第44話 強襲

 3年前、月に住む人々が起こし。

 地球を相手に戦い、勝利した国。


 ルナリア王国。


 手続き上は地球全土の支配権を得たが、当時の国力ではその全てを治めることはできず、放棄した大部分の土地が無法地帯と化した。


 以来、無法地帯であまの武装組織――国が抗争を続けている。その中で最大勢力なのは、つば姉が女王として率いている地球連合王国。


 だが地球全体で言えばルナリア王国も覇を競う国の1つであり、地球連合王国をしのぐ最大勢力だ。彼等もまた徐々に周囲の国を征服して版図を広げている――


 というのは、無法地帯こちらからの見方。


 あちらからすれば、そもそもこの世に国はルナリア王国しか存在しない。無法地帯は放棄したのではなく復興を後回しにしているだけ、あくまでルナリア王国領、そこで国を名乗る武装組織を国家と認定していない。


 だから。


 無法地帯への進出は侵略ではない。復興計画の順番が回ってきたから今それに着手している、という理屈。自分達が作った地獄に放置した人々の前に今さらノコノコ現れて、正統な支配者を気取る。


 に、しても。まさかその尖兵せんぺいが。

 僕の愛機、オーラムとはな……




 ◆◇◆◇◆




『代表者は!? いるなら姿を現せ!!』

『はぁ~っ、ここにおりますですじゃ~』



 町の広場に降り立ったオーラムの口部スピーカーから響く甲高い女の声に、老人の情けない声が答える。オヤジだ。普段のハリがなくヨボヨボのジイさんにしか聞こえない。


 無論――演技。



『代表者か。命が惜しけば言うことを聞け!!』


『ははぁ~っ、なんなりと~っ』

『? ず、随分素直だな』

『して、儂等はどーすれば~』


『ええと……今はじっとしてろ! 次の指示があるまで、全員その場から動くな!! 妙な動きをしたら、町を焼き払うからな!!』


『ひぃっ! 仰せのままに~っ』



 焼き払う、ね。



『あのぅ、兵士様』

『今度はなんだ!』


『い、いつまでこうしておれば……儂は足腰が弱ってまして……』


『そ、それは……歩兵が到着するまでだ! ええい、座っていい!』


『ありがたや~』



 油断して情報を漏らしたな、間抜け。

 やはり後続の歩兵部隊を待ってたか。


 こいつに、撃つ気はない。


 ルナリア王国の目的はこの町の支配。町から得られる税収は町が栄えるほど多い、そのためには建物も人もなるべく傷つけたくないのが本音のはず。


 あれはあくまで脅し。


 VDのコクピットにいたんじゃ人を脅すことはできても縄で縛ったりはできない。大勢を監視しながら細かく指示を出して従わせることも。そういうのは多数の武装した生身の人間、歩兵部隊の仕事。VDはそれをやりやすくするため、先に力の差を見せつけて町の人から抵抗の意思を奪うのが仕事だ。


 砲艦外交って奴だな。

 オーラムが黒船とは。


 だが、お待ちかねの歩兵部隊は――



「ぐ、あ……!」

「化、物……!」



 ——僕の足下に、転がっている。




 ◇◇◇◇◇




【オヤジ、無事か?】

【アスラン! ええ】



 オーラムが降り立った直後。

 僕はオヤジの許に駆けつけた。



【アイツは海の方から来た。母艦がいる、おそらく強襲揚陸艦だ】


【……そこからさらにじょうりくようしゅうていで歩兵が来ますね】


【そいつらを迎撃し、母艦を叩く。それまでアイツの相手を頼む】


【任せなさい】



 そして僕はオヤジがパイロットの注意を引きつけてくれてる間に、オーラムの頭部カメラから死角になる位置を選んで町を走り、浜に向かった。オヤジの隠し持つマイクの拾った音声を耳に仕込んだ小型マイクで聞き、そちらの状況を確かめながら。


 この状況。


 最優先はオーラムに決して攻撃させないことだ。向こうにその気はないだろうが、短気を起こした奴が発砲でもしたら反撃されない保証はない。全長20mのVDの脚がちょっと動くだけで人を踏み殺しかねない。極光銃ビームライフルが撃たれれば着弾点で大爆発が起き、そこにいた人間がまとめて消し飛ぶ。そうならないよう、オヤジと町のボスの組長さんがみんなを押さえてくれてる。


 そして。


 次の優先事項は町への歩兵部隊到着の阻止。歩兵どもはみんなに何をする? 脅すかまとめて吹き飛ばすかの雑な2択しかないVDと違って、生身の体で何でもできる。


 略奪。

 凌辱。


 それは本来の任務には含まれないはずの行為。だが命懸けで辛い任務に就く兵士のストレスを解消するため、らんぼうろうぜきで欲望を満たすことが許される。たとえ法で禁じられていても往々にしてされる。軍隊とはそういう所だ。


