第12節 王道

第45話 王者の剣

 カグヤの、ルナリア王国。

 つば姉の、地球連合王国。


 今、地球の大半がこのどちらかに属し。

 その国境では両国が戦火を交えている。


 世界にはウチの組織を含め、まだ他にも国があるが、この2国に対抗できる規模の所は1つもない。ウチがこれまで独立を保っていられたのは、ルナリア王国と地球連合王国どちらの支配領域からも離れていたからだ。そして両国が互いに争いながら、他の国を併合して勢力を拡大し、徐々に近づいてきているのはウチも掴んでいて――


 いずれ必ずどちらかに飲み込まれる。

 その時、いかに住民のことを守るか。


 ――と、いうことを前から幹部会議で話し合っていた。結論は、攻め込まれる前にこちらから恭順を示して平和裏に相手の一部になる、だった。


 どちらに着くか、は。

 どちらでもよかった。


 2国ともそれ以外のどの国より国民生活は豊かで安全だ。その上でルナリア王国は地球連合王国よりさらに豊かだが、そのプラス面を帳消しにするマイナス面もある。


 こちら側の住人からの。

 ルナリアンへの悪感情。


 地球に隕石を落として地獄に変え、そこに自分達を放置したルナリアンへの恨みは根深い。しかもルナリア王国ではルナリアンがあらゆる面で優遇され、自分達アースリングは下に扱われる。たとえいい暮らしができても、それは嫌だと思う者は少なくない。


 一方でみんな、無法地帯での3年の間に〝暴君・暗君に支配されると悲惨〟なことを身にみてもいる。生活を保障してくれるならもうルナリアンでも構わない、という意見も多く――




 ◇◇◇◇◇




「――で、どうしようか検討していたところにルナリア王国の方からやって来て。事を構えてしまった以上、連合王国に着くしかなくなった、と。連合王国の方が先に来ていたらそっちとめて、逆の結果になっていたかも知れませんね」



 話し終え、艦長さんのれてくれた紅茶で乾いた喉をうるおす。


 美味しい。香りも良く、気分が落ち着く。

 いい茶葉で、れ方も上手いんだろう。



「そっかぁ。しくったわぁ」



 テーブルを挟んでソファーに座る艦長さん――おおともゆきたいは苦笑しつつ自分のカップを傾けた。一応、虜囚の身なのにリラックスしてる。ここが彼女の自室、艦長室の応接間とはいえ、神経が太い。


 変わってないな。


 雪のような肌、銀の髪に赤い瞳。

 40代とは思えない若々しい美貌。


 あの頃のままだ。


 3年前――ルナリア王国の隕石落とし作戦を地球軍が阻止しようとしたあの戦い。地球軍の一部、国連軍の宇宙戦艦アシタカの艦長としてあの場にいたこの人は、そこで敗戦を迎えた。そして艦長さん以下アシタカ乗組員クルー一同は宇宙にいた他のアースリング、スペースコロニーの当時の住民達と共に地上へ強制移住させられた。ルナリアンは宇宙に住み、アースリングは地球に住む、というルナリア王国の方針によって。


 それでも彼等は幸運な方だ。


 無法地帯に追放された訳ではなく、そこに比べれば天国のように安全なルナリア王国の支配領域内に住めたのだから。その後、つば姉のように打倒ルナリア王国を目指し自ら無法地帯へ出ていく人もいたが、艦長さんは国内に残った。そして国連軍がルナリア王国軍の地上部隊に吸収されたことでルナリア軍人となり、この艦の艦長に就任した。



 強襲揚陸艦〝アキマル



 ルナリア王国軍籍だったこの艦はウチの組織に投降してウチの物になり、乗組員はウチの捕虜になった。そしてウチが地球連合王国と合併することになったので、その手続きをするために今、乗組員が艦を動かし、客として僕とオヤジと組員数名を乗せ、連合王国領へ向かってインド洋を航海している。


 艦長さんも他の乗組員たちも、もう拘束はしていない。傘下に入りたいと打診した時、地球連合王国の人からそう要求されたからだ。地球連合王国にとってこの艦は元から味方のようなものだったから。艦長さん達は、ルナリア王国から地球連合王国を含む無法地帯の国々へと食料や生活用品の横流しをしていた。


 無法地帯で困窮する人々への支援。


 国が見捨てた彼等を救おうと民間の非営利団体NPOが動こうとしたが、国に禁じられた。無法地帯と接点を持てるのは、再征服に赴く軍のみ。それで、その軍内部の賛同者たちがNPOに協力し、国境を接する無法地帯の国々へ密かに支援物資を渡していた。艦長さんがルナリア王国に残ったのはそもそもそのためだった。


