第47話 三王鼎立

 ルナリア王国軍の赤いVD〝ロゼ〟

 地球連合王国軍の青いVD〝ジオード〟


 その、大部隊。


 この地球から見て月の手前、L1近傍宙域で天下分け目の決戦をしていた両軍は──少なくとも僕が割り込んだ戦場の一角では──今や本来の敵に構わず僕の乗る金色のVDを。胸に獅子ライオンの顔を備え、背中に左右3対6枚の羽根を生やした〝オーラム=レオニード〟だけを攻撃していた。



『カグヤ様を惑わす亡霊め!! 地獄へ送り返しでッ!?』

『隕石落としの悪魔の片割れ!! 月の女王もろともぎッ!?』



 ドガァン!!

 ドガァン!!



 全方位を囲む無数のヴェサロイドVDから放たれるビームと実弾の嵐をかいくぐり、オーラムの羽根が変化した両肩・両手・両脇の極光銃ビームライフル計6門を複数同時照準マルチエイミングで一斉射、敵機の腕や固定武器を撃ち抜いていく。


 敵の攻撃は、激しさを増していた。

 僕が〝アキラ〟だと名乗ったたん


 ルナリアンからすれば、僕は大事な女王様カグヤについた悪い虫こいびと


 アースリングからすれば、僕はそのカグヤと共謀して地球に隕石を落として35億人を虐殺、その後の地球を地獄に変えた張本人。


 いかるのは当然だし──



ちくしょう! ちくしょう!!』


『〝殺さず無力化してやるから帰れ〟だと!? 余裕こいて、バカにしやがって! アーカディアンやってた頃から大嫌いだったんだよ、お前のことは!!』


『お前なんか! お前なんかァ!!』



 ──そんな奴に軽くあしらわれれば、悔しさもひとしおだろう。




 ◇◇◇◇◇




 複数同時照準マルチエイミングで多勢を蹴散らし。

 その相手から憎悪を向けられる。


 思い出すな。


 一度に狙う数が増えるほど当てるのは難しくなる。それでも当てたとなれば相手より遥か上の技量なのは明白、やられた方は屈辱だ。


 7年前、アーカディアンのイベント戦で7発全弾命中を決めて、相手になんくせをつけられたのに腹を立てて失言して。結果、第三者まで敵に回してユーザー掲示板を炎上させて以来、僕は対人戦でこの技を使うのを禁じた。


 生意気だった態度も改めた。


 自衛のために。不特定多数から敵意を向けられた経験は、まだ10歳のガキには怖すぎたんだ。だが今、あの時の比じゃない本気の殺意を浴びてもまるで怖くない。色々あったから。


 だからもう遠慮はしない。

 それにそんな余裕もない。


 複数同時照準マルチエイミングを解禁した3年前の隕石落下阻止作戦の時、カグヤは僕を殺そうとした。僕がカグヤの臣下であるルナリア王国の民を大勢殺したせいだ。僕を生かしていては彼女が選んだ生き方、女王の使命を全うできなくなったから。


 再会したら、また──


 そうなった時にカグヤに殺されず、カグヤを殺さないよう倒さないといけない。でも僕とカグヤの腕は昔は互角だったけど、僕がVDに乗れなかったこの3年、カグヤは何度も地球に降りてVDで地球連合王国軍と戦っていたらしい。差をつけられていると考えた方がいい。


 今のままじゃ勝算は薄い。


 それに悔しい。カグヤになら負けてもいいなんて微塵も思わない。カグヤとは恋人以前にライバルだ。そもそも僕はVDの、ロボットの操縦においてなんぴとにも負けたくない。


 だから、僕は。


 今の全力で戦いながら!

 その先へと手を伸ばす!!




 ◇◇◇◇◇




 ズガガァン!!



『うおああああッ!!』

「なッ──こいつ!?」



 今、正に腕と固定武器の全てを失ったジオードが突っ込んできた! 撃つ場所が残っていなくて攻撃できない! 至近距離まで来られた、正面から飛び蹴りを放ってくる──



 グィッ!



 左操縦桿を手前に引き、オーラムを左回りに90度旋回! ジオードの脚がオーラムの胸の前を右から左に通過する──のに合わせ、右操縦桿を下に倒しながら前へ押し出す!



『ぐぁッ!!』



 オーラムの右脚を横に上げながらさらに旋回し、カウンターで放った回し蹴りがジオードの背中に決まった。パイロットは悲鳴を上げたので死んではいないだろうが……



『うぉぉぉぉ!』

『でやぁぁぁ!』



 ビュンッ!

 ビュンッ!



