第4話

「しかしよくわかんね~な~、こんな美味いものが食えないなんて人生損してるぜ新井~ほんと可哀想にな~」


なぜだろうか。その言葉が俺は妙に癪に触った。


「あ?ほっとけ。お前に俺の何がわかるんだよ」


「な、なんだよ 怒ることな、ないだろ~」


松山はいきなり強くなった俺の語気にたじろいだ。


俺ははっとして平常心を取り戻す。


「いや、悪かった。ありがとな、食ってくれて」


ちゃんと礼は言っておかないとな。この先にもこいつには頼むことがあるだろうし。


「お、お~」

松山はまだ戸惑っていたようだが、

それを無視して俺は前に向きなおり ふと考える。


可哀想、か。

まあ松山のように嫌いなものなくなんでも食べられるのならこんなに苦労することなく生きてこられたんだろうな。


もし野菜嫌いなんかなく給食を毎日美味しく食べることができたらどれだけ気楽になれるだろうか。


それに給食が食べられれば昼休憩も毎日菊池たちと一緒に遊ぶことができる。そしたら今よりももっとたくさんの友達ができていたかもしれない。



そしたら今よりももっと楽しいことが待っていたかもしれない。


今よりももっと世界は輝いていたのかもしれない。


俺に嫌いなものなんてなくなんでも食べることができた世界。


そんなものは存在しないことはわかっている。

たらればなんてなんの意味もないこともわかっている。

それは幻想に過ぎないんだ。



でも本当は俺も…



「おーい新井ー 早く机下げてくれー」


前の席の菊池に声をかけられ、俺は少しうろたえる。


「え?あ、悪い悪い すぐ下げるよ」




いかんいかん、また意味のないことをしてしまったな。目の前のことに集中しなくては。



掃除の時間の為に昼休憩の間に教室の後方に机を下げなくてはいけない。


先生の机から距離を置くことができるからスキルを発動させる上では好都合だ。


俺に続いて菊池も下げてくる。



「菊池ぃー 早く行こうぜー」


メンバーの1人が菊池に声をかける。

「おう!」


菊池達は今日も元気に教室を飛び出して行った。 今日はドッジでもするのだろうか。毎日毎日よくやるなぁ、ほんと健康的。


その影響もあってか、あいつらはみんな体育の成績がすこぶるいい。


菊池の身体能力とかもはや中学生レベル。 中学生の身体能力がどんなもんなのか知らんけど。将来 スポーツ選手になったりしてな。



ちなみに俺のこないだの新体力テストの評価はDでした。

どうも、Dの名を継ぐ者、新井です。



気づけばもう半分以上が空席になっている。今日も昼休憩の遊びには参加できそうにない。



× × ×



さあて、どうするかな。


またいつものように教室に取り残されてしまった。 もう食ってる奴は7.8人しかいない。中にはもう食い終わったのにまだ隣のやつと駄弁ってる奴もいる。



そしてやっぱり相沢もまだ残っている。


食べるのが遅いっていうか、お上品なのよね、この子。お箸の持ち方とかとてもお綺麗ですわ。


俺もそろそろ次の段階に移行しないとな。

現在、バトルゾーンにはほうれん草のソテーとマグロレバーのケチャップ絡め、そしてもうほとんど残っていない牛乳がある。


戦況を確認して俺は呟く。


「#隕石落下__メテオスパイク__#、発動可能」


ついにこれを使う時が来た。



牛乳のフタの包装を隔ててほうれん草のソテーを掴む。


プラスチックとはいえ鷲掴みする格好になるので若干手が汚れてしまう可能性があるのだが、もし汚れてしまった時は後でスプーンをわざと床に落としてスプーンとともに手を洗うことで解決できる。

ほんと悪知恵はよく働くな。


俺は席を立ち堂々と歩みを進める。


ふと先生の方に目をやる。

先生はどうやら宿題の丸つけをやっているようだ。こちらの方を一瞬チラッと見てきたような気がしたがすぐに手元に視線を戻す。

当然だ、なんせ俺はただ単にゴミを捨てに行っているだけなのだから。


ゴミをゴミ箱に捨てるという行為に別の意味を見出そうとする人間はほとんどいないだろう。日常におけるごくごく当たり前の行動に一切不信な香りが漂うことはない。


そしてゴミ箱の前に到達。

プラスチックゴミは軽いものが多く、特に給食の時間の終わりには牛乳のフタの包装で溢れかえっている。


ところでこの牛乳のフタの包装って正式名称なんて言うんだろうね。


そして俺は心の中で叫ぶ。


#隕石落下__メテオスパイク__#!



手に持っている先ほどまでゴミではなかったはずのものをゴミ箱に少し押し込む。


必殺技っぽいけど側から見たらゴミ箱からゴミが溢れないようにしてるただのいい人だ。


これで野菜の除去と社会的地位の向上を同時に達成。

完璧過ぎる。自分の才能が恐ろしいぜまったく。




もし見ている人がいればこんなことをしていて心が痛まないのかと思われるかもしれない。俺も流石にまったく痛まないと言えば嘘になる。


だがそこは極力考えないようにしている。俺の偏食は冗談抜きで中々に深刻なのだ。例えば今日のほうれん草のソテーを無理矢理にでも食べようものなら即座に嘔吐してしまうに違いない。


昔はよく担任に半ば強制的に野菜を食わされそうになって泣いていた記憶が蘇る。


「…」


はぁ、まーたやなこと思い出してしまった。このフラッシュバックする現象なんとかならんもんかね。

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