 無論、ルナリア王国の法では犯罪。


 バレないためにもルナリア軍としての任務もこなし、先日はそれで港町を襲撃した。ちなみに艦長ともあろう者が艦を離れ自らヴェサロイドVDで出撃していたのは単に〝VDに乗りたかったから〟とのこと。艦長さんもアーカディアンプレイヤー、気持ちはわかる。この艦に元・愛鷹アシタカ乗組員クルーは艦長さんだけ。アシタカでは副長さんに怒られるので乗れなかったが、アキマルには強く止められる人がいないようだ。


 この艦の人、苦労してそう。



「どっちが先でも、VDで威嚇なんてせずに穏便に来てくれれば、そのままそっちに着いたでしょうが」


「ごめーん! ……以前、他の無法地帯の国に紳士的に訪問してルナリア王国に回帰してもらおうとしたら、甘く見られて余計な手間かかっちゃって。結局、最初にガツンと力の差を見せつけるのが一番スムーズで犠牲も少なく済むって学習して、ああするようになったのよ」


「ああ……」



 無法地帯こっちの流儀に合わせた訳か。

 それじゃあ責められないな。

 それが効率的なのはその通り。

 ウチだってああすることはある。



「アキラがいるとわかってれば仲介を頼んで、話し合いで任務達成できたのになぁ。もうルナリア王国には戻れないから、支援活動できなくなっちゃった」


「すみません……こっちも同じです。オーラムに乗っていたのが艦長さんだと初めからわかっていれば、そちらの兵士達が町の人達に乱暴を働くことはないって信用できた。戦って艦を制圧する必要なんてなかった」


「それ。びっくりしたわ。本当に強くなったわね」

「生身の戦闘力ではまだ艦長さんに敵いませんよ」



 昔、軍隊格闘術の稽古してるとこ見たことあるけど。あの時は理解もできなかったこの人の強さが今は身のこなしから感じられる。紅茶を飲むしょにも隙がない。ヤバい。


 多分、素手で獅子ライオンを殺せる。

 僕は、刃物がないと無理だ。



「そりゃ年季が違うから。そう簡単に追い越されてたまりますか。ただ私はあなたほど鮮やかなさつはできないわ。ウチの子達を殺さないでくれて、ありがとう」


「その方が交渉しやすいだろうと……言っときますが僕、不殺主義者じゃないですからね。る時はります」


「なら、なおさら。助かったわ。本当はしなくてよかった戦いで戦死なんて、余計にやりきれないものね」


「はい……」



 あの町との戦いと同じだ。


 ウチが倒したあの町の組長さんが、善政を敷いているという評判は前から聞いていた。仲間にしてみればオヤジとも気が合った。最初から戦う必要なんてなかったようにも思える。


 それでも。


 戦いが終わるまで、そこまできょうきんを開くことはできなかったんだ、お互いに。ウチだって、敗者を無体に扱わなかったことで初めて向こうの信用を得られた。組織、人の集団を背負う者は容易に他者を信用する訳にはいかない。その判断に集団全員の命運がかかっているから。


 だから人は信じ合えず、傷つけ合う。



「今もあちこちで、本当は戦わなくてもいいはずの者同士が戦って、死んでいる。早く、終わりにしたいわね。こんなことは」


「……ええ」



 Prrr~



「通信。ちょっと待っててね――はい。どうしたの? …………そう、ありがとう。私達の予定に変更はないわ。このまま航海を続けて」



 艦長さんが首輪チョーカー型の小型通信機を切る。

 そして……真剣な面持ちで――



「地球連合王国の、つばめちゃんの率いる軍勢が。ルナリア王国から軌道エレベーター〝アメノハシラ〟を奪取したわ。あのはこれからそれで宇宙に上がって、ルナリア王国軍主力の宇宙艦隊と決着をつけにいくでしょう……あのはまだ、あなたは死んだと思ってる。今の彼女はあなたのかたきを討つためだけに生きているわ――カグヤを、殺す気よ」




