2. 過去の歴史にも、勇者が同時に二人存在した例はねェ。

 青空が広がる清々すがすがしい朝。大剣を背負った赤髪剣士が、ラベラタ村の入り口から大通りを歩いている。


「あ! バルクかえってきた!」

「おかえりなさい!」 


 整った装備にひるむことなく、男の子と女の子が話しかけてきた。ちなみにバルクは未婚者で、どちらも自分の子供ではない。


「おう! ただいま!」

「あのね、おじいちゃんがね、『バルクがかえってきたら教会にきて』っていってたよ!」

「村長が?……おう、分かった!」


 この双子は村長の孫だ。


「ねぇねぇ! またこりずにしゅぎょーしてたの?」

「『また懲りず』って、誰からそんな言葉を教わったんだ?」

「あのね、パパがね、『いつまでバルクはえーゆーきどりなんだ』っていってたよ。『だれとたたかうためにしゅぎょーしてるんだ』って」

「あははっ! マネうまーい!」

「……」

(村長の息子め。親に教育が必要だな)

「俺はな、村を守るために修行してんの! 強いモンスターが襲ってきてもいいようにな」

「ふぅん、そうなんだぁ」

「キャー! 泥棒!」

「誰か! そいつを捕まえろ!」

「オラオラ! どけどけー!」


 中央の噴水広場からバルクのいる方向へ、灰色ローブのフードを深く被った男が女性用のカバンを持って走ってきた。


「あとはこういう時な。二人とも、危ねェから隠れてろ」

「いわれなくてもわかってるよ」

「バルク。てかてかげんしてあげてね?」

「手加減だろ。いいから早く隠れろ」

『はーい』


 同時に返事をした双子は、近くの果物屋の中に入った。周りにいた通行人もバルクに気付いて、邪魔にならないように道をあけた。


「邪魔だ邪魔だー!」

「ラベラタで犯罪をして、俺に向かってとはいい度胸だな――はあっ!」

「ぐはぁ! いってぇ!」


 バルクはフードを被った男の懐へ踏み込み、首元を掴んで背負い投げをした。背中を地面に叩きつけ苦悶の表情を浮かべる男の両足首を、バルクはグローブをした手でがっちりと掴んだ。


「や、やめろ! う、うわ、うわぁあぁあぁー!」


 バルクは自慢の馬鹿力で、自分を軸に相手をグルグルと回した。相当なスピードによる遠心力で、ひったくりの体は宙に浮いて飛んでいきそうだ。


「ほらよ!」

「わあぁぁぁぁー!」


 バルクがハンマー投げのように手を離すと、ひったくりは村の敷地外まで飛んでいった。


「二度とラベラタに来んな!……で、このカバンはどなたの?」


 バルクの右手にはひったくられたカバンが握られていた。


「わ、私です! ありがとうごさいますバルク様! 何かお礼を――」

「いや、礼はいらねェよ。んじゃ!」


 バルクは若い女性にカバンを渡して歩こうとしたが、野次馬やじうまらに取り囲まれた。


「きゃー! バルク様!」

「どんな特訓したら、あんな遠くまで投げれるんですか!」

「さすがは魔王討伐メンバーじゃ!」

「カッケー!」

「よっ! リキュア一番の力持ち!」

「みんな悪い! 村長に用があるんで通してくれ!」


 バルクは村人たちをかき分けながら、村の中央にある教会に進んでいった。



―*―……


「……ふぅ」


 バルクは声援を浴びながら、教会入り口の大きな扉を閉じた。正面奥には巨大な女神像があり、その後ろのステンドグラスからカラフルな光が降り注いでいる。バルクは木製の椅子が並ぶ間を中央あたりまで歩いて立ち止まり、建物内の奥に向けて口を開いた。


「おーい! じいさん! 来たぞ!」

「……おぉお! バルクか! 待っとったぞ!」


 神父の格好で立派な白髭を蓄えた村長が、女神像脇の出入り口から現れた。


「じいさん。あんたの息子に『孫へ変な言葉を吹き込むな』って、言っといてくれねェか? 日に日に毒舌の成長が著しくて、将来が心配だ」


 村長が歩みよる間、バルクは報告した。


「ふぉっふぉっ、また新しい言葉を覚えよったな……外が騒がしいが、何かあったのか?」

「ああ。ひったくりがいたから、村の外に投げ飛ばしてやった」

「またか。村の人間か?」

「いや、俺が分からねェからよそ者だろうな」

「まったく、よそから来てまで悪さをするとはのう。魔王を討伐しても不届き者は減らんのか?」

「むしろ増えてんじゃねェか? 魔王がいた頃よりも貧富の差が開いてる感じがする」

「三年前の人々は、あれだけ結束していたのにのう」

「魔王みたいな共通の敵がいる方が、人は結束できたりしてな。……それよりじいさん。今日は何で――」

「そうじゃった! お主を呼んだのは他でもない。お主しか頼れる者がおらんのじゃ。――おおい! サヤよ!」

「……はーい!」


 さっき村長が出てきた方向から返事がして、一人の女子が走り出てきた。若干パーマがかかった茶色い髪を、白いシュシュで頭の左側を括っている。白シャツの首元は赤いチェック柄のリボン、その上に着たピンクのセーターは袖が長いのか指先しか見えない。下はリボンと同じチェック柄のスカートに紺のハイソックス、茶色のローファーを履いている――日本の女子高生の制服姿だった。


「いたっ!」


 つまずく物が何もない中央の通路で、女子高生はバタンと音を出して転んだ。


「これこれ。走ったりするからじゃ」

「うう、ごめんなさい」

「……」

(なんだこいつ。ドジっ子か?)

