β31 転生★ピンクのほほえみの為に

   1


 プルルルル……。

 プルルルル……。


 ピッ。


「はい、芳川です。あ、美舞? どうしたの? 電話なんて」


 電話で少しこもった声で、芳川日菜子が出てくれた。


「あ、ひなちゃん。あ、あのさ……」


 もごもごしている美舞がまるで見えるようだ。

 こんな恥ずかしがり屋な面も結構あるのを親友は知っている。


「うん?」


 いつも通りに聞く体勢に入る様子が、日菜子の声音で分かった。


「な、なんでもないや!」


 恥ずかしいのが、マックスのご様子で、電話は早々と切られた。


 ガチャ。


 ツー。

 ツー。


「なんですと?」


 日菜子は、すぐさま掛け直した。


 ピロピロピロ……。

 ピロピロピロ……。


「もしもし、土方美舞さんのお電話でしょうか?」


「はい、土方美舞です。お待たせしました。はい、ごめんなさい。僕が悪かったです」


 電話様に向かって、頭を垂れるのも目の前にいるかのようだ。


「謝るなら、電話は切らない事だよ。土方美舞君! ははは」


 先方が怒っている様子はないので、美舞も安心しつつ、礼儀は重んじる。


「すみません……」


 ぺこぺこするのさえ伝わって来た。

 多分、赤べこみたいだろう。


「はははは。ふふふふ。うふふ……」


 日菜子の笑いが愛らしく変わって行く。


「ど、どうしたの?」


 笑われているので、不思議と思って訊いた。


「美舞、玲君との素敵なご報告かな?」


 二人は親友だから、呼吸が分かる。

 にまにまって、擬音が聞こえそうであった。


「え? いや、え? なんで? え? はい、はい」


 ドギマギ。

 こちらは、そんな擬音にもなる。


「きゃあー。やっぱり? おめでとうございます。予定日は?」


 お見通しの日菜子はほくほくしていた。

 そして、からかいではなく、喜んでいる。

 嬉しいからだ。


「さ、三月三十一日なんだ……」


 玲との結婚、あのときよりも一段と胸が熱くなって来た。

 ふと涙が滲み、この頃時折掛ける様になった黒縁の眼鏡を少しずらした。


「そうか、ママになるんだね。何だかとても嬉しいけど、この電話の様に、遠くへ行ってしまいそう」


 電話の声も遠い感じになる。

 日菜子は、独身を貫いており、妊娠もしていなかった。

 美舞はその差を感じ取り、フォローを入れる。


「そ、そんな事ないよ。ひなちゃんとは、生涯の親友だよ!」


 誠を分かって欲しくて、一所懸命に声を前に出す。


「本当におめでとう。心から祈っています。無事に、ね。うん、それだけは、体にだけは気を付けてね。武道は、休みなさいね」


「ん、ありがとう」


 分かっていると、伝えたかった。

 でも、以心伝心を信じて、それ以上を塞いだ。


「じゃあ、又」


「うん、またね。またね」


 これきりの電話にしたくない。

 名残惜しくて堪らなかった。


 ガチャリ。


 ツー。

 ツー。


 そして、冷たい機械の音にやり切れなくなった。


 シャラン。

 シャラン。


 その胸中でいる時、突然、ベルが鳴る。

 徳川第二団地の四〇一号室に美舞の実家と同じベルを取り付けた。

 我が家に帰って来るのは、決まっている。


   2


「あっ。れ、玲、お帰りなさい。医学部の後、塾のアルバイトは? 今日はないのね?」


 受話器を置いた後、奥の六畳間のリビングで寛いでいた。

 まるいテーブルに野菜ジュースを置き、テレビを見ている所だ。

 

 まだ、お腹は目立っていないが、リラックスする為に、赤と生成のボーダーのマタニティウエアを着ている。


「美舞がさ、ボーダーが好きってだけで笑ってしまって、ごはんのおかずが要らないよ」


 玲が、毎度の如く笑い転げた。

 何でも可愛い様でだ。


「明るい色味が好きなのは、きっと、産まれてくる赤ちゃんの趣味かもね。良いでしょう」


 玲は、黒のコートを脱いだ。


「玲は、何かと黒。シャツもパンツもベルトも腕時計も、黒。性格は、甘いのですけどね」


 美舞は、対抗意識で、にやりとして笑ってやった。


「僕は、玲がこんなに、黒ばかり着るのに、コーヒーは、角砂糖三つにミルクがないと駄目って、知っているんだからね」


 玲には、両親が居ない。

 母の土方さおりは早くに亡くなっていた。

 玲の父、葉慈は怪しげな方法と妖しいモノにより、殺されてしまい天涯孤独の身だ。

 実家がなかったが、土方家がお家断絶になる為、美舞から嫁ぐ形で、一人娘だが実家を離れた。


 そんな事を思い出しながら、美舞は結婚の喜びも切なさも妻となり考えることがある。


「玲って、団地の四階まで、足音が聞こえないね。いつも、びっくりだよ」


 少し、野菜ジュースを飲んだ。

 この頃、喉も渇くし、栄養も摂りたいからストックがある。


「余り驚くと、赤ちゃんもびっくりしないかい?」


 優しい玲は、いつまでも変わらない。


「玲、優しいね。ありがとう」


 一つ年下でも、感覚的には、同い年だ。

 彼は三月十一日生まれで、美舞は三月十日生まれで、年に一日だけ、美舞が二つ上になる。

 そんな縁にも擽られた。

 そして、出産予定日が三月三十一日とは、生まれて来る子にも、深い縁を感じる。


「検診、一緒に通うから、共にがんばろうな。美舞ができない事は、遠慮するな。俺がなんでもやるさ」


 照れ屋にしては珍しく、肩なんか抱いて来た。


「勿論、生まれてからも、俺達の子を全力で育てるし……。守るから。心配すんな」


 美舞は、額に皺を寄せて、青い顔をしている。


「き、機嫌直して」


 さっと玲が妻を離す。


悪阻つわりみたい。ごめ、トイレ……!」


 秒速幾つかで、トイレに駆け込んだ。


「うっうっ……!」


 吐くには、トイレが最適だと経験した。

 間に合わないと、ティッシュでは足りないし、洗面所では流れない。

 美舞もかなり、慣れて来た。


「困ったね。力になれなくて悪い。余り吐き過ぎるな」


 赤ちゃんを授かるには、こんな道もあるのかとは、二人の溜め息も漏れる。


   3


 そして、何ヵ月か過ぎ、美舞はレントゲンで確かめる事になった。


 徳川大学大学病院とくがわだいがくだいがくびょういんの医師の藤原ふじわらあかりが話す。


「土方美舞さん、当初からご相談していました通り、帝王切開に致しましょうか。やはり、赤ちゃんの頭の大きさが骨盤を通るのは、難しいのですね」


 いつもゆっくりとし、優しげの女医だ。


「そうですか。分かりました」


 特段、驚いた訳ではない。

 自分が小柄だから、分かってはいた。


「あちらで、帝王切開についてやスケジュール等、お話し致しましょう。ご主人もおいでください」


「はい。分かりました」


 玲も、納得はしていた。


「ああ、やはり帝王切開か。手術か」


 美舞の手にそっと触れる。


「何でもないとは思うけど、心配しないと言えば嘘になるな」


「玲……」


 ふと、この手のあたたかさに気が付いた。


 そして、美舞の五芒星と六芒星の痣についても、二人は再び心配した。

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