと三角帽子に身を包んだ魔女がゆっくりと地面に着地して、金の光でえぐれた溝を観察し始めた。


「それにしてもバルク。面白そうなことに巻き込まれてるじゃないか?」

「どこがだよ。自称勇者が死にそうになったじゃねェか」


 ジュリクオン・フレシ・アレクト。普通人アンス妖精人ネライのハーフで、三十歳くらいの女性だ。深紫色の前髪ぱっつんショートカットに、上が尖った両耳の耳たぶには赤い魔石のイヤリング、さらに深紫色の口紅をしている。地面に突くと胸の高さくらいの長い杖の先端には、三日月のようにかたどった黄色い魔石の中に、大きな赤い球体の魔石がはめ込まれている。


「こういう混沌が時々あるから、世界は退屈しないのさ」

「人が必死に戦ってんのに観察してるだけとか、相変わらず悪趣味だな」

「他人の目を気にするなんて、『豪傑ごうけつ剣神けんじん』が聞いて呆れるねぇ?」

「そうかもな、『冥闇めいあんの大魔導師』さんよ」


 彼女は数少ない闇魔導師の一人であり、『世界三大魔女』と言われる一人でもある。その強さは、圧倒的な魔力を持つ彼女と勇者の二人だけでも魔王に匹敵するという声が上がるほど。気まぐれでとても好戦的であり、討伐隊に入った理由は『魔王と戦いたかったから』。強い魔力を察知すると世界の裏側でも透視をする。だからバルクは彼女の名前を呼んだ。


「それはそうとジュリー、さっきの光は間違いじゃないよな?」

「アタイも半信半疑だったけど、確信に変わったね」

「じゃあ、やっぱりサヤは……」

「異世界『日本』から来た転生人。勇者だよ」

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