第43話 侵略

「せ、先生!!」

「ひぃぃっ!!」



 女用心棒の死に、他の縛られた連中——敵組織の構成員たちが悲鳴を上げた。そいつらを見下ろしながら拳銃の回転式弾倉シリンダーを側面に振り出し銃身を立てると、弾倉から女を殺した弾のからやっきょうが重力に引かれて滑り落ちる。



 カラーン



「他に〝敵に情けをかけられるくらいなら死んだ方がマシ〟って奴、いたら立て。苦しまないよう1発でのうかんを撃ち抜いてやる」


「「Noノー! Noノー!!」」


「遠慮はするなよ。新しい家族のためだ、弾は惜しまん」


「「Noノーォォ!!」」


「そうか――あとは任せた」



 銃を脇の下の拳銃嚢ホルスターに収め、マントをひるがえして部屋を去る。



「「お疲れ様です!!」」



 ◆◇◆◇◆



 敵が本拠地にしてた、元ホテルの廃墟。

 部屋を出たあと、屋上の広間に出た。


 噴水や、椰子ヤシの植木。

 並んだテーブルと椅子。


 中々、しゃてる。


 屋上のへりから町を見下ろす。


 雑踏を行き交う人。

 露店で物を売る人。


 戦闘中は巻き込まれないよう隠れてたのが、終わった途端この活気。彼等にも仕事があるとはいえ、たくましい。


 慣れちまってるんだ。

 もう、ドンパチにも。


 ここは3年前、津波で壊滅した港町の1つ。そしてルナリア王国の統治範囲から外れ、無法地帯に捨て置かれた廃墟の1つ。元の住人は死に絶え、他所から流れてきた人々が新たな住人になった。


 復興したとは言い難い。


 人々はボロボロのままの建物に住み、余裕が出たら少しずつ修復していく。津波による瓦礫とゴミの山も、人々が邪魔な物をどけ使える物を拾い、徐々に減ってはいても、完全に撤去しようなんて取り組みはされてない。そこまでの余裕はない。それでもここは、だ。



「アスラン、ここにいましたか」



 よく通る、静かな声。


 穏やかな笑顔を浮かべた老紳士が屋上に上がってきた。スーツ姿に、手には杖。それには細身の剣が仕込まれているが、護身用に持っているだけで大して扱えない。見た目通り荒事は苦手な、ウチの組長ボス



「ああ。オヤジ、話は終わったのか」

「ええ。すんなり併合となりました」

「そいつは良かった」



 この町を支配していた組織のボス、あの太っちょでスキンヘッドの組長さんとの今後についての話し合いは、円満にまとまったらしい。これで彼等はウチの組織の一員となり、この町もウチの領土シマになる。


 オヤジは隣に並び、町を見下ろした。



「いい町です。見た目はまだ廃墟でも、電気も水道も通ってる。彼がしっかりインフラを整備していたから――良い統治者です。市民からの信望も厚い」


「そんな名君めいくんを襲ったオレ達は悪者だな」


「全くです。ですから、彼を殺さずに降伏させられたのは大きい。彼にこれまで通り町を治めてもらえば、市民の反発も抑えられる。君のおかげです、アスラン」


「チームの勝利だ」


「それは否定しませんが、謙虚ですねぇ」

「あの程度、自慢にならん」

「そういうところは、嫌味ですねぇ」



 オヤジはからからと笑った。



「そういえば、例の女用心棒。殺してしまったそうですね。強い人だったのに仲間にできなくて、いささか残念です」


「気持ちはわかるが、彼女はアンタの穏便路線とは合わない人種だった。強いほど、飼い慣らせないならかえって危険だ」



 犠牲は最小限に。


 僕がさつ戦法せんぽうを取るのは僕の都合だが、それが組織内で認められてるのはこの人の方針に沿うからだ。殺さずに無力化するのは難しいので、他のメンバーは非戦闘員は殺さないくらいで交戦相手は全力で殺しにいくが。


 どっちもオヤジの方針には従ってる。

 それぞれ、やれる範囲でやればいい。



「だから始末したと」


「見せしめでもある。オレの戦い方に文句つけてきたのは彼女だけだか、他の連中も内心は同じだったろう。人を殺せない甘ちゃんだとナメられると統制が取れん。誤解は早めに解かないとな」


