第2話B中学校⑥
初期段階では成功率の高そうな月曜日の五時限目、六時限目、美術の授業にしようと思っていたんだが止めた。二時間の猶予はあるものの動機付けが難しい。道具は美術室に揃っているし、教室に戻る理由がこれといって思い浮かばないのが大方の理由。そう考えると技術も同じだ。よって消去法で水曜日の五時限目、体育の授業の際に教室に忍び込むことに決定。残り物には福があるとは言わないが、再思三考してみると、存外良いかもしれない。体育の授業って奴は自由がきくしな。思い出すと確か、ここ最近の体育の授業は、チーム対抗でバスケの試合をするだけ。B中学校の体育担当の教師は、始めに出席をとり終えたら「各チームに分かれ、それぞれ試合を行うように」とかいって、毎回何処かに行ってしまう。全体を見渡せる場所からみているのかもしれないが、多分それは試合をしている奴等をだろう。チームは六つに分けられているから、体育館の両コートが使えたとしても最低二チームは余る。余ったチームは体育館の隅っことか、ゲーム中の奴等の邪魔にならないよう目立たない場所で待機するしかない。教師も流石に待機している姿なんて見ていないと思うから、そこにつけてバレずに抜け出せそう。男女別々二クラス合同で行うため人数はそれなりに多い。だから一人くらい欠けていようが気付く筈がないのだ。体育教師たるものいい加減と相場が決まっている部分もあるしな。なんて想像していたらなんだか勝ち戦だと思えてきたぞ。早速ルートを書き起こそう。
それから僕は寝る間を惜しまず計画を推敲した。お陰さまで、計画が完成したのは当初よりも遥かに遅れた一週間後の六月十一日だったが、何はともあれ『木倉井さんのリコーダーペロペロ作戦』は、頓挫することなく実行できるんだ。良しとしよう。脳内シミュレートでは二百回中二百回も成功している。野球の打率に例えると驚異の十割。打率王は確実にゲットできる勢いだ。失敗するビジョンが浮かばない。嗚呼今週の水曜日が楽しみ過ぎるぜ。
六月十五日水曜日。
そろそろ体育の授業が始まるので、皆体育館へ移動している。なので僕も皆につられるように教室を出た。B中学校の体育館は本校舎から土足に履き替える時間も含めば、徒歩二分弱で着く。いつもなら体育館シューズを持っているのだが、今回はあえて自分のロッカーに置いておいた。そうすることによって、授業中「体育館シューズを教室に忘れてしまったので~」という台詞を引っ提げ、職員室にいったとき、戸締まりされている教室の鍵を自然に借りれるだろうからね。多少目立ってしまうが大丈夫。僕が木倉井さんのリコーダーの頭部管が無くなっている自体に、誰も気付かなければ、誰が借りたかなんて犯人当てゲームは起こり得ないのだ。
そろそろ頃合いかな。体育の授業中、どのチームにも属さない僕は、体育館の隅っこで影を潜めていた。自慢だが、僕は昔から影の濃淡を自在に操ることができる能力を持っている。なかでも存在感を消すのは最も得意としていて、バツが悪い時に使ったりしている。どうやらこの才能は先天性のものらしく、練習せずとも足音を殺して歩くのには長けており、その様は、まるで空中歩行しているんじゃないかってくらい無音だ。この技の前では誰も僕の存在を認識出来ないという妙技。(ただ相手にされていないだけだと気付いたのは、そうだな、高校二年の夏に女子更衣室に忍び込んでからかな。いやあ井底の蛙って恐いよね。どうも自分の殻に閉じ籠ってばかりだと、視界が狭まるばかりで仕方ないよ)ちなみに僕はこれを『暗歩(あんぶ)』と呼んでいる。あまりに強力な技なので、一年に三回という枷を自らにはめているんだが、事が事、今回はその『暗歩』を使うしかないだろう。やれやれ死人が出なければ良いんだが……そう決断した僕は計画を遂行すべく『暗歩』を発動されるために靴下を脱いで、そいつを無造作にズボンの両ポケットへと突っ込み体育館を後にした。
教室に着いた。職員室にて無事借りることに成功した僕は、それを教室の入口扉の鍵穴にぶっ刺し回し、
ガララララ
そんな感じの効果音と共に入口扉を開けシミュレート通り、目的の場所へと無駄のない洗練されたフォームで目的地へと移動した。
宝の山。もとい木倉井さんのロッカーの前にやって来た。さて、あとは良い香りのする学生鞄の横に丁寧に置かれているリコーダーを手に取り、頭部管だけ拝借するだけだ。ウフフフフフ。僕は■■しそうな衝動を抑えつつ、いよいよリコーダーに手を伸ばした。途端、
キャキャキャキャキャ
なんて猿の鳴き声みたいな女子生徒と思わしき話し声が廊下側から聞こえてきた。しかもそれは、段々と此方へ近付いて来るではないか。ヤバイ。僕のレーダーは瞬時に危機を察知し、木倉井さんのリコーダーをケースごとひっ掴み、急いで自分の学生鞄の中にぶちこんだ。予感的中。それからしばらくして、うちのクラスメイトっぽい女子共が、タイミング悪く教室に入ってきやがった。危ねえ。もう少しで見つかる所でしたよ。僕は自分のロッカーの前で体育館シューズを探すふりをしながらそんなことを思うことで、その女子共が教室を出ていくまで、時間を潰すことにし……ようと思ったが失敗。思考よりも先に身体が勝手に動いてしまった。咄嗟に自分は、その女子共に鍵を託し、何故か教室を出てしまったのだ。そして僕は、気づけば体育館シューズを片手に体育館へと裸足で向かっていたのだった……
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