5. 違う世界に飛ばされてんのに、なんで無理に明るく振る舞おうとするんだろうな?

「そういえばさ、ココって何歳なの?」


 ラーメン缶を食べ終えた後、サヤが質問した。


「オレっちは二十歳はたちだから、バルクの一つ上だぜ!」

「え! ココの方がお兄さんなんだ!」

「俺も今年二十歳にじゅっさいだから、ほぼ同じだけどな」

「チッチッチ、年上は年上だぜバルク君。世界は年功序列。もっとうやまうべきなんでぃ」

「……」

「ちなみに、サヤはいくつでぃ?」

「私は十六歳! あ、三人の中でココが年長さんだね!」

「そうだぜ! 二人とも頭が高いぜぃ!」


 ココは近くの座席の上に立って踏ん反り返った。


「ははぁー、ココ様ー!」

「ふん、控えおろう!」

「ははぁー!」

「何だこの茶番は? 年齢なんざどうでもいい。重要なのは年の取り方だ」


 ノリノリの二人にバルクは呆れていた。


「バルクは大人ぶりすぎ。ずっと私に冷たくてさ、ここまでついて来るのすっごく怖かったんだから! なのにまだ十九歳とか、オヤジかっ!」

「ん? バルクが冷てぇ? 誰よりも困った人を放っておけない、優しくて強いヒーロー気質だぜ」

「そりゃあ、勇者って言われたら警戒するだろ。それに俺は助けられる人を助けたいだけで、別にヒーローを気取ろうとも、大人ぶろうともしてねェよ」

「サヤ、バルクはこう見えて優しいんでぃ。悪いモンスターや犯罪者には容赦ねぇけど、弱い人や生き物は放ってけない性格なんだぜ?」

「あ、たしかに私の涙には弱かったかも!」

「あたぼうでぃ! 心優しい英雄だからだぜ!」

「まぁ、とにかくサヤ。疑って悪かった」

「……うん。信じてくれてありがとね」


 立ちあがって頭を下げたバルクの肩に、ココはよじ登った。


「でもよ、本当にサヤは勇者で間違いないんでぃ?」

「ああ、間違いなく金の魔法使いだ」

「でもよぉ、同じ時代に勇者が二人なんて今までなかったはずでぃ。しかも魔王がいない時代にだぜ?」

「俺や村長もそう思った。だがそれでも金の魔法の発動を目撃した。ジュリーのヤツも、大陸を越えて気が付いたくらいだ」

「あの三大魔女でぃ!」


 ココは驚いて、バルクの肩からピョンと降りた。


「ああ。ジュリーは強い魔力に敏感だからな」

「……分かったぜ。バルクがそこまで言うんにゃ、オレっちも信じるぜ」

「ココ! ありがとうー!」


 サヤはココへ抱きついた。


「く、苦しいぜぃ! あ、変なところ触るんじゃっ――……」


 ココはサヤから逃れ、バルクの後ろに隠れた。


「はぁ、はぁ……べ、べらぼうめ」

「『べらぼうめ』ってどういう意味?」

「馬鹿野郎って意味だし、完全なセクハラだからな」

「ご、ごめんなさい! モフモフしてるからつい触っちゃったの!」

「わ、分かりゃいいってことよぉ……」


 ココは呼吸を整えた。


「そ、そんでよ、サヤを勇者に会わせるために連れてきたんでぃ?」

「ああ。同じ日本から来たらしいからな」

「――ねぇバルク。勇者って、何をすればいいのかな?」


 サヤは突然、真面目な質問を挟んだ。


「さぁな。普通なら魔王を倒す目的で、旅をするんだろうな」

「でも、今は魔王がいないんでしょ? 私はどうするべきなんだろ?」

「俺に聞くな。自分の進路は自分で決めろ」

「やっぱり冷たっ!」

「……まぁ、勇者じゃない十六歳だって同じ悩みを抱えてるだろ。『勇者だからこうしなきゃ』って考えより、サヤがどうしたいかが重要なんじゃねェのか?」

「私が、どうしたいか?」

「ああ」


 バルクは一つ伸びをした。


