07: 無垢の花束③

【鈴木賢】

戦友である同僚を罠にかけ自殺に追い込み、慕ってくれる部下を過労死させ、無理な要求を突き付ける上司の靴を舐めて、僕は確固たる地位を得た。世界有数の共同企業体、アンドロイド製造業最大手「ブロンクス・ダイナミックス社」の人事部長。世界を僕中心に回す事ができると信じていたのだ。


ある朝、聞いたこともないジャマイカの病院から、一通のメッセージが来ていた。母さんの死亡証明通知だった。数日前に元気な姿をバイザー越しで見ていただけに、すぐには信じ難かった。観光中に乗っていたクワドロコプターが墜落したという事だっが、プロペラに巻き込まれて遺体は回収できなかった。クローン再生用の生きた肉片は回収出来なかった事に対して、遺族は訴えないとのサインをし、病院へ返信する。


僕は独りぼっちになった。人生は、世界は、独りで生きるには寂しすぎる。心の閾値を下げれば、すぐに涙が溢れてきた。


いや、本当は怖いだけなのかもしれない。母さんのように、僕もそのうち死んで、意識が消えて、何も感じなくなり、存在しなくなる。もうすぐ50代。僕に残っている時間はそんなに長くない。真っ黒な不安と真っ赤な焦りが、僕の内蔵を焼き尽くす。


母さんは会うたびに「だれかいい人いないの?」と迫ってきた。どうしようもない苛立ちと、出口のない口論が今は懐かしい。それが母さんなりの愛だったのだろう。今なら客観的に見ることができる。


若いころは、時間が経てば「女性に対するコンプレックス」は緩和していくと思っていた。地位と富があれば、優しい女性が自然と見つかると思っていた。同年代はどんどん結婚し、家族を形成し、僕だけ取り残されていった。父が死に、母が死んで、見ないように、触らないように、気づかないように、ずっと閉じ込め続けてきた『孤独』が噴き出して僕の心を蝕む。


僕が死ぬ時に、「君と一緒の人生は楽しかったよ」と言ってあげられる相手が欲しい。


精神構造の最下層に刻まれた『女性に対する恐怖心』を取り去るには他に方法がない。威厳があり慈悲深い、この詐欺師のような男に、今は賭けるしか無い。

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空想記憶クリニック ティーさん(ポスト・ヒューマン) @drtea

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