第2話B中学校⑤
『木倉井さんのリコーダーペロペロ作戦』が発案されてから二週間。それは捗々しい進展をみせていた。ネットショッピングで手に入れた隠しカメラを三台程教室に定置させてもらったからかな。つくづくネットって便利だよねえ。
六月四日土曜日。
僕にとってはいつも通り、自室で布団にくるまりながら、筆記用具片手に帳面へ向かっている。僕の計画は程なく実行されるだろう。帳面に記載されたデータは膨大で、この様子だと二冊目が必要となる日も近い。個々のデータは小さいものかも知れないが、改めて読み返してみると「よくこんなに収集できたなあ」なんて自我称賛しちゃう。皆にはそんな小片の集合体を、ざっくばらんにまとめて説明してやろう。説明というよりは自慢にも近しい観察記録の報告かな……今は誰でもいいから教えてやりたい気分なので、他の何かをしながらでも良いから聞いてくれたって構わない。内容はともかく他人に相談したっていう事実が欲しいだけなので、聞きたくないっていう人も、別段無理して聞かなくとも良いから聞いたふりをしてくれたって構わないよ。まあ、そんな酔狂な奴はいないと思うけどね。
えぇーと、とりあえずぅ、この二週間の観察記録。どこから教えてあげよっかなぁー……とか、天然っ娘っぽくとぼけてみたが、性別の違い等から、早くも身体に拒絶反応が出たので、これからは普段通り進める。あまり奇をてらうのは身体に良くないなあ。
この二週間で木倉井さんは、何度か連結部にグリスを塗る仕草を見せたものの、一度としてリコーダーを洗う素振りは見せなかった。そして、週末になってもリコーダーを持って帰らなかった。ことが僕の仕掛けた隠しカメラに収められている映像と僕の精察より明らかとなった。これはすごくラッキーなことである。間接キスをすることが僕の目的の一部であり、その前に洗浄されてしまっては、そいつが果たされなくなり困っちゃうからだ。『間接キス』。精神的恋愛を好む僕からしてみれば、それは『直接キス』と同様、否、相手の姿が見えないからこそ、それ以上に価値のある愛情表現手段だと信じている。故に、今回の計画目的の最優先事項であり、根幹ともいえる。コップの底ってとこかな。そこが抜けてしまえば、全てが流れ落ちてしまうからね。それはそうとして、予想に反して、使用したリコーダーを洗わないだなんて、木倉さんって案外ずぼらなんだなあ。トイレで用を足したあと、手を洗わないのと同じだぞ。でもそれで引いたりはしない。むしろ逆だ。好感が持てる。世間知らずのお嬢様が庶民の生活に溶け込もうと、四苦八苦している姿を見ているような。お嬢様にもそんな面があるのかと、案外私たちと同じ階層にいるのかと、意外に所詮人間なんだと、思い込んじゃうようなもの。この場合、プラスかマイナス、どちらかに針は傾くのだが、木倉井さんならどんな常軌を逸したことをしていようが、全てプラスに傾いてしまう。すなわちそれもまたありだと思ってしまうのだから、木倉井さんという存在は素晴らしい。はやくペロペロしたいよ。
現在B中学校で行われている音楽の授業内容は、パートごとに分かれてリコーダーで課題曲を予め与えられた日数までに徹頭徹尾、演奏するというものだ。わざわざパートごとに分けなくとも良いのではないか。修学旅行や運動会など、こういった場面でちょくちょく登用される学校の連帯責任制度がどうも気に食わない。なんて、「勉強が将来何の役に立つか」みたいな不満を抱いているこの頃なんだが、僕だって十年そこそこは生きている訳で、それなりに自分の考えは持っているつもりだ。だから、それが解決困難、抱くだけ無駄な不満てことは知っていますよ。でも抱いちゃうんだから不思議。理由は不明だけれども、多分これが反抗期なんだろうなあと言い聞かせ、納得するように心掛けている。
パートは出席番号によって人為的に振り分けられているから、僕と木倉井さんは心外にも同じパートではない。初めは、立ち直れないくらいショックだったのだけど、木倉井さんの奏でるメロディーを観客気分で聞ける楽しみを知り、徐々に後悔は低減してきている。木倉さんの演奏は格が違う。木倉さんのパートメンバー。木倉さん以外は総じてブスだ。ブスの四カード。一見してポーカーならほぼ無敵っぽいが、全てジョーカーなもんだから、持ち手は反則を恐れて出すに出せない。要領を大きくとるクセに、大して面白くない携帯ゲームみたいなもんだ。そいで演奏を聞いてみれば、やっぱりそいつらの演奏はヘドロかけご飯のような、耳の辺りにベタベタとまとわりつくカビた不協和音そのものなんだが。木倉井さんの一切汚れの無い純白無垢で真っ直ぐな、心洗われる音色はそれらを見事にかき消してくれる。『天は二物を与えず』という諺の反例代表として選ばれてもおかしくないよ。まさしく掃き溜めにフェニックス。そんな人と僕は、リコーダーを介してペロペロしようとしているのか。ウフフフフ。そう考えるとエクスタシーしちゃって、■■■■が止まらなくなっちゃうよお。■■■■■■。
どうやって拝借するかについても、一渡りノートに書き溜めた。回収した隠しカメラの映像を何度も観、一時限目から六時限目までの間で、どの時刻が教室にいる人の数が一番少なくなるかについて研究した結果。やはり教室で授業をしない時。体育、音楽、美術、技術の授業がある時に、教室内に生徒がいなくなるのが分かった。まあ、こんなのは少し考えれば、誰にだって分かる。今のは前置きみたいなもん。日本昔話における「むかしむかしあるところに~」といった所。真に警戒すべきは、生徒以外の人。すなわち教師や警備員なのだ。そいつらを見くびってはいけない。油断していたら首を取られる。直接的な権限を持っているが故に生徒共よりタチの悪い存在だからな。そう感じていたので、廊下側。クラスの室名札の近くに設置していた隠しカメラの映像を観ていると、教室に誰もいない時、担任が時たま、この教室を覗いていることが分かった。何故そんなことするのか甚だ疑問であるが、そうだからこそ予想外。これは危険である。転ばぬ先の杖として、多目に隠しカメラを用意しておいて良かった。もし、鉢合わせしていたら大変だったろうな。自分の危機察知能力の鋭さに惚れちゃいそうだよ。
一渡り映像をチェックしていたら、ある法則性を発見した。それは月、水、金の午後には絶対に誰も覗きに来ないといったものだ。なので、月曜日五時限目、六時限目の技術と水曜日五時限目の体育と金曜日六時限目の美術に、自ずと的は絞られてくる。さて、いつ仕掛けてやろうか。
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