「リキュアに来てばっかなんだし、焦って答えを出す必要はねェよ。それよりシャワー浴びようぜ? サヤ、先にいいぞ」

「いいの?」

「ああ、レディファーストだ」

「へぇ、そういう言葉はリキュアにもあるんだね?」

「そういや、タクミも言ってたな」

「そっか……じゃ、お先しまーす!」


 サヤはスーツケースから着替えの白いモコモコパジャマとバスタオルを取り出し、後方扉前まで進んで振り返った。


「……覗かないでよ?」

「興味ねェから安心しろ。さっさと行け」

「むぅ、ウザい」


 サヤは膨れっ面で扉の向こう側に行き、扉をロックした。


「ああいうはタイプじゃないんでぃ?」

「はぁ? 自分のタイプだったら覗くのかよ?」

「覗きは男のロマンでぃ!」

自重じちょうしろ。サヤはそういうのを怖がってんだろうが」

「怖がってたのはバルクが疑ったことだぜぃ。さっきのは完全にフリでぃ。男なら、覗く素振りくらいは見せないと逆に失礼でぃ」

「どうだかな」


 シャワー室に響くサヤの鼻歌が聴こえてきた。


「……転生ってよ、どんな感じだろうな?」

「なんでぃ、いつになく神妙な顔でぃ?」

「サヤもタクミもよ、違う世界に飛ばされてんのに、なんで無理に明るく振る舞おうとするんだろうな?」

「サヤは無理に明るくしてるんでぃ? オレっちには、純粋に楽しんでるように見えるぜ?」

「ラーメン缶を食べた時の表情が、アイツの本音だと俺は思う。知らない世界に飛ばされた不安の中で、故郷の味を口にしたリアクションがな」

「まぁ、故郷の味を感じたら嬉しいだろうぜぃ」

「どうしてタクミやサヤが転生したんだ? もし転生が神の仕業なら、理由を問いただしてェところだな」

「うーん、仮に会えても教えてくれなそうだぜ」

「……まぁ、そうだよな」



―*―*―*―……


 次の日の昼過ぎ。翔空艦アミアイレは王都アルクラントの上空に着いた。


「うわぁ! すごい! あれがお城なの? 豪華客船みたい!」

「勇者の都アルクラント。かつて世界を救った初代勇者『アルクラント』が使っていた、超巨大翔空艦を城としている。城の内部は十五階まであって、広い玉座の間や劇場、カジノも含めて千部屋以上あるらしい」


 窓から食い入るように見る女子高生に、バルクが解説した。


「千部屋もあるんだ! 全体銀色に、てっぺんの大きい砲台とか羽の飾りは金色でピッカピカだね!」


 お城から左右と前方側には様々な建物が広く建ち並んでいる。そして城の後方から繋がる横長の建物は、こちらも巨大なターミナルだ。その先にはコンクリートの敷地や滑走路が広がり、ざっと数えても五十機以上の翔空艦が並んでいる。



―*―


「すごい! 広い! ピカピカでキラキラ! 奥の行き止まりがちっちゃく見えるよー!」


 アルクラント城内十階の一本通路。床は四角い白いタイルが敷き詰められ、天井には等間隔にシャンデリアが吊るされている。広々とした通路両脇の壁とドアの色は真っ白で、金のドアノブが並んでいる。


「こちら十階は、国賓級のお客様が泊まられるフロアでございます」


 スーツケースを転がす女子高生と大剣を背負った筋肉質の剣士を、白黒服のメイドが案内している。鎧を着た数人の兵士が配置されている。


「良いのか? こんな豪華な階層に泊まって?」

「何を仰いますか。バルク様は国賓級の英雄ですよ」

「いや、俺なんて大したこと――」

「いいじゃんバルク! 甘えちゃおうよ! でもホントにきれい。ココも来ればよかったのに」

「あいつは翔空艦が恋人だからな。少し長旅だったし、整備をしないと落ち着かねェんだよ」

「へ、へぇ。恋人?」

「……」

(絶対引いてるな)

