第13節 楽土

第49話 獅子搏兎

「やっと、落ち着いて話せるね」

「ああ」

「落ち着かないから!?」



 つば姉は、即座に同意し。

 カグヤは、逆に反論した。


 2段ベッド・ロッカー・机・洗面台。最低限の家具しかない殺風景な狭い寝室に3人、床に敷いた座布団に正座している。僕と向き合って、カグヤとつば姉が左右に並んで。無重力の宇宙で床に座っていられるのは、回転式居住区内で1Gの遠心重力が働いているから。


 ここは僕の部屋。

 宇宙戦艦愛鷹アシタカの。



「ここ、カグヤにはアウェイだよね。ごめん、自分だけくつろいで」


「それもあるけど、それよりこの格好!」


「いや、それは僕に言われても……2人共、似合ってる。かわいいよ」



「んなッ──!」



「ありがとう。アキラもかわいいぞ」

「あ、ありがとう。つば姉」



 カグヤは、白ウサギ。

 つば姉は、黒ウサギ。


 僕は、黄色いライオン。


 皆デフォルメされた動物の着ぐるみパジャマを着ている。これでも宇宙服。動物の頭を模したフードをかぶると、空いているのは顔の前だけ。そこを透明なバイザーで覆えば気密されるが、今は空気のある船内なのでフードの中に収納している。


 月の女王と。

 地球の女王と。

 色黒な傭兵の男が。


 手に飲み物のボトルを持って。

 着ぐるみパジャマパーティー。


 うん……シュールだ。




 ◇◇◇◇◇




 僕はカグヤとつば姉をさらった。


 ルナリア王国軍と地球連合王国軍が激突したL1近傍から愛機のヴェサロイドVD、オーラム=レオニードで飛び去った。機体の両手に1つずつ、2人がそれぞれ乗っているVDの──胴体から切り離された──頭部コクピットを掴んで。


 2人と落ち着いて話をするため。

 もちろん2人の合意は得ている。


 ルナリア王国の女王であるカグヤを、地球連合王国軍の捕虜にはできない。

 地球連合王国の女王であるつば姉を、ルナリア王国軍の捕虜にはできない。


 どちらか一方に肩入れはしない。

 2人を同じだけ愛しているから。


 それで、どちらにも属さないここに駆け込んだ。地球で強襲揚陸艦〝アキマル〟から飛び立つ前、艦長さん──おおともゆきたいから補給先として頼るようにと紹介されていた、この宇宙戦艦アシタカ──いや、今は。



 宇宙アシタカに。



 3年前の戦いの時、僕とつば姉の乗艦だった国連軍の艦。国連軍を含む全地球軍が降伏したことでルナリア王国軍の物になっていたのを、元乗組員クルー達が盗み出して運用している。


 海賊と言っても商船を襲って略奪などはしていない。

 活動内容は宇宙でアースリングをテロから守ること。


 スペースコロニーに住めるのはルナリアンだけとなった今でも、宇宙にアースリングはいる。定住できないだけで、仕事や旅行でコロニーに滞在する者が。そしてかつてアースリングによって過酷な月に押し込められた恨みを忘れていないルナリアンの一部が、彼等を襲う事件が横行している。それはルナリア王国の法でも犯罪だが、取り締まる側も同じ気持ちのルナリアン。対応が甘い。


 だから代わりに立ち上がった。

 テロと戦う善意の武装組織が。


 だが相手が誰だろうと国家以外が武力を振るえば犯罪。テロリストと戦いながら警察や軍にも追われ、時に自衛のために交戦。その戦闘で戦利品をいただくことはあるので、政府による海賊認定を間違いとは言えない。当人達も〝宇宙海賊〟というマンあふれる肩書を気に入り自ら名乗っている……うん。


 いいよね。

 宇宙海賊。


 愛鷹アシタカは複数あるその手の組織の1つ。


 愛鷹アシタカ元艦長のゆきさんは地球で密かに無法地帯を支援する道を選んだが、今でもこの船と連絡は取り合っている。艦長さんが話を通しておいてくれたから僕は、新機能の光学迷彩で透明化してL1北ハロー軌道に潜伏中のこの船にすんなり入れた。


 そして──


 僕達3人がVDのコクピットから降り、汗になったパイロットスーツを洗濯に出し、シャワーを浴びたあと用意されていた着替えが、着ぐるみパジャマだった。急な来客で他に備えがなかったとか。


 そもそもこれを備えていたのか……




 ◇◇◇◇◇




 自室で、好きな女の子(×2)とパジャマ姿でいるこの状況、心拍数が上がる。もっともこのどうの原因は、これからする話が上手くいくかへの不安の方が大きいが。



「16にもなってもう、恥ずかしい」

「言うなカグヤ。わたしは19だぞ」


「つば姉もうすぐ20歳ハタチだよね。僕はこの前、8月8日に17になったよ。カグヤは誕生日まだなんだ。いつ?」



 今日は西暦2040年8月15日。


 高天原タサマガハラコロニーでカグヤと初めて現実リアルで会ってデートして、そこにルナリア王国軍が攻めてきて、地球と月の戦争が始まったあの日から、ちょうど3年だ。


 つば姉の誕生日は8月23日。


 3年前に僕が誕生日プレゼントで贈った空色のリボンは、今も大事に持ち歩いてくれていた。僕の形見と思わせてしまっていたのは申し訳ないけど……凄く嬉しい。



「9月30日……て! 脱線してる!!」



 カグヤが身を乗り出す。



「アタシはまだアンタが本物か確認してないの! もっとよく顔見せて!!」



 その手が僕のフードを外して顔を挟む。

 カグヤの顔が目の前に……やっぱり。

 少し大人びたけど、あまり変わってない。



「……」

「……」



 デートの時に、キスして。

 間近に見た、あの顔から。



 チュッ



「~~ッ!?」



 我慢できなくなって。

 カグヤの唇をふさいだ。


 この感触も……記憶のままだ。



「う、ん……」

「~~ッ!!」



 ……唇を離す。


 カグヤの顔が、真っ赤に。

 そういう僕も、顔が熱い。



「あぅぅ……」


「ごめん。勝手にしちゃダメだよね。でも1回までは、おあいこだよね?」


「うん……3年前はアタシから勝手にした……あの時の感触と今の、同じだった。やっぱり、アキラなんだ」


「うん、僕、アキラだよ」

「うっ、うわぁぁぁ!!」



 泣いて抱き着いてきたカグヤを、ぎゅっと抱きしめる。



「ごめん、ごめんなさい……! アタシ、アンタを殺そうと! さっきだけじゃない、3年前も!!」


「あれは僕が悪かったんだよ。君のこと好きだと言いながら、君を助けるどころか君が大切に想う人を大勢殺めた。本当に、ごめんなさい」



 胸の中で、カグヤが首を振る。



「もう謝ってもらった。アキラが大気圏に落ちた時」

「カグヤには、ちゃんと聞こえてたんだ」


「ルナリアン全員に謝ってくれて、嬉しかった。アキラに怒ってたこと、あれで全部許せた。なのにアタシはアキラの誠意に応えられなかった。月と地球が和解するどころか、こんな立場が逆転しただけの世界に……!」


「仕方ないよそれは、1人じゃ」


「うん……女王でも、多数派の意見には逆らえなかった。ならせめてやれることやろうって。元々戦意高揚のためのマスコットだし、地球に降りて治安回復のために戦って……そこで知った」


「何、を?」


「アキラが地上の人達に、アタシと一緒に隕石落としたと思われてること。違うのに! アタシはえんざいを晴らすことも!!」


「いいんだ。僕は君に大量虐殺の罪を背負わせまいとして、でも失敗した。なら共犯者でいい。君だけに背負わせる方が嫌だ」


「なんでそんなに優しいの!」



 ぼすっ!



 両拳の腹で胸を叩かれた。結構痛い。

 見上げてくる両眼が涙でボロボロだ。



「アタシ他にも。嘘ついてさらおうとした。アンタの町を焼いた。ひどいこといっぱいしたのに!」


「そのこと怒ってた時期もある。でもそれでカグヤを責めるより、大変な想いしてるカグヤを支えられなかった自分が情けない。これからは君の荷物を一緒に背負わせてほしい。君のこと好きなら当然だよ」



「アキラ」



 つば姉がつぐんでいた口を開いた。

 その目は辛そうで……僕も、辛い。



「では、ルナリア王国について。わたしの、地球連合王国と戦うのか?」



 いよいよだ。



「カグヤがルナリア王国の人達を大事に想う限り、僕はその人達を守って戦うよ。僕はもう地球も月もどうでもいい。ただ好きな人だけは守りたい。好きな人の大事なものを守るのは、好きな人の心を守ること。だから──」


