第51話 禁断の力

 戦闘準備が整うまでの待機時間。

 僕はまた、2人とセックスした。



「カグヤ! カグヤ!!」

「あぁっ! アキラ!!」



 3年前は僕の方が低かった、少しだけ追い抜いてしまった小さな体。すべすべな肌のなだらかなりょうせんの中でわずかに自己主張する膨らみが、かえっていやらしい。



「つば姉、いくよ……!」

「アキ──あぁんッ!!」



 3年前に僕を誘惑した、今も僕より背の高い、包容力のある体。指先を押し返してくるしっとりした柔肌は、起伏が激しくどこまでもいやらしい。



「2人共、大好き!!」

「「大好き……ッ!!」」



 むさぼるように求め合い、痛いほど抱きしめ合って、互いの温もりを記憶に刻んだ。これが最後になってもずっと覚えていられるよう──頭をよぎる、そんな弱気を振り払いながら。



 怖い。



 作戦会議では威勢のいいこと言っておいて。そのあと突然不安に襲われ、たまらず2人を求めた。2人も同じ気持ちで、初めて結ばれ浮かれていた昨夜より、一層狂おしく交わった。3人ともこれまで幾度も死線をくぐり、恐怖などとうに麻痺していたはずなのに、急に臆病になってしまった。


 求めつつ、いないことに慣れすぎた相手。

 手に入れた途端、失うことが怖くなった。

 自分が相手をのこしてくことも。



「足りない。もっと、もっと2人が欲しい」

「アタシも。でも、もう時間が」

「わたしも。だから続きは、帰ってから」


「うん。必ず3人で生きて帰ろう」

「「うん。約束」」




 ◆◇◆◇◆




 オーラム=レオニードの頭部コクピット。操縦席に着いてシートベルトを締める。左肘掛けアームレストのカードリーダーにアーカディアンの会員証をセット。システム起動、席を覆う直径2mの球殻の内壁、まだ黒い全天周モニターにいつもの起動メッセージ。



[Welcome home! my master Akira!!]

「ただいまオーラム。今日もよろしく」



 文字が消え、モニターに機体頭部が透けたように機外が映る。アシタカ格納庫ハンガー。このオーラムを含め3機のヴェサロイドVD整備台メンテナンスベッドに固定されて立っている。



 白銀の鎧、背に白鳥の翼。

 カグヤの、シルバーン=キグナス。



 漆黒の鎧、背に猛禽の翼。

 つば姉の、グラディウス=アクィラ。



 どちらも完璧な状態。


 2人が乗っていた機体は僕が撃墜し、この船には頭部だけ持ち込んだ。今乗っているのはそれとは別、元々ここにあった同型機。ルナリア王国と地球連合王国の女王専用機を宇宙海賊が持っているのは、盗んだ設計データを元に秘密基地で建造したからとのこと。


 それを、作戦目標は同じということで船長キャプテンのビューティー=ヴァーミリオンことあかさんが快く貸してくれた。2人の方は、入手経路およびオリジナルにはなかった機体胸部のドクマークに渋い顔をしていたが。


 そして──



 黄金の鎧、胸に獅子、背に6枚の羽根。

 僕の愛機、オーラム=レオニード。



『おう、アキラ!』

「あ、おやっさん」



 モニター上にウィンドウが開き、かっぷくのいいお爺さんの笑顔が映る。3年前もオーラム(前の機体)を整備してくれていた整備長のニコラス=ノエルもとちゅう



『補給と整備やっといたぜ。そっちの表示はどうでい』

「機体損壊0% 推進剤、燃料、弾薬100% 完璧だよ」


『うし! にしてもスゲェな、ソイツは』

しまさんの趣味の結晶だからね」


『ははっ、それでか! よぉし行ってこい、気ぃつけてな!』


「うん、ありがとう!!」



 ウィンドウが閉じる。


 そう、凄い機体だ。前回は3年振りのVD操縦な上、ぶっつけ本番で機体の癖も武装の使い勝手も手探りだったが、戦う内に慣れたから今度はもっと上手く乗りこなせる。楽しみだ……!


 ……。

 ……。


 僕、怯えてたんじゃなかったか。

 なのに、今は……怖く、ないな。



「く──くくっ」



 勇気で恐怖を克服したなんて話じゃない。またこの機体を操縦することへの期待で胸がいっぱいなだけだ。そうだ、初めて実機のオーラムに乗った時からそうだった。戦闘中に恐怖を覚えることはあっても、怖いからVDに乗りたくないと思ったことは一度もない。当然だ、本物の巨大ロボットを操縦できる機会を逃すなんてありえない──ああ、なるほど。



「くくくくく、あはははははははは!!」



 僕は、狂ってる。


 こんな奴が正気のはずない。

 だがそれが何だと言うんだ。


 アニメで見たロボットを操縦したいと熱望し、それが叶ったアーカディアンに熱中し、アーカディアンそのままのVDの実機を見れば迷わず乗った。ロボットの操縦こそ僕の存在価値レーゾンデートル、ロボットに乗れなかったこの3年どんなに辛かったか!


