第46話 王の帰還

「じゃあ……行きます。艦長さん、カードを貸してください」

「アキラ、アーカディアンの会員証カード、まだ持ってる?」


「え? ええ」



 それだけが3年前に持っていた中で、唯一手許に残った私物だ。使うことはなくても、大切な物だから、ずっと持っていた。



「なら、そのカードで乗れるわよ」

「あ、もう登録して?」


「いえ、元から」

「元から……?」


「このオーラム=レオニード。新造だけど、コクピットだけは回収したあなたのオーラムの頭部から取り出した物が入ってるの」


「え!?」


「これも博士はかせが……こうなってしまう前に設計したんだけど。当時言ってたの。〝この最強のVDをアキラに〟って。あなたの生存を信じてた訳じゃないでしょうけど」


しまさん……」


「それで建造時にあなたのオーラムのコクピットを移植したの。そこに登録されてた、あなたの搭乗資格もそのままよ。つまり、体は取り替えたけどこの子は〝あなたのオーラム〟ってこと」


「そう、ですか……!」



 ガラス越しに見るオーラム=レオニードの無表情な顔。その黄金のマスクは微動だにしないけど、その目線が僕に向いた気がした。


 3年前、一緒にルナリア王国軍と戦った。そして、その前からアーカディアンの中でずっと一緒だった。他のプレイヤーが使用したオーラムとは違う、僕だけのオーラムの魂が、そこにいる。


 気づかなくて、ごめん。


 君だったんだね。

 僕の、オーラム。



博士はかせはこの機体をあなたに託せばばん解決してくれる――そんな希望にすがってたみたい。何をバカなと思ってたけど……今は私も、そんな気分。ごめんなさい。勝手で、迷惑な期待よね」


「いいえ。任せてください」

「! ……ええ、任せたわ」



 艦長さんは、目を細めてほほんだ。




 ◆◇◆◇◆




 オーラム=レオニードの後頭部のハッチを僕のカードで開け、エアロックを抜けて球殻状の操縦室コクピットへ。座席に着いてシートベルトを締め、僕のカードを左肘掛けアームレストのカードリーダーに差し込み機体を起動。席を囲む全天周モニターにメッセージが表示される。



[Welcome home! My master Akira!!]

「ただいま……ただいま、オーラム」



 万感の想い。


 帰ってきた、この特等席に!

 3年振りに、愛機オーラムの中に!!


 全天周モニターに映る周囲の景色が動き出す。オーラムが固定されていた整備台メンテナンスベッドから自動操縦オートパイロットで降り、歩いて格納庫ハンガーすみへ。ガコッと床が持ち上がる。飛行甲板に上がるための昇降機エレベーターか。見上げると四角くくりぬかれた天井の向こうに青空が見えた。



『ブースターとのセッティングこっちでやるから、終わるまで少し待っててね』


「はい。よろしくお願いします」



 艦長さんから通信。全天周モニターにウィンドウが開き、その姿が映し出される。パイロット控え室、側には車椅子に座るしまさんと――!



「オヤジ、来てたのか」

『ええ、アスラン――』



 床に杖をついてもよりかかってはいない、かくしゃくとしたこうこう。いつものように穏やかな笑みを浮かべて――



『——いえ、アキラ』 



 !?



「オレのこと、知って……」

『私バラしてないわよ!?』

「大丈夫、疑ってません」



 艦長さんには秘密にと頼んであった。

 そこから漏れたのでなければ――



『前から知っていました。たまたま〝ミカド=アキラ〟の顔写真を見る機会がありましてね。すぐ君だとわかりましたよ。私は君のファンですから』


「そう……か」


『隠すのが賢明だと、私も思います。あの風説に惑わされる人は多い――残念ながら、我が組織にも。ですが私個人は、隕石落下が君のせいだなどとはつゆほども思っていません。最後にこれだけは伝えたかった』


「ありがとう……安心した。この3年で一番、救われた」

『それはよかった……では、進みなさい。心のままに』


「……はい!」



 ――話す間に、大気圏離脱用ブースターが準備されていく。


 それは飛行機だった。強襲揚陸艦〝アキマル〟の飛行甲板に用意されていた全長20m余りのへんぺいな機体。その背中が大きく左右に開き、ちょうどヴェサロイドVD1機が収まる機内へオーラムはうつ伏せに乗り込んだ。90度前傾したコクピットの中、僕は操縦席の背もたれから吊り下げられる格好に。中々アクロバティックだ。



 ガコン――扉が閉まる。



『アキラ、もうすぐ準備が終わるわ』

「はい。色々とお世話になりました」


博士はかせ、ほら。アキラが』

『うー、あ……ぃ……ぁ』



 艦長さんが話しかけても、正気と生気を失ってしまったしまさんは虚空を見つめている。でも、その姿に重なって元気だった頃の姿が見えた気がした。


 たくされた想い、無駄にはしません。

 どうか見ていてください、しまさん。



「艦長さん、しまさん、オヤジ」


『アキラ』

『………』

『アスラン』



 3人とも、僕の大切な人。

 僕を支えてくれた大人達。



「お世話になりました! お元気で!!」

『『いってらっしゃい』』『……』

「はい!」



 その姿をまぶたに焼きつけ――



「オーラム=レオニード! 行きます!!」




 ◆◇◆◇◆




 飛行甲板の滑走路から水平離陸したブースターが、ジェットエンジンの噴射で加速しながら赤道に沿って飛んでいく。鳥のように左右の翼に風を受け、揚力で空高く舞い上がっていく。


 速度は上がり続け、やがて極超音速へ。宇宙速度に到達したブースターは地球の重力を振り切って上昇。地球と宇宙の境目、大気圏の上限まで――来た!



 ウィィィィン……



 ブースターの上面が左右に開いた。

 オーラムが体を起こして床を蹴る。



 ボウッ!



 背中と両足底部の推進器スラスターを噴き上昇。

 境界を越え、漆黒の宇宙へ飛び立つ。


 役目を終え降下していくブースターと別れ、ここからは単機で航行する。自動操縦オートパイロットシステムによってオーラムは月を正面に捉え、前進していく。


 月――全ての始まり。


 目指すはその手前、L1——かつて僕が住んでたスペースコロニー、タカマガハラがあった宙域。そして今、隕石落としに使われ失われたタカマガハラに似せた、同名のコロニーがルナリア王国によって再建された場所。


 そこは、ルナリア王国の現在の首都。

 以前同様、そこには宇宙要塞もある。


 ルナリア王国軍の宇宙戦力の中核も、そこに詰めている。

 つば姉が率いる地球連合王国軍は、そこへ向かって――



 左前方、無数の火花!!



 もう始まってる! 自動操縦オートパイロットオフ、左操縦桿の出力調整ダイヤルを最大ギア4に!


 左右の操縦桿を、左右の掌で握り込む。

 掌から神経が、機体と繋っていく感覚。



「行こう、オーラム!!」



 両操縦桿をグィッと前へと押し出して!

 両ペダルを踏み、足から力を流し込む!



 ゴゥッ!!



 全速前進! 懐かしい、Gにあらがって前へ突き進む感覚。広範囲で両軍の艦とVDがぶつかり無数の弾道警告線が交錯する混戦の只中に、横合いから飛び込む!!



『何だ!?』

あらか!』



 ドキュゥゥゥン!



 両軍のVDからビームが飛んでくる。右足だけペダルから離して機体を右に流す。右操縦桿を引き、両操縦桿のグリップを外側の付け根を支点に時計回り ↻ に上下させつつ、手前にひねる。オーラムが体を内側に倒しながら右へと急旋回――全弾回避!


 よし!!


 オーラム=レオニード、中量級な上に背中の翼を動かす慣性姿勢制御も加わって素晴らしい旋回性能だ。重量級の旧オーラムで、シビアなタイミングでの回避が染みついた身には正に羽根が生えたように軽く感じる。


 第2世代になって全身の推進器スラスターが第1世代機の液体燃料ロケットから、アブソレイルパックに使われていた重金属プラズマジェット推進に変わったことで加速性も増している。巨大なアブソレイルパックほどの大出力じゃない反面、小回りは効く――バランスがいい!


 今まで乗った中で最高の機体!!

 それを出力全開で振り回せる!!


 急激なGにも僕の体はなんともない。3年間鍛え続け、いつか再びVDに乗るために耐G呼吸法の練習も毎晩欠かさなかった成果だ。操縦はイメージトレーニングだけでブランクがあるが、戦闘勘は生身での実戦で磨いてきた。十二分に戦える、が――



 ドキュゥゥゥン!



「やめろ! オレに戦う気はない!!」


『何を言うか、ルナリア王国軍の識別信号を出す機体が!』

『その機体はかくされたと報告を受けているぞ、盗人ぬすっとめ!』



 ドキュゥゥゥン!


 グッ、グィッ!

 ダッ、ダンッ!



 操縦桿とペダルを小刻みに、楽器を奏でるように。

 機体を踊らせ、銃撃の嵐の隙間をってかいくぐる。


 ――そうか。


 それでどちらの敵味方識別装置からも敵機認定を食らってるのか。こちらの表示でも周囲の機体全てに敵機を示す赤枠マーカーがついている。その側に表示された機種名を見ないとどちらの機体かわからないな。



EVD-06〝ロゼ〟

 ルナリア王国軍、いろの中量級標準型



GVD-01〝ジオード〟

 地球連合王国軍、そらいろの軽量級強襲型



 どちらも第2世代機。


 装備に個体差はあるが、両軍ともこの機種ばかり。20機種が入り乱れた3年前とは正に隔世。まずゲームとして売れるためバリエーション豊かだった第1世代に対し、第2世代は両陣営が最初から兵器として洗練したのだろう、どちらもシンプルで手堅い設計だ。なるほど、いい機体――


 いや、それはともかく!



「オレは十六夜いざよいかぐやとつばめに! お前達の女王様に話があって来ただけだ! どこにいるのか教えてくれ!!」


『ふざけるな!』


曲者くせものめ! 陛下には近づけんぞ!!』



 ドキュゥゥゥン!



 攻撃が激しさを増した。

 いかん、火に油注いだ。


 流石さすがに厳しい――仕方ない、やるか!


 回避機動を続けながら両操縦桿の武器選択ダイヤルを回して使用武器決定。オーラム=レオニードの6枚羽根の関節が動きだす。羽根は全て先端に砲口がある――荷電粒子砲、極光銃ビームライフルだ。


 内側の2枚は両肩に担ぎ、外側の2枚は脇の下をくぐって先端を前に向ける。中央の2枚は中程から外れオーラムの両手が掴む。



目標ターゲット捕捉ロックオン



 右ボタン類で右3門、左ボタン類で左3門を制御コントロール


 左右のパッドを押し込み自動照準。

 6本の弾道予告線が動き出し――



全門一斉射フルバースト!!」



 ドガガガガガガッ!!



 6条の閃光がロゼとジオード計6機の、片腕か胸部激光対空砲ビームファランクスを射抜く。連射でそれを繰り返し、武器を持つ腕と対空砲などの固定武器を全て潰せばVDはほぼ戦闘不能になる。


 対空砲を正面から撃つと胸ごと撃ち抜いて撃墜しちまうので、横からかすめるように砲だけを。位置取りポジショニングがめんどくさい。


 翼を姿勢制御に使えなくなったが、代わりに一斉射の反動で機体が後ろに吹っ飛ぶのを利用して敵の攻撃を回避する。


 攻防一体!



『あんな高機動中に複数同時照準マルチエイミング? バカな! その上こんな小さな的に――どうやって当ててるんだ!!』


「設定いじった。本来の胴体狙いから、腕と固定武器だけ捕捉ロックするように」


『そういう問題じゃない! どれだけ難易度が跳ね上がって――何故そんなリスクを抱える! 不殺なら元のまま胴体を狙えば済むだろう! コクピットは頭部にあるのだから!!』


「そしたら撃墜しちまうだろ。脱出後の頭部は動けなくて確実に回収される保証もない。推進器スラスターを残してやってんだ、やられた奴は自力で母艦に帰んな」



 何ならこのレオニードもハンデだ。


 同じ第2世代機、使われてる技術は同格。こちらはむこうより武装が多く、重くなった機体の機動性を増加推進器スラスターと翼で補ってる分、操作性は悪化して――あ、いや。


 乗りこなせる僕にはハンデでもないか。



『命を懸けてまでするほどの差か! そんなものおのが優位を示すほどこしでしかない、傲慢なんだよ!』


「自慢と受け取るお前が卑屈なんだよ。すり替えるな」



 ドキュゥゥゥン!



 そこら中みんな僕を攻撃してくる。

 本来の敵を放って……嫌われたな。



『不殺道に堕ちた偽善者が、我等の戦いを止めにでも来たか!』


『両成敗などと貴様に裁く権利があるのか! 自分だけ正しいつもりで!』


『それは何の解決にもならん! 貴様の力はただ戦場を混乱させるだけだ!!』



うぬれるな!!」



『『う!?』』


「お前等の命などオレがたっとぶとでも思ったか! 殺し合いたきゃ好きにしろ! オレがお前等を殺さないのは――」



 過ちは繰り返さない。



「――月の兵士はカグヤの、地球の兵士はつば姉の、オレの大事な人の部下だからだ! オレ自身にとってはどうでもいいぼういしでも! オレの大事な人が大事にする者をオレは傷つけない!!」


『いやたっとべよ人命!』

『全然いいこと言ってねぇ!』

『お前は一体、何様のつもりだ!!』



「無論、だ」



『何が王――王者おうじゃ?』

『いや、まさか』

『だがこの強さに、オーラム……』

『バカな! 奴は3年前に死んだ!!』


「そうだ! 地獄の底から帰ってきた!! オレは全てのVD乗りの上に立つ王者チャンピオン!」



 ドガガガガガガァンッ!!



「アキラだ!!」

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