β40 夜間飛翔潜入★玲の後悔遅し

   1


 すうー……。


 二人で、城が、五芒星に見える所まで、高く上がった。


 ――このくらいでいいですか?


「ひょおお。何、このスースー感」


 玲は、高所恐怖症ではないが、何とも言えないスースーする感じが、嫌にならない訳はなかった。


「まあ、馴れよう。むくちゃんは、そんな事言わないし。な、むくちゃん」


 ――こわいです。たかいですね。ここ。


「そ、そうだよな。どこか見付けて降りよう。美舞専用の入り口は、多分天守閣の上だと思うから。屋根瓦に降りようか」


 ――わかりました。そっとおろします。このあたりにします。


「頼むな……。そーっとな」


 ガチャーン。

 ガチャガチャ。


「これは、まずい事になったよ」


 まさかの迷コントロールだ。

 思わず小声になるが、遅いかも知れない。


 ――かわらが、われてしまいました。ごめんなさい。


「済んでしまった事だ。それはいいから。ここから離れよう」


 今度こそ、そうっと移動した。

 むくちゃんは、屋根に沿い、低く飛んだ。


「何か、泥棒みたいだな」


 玲にはこうした行動がウルフやマリアに比べて苦手らしい。

 月明かりもなく、城にライトもなかった。

 今、明るくしたら、泥棒二匹がお縄だ。


 ビュウビュウー。


「寒いなあ……。むくちゃんが、風邪引いてしまうな」


 風が目に厳しい。

 開けようとも薄目になってしまった。


 ――どうしましたか?


「寒いだろう。こっちにおいで」


 むくちゃんに手を伸ばす。


 ――そんなにさむくありません。だいじょうぶです。


「いいから」


 ふわりと浮いていたむくちゃんを優しく引き寄せて抱いた。


 ぎゅっ。


「あそこで尾根が切れている。そこまで、這って行くよ」


 タイトな服装で来たので、掛けてあげる上着がないのを悔やんでいる。


「ごめんな」


 ――ふぎゃ。ぱーぱ、ぎゅっしなくてもだいじょうぶです。


「そう言わないで、俺が甘かった。大丈夫だから。行こう……。まだ、見付かっていない」


 ゆっくり、動き出した。


 ズリズリ。

 ガタ。


「気を付けて」


 囁く。


 ズリズリズリ。

 ガタガタ。


「もう少し……。ふう……」


 降りられそうな所まで来た。

 むくちゃんを抱えたまま、体の向きを変えて、右足から降りる。

 その足で探り、置き場があった。


「よし」


『何の鼠か? お客様?』


 右足をぐっと下に引かれる。

 そのまま、ズリ落ちた。


 ――ズサアアア……。


「うわああ!」


 体が落下した途端に、とっかかりに掴まれた。

 ふわっと浮いて、気持ちの良いものではない。

 その上、聞き覚えのある声に驚きを隠せなかった。


「……この声。この声は! 美舞なのか?」


   2


「美舞! どうしていた? 元気だったか?」


 感動の再会となる。

 しかし、この身を左手一つで支えていたので、美舞が足をぎりっと踏みねじるのが切なかった。


「美舞が……。見えなくて、残念だよ」


『如何に見ようとも、この鼠、カルキの信者ではなきにあらず』


 玲のすがっていたとっかかりに、美舞は、ぐりっと足をねじ込んだ。


「うああああ! や、止めような、美舞」


 美舞は、更にねじ込む。


 ぐっぐっぐりっ。


『そこの者、吾は、カルキなり。ミマイとは、なんぞ?』


 上から見下ろしている目線は、気配から分かる程、氷の様だった。


「俺が、愛している妻だ」


 熱い想いで、ぐっと放つ。

 しかし、カルキには、通じない様だ。


「俺は、土方玲。まだ、幼い俺達の娘は、土方むく。何か思い出さないか?」


 玲も、ここで引けない。


『如何なる話ぞ? ぬしは吾を愚弄しに来た輩なり』


 氷の様な視線に、びりっと来た。


「慌てるな、美舞、お前は、カルキではない。土方家の大切な妻、そして――」


 ――まーま。


「むくちゃん! 飛んだら危ない!」


 抱いていたのに、飛び出してしまった。


 ――まーまとあそびたかったです。


 ふわふわふわふわ。


 ふわりと緑のおくるみのまま飛ぶ。

 美舞の攻撃範疇に入ってもにこにことしていた。


「むくちゃん、今は、待ってくれ。美舞と話し合おう……!」


 必死で止める。

 だが、離れてしまい、玲自身が身動き取れなくてもがいていた。


 ずしゃっ。

 べしゃっ。


「む、むくちゃ……」


 愛憎が、がむしゃらに走る。


   3


「何が起きたんだー! 何の音だ? 潰れる音が、ずしゃっとか、聞こえたぞ」


 玲に焦りがつのる。


『鼠がおったのじゃ』


 上から、又、聞こえた。


「むくちゃんの事か? 俺達の赤ちゃんだぞ! まさか……」


『ムクチャン? そは、なんぞ?』


「うああああ! やめてくれ、悪夢だと言ってくれ!」


 耳を塞ぎたいが、そうも行かない。


「むくちゃん! むくちゃん! むくちゃん!」


 叫ぶ。

 叫ぶ。

 叫ぶ。

 

「どこにいるんだー! むーくー!」


 娘を探す声が、天空から城内に向けて響いた。


「大好きなんだ。愛しているんだ。かけがえがないんだ。むくちゃんの事を世界一愛しているぱーぱは、俺だ!」


 そうだ。


「俺だ!」


 そうだった。


「俺が、パパだ!」


 大切なむくちゃんのぱーぱは。


「す、姿を見せてくれ、頼むから……」

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