β42 正門突破★信者は亡者か

   1


 むくちゃんへのラブレターを唱えたのは、玲が、天守閣から落下しながらの一瞬だった。

 美舞の手は離れており、黒い十字架建物の一番高い塔から最下層へと身を沈めて行く。


 ガサッガササーッ。


「いててて……」


 玲は、茂みに上手く落ちた様だ。


「あ、俺は生きているのか……」


 両の手を見つめた。


「さっき、俺は、むくちゃんに気持ちを伝えようとしたが。それは、幻か?」


 天守閣を仰ぐ。


「むくちゃん……」


 あのラブレターには玲の真が詰まっていた。


「さあ、こうしては、いられない。どこか入り口を探そう。上はもう無理だ。正門付近へ行くしかない」


 黒の腕時計で、時刻、十一時四十五分を確認して、行動に移す。


 ガサッガササッ。


「茂みはうるさいから、出ないとな」


 ガサッ。


「おっと、丁度良く出られたようだな」


 案の定、ここも暗くて、よく見えない。


「昼間の簡単な下見だと、十字架の建物を右手にしながら、歩いて行けばいい筈だ」


 茂みに触れないように、凡その幅を空けて、右手に十字架建物、左手の向こうの方に城壁の気配を感じて、進んで行った。


「いつまでも、明かりもないし、人も居ないな。油断大敵雨あられだ……」


 そうっと行き続けて、五分が経った。


「ふう……。ガマガエルの気分」


 汗を拭うのではなく、発汗を根性で制する。


「俺がこうしている間、カルキにやられている美舞も追って来ないし、むくちゃんも飛んで来たり、テレパシーをしたりしない。これは、何事かが起きているのか?」


 再び、そろそろと歩き出した。


「おっ、ここで、茂みが切れるのか。何かあるな」


 身を低くし、辺りを見渡す。

 右手に気配を感じてはっとした。


「……あれは、信者とか言う人々か?」


 人影を照らすように、明かりが列を作っている。


「何か持っているな」


 皆、両手を合わせて燭台を持っていた。

 暗闇がなくなるのはありがたかったが、見付かるのは、どうにもよろしくない。


 スッ。


 更に身を潜めた。


「他にも何か黒い物を持っているが、あれは……。見覚えがある」


 黒いくるみボタンが転がって来たので拾った。


「まさか。だが、間違いなく俺のコートのだ」


   2


 玲は、ぞっとした。 


「確かに、車に置いて来た筈なのだが。コートの件は、この信者か美舞が、一枚かんでいるに違いない」


 コインパーキングでは、自分に害がある物や不審者は見当たらなかったが。


「この列も、五分もすれば、皆入るだろう。どうやって、潜入しようか」


 玲は、自分のコートとろうそくを持つ列を良く観察していた。


「そうだな。最後のあの女を静かにさせて、俺が入る」


 ラスト三人になった。

 皆、ぼうっと前を見ている。

 ラスト二人だ。


「いざ……!」


 玲は、さっと飛び出した。

 そして、件の女を静かにさせるべく、体を手刀打ちする。

 直ぐ様、だらりとした女を横にし、見つからない様に、コートのくるみボタンとろうそくを持った。


「後は、何くわぬ顔で並んでいればいいか……」


 バレない様にと、気配を落とす。

 玲は、俯いていた。

 しかし、少し歩むと、正門の秘密に体で触れる。


「これが、正門の正体か……!」


   3


「真っ暗だ……。中に入った筈だが」


 静かにじっとしていた。

 持っていた筈のろうそくがない。


「美舞?」


 手には、くるみボタンがあった。

 はっとして呼んだ。


「美舞、赤ちゃんは? むくちゃんは?」


 ずっと気になっていた事に、心が冷えた。


「生きているのか? もうダメって事は、ないよな……」


 胸が迷い出し、冷静さを欠きそうになる。


「美舞ー! むーくー!」


 呼んでも何の音一つなく、静かだった。


「どこを向いても真っ暗だよ」


 目を凝らし見渡しても無駄だと分かる。


「そうだ、歩こう。何か出口が、光がないか?」


 一歩踏み出した。


「あった、下に何かあるな」


 数歩、進める。


「うわっむにゃむにゃとしている。気持ち悪い」


 酔った感じに近かった。


「ぐらぐらするな。吐き気もして来た」


 暫く歩き回って、玲に異変が起きる。


「な、何かを探していた様な気がするが」


 心が虚ろになり、自我が剥がれそうになっていた。


「いつからこんな所にいたのかな」


 ――こは、虚数空間なり。


「え? 誰? 直接話して来たの?」


 ――名は?


「名前……。誰の?」

 

 ――吾の名は?


「自分か? んー。それより、誰かを探しているみたいなんだが」


 目的を失わなくて良かったとほっとした。


 ――名は?


「んー」


 中々思い出せない。

 とっかかりはないものか。


 ――名は?


 ころっ。


 玲は、足下に何かある感じがした。

 黒くて丸いものを拾う。

 これは、ボタンだと分かった。

 それも格別のものだ。


「み、み、みま。む……。み、む」


 こんな感じなのだが……。


 ――名は?


「そ、そうだ! み、美舞……。妻の」


 ぼんやりと、懐かしくて恥ずかしい笑顔が浮かぶ。


「それに、む、むく……。むくちゃんだ、赤ちゃん。娘だ」


 生まれたばかりの家族を忘れていなかった。

 まだ、笑わないが、お話を沢山した気がする。

 咳を一つすると、しゃがれた頭の中がすうっと澄み渡った。


「俺の探している人は、土方美舞と土方むくだ!」


 やっと認識した。

 上の方を向いて叫ぶ。


「美舞ー! むくちゃんー!」


 会いたい。


 ぐにゃんぐにゃん。


 空間が歪む。


「俺は、ここにいるぞ!」


 玲が叫ぶと、虚数空間なるものは、消えた。

 真っ黒だったのが、まるで血の様な赤い建物の中へと通じる門になる。 

 そして、門から続く中の様子がありありと見えた。


「これが、城の入り口なのか」


 何もないと思っていた所に、列をなしていた信者達が、亡者の様にぼんやりと佇んでいた。


「カルキ、目的はなんだ?」


 空に叫ぶ。


「俺の目的は、愛する家族を護ることだ!」

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