異世界のゴミ事情から考える。

うたた寝シキカ

勇者様。俺らは明日、ハローワークへ行きます。

 勇者様ご一行が、派手にやらかしてくれた。

 街はずれで魔物の群れを退治したのだ。

 俺と相棒の仕事がどっと増えた。


「ゴミ処理屋、あとの掃除は任せたぞ。給料の分は働けよ」

「へいへい」

「勇者様、先に宿屋へ戻っていてください。お仲間の皆さんも」


 勇者の横柄な態度に、俺はいつも通り礼儀も何もない応えを返した。

 相棒は俺を咎めることもせず、大人な対応である。表面上は。


 勇者と仲間たち一行の姿が完全に見えなくなってから、俺は盛大にため息を吐いた。奴らへの日頃の鬱憤を、口に出さずにはいられない。


「ゴミ処理屋じゃなくって、何でも屋だって言ってんだろーが!あの勇者め!」

「まあまあ。そう怒りなさんな」


 相棒は穏やかな口調と表情で、仕事道具を準備しつつある。

 くそう。なんで相棒はこんなに大人なんだよ。俺と同い年のはずなのに。

 はらわたを煮えくりかえしながら、俺も渋々と仕事道具を鞄から引っ張り出す。


 目の前には、大小合わせて十匹ほどの魔物の骸。

 相棒は律儀に両手を合わせて、彼らへ祈りを捧げた。俺は、やらない。でも、相棒の祈りの時間を邪魔もしない。ほんの一分ほどだし。ただ、待つだけ。

「お待たせ。さあ、仕事を始めようか」

 祈りを終えた相棒は、爽やかな笑顔を見せた。


 俺たちの仕事は何でも屋。

 今は勇者たち一行に雇われて、旅のお供をしている。


 こう言えば聞こえはいいが、実際のところはただの従業員だ。しかも雇い主はかなり黒いことをしている。ブラックな雇用主だ。

 安い賃金で買い出しやら武具の手入れやら任されている。これらの仕事は、まだいい。


 一番の主たる仕事は、勇者たちが退治した魔物の、骸を適切に処理することだ。


 仕事道具の刃物やら鈍器やらを手に、しばし考え込む。

 正直、骸を処理するのは嫌いだ。

 技術を持っているからと言って、その技術を発揮することが好き、とは限らないだろ?


 だから、今日も目の前の彼らを野菜だと思うことにする。


 うん、あれらは野菜だ。これなんか、カボチャにしか見えないじゃないか。

 少し心が軽くなったところで、処理……もとい、下準備を始める。

 カボチャはだいぶ硬そうだから後回しにしよう。

 まずは、ひょろ長いキュウリから。キュウリは、輪切りでいいか。端っこの方は後で土に埋めよう。

 次はこっちのトウモロコシ。力は要らないが手間がかかるなあ。表面の葉を剥いで、黄色い粒々を包丁で丁寧に削いでいく。街へ戻ったら、武器商人たちに売ろう。最近の相場だと、買い叩かれるのは目に見えているが。

 さて、お次は……。


「はあぁー。やっと、野菜が全部カット済み野菜になったあぁー」

「お疲れ様」

 心身ともに疲労困憊した俺に比べて、相棒は相変わらず爽やかな笑顔だ。

 頬にトマト果汁が付いてるけどな。

 まあ、俺の手や服も似たような状態だが。

「俺、何でこの仕事してんだろーなぁ。……骸が綺麗な光になって消える世界だったら、良かったのに」

「あっ、そーゆー世界もあるらしいよ」

「あるんかい!」

 疲労困憊だったのに、思わず叫んでエネルギーを消費してしまった。いや、あれば良いなあとは確かに思ったけれど。


「この前、酒場で相席したおっさんが異世界からの旅行者だったんだけどさ。その人の出身世界では、魔物だろうが人だろうが、みんな死んだら光になって消えるんだって」

「なんだよそれ!チートかよ!神ってるな!!羨ましいわ〜」

「うーん。オレは、羨ましくないけどねー」

「へ?」


 自分の考えを普段あまり喋らない相棒が、淡々と話し始めた。


「骸が光になる。それは、確かに綺麗な光景だろうな。跡形もなく消えるんなら、死んだカラダの処理も必要ない」

「だろうな。……そんで?」


 相棒は何考えてるんだか分かりにくいやつだ。けれど、俺よりも賢いことは知ってる。話の続きを聞こうと思った。


「もし、この世界でも同じ現象が起こるようになったら。オレたちは、仕事をひとつ失うかもしれない。骸を処理する必要が無くなるからな。勇者たちも、オレやお前を雇う必要は薄れる」

「あー、まあ、そうかもな」

「そんでもって、今から付け加えるけど……。件のおっさんの世界は、肉も魚も野菜も、食えないそうだ。霞を食べて命をつなぐだけで精一杯だってよ」

「んん?意味わからん。もうちょい噛み砕いて」

「豚も牛も、川魚も海魚も、野菜も果物も、死んだら光になるそうだ。食べようがない」

「えぇー、ルール厳しいなあ」

「お前、霞は好きか?」

「……分かんね」


 俺は、深くて長いため息を吐いた。


 相棒は俺をバカにした風でもなく、口元に微笑みを浮かべて俺の肩をトントン、と優しく叩いた。まるで母親が赤子をあやすような手つきだ。

 お前、いつから俺の母ちゃんになったんだよ。面倒見てくれるのは嬉しいけどな。


「あのさ、母ちゃん。相棒として、いっこ相談してもいい?」

「母ちゃんじゃないけどな。相談はいくつでもどうぞ」

 相棒は真面目に訂正を入れてから、快諾してくれた。ノリ悪いけれど、相棒のこの性格、嫌いじゃない。

「……明日、一緒にハローワーク行かねーか?」

「転職したいの?」

「俺たちの能力を、ちゃんと認めてくれる雇用主を探したいんだ。給料だけがとかじゃなくて、人としても、って言うか」

「ふむ……」

「なんだったら、骸処理の仕事でも、野菜のカット作業でも、どっちでもいいんだ。ただ、お前の能力が正当に評価されないのは、もううんざりなんだよ」

「くくっ」

「なんで笑うんだよ」

「その言葉、そっくりそのまま返すわ。じゃ、明日行こう。思い返せば、勇者たちに雇われてから一日も休日なんて無かったからな」

「よっし、決まりだな」


 宿屋へ戻ったら、勇者へ言ってやろう。

 相棒のように自然に見える笑顔を作ることは、できないだろうけれど。

 歪な笑顔を作って、精一杯の皮肉を込めて。様もつけて、言ってやろう。


『勇者様。俺らは明日、ハローワークへ行きます。』

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異世界のゴミ事情から考える。 うたた寝シキカ @shimotsuki

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