 だから。


 現場の兵士達を止められるのは。

 現場で直接命令する指揮官だけ。


 それには蛮行を許さぬ意思だけでなく、完璧に部下を従える統率力が要る。そこまで好条件の揃った逸材はそうはいない。だから軍隊って奴はどこも基本的には鬼畜の群れだ。ウチの組織は組長オヤジが指導力あるし、その手の輩は僕が粛清して引き締めてきたから大丈夫だけど。


 ルナリア王国軍は――


 行く先々でろうぜきを働く、なんて噂は聞かない。女王カグヤの意向だろうか。だが、たとえ全体はマトモでも例外は出る。悠仁ユージン――生前ルナリア王国軍の総司令だったアームストロング大佐もろうぜきを許さない指揮官だったけど、それでもその部下の1人は〝女を犯すな〟って命令の抜け穴を突いて男の僕を犯そうした。



 完全に防ぐのは不可能なんだ。



 だから結局、この町に来た兵士が人々をどうするかは運次第だ。運が悪ければ人々の生命財産、そして尊厳が奪われる。その可能性がわずかでもある限り、そいつらを到着させる訳にはいかない。


 だから、僕が。


 歩兵部隊を乗せた上陸用舟艇が浜に上がったところに殴り込んだ。ヘルメットにボディアーマーと完全装備の何十人もの屈強な兵士達。だが簡素な狭い舟の上、密集した中に紛れてしまえば敵は同士討ちを恐れて武器を使えない。取っ組み合いになり、僕は敵の攻撃を全てかわし、そのけいけつを指先で突いて全員を昏倒させた。




 ◇◇◇◇◇




 そして浜では今、あとから到着した仲間達が気絶した歩兵達を縛り上げている。



「なるべく早くここを離れろ。艦の弾が来るかも知れん」


「わかった。気をつけてな、アスラン」

「ああ。では、行ってくる!!」


「「ご武運を!!」」



 組の備品から持ってきたホバーバイクにまたがる。通常のオートバイの前後の車輪を、下向きのプロペラを円環状の覆いに収めたダクテッドファンに置き換えた物。そのプロペラで起こした風で浮上する、要は小型のヘリコプターだ。



 ブォォォォ!



 プロペラがうなり、ファンが砂を巻き上げバイクが数十cm浮き上がったところで海へと発進。水上を飛んで敵艦を目指す。目標ならもう見えている。夜中だが背後には街灯りもある。3年間、夜目を鍛えた僕には充分。


 ――やはり強襲揚陸艦だ。


 全長200mほど、上面は平たい飛行甲板。小型の空母に似ているが、航空戦力の運用が主体の空母とは違う。海兵隊のような陸戦兵力を運び、陸上に投入するのが主目的。主体ではないがヘリなどの航空機も搭載し――VD誕生以降、VDもそこに加わった訳だ。



 バババババッ!



 鉛玉が鳥の群のように飛んでくるのをひらりと避ける――艦の機関砲だ。結構な大口径、1発でも食らったらお終い。しかも2門撃ってきてる。弾道警告線が見えていても、バイクは自分の体のようには小回りが利かないので中々怖い。



 ビュッ!



 左右のグリップについたゲームコントローラーのようなボタン類を親指で操作し、上下左右に弾を避けつつ艦へ接近! 避けても弾速が音速を超えているため発生した衝撃波がビリビリくる。バイク壊れないでくれよ!



「はッ!」



 艦の船尾のすぐ側で停止、シートを蹴り、船尾の壁に張り出したベランダ状の通路に跳び移る! 扉から艦内へ侵入!!



「いたぞ!!」



 ルナリア王国軍の白い軍服を着た乗組員クルーたちが手にした短機関銃サブマシンガンを連射してくる。狭い通路だとけるのも骨だ、天井付近まで跳び上がり敵の銃口がこっちを向く前に拳銃でゴム弾連射、急所に当てて全員悶絶させる。



 タタタタタタタタタッ!

 バンバンバンバンバン!



 次々現れる兵士達を倒しながら通路を疾走。目指すは艦長のいるだろう戦闘指揮所CIC。艦長の命を握ればチェックメイトだ。位置は上陸部隊が持ってたタブレット端末で確認した。



「こ、ギャッ!?」



 ん? 1人、見た目の違う女兵士を倒した。透明なヘルメットのついた宇宙服のような気密服……VD用パイロットスーツ! この艦にはオーラム以外にもVDが積んであって、こいつはそのパイロットか。


 ツイてる……!




