4. 過度な優しさは人を甘やかし、成長を遅らせる。

「……そうか」


 大魔導師が勇者と断定する意味を噛みしめるように、バルクは返事をした。


「さっきの魔力量はタクミとは比べものにならないね。魔王にとどめを刺した勇者以上の魔力を持つ誰かがここに存在する。つまり、その小娘の主張が正しいと考える方がむしろ自然さ」

「あれだけ強いタクミより、サヤは強いのか?」

「アタイは強いとは言ってないよ。魔力量は上だけど、使いこなさなきゃ意味がない。強い魔力の持ち主ほど制御が難しいのさ」


 ジュリーはサヤがしてるイヤリングに気が付いた。


「銀の装備をあげたのかい? 三年前に何度も助けられて、大事にしてたのにねぇ?」


 銀の魔石は装備する者の皮膚や装備の強度を上げる効果がある。布の服でも防御力を上げる希少な魔石で、バルクの持つ大剣にもはめ込まれている。


「丸腰の女の子を連れて歩く趣味はねェからな」

「相変わらず優しいねぇ。そういうところが嫌いだよ」

「……相変わらず容赦ねェな」

「『過度な優しさは人を甘やかし、成長を遅らせる。そしていずれ我が身をも滅ぼす』。魔女に伝わる言葉さ」

「……」


 バルクは全く同調できなかったが、反論して気まぐれ大魔導師を怒らせたくもなかった。


「それよりジュリー、さっきのウルフは何だ?」

「アタイも知りたいさ。邪悪な気は感じたね。他にはいないようだけど」

「そうか……」


 バルクは安心した。あれだけ強いモンスターが他にいるのであれば、村に知らせる必要がある。


「斬った手応えはあったのかい?」

「それはあった。確かに動物を斬った感触だった」

「……なるほど。面白くなってきたね」

「どこが面白いんだよ」


 好戦的な魔女はうずうずしている様子だ。


「う、うぅ……」

「サヤ!」


 気を失っていた女子高生が目を覚ました。


「……バ、ルク? 誰かと話してた?」


 いつの間にか、人見知り大魔導師はいなくなっていた。再び転移したのだろう。


「それより、痛いところはねェか?」

「うん。――うぅーん!」


 サヤは伸びをした。ただ夢を見て起きただけのように、平然と立ち上がって黄色いスーツケースに手をかけた。


「私、何で寝てたんだっけ?」

「……信じるよ」

「えっ?」


 バルクは青い瞳で、真っすぐサヤの目を見ながら言った。


「サヤが日本から転生してきたこと、俺は信じる」

「あ、ありがとう。どしたの急に?」

「実はな――」



―*―*―*―……


「やっと……はぁ、はぁ、着いたぁ。……はぁ、はぁ……」

「お疲れさん」

「あ! あれが翔空艦?」


 ラベラタ村裏山の山頂。山を平らに削り取った広い平面に、二機の翔空艦が停まっている。その周りには整備士の格好をした人間が数人いる。端の方に小さな木造の小屋が一軒だけ、ポツンと建っている。


「そうだな。あかいのが俺の――」

「うわぁ! 良い景色!」

「……」

(話聞けよ。本当に疲れてるのか?)


 山頂から見渡すと、周辺の景色がちょうど夕方の光に照らされていた。


「山に登ったのは初めてか?」

「一回だけあるよ。疲れるから、あんまり自分から登ろうとしなかったの。でも、こういう景色を見ると後悔しちゃうね……」

「……」

「待ちくたびれたぜバルク! さっき金の光が見えてよぅ!」


 山頂の入口付近にいる二人に、身長1mくらいの獣人セリアが話しかけてきた。全身緑の迷彩柄つなぎの上半身には、部品メーカーのワッペンがたくさん縫いつけてある。頭にかぶった緑のメットはあご下で固定していて、メットの上に大きなゴーグルをひっかけている。


