β43 奇妙な行進★時間城への潜入

   1


 気が付くと、信者達は、俺を見ていた。


「おいおい、俺は、関係ないだろう」


 凡そ、左右、二十人ずつの、我を失った様な信者達が、トンネルを作ってゆっくりと襲って来る。


「待てよ、善良な信者達よ、君らの崇める神は、どこにいるのかい?」


 信者達は、お構いなく歩みとも取れない音を立てながら、近寄った。


 ずしゃずしゃ。

 ずるりずるり。


「参ったな。何故、こっちへ来るのかな? 神に会いに来たのでしょう?」


 ずるんずるん。


 信者の一人、ブラウンのジャンバーを来た男が、面を突き合わせる。


「止めろ、帰りなさい」


 玲の言葉も聞かず、左腕をぶん回して来たので、玲は、右手をさっと上げて、ブロックした。


「やあっ」


 そして、そのまま、男の腕を掴んで、投げる。

 元々我を失っていたが、伸びて気を失ったようだ。


「止めなさいって」


 ずるるずるる。


「俺は、負けないよ。妻と娘を助けると言う使命があるからな」


 今度は、左から、花柄のスカーフをした女が、蛙の様に跳躍した。


「やあっ」


 玲は、下から腹に向かってストレートにパンチをし、女の体躯を打ち上げる。


「分かった? 攻撃はおしまい。全員伸してしまおうと思えば、できるから、止めなさいね」


 玲は、自信を取り戻して来た。


「そうだ、俺は、美舞と闘える腕はあったのだな。暫く振りで、忘れていたよ」


「オオオオ」


「ウウオオ」


 信者達は、呻いて、再び佇み始め、攻撃は止めたようだ。


「話せる仲だな。カルキ、美舞を崇めに来たのだろう。道案内してくれるかい」


   2


 信者達は、暫く佇んだ後、淀んだ目をしたまま、再び落としていた燭台を手に取った。

 勿論、灯火はない。

 先頭にいた、オレンジの服を着た髪の長い女が、燭台を握った両手をかざした。


「オオ……」


 他の信者も燭台を両手で握り、胸に当ててから、かざす。


「オオ……」

「オオ……」


「五芒星の城壁に囲まれた、この十字架建物。まだまだ、謎が深い。このまま、真っ直ぐに行けば、縦長の構造を行くだろう。彼らは奥に行くのか……? しんがりに混ざってついて行こう」


 玲も燭台を手にした。


「コートのくるみボタンはもうないのだろうか。誰も持っていない様子だが」


 不思議な事が多く、玲は悩ましくなった。


「オオ……。オ……」


 ボウッ。

 ボウッ。


「驚かすなよ。まるで、道を照らす様に黒い床が点々と燃えるとは」


 信者の足下にくるみボタンが散らばっていた様だ。

 その火から、ろうそくに灯火はされない。

 玲だけが灯を持つと違和感を与える為、火に燭台を寄せなかった。


「随分とゆっくりだが、前に進むな」


 玲は、にじりにじりと歩んだ。


「しかし、信者達は、何故、生きているのに、足音がまるで腐っている様なのか。俺には、そう聞こえるが。亡者ではないよな。さっきは投げ技ができた位だ」


「オオ……」


 ずるる。

 ずしゃ。


「俺は、バレていそうな気もするが。足音は、忍者の如くは、得意だが、亡者の如くは、不得手だな」


 独り言ちるしかない。


   3


 体内時計で凡そ三十分は歩いた。


「なんか、喉が渇くな。水が欲しい。ここは、乾いている。火のせいか……。美舞。君は、お腹が空かないのかい? 今なら何が食べたいかな」


 食べ物の心配をするのは、玲の優しさからだ。


「美舞、君は、水分を摂っているのかい? ウルフお義父さんに付き合って好きになった、レモンティーも飲めていないだろうな。可哀想に。そうだ、俺は、君に食べ物を持って来れば良かったな。ごめんな」


 美舞に元気でいて欲しいと切に願っていた。


「むくちゃんのミルクは、十一時に飲ませたっきりだな。あれから一時間半以上位か。お粥は、食べた時に、美味しそうで良かった。離乳食も早いな、はは」


 黒色をしたバンドの腕時計に目をやる。


「時間が、分からない?」


 時計は、ぐるぐると回っていた。

 反時計回りに、せわしく回る。


「何だ、これは。もうこれ位で驚かないが。虚数空間は、もう出たのだよな」


 自覚症状がある程、はっきりと出た。

 あの正門だ。


「さっき、美舞と天守閣で会った時は、この時計は、壊れた動きをしなかった。茂みで時刻を確認できた。城壁の中までは、大丈夫なのか」


 針が余りにもせわしいので、この異常を意識せざるを得ない。

 だから、玲は、時を知るのを止める事にした。

 ある仮説が過る。

 この説は一瞬にして考えたかに思えた。

 何故ならば、時間の感覚が大分違うからだ。

 加速度的に進んでいる。


「この城は、特に天守閣だが、時間をコントロールしていないか?」


 パッアーン……!


「そうか!」


 ここからの思考は、水が波紋を広げる様だった。


「むくちゃんのテレパシーの会話術や飛翔術は、置いておくとしても、離乳食に入るとか、身体的成長、美舞ママに僻むとか色々だが、会話の内容等、精神的成長には、目を見張るものがあった」


 そして、考えは、まとまりを見せた。


「もし、時間が、むくちゃんの成長を助けているとすれば、納得が行く。影響力があるのが城の中に限定はしない。近くに住んでいてもある」


 妻の美舞にも同じく言えよう。


「では、美舞は、どうなっているのか? むくちゃんの場合と同じだと、老けてしまっている? さっき、天守閣で手を踏みつけられた時には、顔が見えなかった」


 美舞のいつもの可愛い笑みを思い浮かべた。


「いや、老けてしまっても、いつまでも愛しているが、カルキのせいで、可哀想だ。待っていろ、この先にいるのだろう?」


 玲は、好戦的な目を光らせる。


「俺は、美舞に会いに来た。そして、助ける! むくちゃんもだ! むくちゃんは、鼠ではないぞ」


 玲には、愛があった。


「待っていろ、カルキ……!」


 玲には、必ず救わなくてはならない妻と娘がいる。


「この城は、時間城……! 俺から、想い出を奪えると思うなよ!」

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