第2話B中学校⑦

残りの体育の授業。僕は体育館の隅っこで独り、体育座りをし、自分の愚かさを悔いていた。気が気ではない。つい勢いで自分の学生鞄の中にケースごとリコーダーを入れてしまったからな。これからなんとかして、リコーダーの頭部管以外を元の位置に戻さなければ……いや、一刻を争う今、頭部管を抜き取る時間なんてないぞ。しかたなし、作戦は来週に延期する他ないな。体育の授業は男女別々だからか、体操着には男子は教室で着替え、女子は体育館にある女子更衣室で着替える。だから女子は必然的に男子が着替え終わるまでは教室には入ってこない。それすなわち、女子が教室に来るまでには一端のタイムラグがあるということだ。授業が終わるなり即刻教室にいけば、まだ取り返しがつく。ここ数日の厳しかった訓練を思い出せ僕!目標は目の前。ここで引いてしまっては勿体無い。多少のリスクは気にするな!


自分にそう、活を入れ、きたるべき時が来るまで身を潜めることにした。



「えー、後片付けをしたあと、各自解散」


授業終了五分前になり、のこのこ現れた体育教師は、いつも通りの台詞を言って、何処かに行った。それを遠辺で聞いた僕は光の如く目的の教室へとBダッシュで向かった。


途中、職員室にて借りた鍵を使い、教室の入口扉を開く。そいで自分のロッカーに行き、自分の学生鞄を探る。しかし、一向に木倉井さんのリコーダーは見当たらない。おかしいぞ。急いで放り入れたからリコーダーは普通、鞄を開けたとき真っ先に見えるだろうに。よもやと思い、学生鞄を筆頭にロッカーの中にあるものを一旦全て取り出してみたが、やはり自分以外の人のリコーダーはなかった。どういうことだ。事態を把握できない。だって、確かに僕は先程自分の学生鞄の中に木倉井さんのリコーダーをぶちこんだんだ。自然消滅でもしたのか?昇華でもしたのか?異世界にでも行っちまったのか?なんて事がない限りどう考えてもここにない筈がなかろうて。さっき、僕とすれ違うようにキッャッキャと鳴きながら入ってきた猿女共が、僕の諸行に気付きリコーダーを木倉井さん本人のロッカーに戻したって可能性は、社交性に乏しいため常に単独行動をしている木倉井さんのことだ、無いに等しいだろう。では、木倉井さんのリコーダーは何処にいったんだ。こんな狐に摘ままれたような話があってたまるかよ。なんて思っているうちに、ふと周りを見渡せば他の男子共が点点と戻ってきている。くそ、この調子だとそろそろ女子共も戻ってくるぞ。迂闊に移動は出来ないな。一時、退くことに決めた僕は去り際に、ないのは分かっているが悪あがきから、奥の奥、入念に、もしかしてを期待して、再度鞄の中を探ってみた。すると、深めの所に差し掛かった時、知らぬ感触が僕の手の平にやってくる。なんだろうと思い、恐る恐る引き出してみると、拍子、目を見張るものが瞳に写り込んだ。それは、財布。持ち主不明の財布。そう、僕の学生鞄には見知らぬ財布が入っていたのだ……



お陰さまで心中穏やかでいられませんでした。六時限目の国語の授業内容は一つも頭に入ってこず、ただただ呆けるのみ。ゆっくりと流れる時間が過ぎるのをひたすらに待ち、授業が終わるなり家に直帰。そうなのだ。誰のだか分からない財布を、僕はどうすることもできずに持って帰ってしまったのだ。


(今、考えてみれば「落とし物です」なんつって先生に渡すなりと、方法は沢山あったのに、相変わらずテンパると判断が鈍ってしまうんだなあ。なんて今更後悔しちゃうよ)


安そうでもないが高そうでもない。至って普通な黒の折り畳み財布。膨らみ加減からして小銭は入っていないっぽい。僕は今、自室にて椅子に座りながら片手で財布を掲げ、そんな推察をしている。どう考えても僕のクラスメイトの誰かのものなんだろうけれど、一応中身を確認しよう。持ち主の手掛かりがあるかもしれないしな。場合に応じては当人のロッカーにこっそり置いておいてやろう。なんて思いながら折り畳み財布を開くと、ポイントカード、ICカードなど、幾つかのカードが入っている。そのなかで学生証明書らしきものが見つかったので「しめた、これで持ち主が分かるぞ」と思い、取り出し、近づけ、僕はしっかりと見た。


(いやー、見なきゃ良かったかもね。見なきゃ今後のマイ人生、もう少しマシなもんになっていたのかもしれないなあ。とかとか、後悔しちゃっているわけなんだけれど、こんな事実に学校じゃなく家で気付いたってのは、案外不幸中の幸いだったのかもしれない。だってそれは)


それは僕の想像しうる最悪の事実だった。だって、学生証明書に貼られている写真は、どっからどうみても木倉井さん本人の顔写真に違いなかったのだから……


ファーストインパクトは凄まじく、僕は、パーティーが全滅したのではないかと錯覚するくらいに目の前が真っ暗になった。頭の回転は遮られ、走馬灯のように負の妄想が滔々と流れてく、それら全ての妄想に共通するのは「木倉井さんに嫌われる」それだけだった。



それから二週間経った。僕は空となった部屋に別れを告げる。完全なる濡れ衣なんだけれど、木倉井さんに疑われるのを恐れた僕は、なんの前触れも見せずにB中学校をあとにするのであった……

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転々々々々々々入生 おにぎりお @2l2o22v

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