β39 城への潜入直前★美舞を倒すな
1
「おはよう、むくちゃん」
何時が朝か分からないが、赤ちゃんのいる生活では、大体七時だと決めていた。
――おはようございます。ぱーぱ。
「ご機嫌如何ですか?」
玲は、寝不足なだけで、こっくりこっくりとしている。
――だいじょうぶですよ。
昨日の夢は、うつつではない様だ。
むくちゃんが、けろっとしている。
「むくちゃんは、マリアお義母さんの所に行くかい? 俺は、今夜、黒い五芒星の城を見に行くのだが」
危険な場所なので、連れて行くのは、憚られた。
――むくちゃんは、いっしょにいきたいです。ぜったいに、まーまにあいたいです。
「分かったよ。言い出したらキリがないからな。無理だけはするなよ」
これ位は、大方予測していた。
――はい。わかりました。
「夜十一時に出掛ける。それまでは、お腹いっぱい、ミルクを飲みな」
腹が減っては、戦ができぬ。
しかし、玲は、少食になっていた。
疲れのせいだろう。
――そろそろ、おかゆがたべたいです。
「え? 又、成長が早いな。お粥は、最初の離乳食だよ。知っているのか。食べて行くか!」
にこにことする玲はパパ顔だ。
「いつも、楽しいことは娘のむくちゃんから来るなあ。むくちゃんの成長が早いのは、大丈夫かと疑問にも思っていたが。まあ、お粥は昼からあげてみようか」
――おねがします。ぱーぱ。
「にこにこが増すだろうよ」
2
それから、玲は、慌ただしくしていた。
――おかゆのしたくがたいへんなのですか?
「違うよ、大丈夫。今夜の支度。さっさとしたに越した事がない。タイトであたたかい服、黒の上下を詰めたりしているんだよ。動き易いだろう? 後、美舞がボタンだけ何度も付けてくれたこのコート。くるみボタンなんだ。想い出も途中まで着て出掛けよう」
バタバタしていた。
――しゅつじんですか?
「出陣? いや、違うよ。美舞は、殺しちゃいけないんだ」
大きく首を振る。
「だから、お出掛けだと思ってくれな。美舞は、具合が悪いと思って、優しくおうちに帰って貰おうと思っているよ。だから、殺したら、いけないよ」
――まーまだからですか?
「こんなに愛せる人を倒しに行くなんて考えるなよ?」
ちょっと怖い声で、荷物を片付けていた。
――ぱーぱは、むくちゃんもだいすきですか?
「むくちゃんも愛しているよ。だけど、美舞ママは、別格なんだよ。格別」
分からなくてもいいから、話して置く。
――あいするひとに、ちがいがあるのですか。むくちゃんには、むずかしいです。
「どんな、神か悪魔かに染まっていても、病気をしているだけなんだ。風邪を引いていれば、看病もするだろう」
五年、六年、美舞を愛して見つめて来たが、病める時に、付き添えないなんて、
――ぱーぱは、つよいひとなのですね。
「美舞が、桜の花の様だと言った事があったね。美舞は、美しさの中に、毅さがあった。だから、そう見えたのだろうな」
玲は、窓の外をうっとりと見て、振り返っている。
「だから、愛したのかな……。あんな、小僧っこの頃に、プロポーズしたり、されたりー。恥ずかしいね!」
むくちゃんに背を向けて、にやっとした。
そして、でれでれした後に、口をタコにしてしまう。
――まーまもなのですか。いいぱーぱに、いいまーまだったのですね。
玲は、はっとした。
夢想していた様だ。
「お米、仕掛けて置いたから、今からお粥にするよ。秋田産のあきたこまちにしてみたよ」
――だれですか? あきたさん?
「ぱーぱのママ、むくちゃんのばあばが住んでいた所のお米だよ」
はははと笑った。
「ベビーチェアに座ろうね」
世話を焼くのは嫌いじゃない。
だから、続けていられると思った。
3
「さて、作戦だ。頭に入れて置く。メモは、禁止な」
――はい。
「美舞が自分の城に入るのに、専用の入り口があると思う」
城主だろうとの推理だ。
――とくべつなまーまですから。
「そして、集まって来た人々の列に正門があると思われる」
多分、美舞に呼ばれている可哀想な人々だろう。
――はいりやすいからですね。おもてのいちからは。
「今夜の仕事は、二つ」
玲は、チョキを出した。
――はい。
「一つは、美舞専用の入り口を見付ける事。あわよくば、入り方の解明」
これで、優位に立てる。
――はい、わかりました。
「もう一つは、美舞とどの様な関係にあるか、あの正門から入って行く人々を調べる。何かある筈だ。何の目的であそこに居たのか。あわよくば、潜入方法の解明」
元から断たなきゃダメの作戦だ。
――そちらも、りょうかいです。
「むくちゃんの服はどうしようかな?」
さっきから、後回しにしていた課題だった。
――これがいいです。これをおねがいいたします。
「成る程、寒くするなよ。緑のおくるみを掛けて行こう」
――ありがとうございます。
4
シャラン。
シャラン。
「十一時だ。では、行くよ。徳乃川神宮までは、車で行くからな」
カーラジオは流していた。
余計な事を考えないのと、会話を怪しまれない為にもだ。
「天守閣付近に、十一時十五分から。表の入り口付近に、零時十五分から。城は午前一時十五分には去る。時間外の行動はしない。わかったかな。頭をメモ帳にしてな」
赤ちゃんだが、むくちゃんには、分かると思って話していた。
――わかりました。
間もなく、徳乃川神宮の森に着いた。
付近のコインパーキングを利用する。
玲は、自分のコートを脱いで、シートに置いた。
「少し肌寒いかな」
体を空気に慣らす。
「おくるみ要るかい?」
むくちゃんの膝に掛けていた緑のそれを取りながら聞いた。
――じぶんで、まきつけていきます。くるくるできます。
「器用だなあ、相変わらず」
暫く、色々と考えていた。
パーキングに車を閉めた後、辺りを見回したが、特別、怪しい節はない。
玲は、むくちゃんを抱いて歩き始めると、十分で立ちはだかる城壁の前に着いた。
大体裏門に近そうな所だ。
――ぱーぱ。てんしゅかくみたいなところのまうえに、さきにあがるのですね?
「そのつもりだよ。上げてくれるかい? むくちゃん飛翔の術で」
ちょっと怖いが、そこは我慢して頼む。
――はい、わかりました。
「よろしく頼むな。無理になったら、教えてくれ」
ふわふわふわふわ。
――うわーい。じゆうなかんじがします。
先に、むくちゃんが浮いた。
――よいしょ。よいしょ。まえよりかるいです。
「本当に軽いのか、むくちゃんの力がムキムキになったかだな」
冗談半分で言った。
――むきむき?
「さあ、第一次潜入に、行こう!」
――はい。
いよいよ、初潜入だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます