β35 愛した理由★美舞は消えて行く

   1


 ピロピロピロ……。

 ピロピロピロ……。


「もしもし、土方美舞さんのお電話でしょうか? 日菜子でーす」


 こんな電話を掛けるのは、彼女だ。


「はい、土方玲です。お待たせ致しました。ごめん、美舞は、休んでいて。俺が出てしまって」


 美舞のスマホに出ていた。


「あ、玲君。お久し振り」


 明るい日菜子の声に救われる。


「美舞の大切な日菜子さんにお久し振りになってしまって。お祝いを戴いたのに。病室にはピンクのプードルの寄り添う様な素敵なお花も贈ってくださりありがとうございます。美舞は、喜んでいましたよ。俺も感謝しています。本当に」


 玲は電話の向こうで頭を垂れた。


「すみません、挨拶が長くなり。それで、ご用件は何でしょうか。承けたまわります」


「ああ、そうそう。そちらに、伺ってもいいかな?」


 日菜子の配慮しての電話だ。


「いや、このまま電話がいいかな。ちょっとたて込んでいまして」


 本気で正直、困っていた。


「OK。色々あるんだね。お見舞いその他色々かな。又にするよ。タイミング悪くてごめんね。お二人に渡したかったのがあったのよ」


 いつでも会える。

 日菜子はそのつもりで電話と言う糸から別れようとした。


「すみません」


 恐縮する玲は後に日菜子に驚かされるのだが。


「いやいや、またね」


「はい、失礼致します」


 ガチャリ。


 ツーツー。

 ツー。


 玲は、休んでいる美舞に目をやった。


   2


「俺が、愛した理由って、分かるかい?」


 静かに眠っている美舞に、そっと声を掛ける。


「理由なんてない。それが答えだ。分かっていたかな? 美舞なら、分かっていたよね。今なら、どう答える? これから、美舞は、むくちゃんをママとして愛する日が始まっていた筈なんだ」


 美舞の手が布団に入っていたので、五芒星の痣と六芒星の痣があるかは、確認できなかった。

 しかし、何か気を感じて仕方がない。


「どうして、こうなったのかは、もういい。俺は、美舞のそのままを受け入れる。どんな状態でも、俺の愛は……。変わらない。そして、お互いの髪に霜が降るとしても、隣にいて欲しい」


 美舞の寝顔をよく見つめた。

 変わらないと言えば変わらない可愛い寝顔だったが、カルキの依代となっていては堪らない。


「キスをしてもいいかな?」


 玲は、そんな事を普段は訊かない。

 今だけは……。


「美舞……」


 ゆっくり、顔を近づけて行った。


「……美舞。……美舞」


 自然と玲らしくもなく潤んだ。

 玲の双眸から、つううっと……。

 そして、美舞の頬に落ちた。


「あ、起こしちゃったかな、ごめ……」


 ビシャッ。


「あてっ……。ビンタはないんじゃないか。悪かったよ」


 武闘家美舞に、マジにやられた右頬を庇う。


「ほんぎゃあ。ほんぎゃあ」


 急に、又、泣き出した。


「あ、むくちゃんが」


 玲は、さっとむくちゃんの方に行き、抱き上げたが、美舞は、すくっと立ち上がると、素足のまま歩いて行く。


「美舞、どこへ行くんだ!」


 むくちゃんを抱いたまま、玲の声が追った。


 シャラン。

 シャラン。


 美舞は、家を出て行ってしまった。


 ――まーま。まーま。まーま。


「美舞ー!」


 玲は玄関へ影を追う。


「美舞……!」


 気配ごと消えて行った。


「……美舞! 美舞!」


   3


 シャラン。

 シャラン。


 玲は、むくちゃんを抱いたまま、玄関を出て見渡したが、美舞は、いなかった。

 静かにだが、玲には珍しくかなり急いで、下まで降りて行く。

 暫く、近辺を探したが、見つからなかった。


 ――まーま。いないですね。


「美舞……。何処へ行ったんだ。消えてしまうなんて」


 自分の足跡を辿らない様に探していたが、他に足跡はなかった。

 誰の足跡もないなんて。

 いくらなんでも、これは、カルキが追われない様にした以外に考えられない。

 玲は、深刻な顔をして、白い息を吐いた。


 ――まーまは、近くには、もう、いません。


「むくちゃんの力で、分かるのか」


 娘と母親失踪について語るのが、玲には、酷な事だ。

 赤ちゃんには何の罪もないのに。


 ――まーま。ようすが、へんでした。


「そうだな。こんな日だ。まだ、雪が寒い。むくちゃんも一緒にお家に入ろう」


 自分の足跡を辿って、四階の部屋に戻った。


 シャラン。

 シャラン。


 ――まーま。


「なあ、むくちゃん。心の綺麗な美舞に戻って欲しいな」


 玲は、エアコンをあたたかめにする。


 ――まーまは、こころがきれいなのですね。むくちゃんのまーまは。うれしいです。


「そうだよ。綺麗なんだ。桜の花かと思ったよ。顔も可愛いけど、やはり、心だね」


 むくちゃんをベビーベッドで着替えさせた。


 ――さくらのはなですか。まーまは、おはななのですか?


「そんな綺麗さがあると今でも信じているよ。カルキの依代になる前は」


 布団を掛けてあげると、何故だか、玲は、落ち着きを取り戻す。


 ――むくちゃんのせいで、かるきになったのです。むくちゃんのために、しゅじゅつで、きょすうくうかんに、いってしまったから。


「むくちゃん、悲観するばかりではないよ」


 可愛い赤ちゃんに、にやにやした。


 ――そうですか、ぱーぱ。


「ママはね、正直で嘘もなく、真っ直ぐでいて、人との繋がり、友達を大切にする、パパの尊敬する人。そして、少し照れ屋さんだったりするよ」


 自分の妻だから、際限なくにやにやする。


 ――そうなのですか。


「パパは、甘いケーキとか好きなんだけど、ママは、がんばってもレモンティーなんだよ。可笑しいね。ふふ」


 にやにやが、止まらない様子を娘に知られても構わない。


 ――ぱーぱは、まーまのことになると、たのしそうですね。


「いや、実際、楽しいよ。まいらばー、だし」


 ニヤリと決めた。


 ――それは、なんですか。


「愛しちゃったのよ」

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