 ◆◇◆◇◆




 奥にある戦闘指揮所CICはもういい。すぐ近くのVD格納庫ハンガーにやってきた。VDが前後に2機並ぶほどのスペースに今は1機だけが整備台メンテナンスベッドに固定されて立っている。


 青みがかった銀色の巨人。


 飾り気のない頭部に2つの眼。

 太くも細くもなく流線形の体。


 初めて見る!

 新型か……!


 金網の足場、VDの首の高さにある高架通路キャットウォークを走ってその機体の後ろへ回り込み、先ほどのパイロットから奪った身分証カードを後頭部ハッチのカメラへつける!



 ガチャッ



 よし、開いた! 中に乗り込み――ああ、懐かしい! VDのコクピット! 球殻状の全天周モニターに囲まれた操縦席! デザインは3年前から変わってない。これなら問題なく動かせる、ちゃっちゃと操縦席に着いて左肘掛けアームレストのカードリーダーにカードを差し込み機体を起動!



[Welcome home! My master Matilda!!]

「悪いな、ご主人様じゃなくて」



 全天周モニターが点き、格納庫の景色と共に計器類の諸情報が表示される。その1つ、機体状態図の側にこの機体の機種名が。EVD-07〝オズ〟……すまないが付き合ってくれ、悪いようにはしないから!



「オーラムのパイロット。応答しろ」


『少尉——違う? 誰だ、その機体に!』


「その少尉からカードを奪って機体を借りた。これを見ろ」



 こちらの映像を送信する。今、向こうの全天周モニターにはオズが格納庫内で極光銃ビームライフルを壁に向けているのが見えているだろう。こいつを撃ったら艦は中からズタズタにされ1発で轟沈、多数の乗組員が死亡するのが艦の構造を知るコイツにはわかるはずだ。



『な!?』


「艦を沈められたくなければオレの言う通りにしろ。そこから戻ってこい。人にも町にも被害を与えないよう、ゆっくりとだ」


『貴様、この町の者か!? 貴様こそやめろ! 町がどうなってもいいのか!!』


「別に構わんが?」

『なんだと……?』


「オレは根無し草の傭兵だ。その町がどうなろうと1人で生きていける」


『ハッタリだな。なら何故そんなことをする!』



 もちろんハッタリだ。



「傭兵の仕事は信用第一、契約は履行せんと仕事が来なくなる。だからその町のボスの命令で戦いはするが、ボスを守れとは言われていない。アンタがそこを撃ってもオレが契約を破ったことにはならん」


『ぐッ!』


「とはいえ依頼人を死なせれば経歴に傷がついて仕事は減るだろうから、腹いせにここの乗組員は皆殺しにさせてもらう」


『卑劣な……!』

「お互い様だな」


『こんなことをしてタダで済むと思っているのか! ルナリア王国を敵に回せばこれ以上の戦力が押し寄せてくる、ひとたまりもないぞ!!』



『何、アテはあります』



 演技を止めたオヤジの声が凛と響く。



『地球連合王国の傘下に加わり、守ってもらいます。貴方がたを手土産にすれば快く迎えてくれるでしょう』



 元々、今後の方針としてその案はあった。



『貴様等……そこまで計算づくか、参った。CIC! 総員に通達!! 武器を降ろせ、我が艦はこれより敵勢力に降伏、投降する!!』



 ……ん?


 今、オーラムのパイロットと話してるんだよな。

 それがなんで、乗組員全員に命令してんだ……



『私が投降を決意したのは、君が大暴れしながらも我が部下の誰も殺していないと報告を受けたからだ。捕虜となっても人道にのっとった扱いを受けられると期待してよいのだろう?』


「あ、ああ。もちろんだ」

『ありがとう。感謝する』



 パッ――



 全天周モニター上に四角いウィンドウが開かれ、通信相手の顔が映し出され――!?



『褐色白髪美少年!?』

「かん、ちょう……?」


『? そう、私はそこの艦長でもあるの!』



 女パイロットの口調が柔らかくなった。もしや、任務のために意図的に高圧的な態度を取っていたのか? 今までとまるで別人――でも、知ってる。


 短い銀髪に、赤い瞳。

 雪のように白い肌。

 小さな背丈、大きな胸。


 この人は――



『私の顔に、何かついてるかしら?』

「艦長さん。僕です、かどあきらです」


『え……?』



 アーカディアンで、ギルド・クロスロードの仲間、狙撃手エイラだった人。現実リアルでは僕が乗ってた国連軍の宇宙戦艦アシタカの艦長だった――



『アキラ!?』



 大友おおともゆきたいだった。

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