「ほれ。立てるか?」

「うん……」


 神父の助けを借りて立ち上がると、 女子は地面に着いた部分を手で払った。


「それでじいさん。この子を紹介したいと?」

「そうじゃ」

「俺はバルクだ。三年前の魔王討伐隊メンバーだ」

「えっと、とうばつ?」

「バルクはリキュアで一番の大剣使いで、魔王を倒したメンバーなのじゃ。『豪傑ごうけつ剣神けんじん』という、二つ名もあるのう」

「ご、ごうケツの犬人けんじん? へ、へぇ、立派なんだね?……」


 制服女子は愛想笑いをしながらバルクのお尻を覗き込んだ。


「……?」

(何だ? このリアクションは?)

「えっと、私は室田むろた紗弥さやです。十六歳の女子高生です。よろしくお願いします」

「おう。よろしくな」


 サヤが礼をすると、バルクは太い右腕を出して握手を求めた。緊張気味の女子は恐る恐る両手で握手をした。


「……『女子高生』って、何だ?」

「ええっと、なんて言うか、はいすくーるすちゅーでんと?」

「ハイスク?……じいさん、新しい呪文か?」

「なぜワシに聞くんじゃ? 魔法はお主の方が詳しいじゃろう」

「だから俺は魔法が使えねェし、嫌いなんだよ――」


 バルクは悲しい表情をしているサヤに気が付いた。


「悪い。初めて聞いた言葉だったからよ」

「え? あ、いや、遠いところに来ちゃったんだなぁって思って」

「遠いところ? どういう意味だ?」


 バルクは心がざわついた。


「私は日本にっぽんの、神奈川県出身なの」


 見慣れない服装に聞き慣れない言葉。そして、この世界の常識を知らないかのような反応。しかし、バルクは『日本』という地名は知っていた。


「……」

「あ、あのう?」

「……日本、だと?」

「知っとるのか!」

「ああ。タクミと同じだ」

「勇者殿と! それは誠か?」

「えっと、他にも日本人がいるの?」

「……」


 希望のまなざしを向けるサヤをバルクは睨み返し、左手で背中の大剣を抜いて剣先を首に向けた。


「え? どうしてっ――」


 希少な鋼で造られた刀身に、柄に近い部分にはめ込まれた大きな銀の魔石がキラキラと輝いている。


「今まで自分が勇者だと偽る者はいくらでもいた。だが過去の歴史にも、勇者が同時に二人存在した例はねェ。だがおまえは転生を主張している。タクミの出身地をどこで知った? おまえは何者だ?」

「ま、待って! 私は日本から来ただけで、勇者なんかじゃない。ただの学生で……」


 刃を向けられた女子高生は、恐怖で声が震えている。


「サヤよ。もし本当にお主が異世界から転生してきたのであれば、勇者であるのと同じなのじゃ。勇者の力を宿す者は全て、リキュア以外の世界から来たという共通点がある。しかしバルクの言う通り、勇者が二人同時に存在した例はないのだ。もし嘘をついておるのなら、真実を話して欲しいのじゃ」

「そんな……私は嘘なんてついてない……。気がついたら、この村にいて……」


 サヤはその場に崩れるように座り込み、長い袖で目を覆って泣き始めた。バルクは少し剣を遠ざけながらも向け続けた。


「古来より、『勇者のホラ吹きは人々を惑わし、災いをもたらす』と言われてる。最悪の場合、混乱を招いて町一つを壊滅させた事例もある。それを知ってもなお、日本から来たって言えんのか?」

「私は……そんなつもりじゃ……」


 泣き止まない彼女の反応を見て、バルクは心が痛んだ。


「……明け方にこの教会で物音がしてな。見に来たらこの子が寝ていたのじゃ。起こして話を聞いても、リキュアのことはさっぱりでな」

「それで異世界の話があったから、俺を呼んだのか」

「そうじゃ。最初は記憶喪失を疑ったんじゃが、それにしては異世界の話をはっきり申すのでな。ラベラタで勇者殿をよく知っておるのは、元討伐隊のバルクしかおらんからのう」

「……」


 泣き続けている少女の姿に、バルクはゆっくりと大剣を背中のさやに収めた。


「もういい。泣いてる女を責める趣味はねェ」

「……ひっく」

「そこまでリキュアを知らねェって言うのなら、これから王都にいるタクミに会って、日本人か見極めてもらうってのはどうだ?」

「……おう、と?」

「よいのかバルク。翔空艦でも丸一日かかるのではないか?」

「ちょうどテュラムのお見舞いに行く予定だったからな。ついでだ」

「病気で入院しているという、アルクラントの将軍殿か」

「ああ。それにこの女がホラ吹きだとしたら、村にいねェ方がいいだろう」

「しかし、バルクがおるとはいえ、翔空艦の発着場までは危険じゃからのう」

「……外は、……ひっく、……危ないの?」


 涙の余韻を残しながら、サヤは質問した。


「ああ。モンスターがウヨウヨしてる。この辺にいるのは強くねェけどな」

「サヤ、どうするのじゃ? 無理はせんでよいのだぞ?」

「……行きたい。……疑われたまま何もしないのは……もっと不安だから」

「……分かったわい。ならば、倉庫にある女性用の鎧を着ていくとよいじゃろう。そうと決まればバルク、村の入り口で待ち合わせとしよう」

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