第2話B中学校③
今日は土曜日、僕は布団の中にいる。最悪だ。ある時から、授業中、木倉井さんの後ろ姿を見て高尚な詩を書いているうちに、木倉井さんのことが頭の中の容量の八割以上を占めるようになってきた。それに伴い僕の生活も大きく変化した。朝、目覚めたときの第一声は「おはよう」ではなく「木倉井さんって、寝起きも可愛いのかなあ」。朝御飯を食べる前の挨拶は「いただきます」ではなく「木倉井さんも、今頃朝食を採っているのかなあ」。朝御飯を食べ終えた後の挨拶も「ごちそうさま」ではなく「早く教室に行って、木倉井さんの登校を待っておかないと」。家を出るときの挨拶も……てな感じに侵食されている。寝ても覚めても木倉井さんってやつ。木倉井さん中心で生活サイクルが成り立っているって感じ。だからなのか、授業のない土、日、祝日、僕は魂が抜けたようになってしまう。なにもする気が起きない。一日中布団の中。布団の中で、木倉井さんに関する妄想を延々としている。ちなみに妄想の中で、僕と木倉井さんは結婚していて、子供は六人いる。長女、次男共に同じ有名私大に通わせているし、今年から三男も私立中学に通わせる予定だから、ママ曰く出費がすごいらしい。一家の大黒柱であるエリートサラリーマンの僕が、昇進目指してもっと頑張らないとな。ハッハッハァァァ……空しいぜ。
突然だが、諸君は好きな子のリコーダーの吹き口をペロペロ舐めたい衝動に駆られたことはないだろうか。無いわけがないよな。恐らく皆あると思う。けれど実行に移すとなると、理性がどうしても勝ってしまい妄想で終わってしまうのがほとんど。だからこそやり甲斐がある。この感じは、どこか登山に似ている部分がある。さながら危険な山に挑む好奇心旺盛な登山家ってとこか。だとすれば僕もその中の一人。そう、僕は現在、木倉井さんのリコーダーを如何にしてペロペロしてやろうかということに、自分の持っている全ての知識と経験を費やしている最中なのだ。名付けて『木倉井さんのリコーダーをペロペロ作戦』。どうだ、無駄のない洗練された作戦名だろ。ネーミングに二日もかけたからな。
「何故好きな人のリコーダーをペロペロしようと考えたのか?」と、聞かれれば、登山家とかけ「そこにリコーダーがあったから」なんて、答えるのがベストなんだが、残念。そんな事情ではない。本当は木倉井さんの妖艶な身体をペロペロしたいさ。けど、僕は臆病者だからそんなことは出来ない。(くどいようだが時分は臆病者で本当良かったと、つくづくほっとする)なので仕方無く、その場しのぎで、木倉井さんの私有物を経由し、間接的にペロペロすることに決めたのだ。てことで初め、僕は体操着に目をつけていた。出来る丈使用済みが好ましい。適度な運動で色んなエキスが滲出し繊維に染み込んでいるだろうからね。これは飽くまで希望的観測に過ぎないが、木倉井さんの汗は言葉で表現出来ないくらい素晴らしい芳香を放っていると心当てにしている。ウフフフフ。そのための計画を立てようとしたのだが、途中で断念。勿論それなりの理由はあるよ。B中学校が採用している体操着には、胸の辺りに持ち主の名前の刺繍が施されてるし、体操着のズボンは、男子は紺色、女子は赤色、男女間でそれぞれ色が区別されている。もしバレたときに言い訳のしようがないので思い止まったんだ。バレなきゃ良いんだが、それはほぼ不可能に近いと思う。考えてみたら、普通、体操着は授業で使う日にしか学校に持ってこないだろうし、木倉井さんは、一度使った体操着を家に持ち帰らないで教室の背面ロッカーに放置しちゃうような野放図な女の子じゃない。故に拝借するチャンスがないのだ。しかも、僕のクラスの時間割。体育の授業は、親のかたきかと言うほどに全て午後に振り分けられている。使用済みを狙うにしてはあまりにも隙がない。砂上の楼閣だ。それでも諦めず、木倉井さんが部活に所属していれば、体操着の入った鞄そっちのけで部活動に勤しんでいる間に隙を突き、事を済ませられないかと思って、何日間か観察してみた。けど木倉井さんは僕と同じく、どの部にも所属していないらしいことが分かった。いつも帰りのホームルームが終わった途端、あっという間に学校を出ているのが証拠だ。出たあとは、直帰してんのかなあ、だとすれば何処に住んでいるのかしら、と、好奇心から何度も跡をつけようと試みたのだが、ことごとく失敗。いつも巻かれてしまう。てなわけで、体操着はリスクが高いため諦めざるを得なかった。それでも本気を出せば、十分程度は拝借出来そうなのだけれど、僕は何でも長く味わうタイプ。ガムにしても味が無くなったあと最低一時間以上は噛むし、アイスで当たり棒を出しても、当たったという幸福を味わうため、今まで当たり棒をアイスに交換した試しがない。体操着も同じく、もし拝借するのなら、とりあえずそれを六時間はクンカクンカと匂いを嗅いでいたい。それで、香りを全て吸い付くしたら、今度はそれを着て、木倉井さんの■■■■と一体化する妄想をオカズに、一日中■■■■したり、■■■■■したりしていたい。以上より僕の中で、十分しか拝借出来ないのは、拝借出来ない事と同義なのだ。
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