第2話B中学校④

そんな新作の体操着と比べ、リコーダーというのは低リスクで、長期間レンタルし、延滞料金をちょいとばかしちょろまかしていてもバレにくいという利点があって良い。そりゃあ総合的に見たら体操着には劣るでしょうが、プレイヤー次第では竜にも虎にも化ける。玄人向けのアイテムだからリコーダーをチョイスするに至ったってのもあるけど、まだ謂れはある。それはリコーダーイベントの発生頻度についてだ。高校になると音楽の授業自体が無くなるかもしれないし、今の音楽の授業だってリコーダーを使うのは一学期だけなのかもしれない。言うなれば期間限定。明日ありと思う心の徒桜。この時を逃してしまえばもう二度とこんなリコーダーをペロペロ出来るイベントは発生しない可能性もある。そう考えると体操着よりもリコーダーの方が難易度は易しいが、捕獲難易度は同等となるだろ。ならどちらを選ぶかは自明でしょ。よりリスクの少ない安全パイを進むに決まっている。なんて、後付けの言い訳なんだけどね。



B中学校の教室の背面ロッカーはオープンタイプなので、ピッキングをする手間は省けるのだが、どうしても一定時間は必要とするしなあ。それに、僕は放課後、教室に誰もいなくなるまで居残りするようなタイプではないので、それを行えば怪しまれそうで恐い。とかとか、


五月十八日水曜日。僕は現在筆記用具片手に、自宅の一室で帳面を目の前にし、木倉井さんのリコーダーを拝借する方法を思案している。始めて三時間は経過しているが、これといった案が出ていないのが現状。担任が配り忘れているのか知らないが、未だに時間表を貰っていないために、時間割を完璧に把握できていないのが痛い。無論、授業はしっかり受けているから音楽の授業があるのは分かっているのだけど、いかんせん何校も行き渡ってるので、そこら辺が混在してしまうのだ。今日思い立った作戦なので、明日学校に行けば時間割は直ぐに知れるんだが、それを踏まえても『誰からも目撃されずに木倉井さんのリコーダーを拝借する方法』について、これ程難航するとは思わなかった。リコーダーを使う授業が全て終わり、リコーダーが用済みになる瞬間を見計らって、木倉井さんに面と向かって「あなたの使ったリコーダーを、是非私に譲ってくれませんか」と、土下座し、拝み倒す手もあるだろうけどもそれはダメだ。そんなことしてしまえば百パーセント嫌われるに決まっているからな。僕は木倉井さんにだけは嫌われたくないと思っている。可能な限り好かれていたいのだ。大体こんなことが出来る勇気を持ち合わせているのであれば、とっくの昔に木倉井さんに話しかけているよ。それが出来ないからこんなに回りくどい手段をとっているってのに、だからこそ、この程の千載一遇の好機をみすみす逃す訳にはいかないのだ。まあ、とりあえず明日だな。明日、学校に行って、木倉井さんのリコーダー保管所とか、時間割とかの下見をしっかり行おう。



作戦のことで頭が一杯で、一時限目から六時限目まで、一切授業を聞いていなかったが、いつものことなので別に良い。お陰様で計画を無事遂行させるための情報収集の成果は十二分に取れたしね。今日、担任から貰った時間割によると、B中学校では、月曜日の三時限目と、水曜日の二時限目に、音楽の授業が行われるらしい。週に二回。これは、結構な好条件だ。だって水曜日に拝借したら月曜日までの、最大五日間は楽しめるしな。けど、ここで注意しなければならないのは、木倉井さんが週末にリコーダーを家へ持ち帰ってしまわないかだ。今日観察した限りでは、毎日は持って帰らず、教室にある自分の出席番号の記された背面ロッカーに入れたままだったから、おおよそ平日に持ち帰りはしないと思うんだけど、休日はどうなんだろうか、結果次第では作戦を行う回数を増やす場合もあるので、それについてはまだ検討せねばな。



リコーダーについても調べてみた。B中学校ではアルトリコーダーを採用している。三本継ぎ管なので、頭部管、中部管、足部管の三パーツに分解することが可能なんだな。今日は運良く音楽の授業があったので、リコーダーを忘れたと嘘をついて、忘れ物ボックスに置いてあった持ち主不明のリコーダーをかっぱらってきた僕は、それを見てそう分析した。外見は中学入学当初に買わされて以来、転校してからもずっと使い続けている僕の臭いリコーダーと同じだ。どの学校も同じなんだなあ。てか義務教育だから当然なのか。



今回僕は、対象のリコーダーをケースごと拝借はしない。少なからずバレる危険性があるからな。だからとて中身をゴッソリ抜き取ったりもしない。そんなことしてしまえば、ケースはふにゃんと萎み、外から見ただけでバレてしまうよ。だから狙うのは頭部管だけと決めた。



リコーダーの構造的に当たり前だが、リコーダーは上から下に向かうにつれ、所有者のエキス濃度は薄くなる。故に唄口にこそ最高濃度の木倉井の唾液が含まれていると踏んだのでそこに決めた。白紙も信心から。僕にとって木倉井さんの唾液は聖水。唾をつければ大抵の擦り傷は治るといった民間療法をたまに聞くが、この聖水なら、擦り傷どころか骨折や癌まで治っちまうとマジで思う。それにケース中の八十パーセントは中部管と足部管が占めているので、残りの二十パーセントである頭部管だけを拝借したとて、流石に外見だけで差等を付けるのは難しいだろう。ワサビ入りシュークリームを、食べずに判別するようなものだ。バレるわけがないのだ。

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