 腕のない奴がさらに2機、同じ攻撃を。

 今回は回避のみ、反撃の隙がなかった。



『アキラぁ!!』

『死ねぇッ!!』



 こちらへ向けられた弾道警告線がなくなっている。周囲の敵機全ての両腕と固定武器を破壊したんだ。にも関わらず、どいつもこいつも母艦に帰投せずに向かってくる。オーラムに唯一残された攻撃手段、蹴りを入れようと。


 まずい。


 VDの肉弾戦の威力は当然、VD用の銃器や刃物より低い。が、それでも対VD戦で有効な殺傷力を持つ。高速で飛ぶ全高20mの質量の運動エネルギー、プラス人工筋肉の力。食らえば機体は壊れなくても衝撃でパイロットが死ぬ。当たり所がコクピットから遠ければしなやかなカーボンナノチューブCNT製の機体が衝撃を吸収してくれるが、近ければそれが不充分で死ぬ。


 下手に蹴ると殺してしまう。

 下手に蹴られると僕が死ぬ。


 しかもこう大勢が蹴るために寄ってきていては、敵にぶつからずに避け続けるのも難しい。ぶつかればその衝撃でも死にかねない。慎重に避ける、避ける、避け──切れない!



 ズバッ──ドカァン!!



『うぁッ!?』



 オーラムの左右の手にそれぞれ握ったつかから伸びる青いこうじん極光剣ビームサーベル二刀流で蹴ってきた1機のその両脚を切断した。使用武器を変更し、両手に持っていた極光銃ビームライフルは翼へ戻して。



「オレに剣を抜かせたな……!」


『ヒッ──!?』

『うわぁッ!!』



 縦横無尽に飛び回って二刀を振るい、接近していたVD全ての両脚を切断! 完全に無力化した連中を置き、オーラムの推進器スラスターを全開に噴かしてまだ腕や固定武器を残した奴等の元へ飛ぶ。その内の1機、ロゼの眼前に肉薄し──



『うっ、うわぁぁぁ!!』



 グリッ!



 両操縦桿の引鉄トリガーを引きながらそのグリップを前にひねる。オーラムが前屈しながら振り下ろした2本の極光剣ビームサーベルがロゼの両腕を肩口から斬り離した。さらに両操縦桿のパッドを弾いて剣を手動操作、右で両脚をまとめて斬り、左で胸の対空砲を潰す!



 ズババッ──ドガカァン!!



 各機に順次近接!

 両手両足、固定武器を!

 片っ端からブッた斬る!!



『来るなァァッ!!』

『『あああああ!!』』



 ──やがて。


 周囲に戦えるVDはなくなっていた。斬り離された手足が散乱する中に、頭と胴だけの機体が無数に漂う。その中から、パイロット達のえんの声が聞こえてくる。



ちくしょう! ちくしょう!!』


『この日のために、長く苦しい戦いを乗り越えてきたのに! それが、なんでこんなことになるんだよ! 横から急に現れて、滅茶苦茶にしやがって!!』



 ──ふぅ。



「ここまで手こずる羽目ハメになるとはな。大した奴等だ。感服した」


『なんだ、その言い草は!!』

「え? 褒めたんだけど……」


『たった1機でこれだけの大軍を壊滅させるなど前代未聞だ! 目にした今も信じられん──ここまでやっておいて〝もっと楽に勝つはずだった〟と言うのか!!』


「ああ。まぁな」

『『な……!』』


「オレはお前等の推進器スラスターは全て残してやるつもりだったが、お前等の猛攻で脚の推進器スラスターは破壊せざるを得なくなった。このオレに予定を変えさせた、勲章モノだ。胸を張れよ」


『我等に誇れだと!?』

『こんな惨敗ざんぱいを誇れるか!』

何故なぜ勝った貴様が誇らん!!』


「ええ……だって〝オレがその気になったらモブは全て戦闘不能になる〟とか、ただの常識じゃん。その程度で勝ち誇れって? ヤだよ、みっともねぇ」


『誰がモブだ! 俺は撃墜王エースだ!』

『自分の優位が前提のその態度が!』

『調子に乗りやがってイキリ野郎が!』



 今の僕は、傲慢だろうか。

 まぁ……そう見えるよな。


 そうした態度のせいで7年前に炎上して。以来、猫をかぶるようになって。その僕しか知らない竜月タツキの前でうっかり素を見せたことで怒らせ、竜月タツキと戦いになって殺してしまって。竜月タツキかたきを討とうとしたヨモギまで殺し、師匠はその巻き添えでヨモギに殺された。


 それでもまだ同じてつを?