「カワウソだ! かわいい!」


 サヤは突然興奮し、獣人に抱きつきだした。


「く、苦しいぜっ! バルク、こいつは何者でぃ!」

「すまないココ。そいつはいろいろ非常識なんだ」

「ちょっとバルク! それどういう意味!」

「リキュアの常識がねェって意味。地球にも獣人がいるのか?」


 サヤは首を横に振り、ココの体を触って調べ始めた。


「地球にいるのは喋らないけど、カワウソっていう動物に似てるんだ。長いひげがないね? 剃ってるの?」

「あ、あたぼうよ」

「すごくイケボだね! でも手足の肉球と水かきとか、太い尻尾はそっくり! 足の短さも――」

「で、でらぼうめぇ! くすぐったいぜぃ!」


 ココは警戒するように、バルクの後ろに隠れた。


「本当に何者でぃ! この無礼な娘はよ!」

「紹介しよう。さっき金の光を出した張本人――転生人の勇者サヤだ」

「ゆゆっ! 勇者でぃ?」

「はじめまして、室田紗弥です。なんか、勇者みたいです」

「……」

「あ! バルク様だ!」

「バルク様! さっき金の光が――」


 二人の整備士が歩み寄って来ると、バルクは二人だけに聞こえるトーンで声を出した。


「話は空に飛んでからだ。サヤが勇者なのは伏せるぞ」

「……」


 ココは悟ったように無言でうなずき、朱色の縦長レースカーのような形状の翔空艦に向かって四足で走りだした。


「なんか光ってたか? 急いでるんで通してくれ」

「そ、そうですか? お気を付けて」

「ほら! やっぱり見間違いじゃないか?」

「いや、本当に見たんだって!」

「……」


 バルクは平然を装い、言い合いをする整備士たちの間を抜けた。サヤは彼らに一礼をして、スーツケースを引いてバルクに続いた。


「わあぁ! かっこいいね!」


 サヤが翔空艦に近寄ると、かなりの迫力を感じた。その大きさは、車を何台か積めるトレーラーをさらにひと周り大きくしたほど。空気抵抗の少なそうな構造で、全体朱色をベースに黄色や銀色の線でいろいろな紋様が描かれている。バルクが機体左側の扉の前に立つと、扉が開いた。


「すごい! 自動ドアだ!」


 内部はU字の下側が前方にあるような間取り。外側の派手な色とは違い素材の色ばかりの配色だが、十席ある座席のシートだけ朱色なのがよく目立つ。先頭真ん中には操縦席が二つあり、ココがその右側の席の上に直立して色々なボタンを押している。その後方両脇には左右四つずつ座席が並んでいる。


「荷物は上にある収納に入れられる。トイレとシャワーはそっちの扉だ」


 バルクは入り口から右奥の鉄扉を指差した。その前にサヤが立つと扉が開いた。


「ここも自動ドアじゃん! ハイテクだね!」

「とにかく出発するぞ。好きな席に座れ」


 サヤは右側一番前の席へ進み、収納へスーツケースを入れて席に着いた。バルクは入り口近くの収納にさやごと大剣を入れ、ココの隣の副操縦席に座った。


「バルク、目的地は王都アルクラントの発着場で間違いないかい?」

「頼む。飛ばしてくれ」

合点承知がってんしょうちでぃ! そこの嬢ちゃん、機体が安定するまでしっかりシートベルトを締めるんだぜ!」

「はーい!――って、これどうするの?」

「まず左右のベルトをへその前で固定しろ。そんで、背もたれの上からY字のベルトを伸ばしてへそ前と繋げる」

「あ、こうなるんだ……できた!」

「なんか腰回りねじれてるぞ?」

「あ、ホントだ。――はいっ!」


 サヤがベルトを締めるとココは頭の上のゴーグルを目の位置まで下ろした。いくつかのスイッチを入れ、翔空艦の音が大きく響きだした。


「アミアイレ、翔空するぜ!」


 翔空艦が徐々に加速するように上昇した。かなりの高度になると上昇が止まり、向きだけを変え始めた。


「すごい! 耳キーンってなった! もう雲より高い! 村があんなに小っちゃいね!」

「うるせェな。思ったことをいちいち報告するな」

「え? なに? エンジン音で聞こえない!」

「目標北北東、王都アルクラント。後部エンジン点火するぜ!」


 高度を保ちながらの向きの変更が終わり、後ろ側のエンジン音が大きくなった。すると機体は徐々に加速しだした。


「速い……速い、速い!」


 ラベラタの村はすぐに見えなくなった。


「時速900kmに到達! 自動モードへ移行するぜ!」

『自動モード起動、移行完了』

「ふぅ……」


 緊張が溶けたココは、ゴーグルをメットの上にずらした。バルクとココがシートベルトを外して座席から立ったのを見て、サヤは同じように立った。


「『自動モード』って言ってたけど、ハンドル離して平気なの?」

「あたぼうよ。他の翔空艦が近づいても、察知して避けるんでぃ」

「すごいね! それにカワウソさん、座席に立って操縦しちゃうなんてかわいすぎるよ!」

「だからオレっちは、『カワウソさん』じゃなくてココでぃ! この翔空艦アミアイレ専属の、パイロット兼整備士なんでぃ!」

「ご、ごめんなさい」

「まぁココ。こいつはリキュアをよく知らねェから、勘弁してやってくれ」

「……その話、本当に信じて良いんでぃ?」

「ああ、タクミ以上の魔力量だ。おまえも見ただろう?」

「……」


 ココは疑いの目でサヤを見ている。


「えへへ、よく覚えてないんだけどね」


 見つめられた日本人は照れている。


「ココもバルクと一緒に魔王を倒したの?」

「てやんでぃ、オレっちは戦闘が苦手でぃ。バルクと出会ったのは魔王が討伐された後だぜ。その頃にゃ、翔空艦レーサーの学校にいたんでぃ」

「翔空艦レーサー?」

「この世界で最も人気あるレース、翔空艦レースのパイロットでぃ! 年に一度のグランプリにゃ、リキュア中から観客が集まるんだぜ!」

「ふ、ふぅん……」

(こいつ、絶対興味ないな)

「この翔空艦はココのなの?」

「んにゃ、バルクのだぜぃ」

「免許も持ってはいるんだが、整備する暇がねェからココに任せてる」

「つまりオレっちは、雇われパイロット兼整備士っつぅ訳でぃ」

「へぇ、家はラベラタにあるの?」

「いや、ここだぜ」

「……ん? えっと、名前を言った訳じゃなくて、この翔空艦に住んでるの?」

「そうなるぜ!」

「へ、へぇ、そっかぁ……」

(何だその嫌そうなリアクションは?)

「……おいサヤ。翔空艦は魔物を避ける紋様とかが施されてて、意外と安全なんだぞ?」

「い、いや。そうじゃなくって、ココって男の子でしょ? 私、初めて入った男の子の部屋が翔空艦だなんて……」

「は? どういう意味だ?」

「い、言えない」

「あっそ。どうでもいいけど腹が減った。ココ、例の缶詰あるか?」

「ちょっと! 『どうでもいい』ってなによ!」

「この前買い溜めしたラーメン缶でぃ? 後ろのヒーターであっためてあるぜ!」

「さすがはココだ!」


 バルクは機体後方へ歩きだした。


「え、リキュアにもラーメンがあるの?」

「ほう? 異世界にもあるとは奇遇でぃ!」

「二人は何にするんだ? 塩、しょうゆ、味噌、とんこつ。煮干しもあるな」


 バルクは後ろ側の小さい扉を開け、中を覗きながら質問した。


「オレっちは煮干し一択でぃ!」

「じゃあ私、しょうゆ!」

「ほらよ!」


 フォーク付きの缶が二つ飛んできた。


「あっつ!」

「あちちっ、あちいぜぃ! 肉球が焦げるでぃ!」


 二人は一度キャッチしたが、すぐにシートの上に置いた。


「あ、スマン。手袋してて熱いのか分からなくてよ」


 バルクは片手で三つの缶を縦に重ねて持ち、空いてる席に座った。


「バルクって、熱いもの持つために手袋してるの?」

「ん?……わ、悪かったよ! そんなに怒るなって」


 バルクは女子高生の心境を読み取り、早めの謝罪をした。


「自分が怒らせたくせに。――じゃ、食べよっか!」

「……」

(なんだか、バルクが尻に敷かれてるような気がするぜぃ?)


 三人は自分の缶詰を開けた。


「おいしそう! それじゃ、いただきます!」

「いただきます」

「いただきますだぜぃ!」


 全員が合掌した。


「ズルズル……うめェ!」

「フー、フー、ズルズルっ……ああぁ、やっぱり煮干しは最高だぜ!」

「ズルっ…………」

「サヤ?」


 しょうゆラーメン缶を口にした女子高生の目から、一筋の涙が流れた。


「熱いのか?」

「ううん。えへへ、なに泣いてるんだろ? でも、ほっとするなぁ」


 女子高生は、涙を人差し指で拭いながら答えた。


「……」


 バルクはふと三年前のタクミを思い出した。彼は涙を見せなかったが、時々考え込む表情が今のサヤと重なった。


(考えてみりゃ二人とも、どうやってこの世界に来たのかも、元の世界に戻る方法も分かってないんだよな……)


 バルクはチクリと心が痛む感覚がした。

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