「そうか……」

「アキラ……」



「つば姉が地球連合王国の人達を大事に想う限り、僕はその人達も守って戦う」



「「……え!?」」


「その2つを両立させるため。両陣営が戦いになったら、僕はどちらの兵も守るため両方と戦うよ。殺さずに無力化して。さっき2人と戦う前もそうした」


「そうだったの!? アタシてっきりをいたぶって遊んでるんだと」


「ひどいよカグ──」

「少し静かにして!!」



 つば姉の声に、しんとなる。



「アキラ。〝だから〟では接続詞がおかしい。それでは、まるで」


「おかしくないよ。僕にとって、2人に優先順位はない──ここからは、僕から2人への大事な話になるから、カグヤも聞いて」


「うん……何?」



 心臓がバクバクする。

 深呼吸して──よし。



「僕はカグヤのこと愛してる。そして同じだけ、つば姉のことも愛してる。友愛likeじゃなく、恋愛loveで。アーカディアンの頃から、本当は2人に恋してた。でも僕は恋は一度に1人に対してしかできない、恋なのはカグヤの方だと思い込んでいて。つば姉への気持ちも恋なんだって、つば姉からの告白を断ったあとで気づいた。隕石落下阻止作戦の少し前に」


「……」

「……」



 つば姉は、茫然ぼうぜんとしている。

 カグヤは、よくわからない。



「どちらかを選ぶ気はない。僕は2人共と結ばれたい。その態度のせいで2人を傷つけてしまっても、これだけは譲れない。嫌われたら、また好きになってもらえるようがんばる。僕はもう、それだけのために生きてる」


「「……」」



 沈黙が怖い。死刑宣告を待つ気分だ。



「怯えないで」

「カグヤ?」



「アンタが氷威コーリィのこと好きだなんて、元から知ってたわ」



「……はい!?」


「態度を見てればわかるわよ。てか、やっぱ自分じゃ気づいてなかったんだ。アタシをどう思ってたかは、自信持てなかったけど。分が悪いと思ってた。だからって訳じゃないけど、抜け駆けで告白した。だって仮にOKもらっても、アタシの正体バレたらすぐ嫌われると思ってたから。ほんの少しでも恋人でいたくて」



 あの時、そんなことを。



「なのにアンタ、真相知ってもアタシのこと好きって。今も。ぜいたくすぎる。これ以上望んだらバチが当たる……ヤキモチは焼くわよ? でも、それで氷威コーリィとケンカするより、協力してアンタのこと幸せにしてあげたいの」



 カグヤ……



「元々、アンタを取り合うようになるまでは氷威コーリィとも仲悪くなかったし。取り合ったのは、失恋したらアキラの側にいられなくなると思ったからだし。その心配がないならもういいかなって。氷威コーリィはどう?」


「異存ない……! わたしは常に、アキラが最優先だ」



 つば姉は、肩を震わせて。

 ボロボロ涙をこぼしていた。



「はーい、ハーレム成立! ……でも、これからどうするの? ずっと両軍と戦うの?」


「ああ、それは──」


「その話はあとにしてくれ」

氷威コーリィ? いや、でも──」


「この先どうなろうと、わたしは死ぬまでアキラの側にいるだけだ。やっと届いた、届くと思っていなかったのに。夢を見ていて、今にも覚めてしまうのではと怖い。もう我慢できない……!」


「……わかった。アタシも」


「アキラ!!」

「つば姉!?」



 どさっ



 黒ウサギつば姉がのしかかってきた。

 押し倒されて、唇を奪われて。

 口の中に熱い舌が入ってくる。


 舌を絡め合いながら。

 つば姉の体をさわる。


 つば姉の手も、僕を──



「こらぁ! アタシを置いて始めんな!」

「ごめん! カグヤも……ほら、一緒に」



 白ウサギカグヤも飛びついてくる。



「アタシ、アンタが死んだと思ってたけど、それでもアンタ以外とする気なかったから。絶賛処女だから。その……ヨロシク」


「わたしもだ。今度こそ、もらってくれ」


「うん。僕も、初めて」



 僕達は、着ぐるみを脱いだ。































 ♡

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『総員、TVモニターを注視せよ!』



 ベッドで川の字で寝ていた僕達は、船内放送のオペ子さんの声に起こされた。部屋の壁のTVを見ると──!? ……真っ二つになった、コロニーの円筒形シリンダー。あれ、中の人は全員、宇宙に投げ出されて……



「いやぁぁぁぁ!!」



 取り乱したカグヤを抱きしめる。



「みんな、みんな!」

「カグヤ……!」



 続いて画面に映る、多数のVD。

 その内の1機がアップになる。


 黄金の鎧。

 胸に獅子。


 オーラム……?


 本体は僕のオーラム=レオニードそっくりだがバックパックや武装が違う。その獅子の口が吐いたビームが、コロニーを両断するシーンが再生された。



「オーラム、ヘラクリーズ……」

「つば姉、知ってるの?」



 やっぱり、オーラムなのか。

 オーラムに、あんなことを。


 一体、誰が……!



「我が地球連合王国軍の総司令官、クロード=ウィーラーげんすい……ギルド仲間だったあの、蔵人クロードの機体だ」

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