 そんなつもりはない。人を敬えという師匠の教えも忘れていない。彼等の健闘を称えたのは本心だ。それ自体が上から目線だと言われればその通りだが、だからと言って彼等の自尊心プライドを傷つけないよう言葉を選ぶ気はない。


 敬意は払う、だがびはしない。


 勝者は勝者というだけで敗者から見れば嫌な奴だ。腰を低く愛想よくしていれば、そんな妬みを緩和できるが──完全とはいかなかった。


 結局、どう振る舞ったところで。


 それを好きになる人も、嫌いになる人も必ずいる。全員から好かれることも、全員から嫌われることもありえない。なら、ありのままの自分を好かれるなり嫌われるなりした方がいい。


 以前の僕は人への敬意から以上に、自分が嫌われないために背伸びして〝いい子〟を演じていた。あれはいんぎんではなく卑屈だった。そうして自分を偽り続けたストレスが爆発して、竜月タツキの前でボロを出したんだ。


 もうあんなことを繰り返さないために必要なのは、また自分を偽り今度はボロを出さないよう細心の注意を払うことじゃない。それでは余計にストレスかかって危険だ。


 本当に必要なのは。


 たとえ嫌われそうでもありのままの自分でいて。

 その上で自分だけは自分を嫌いにならないよう。

 胸を張れる生き方をすること──


 だから。



「今度、またろうぜ。VDバトル」


『『ああ!?』』


「お前等が弱いからオレを調子づかせてんだよ。悔しかったらオレを超えろ! オレに勝って悔しがらせてみせろ! 文句があるならVDで示せ! オレ達は、VDのパイロットなんだからな!!」


『うるせー! かっこつけてんじゃねー!』

『いいこと言ったつもりか! バーカバーカ!』



 ま、キレイにまとまったりしないよな。

 うん、知ってた。今はこれでいいんだ。



「負け犬の遠吠えだな」

『『うがぁ~ッ!!』』



『皆さん、お下がりなさい!!』

退け! 兵士達よ!!』



 ──この声は!!




 ◆◇◆◇◆




『動ける機体は後退を! まだ戦える方も、この者に手出しは無用です!』

『おまえ達のかなう相手ではない! 戦ってはいたずらに消耗する!!』



 カグヤ!!

 つば姉!!



『『イエス! ユア マジェスティ!!』』


『『かしこまりました!!』』



 両軍のVD達がそれぞれ反対方向へ退いていく。その流れに逆らう機体が1機ずつ、双方からやってきて合流した。2つ並んだ赤い枠マーカーに表示された機種名と、その側のウィンドウに映る拡大映像。



EVD-02Z〝シルバーン=キグナス〟

 背に白鳥の翼を生やす、銀の鎧の闘士。



CVD-01Z〝グラディウス=アクィラ〟

 背に鷲の翼を生やす、全身が刃のように鋭い黒の剣士。



 カグヤの愛機シルバーン。

 つば姉の愛機グラディウス。


 第2世代機として作られた、その後継機に違いない。



 ドキドキする……緊張してきた。

 カグヤとつば姉が、そこにいる。

 僕の、大好きな女性ひとが。



「カグヤ! つば姉! 会いたかっ――」



氷威コーリィ、一時休戦よ!』

『ああ、まずは──!』



「え?」



『『死ね! 偽者ニセモノ!!』』



「ちょ!?」



 シルバーンとグラディウスから弾道警告線が飛んでくる! 2機とも見慣れない長大な武器を構えて──シルバーンのは長い銃身が水平に2つ並んでいる。グラディウスのは機体全高ほどもある両手剣の刀身が左右に割れて2本の並行するレールになった。どちらも映像の側に名前が表示されている。



〝アルビレオ〟

 シルバーンの長身二連極光銃ロングダブルバレルビームライフル



〝ケラウノス〟

 グラディウスの振動大剣兼電磁軌条砲ヴァイブロクレイモアレールガン



「待って!?」



 どちらも見るからに並より強力な奴! その警告線が──この動き!? 自動照準じゃない、手動照準だ! 自動なら最短距離で標的を目指すのに、真っ直ぐこっちに向かってこない。だから動きが予想できな──!!



「クッ!」



 ゆっくり動いていたグラディウスからの警告線が急に軌道を変え迫ってきた。オーラムを上昇させてそれを飛び越え──げッ!



 ドドキューン!!



『ちっ!』



 カグヤのシルバーンが放った金と青の2筋並んだ閃光が眼前をかすめる。グラディウスの警告線を避けた先でシルバーンの警告線が待ち構えていやがった。間一髪オーラムを仰け反らせて回避したけど──


 2人、連携してる!


 アーカディアン時代よく、同じ可変機乗りだからって団長ユージンに言われてギルド対抗戦でバディ組まされて。カグヤは負けず嫌いだし、つば姉は〝仲間に迷惑かけられない〟って、仲が悪いのにちゃんと連携するようになってたけど。あの頃の呼吸のままだ!


 これ、ヤバいぞ。


 やはりカグヤの腕は上がってる。そのカグヤと戦うことは考えていたが、つば姉と2人がかりで来られるとは想定外だ! つば姉もカグヤ同様腕を上げてるし。このままじゃ──



『よくもアキラの名を汚してくれたわね!!』

『アキラの名をかたった罪、万死に値する!!』


「本物だよ!!」



 愛する女性ひとたちに、殺される!!

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