 ロボットに乗ることこそが人生だ!!



『ゲストの3人組! 着いたよ、さぁ行っとくれ!!』


「はい!!」

『『はい!』』


『VD各機、発進位置へ』



 戦闘指揮所CICから船長キャプテンあかさんの号令、続いてオペ子さんが発進の管制をしてくれる。3機が整備台メンテナンスベッドの拘束から解放され、足下の台座ごと格納庫の中心線上へ移動。正面のハッチが開いた──よし。


 左右の操縦桿を握る。


 左操縦桿で機体の左半身を。

 右操縦桿で機体の右半身を。


 掌握。


 掌から僕の意思がオーラムに浸透し、オーラムからはその荒ぶる力が僕に流れ込んでくる。じんいったい。VDにパイロットの神経と機体の回路を繋ぐ装置などないのだから、そんな気がするだけ。


 それで充分!!



『進路クリア。シルバーン発進、どうぞ!』

十六夜いざよいかぐや! シルバーン、参ります!!』



『続いてグラディウス、どうぞ!』

つばめ! グラディウス、出ます!!』



『オーラム、どうぞ!』

かどあきら! オーラム、行きます!!」



 グイッ!

 グンッ!



 両操縦桿を前へと押し出し!

 両ペダルを奥まで踏み込む!



 ピピピ、ピーン!

 ズシャァァァッ!!



 電磁射出機リニアカタパルトで撃ち出された台座に乗って。

 船体上面の滑走路を瞬時に駆け抜け。

 僕等は宇宙へ飛び立った。



 さあ、こう! オーラム!!




 ◆◇◆◇◆




 月に程近く、地球と月を結ぶ線状に位置するL1。

 その南北に隣接する2つのハロー軌道の、北の方。


 L1北ハロー軌道


 滅亡した日本国の都道府県を再現したスペースコロニー群がある宙域。3年前、僕もここに滞在し、戦った。今はルナリア王国領となりルナリアンが住むこの地に今、L1の宇宙要塞から発した地球軍(地球連合王国軍)の艦隊が迫っている。その内VD搭載艦からは既に青い機体〝ジオード〟を主としたVD部隊が発進して隊列を組んでいる。


 L1コロニー新高天原しんタカマガハラ


 地球軍によってルナリア王国の首都だったそのコロニーは破壊され、コロニーに併設された宇宙要塞は無傷のまま奪われた。地球軍はその要塞で体勢を整え、次の作戦として今度はL1北ハロー軌道へ進軍してきた。目的はコロニー群を破壊し、住民のルナリアンを皆殺しにすること。


 対してルナリア王国軍はL1北ハロー軌道各コロニーの守備軍に、先のしんタカマガハラ攻防戦で敗走した残存戦力を加えて艦隊を編成。地球軍を迎え撃つべく出撃した。こちらからは赤い機体〝ロゼ〟を主にしたVD部隊が発進している。


 そこに各地で潜伏していた宇宙海賊が結集した船団が、ドクマークをつけた新旧様々なVDを発進させつつ併走する。その内の1隻、アシタカから飛び立った僕達3機は、まずルナリア艦隊へ向かう。



『止まれ! そこの所属不明機アンノウン!!』


わたくしはルナリア王国女王、十六夜いざよいかぐや。皆の者、心配をかけました。わたくしは無事です。これより職務に復帰し、同胞を守るため戦います』


『陛下!? よくぞご無事で!!』

『しかし何故なにゆえ、宇宙海賊と……?』


『先の戦いで撃墜されたわたくしを救助してくださったのです。この方々は敵ではありません。この戦いでは我等にお味方してくださいます。攻撃する者はこのわたくしが許しません。この識別コードを味方と登録なさい』


『イエス! ユア マジェスティ!!』


『海賊を従えるとは!』

流石さすがはカグヤ様だ!』


『ところで、その。陛下を害したアキラの機体もあるようですが』

『はい。アキラとは和解いたしました。わたくしは彼の妻となります』


『『なんですと!?』』

『いけません陛下!!』


『異議はあとで聞きます。今は地球軍から民を護るが先決!』


『『は、はッ!』』



 カグヤ凄い。


 非常事態利用して反発封じた。

 女王の経験からか口上手いな。



『また、こちらのグラディウスに乗るのは地球連合王国女王、つばめ陛下です。陛下も今は味方、我等との和平に合意してくださいましたが、地球軍がその決定に従うかは未知数です。陛下が彼等を説得しますので、その結果が出るまで地球軍を攻撃してはなりません』


『『はッ!』』


『かぐや陛下、ルナリア王国の皆様、ご協力に感謝いたします。地球連合王国女王、つばめ。これより同志たちの説得に向かいます!』



 ボゥッ!