 ◆◇◆◇◆




 遂に。


 ルナリア王国――カグヤと。

 地球連合王国――つば姉が。


 女王同士で戦う時が来た。

 なら、行かなくちゃ。



「艦長さん」

「何?」


「なるべく早く、宇宙に上がりたい。その決戦に間に合うように。何かいい手はありませんか?」


「この艦にはVDを1機乗せて大気圏を離脱できるブースターが置いてあるわ」

「ならそれと。VDを1機貸してください。できれば、艦長さんのオーラムを」


「それはいいけど。行って、どうするの?」

「止めます。その戦いを」

「あなた1人が行って、どうにかなるものじゃないわ」


「そうかも知れません。3年前の戦いでも僕は、いつも肝心なところで失敗して。今回も何もできないのかも知れません。確たる勝算なんてないし、特に気の利いた台詞セリフもありません。それでも」


「それでも?」


「愛する女性2人が、殺し合おうとしている。なのにその場に行って止めないなんて、僕にとってはありえません。それだけです」


「……まだ両方と結ばれるの、あきらめてないの?」

「その願いを支えに、これまで生き延びてきました」


「……わかったわ」



 艦長さんは、そっと目を閉じて。

 張りつめた顔を緩め、ほほんだ。



「勝手ね、私。3年前は反対したくせに。今はあなたが――そんな変わり果てた姿になっても、変わらぬ想いでいてくれたことが嬉しい。生半可な覚悟じゃないことは今さら私が問うまでもない。今度は応援するわ――がんばれ、男の子!!」


「はい!!」




 ◆◇◆◇◆



 艦長さんに連れられ、男性用更衣室に案内された。そこでいったん別れ、もらった宇宙服とパイロットスーツに中で着替える。入口と反対側のドアから更衣室を抜け、パイロット控え室で合流——



しまさん!?」



 艦長さんが車椅子を引いて待っていた。その車椅子に座る男性は、間違いない。VDの生みの親、しまだいさんだ。でもいつも着ていた白衣でなく患者衣で、体は痩せ細り、髪は白髪交じりで、何より表情が虚ろで――



博士はかせ。ほら、アキラよ」

「あ? あー、あぁ……」


しまさん!」

「あ、あぅ……」

「……グラール!!」

「あ、あ~う~……」



 僕が手を握っても、しまさんは反応しているのかどうかもわからないうめき声を上げるだけ。艦長さんが、唇を噛んで顔を伏せた。



「艦長さん。これは一体……」


「心が、壊れてしまったの。3年前のルナリア王国の決起は、VDなくしては成り立たなかった。〝自分がVDを作らなければ、あの戦争は起こらなかった〟と――自分がVDを生み出したせいで、この世を地獄に変えて。何より、竜月タツキ、ゼラト、ヨモギ、悠仁ユージン……そして、あなた。友達を死なせてしまったと、自分を責めて」


「そんな……!」



 VDがなければ~は、その通りだろう。でも僕はVDが生まれてくれて嬉しかった。本物のロボットに乗りたいって夢が叶って。それを叶えてくれた人が、こんな……!



「あなたがそんなこと、気にすることないのに!」


「アキラの姿を見たらもしかして、と思ったんだけど。ダメみたい。ごめんなさい、出立前に余計なことを」


「いえ……いいんです、会わずにいたよりよかった。艦長さんもですけど、生きていたとわかっただけでも嬉しいです。生きてさえいれば、希望はある。しまさんもいつかきっと、よくなります」


「……やっぱり、この子はあなたにこそ相応ふさわしいわね」



 パチッ――



 控え室のガラス窓の向こう、真っ暗だった格納庫ハンガーの照明がついて、直立する2体の機械仕掛けの巨人が姿を見せた。1機は先日拝借した青灰色の〝オズ〟だ。もう1機は金色の――



「オーラムじゃ、ない?」

「以前のとは、違うわね」



 艦長さんが乗っていたVD。先日は一瞬ちらっと見ただけでオーラムだと思ったけど。改めて見ると、違う。


 全身、黄金に輝くかっちゅう

 兜のひさしの下で光る両眼。

 胸を覆う獅子のかしら


 全体の印象はよく似ているが、重量級でがっしりしていたオーラムより、すっきりしている。標準体型——中量級だ。


 そして背中のバックパックは、見たことのないタイプ。中央の基部から左右に3対で計6枚、足下まで垂れ下がる、羽根のような板。姿勢制御用スタビライザーか。


 より研ぎ澄まされた。

 それでいて優美な姿。



博士はかせはまだ正気が残っていた頃に、VDを第2世代に進歩させた。そっちのオズはその1つ。そしてこっちは、全ての第2世代機のいしずえとなった実験機。その名は――」



 その名は。



「EVD-01Z〝オーラム=レオニード〟よ」

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