「着きました。こちらがサヤ様のお部屋です」


 長い通路の中心付近で、メイドは立ち止まった。唯一通路が十字路になっている部分の角部屋だ。


「こちらのカードキーをお渡しします。その荷物を置きましたら玉座の間へ参りましょう」

「ありがとう! 開いた! うわぁ広い!……すごい景色! 町がいっぱい見えるよー!」


 サヤはどんどん部屋の奥に行った後、すぐに荷物を置いて出てきた。


「もう、よろしいですか?」

「うん!」

「……」

(熱しやすく冷めやすい、忙しい奴だな)

「かしこまりました」


 扉が閉まると自動でロックがかかる音がした。


「メイドさん! あとで洗濯物出してもいい?」

「もちろんでございます。何なりとおっしゃってください」

「やった!」

「バルク様、こちらが向かいのお部屋のキーでございます」

「悪いな、何から何まで」

「ふふふ、それが私どもの仕事ですから。それでは玉座の間に参りましょう。タクミ様もお呼びいたします」


 メイドは十字路の曲がった所にある豪華な金のエレベーターに、二種類のカードキーをかざしてロックを解除した。そして上ボタンを押し、エレベーターを呼び出した。


「ねぇバルク。王様ってどんな人?」

「アルクラントの王様は、若くしてとても頭の切れるお方だ」

「ふぅん。そういえば、タクミさんの話もちゃんとしてなかったね? どんな人なの?」

「一言で言えば、あいつは天才だ」

「天才?」

「剣も魔法も、すぐにコツを掴んで自分のモノにしちまう。努力してるところなんて見たことねェ。なのに戦闘センスがずば抜けてて、戦いの中でどんどん強くなりやがる」

「やがる? 強くなってほしくないの?」

「努力を怠るくせに強いのが俺は気に入らねェ。ちゃんと修行してたらもっと強いはずなのによ」

「それって、バルクが魔法使えないから妬んでるんじゃないの?」

「んな訳あるか。素質があるのにもったいねェって話だよ」

「エレベーターが参りました。どうぞ」


 メイドは冷静に二人を誘導し、最上階の十五階のボタンを押した。扉が閉まり動きだした。


「エレベーターも金ピカ! すごすぎ!」

「こら落ち着け。飛び跳ねんな」

「サヤ様、揺れますのでお止めください」


 エレベーターは十五階に着き、三人は赤いカーペットの上に立った。翔空艦の中とは思えないほどの広さがあり、さっきのフロアより天井が二倍以上高い。客室のような部屋はなく、太い円柱が何本かある。翔空艦前方側には赤い壁が横一線に覆っていて、その中央には国の紋章が画かれた大扉がある。


「さぁ、参りましょう」


 三人は大扉に向かって歩き出した。扉の前には強そうな警備兵が二人立っていて、窓際にも数人の兵士が見張りをしている。それぞれがバルクと目が合うと右手で敬礼をした。


「ふふふ」

「なんだよ? ニヤニヤして?」

「やっぱり、バルクはすごい人なんだなぁって思ってさ」

「そうでもねェさ。魔王戦じゃ二軍だった」

「え! そうなの? あんなに強いのに?」

「魔王は動きが速ェし魔法を使う。攻撃手段が剣だけだと距離を取られて、一撃食らわすのもひと苦労だ」

「でも討伐パーティだから、みんなに尊敬されてるんでしょ? 私なんて、『いつかは人から尊敬されるようになりたい』って思ってたら転生してるし。もう叶えられないから、羨ましいな」

「……」

「バルク様、サヤ様、着きました」

「メイドさん、ありがとう!」

「はい、それではまた」

「お久しぶりですバルク殿!」


 扉の前に立つ大男が話しかけてきた。


「おう! おまえも元気そうだな」

「はっ。王がお待ちです」

「ああ、開けてくれ」

「それでは。――バルク殿が参りました! お通ししてもよろしいでしょうか?」


 警備兵は頑丈な扉に向かって大きな声を出し、耳を澄ました。


「……はっ。お通しします!」


 二人の兵士がそれぞれ左右の扉を手で引いて開く間、バルクはサヤの耳に手をかざした。


「失礼がないようにな。動きは俺の真似をしろ」

「わかった。……うわぁ! 機械がいっぱいある! 今までで一番すごい部屋かも!――いった!」


 言ったそばからリアクションが止まらないサヤの足を、バルクは軽く踏んだ。

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