 つば姉のグラディウスが背部と両足底部の推進器スラスターから青い炎を噴き出し前進、ルナリア艦隊を離れ地球軍艦隊へ向かう。僕はカグヤのシルバーンの側で待機。つば姉1人を行かせるのは心配だけど、嫌われ者の僕が側にいると地球軍を刺激しかね──


 !


 地球軍艦隊からもVDが1機先行してくる!

 赤枠マーカーに表示されたその名は──



GVD-00〝オーラム=ヘラクリーズ〟



 蔵人クロードのオーラム! 拡大ウィンドウに映る姿は黄金の鎧を纏う闘士、胸には獅子の頭の浮彫レリーフ。ボディは僕のオーラム=レオニードとほとんど同じ。ただバックパックに大きな羽根はなくシンプルな形状のようだ。手には機体全長ほどもある巨大な棍棒を持っている。



元帥げんすい! わたしです、つばめです!!』

『その声と顔。確かにつばめ陛下のようだ』


『はい! 聞いてください元帥げんすい。かぐや陛下と和平の合意が得られました。戦争を終わらせられます。ですから全軍に撤退命令を──』


『が、果たして本物かどうか。敵の用意したにせものという線も考えられる』


『な!? 本物です!!』


つばめ陛下は戦闘中行方不明MIA、事実上の戦死と認定された。我が軍はその前提の上で行動している。陛下を名乗る者が現れたからといって、その真偽の確認のために作戦を中止することはない──貴女あなたが本物の可能性があろうと、ね』


『そんな……!?』



 久々に聞いた蔵人クロードの声。記憶にある気さくな口調と違って、突き放したような。それだけで胸が痛くなる。なんだか嫌な予感が──! ヘラクリーズの胸の獅子の口から弾道警告線が現れグラディウスに向かっていく。あれはきょう激光対空砲ビームファランクス、レーザーだから大した威力じゃないけど──



 いや、違う!



「つば姉、危ない!!」

『え?』

「〝限界突破イクシード〟!!」



 意識をゾーンに突入させる。同時にオーラム=レオニードがEX-Modeイクスモードへと変形、操縦桿とペダルがスッと軽くなる。超高速・超精度でカッ飛ばし、グラディウスをかばって前に出る!


 直感的に確信した。


 あれはVDの動力炉内の核融合反応によって生み出された爆発的に膨張するプラズマを、きょう激光対空砲ビームファランクスの砲身に包まれたもう1つの砲身から放出、同時に放った激光対空砲ビームファランクスのレーザーでプラズマを覆い収束、ビーム砲とした物。VDに搭載できる物としてはケタはずれ威力を持つ──



 新高天原しんタカマガハラコロニーを破壊した兵器。



 蔵人クロードが隠していたのか、つば姉もヘラクリーズの性能を把握しておらず、また新高天原しんタカマガハラが撃たれるまで使われたこともなかったため、その存在を知らなかった。だが僕は知っていた。宇宙に上がる途中にデータで読んだ、このオーラム=レオニードの取扱説明書マニュアルにも載っていたから!



『開戦の狼煙のろしだ』

元帥げんすい!?』



 ヘラクリーズの獅子の口から伸びる弾道警告線をオーラムの体で受ける! オーラム=レオニードの獅子の口からも弾道予告線が現れ、警告線とぴたりと重なり──



「『熱核極光砲アトミックビームキャノン!!」』



 閃光が。

 弾けた。


 全天周モニターが真っ白に染まる。だが光学映像以外のマーカーやアイコンはしっかり表示されている。僕はまだ生きている! 機体状態図──損壊度0% 上手くいった!


 レオニードとヘラクリーズが互いに放った熱核極光砲アトミックビームキャノンのプラズマ同士が両機の中間で激突、相殺された。あと少し発射が遅れればこちらが一方的にやられていた。後ろのグラディウス、海賊船団、ルナリア艦隊、コロニー群、どれかにも当たっていたかも知れない。蔵人クロード、なんてことを……!



「おおおおおお!!」



 機体を止めずにそのまま前進!

 光が収まり視界が回復する!

 ヘラクリーズが眼前に!



 バヂィィィィッ!!



 レオニードが両手で振るった極光剣ビームサーベルをヘラクリーズが両手に持つ棍棒で受け止めた。つばいになり、剣と棍棒が散らした火花がレオニードそっくりの黄金のマスクを闇の中で不気味に照らす。この顔の向こうに、蔵人クロードがいる……!



「一体何を! やってんだよッ、蔵人クロードォッ!!」

『久し振りだねアキラ! さぁ、ろうか!!』

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