「なるほど。そちらが本命ですか」



 僕の不殺を初めて見た人間の反応はおおむね否定的だ。みんな偽善者が大嫌いなんだ。だが僕は人が思うような〝誰1人殺さない〟不殺主義者じゃない。


 殺したいと思った奴は殺す。

 殺す理由がない人は生かす。


 それだけだ。



「助かります。私ではその判断はできなかったでしょう」


「礼を言うのはオレの方だ。敵の生殺与奪の権利を認めてくれて。じゃなきゃオレは集団の中でやっていけない」


「当然ですよ。君の力が欲しかった以上に、弱きを助け強きをくじく正義の味方、君のその生き様に惚れて組織に招いたのですから」


「それは、違うと言ってるだろ」



 ◇◇◇◇◇



 僕に正義などない。


 自分の行いが善か悪かに興味はない。

 善行を積んで、罪滅ぼしなどしない。


 地球の35億人を死なせ、生き残った者はこの戦乱の世という生き地獄に叩き落した。つぐない切れる訳がない。そもそもそうなった理由の、自分にとって最も大切な2人を最優先にしたことをつぐなうべき過ちだったとも思っていない。だから、殊勝な顔して十字架背負って生きていくつもりはない。



 僕は僕のために生きる。



 僕は元々そういう利己主義者エゴイストだ。

 だから3年前、友達さえ殺した。


 人助けなんて利他的なことするものか。


 それでも……理不尽に他者を虐げる悪党を見れば不愉快にもなる。自分が生きるために他者から奪うのは自然なことだ。僕もそうしてる。だがそんな〝やむを得ない〟ケースに当てはまらない犯行も多い。


 拉致・洗脳・凌辱……


 死と隣り合わせのこの時代、明日も知れぬ命なら欲望の赴くままにと倫理観モラルが低下しているのだとしても。そんな時代になったのが僕のせいだとしても、そうした一線を越えた者を許すことはできない。奴等は生きていてはいけないクズだ――昔、タカマガハラ要塞で僕を犯そうとしたあの兵士のような。


 そういうのは殺してきた。

 見かけ次第、片っ端から。


 そいつが生きている限り犯し続ける所業が不快で耐え難いからだ。あくまで自分の精神衛生のため、被害者を助けたい訳じゃない。助けようなんて意識はない。


 だから――


 以前、性奴隷にする、洗脳して兵士にするといった目的で人をさらっていた連中を皆殺しにした。困ったのはそのあとだ。奴等に捕らわれていた人達をその場に放り出せばまた同じような奴等のじきになる。それも不愉快だから、帰る場所のある人はそこへ送った。帰る場所をなくした人達は、僕が面倒見ることにした。


 だが。


 僕は戦うしか能がない。自分1人なら傭兵の仕事がなくても狩りやら盗みやらでどうとでも食べていけるが、大勢の人間に安定した衣食住を提供するすべなど持たなかった。


 彼等の1人に言われた。



【ドラマのような正義の味方の人助けの、華々しいアクションシーンだけつまみ食い。助けた相手のその後の保証という地味な、だが不可欠なことはからっきし。アンタのやってることはただのヒーローごっこだ】



 返す言葉もなかった。


 結局、路頭に迷う前にオヤジに拾われ救われた。オヤジの組織が支配する町で彼等は家と職を得て、組織の武力の庇護下に入ったので保護者としての僕もお役御免になった。僕はその時オヤジに戦闘員としてスカウトされ、恩を返したくて引き受けた。


 そして、今に至る。



 ◇◇◇◇◇



「オレはムカつく奴をブッ殺すだけの殺人鬼だ。人を助けてる訳じゃない。本当の意味で人を助けてるのはアンタだ」


「いいえ。私こそ人助けなどに関心はなかった。私は自分と周囲の幸福と安全を望むだけの小物です。その〝周囲〟の範囲が広がったのは君がいたからですよ」


「オレが?」


「はい。君は理不尽にしいたげられる人を見捨てられない。それだけで危険をかえりみず他人を助けられるのは普通ではない。たとえ力を持つ者でも。私は、心無い強者に弱者が踏みにじられているのを苦々しくは思っても、自分が助けようなどとは思いもしなかった。そんな私に他人のために戦う勇気を思い起こさせてくれたのが、君の姿なんです」


「ぐ……」


「君が連れていた彼等。君が私に会わなければ彼等を救えなかったように、まず君が解放していなければ私も彼等を救えなかった――役割分担です。自分の果たした役割を、過小評価しないでください」


「……口では勝てないな」


「はっはっは……あれから、色々ありましたね。まだ1年と少しですが、随分遠くへ来た気がします。君が入ってくれてから組織も大分大きくなりました――大きくなりすぎて、個人の手が届きにくくなった。そろそろ君のような卓越した個人にばかり依存していてはいけないのかも知れません」



 ……ん?



「今後は君がいなくても戦っていけるよう、集団の力をしっかり磨いていかないと」


「オレは解雇クビか?」

「とんでもない!」



 慌てたように手を振る。



「私としては、いつまでも君にここにいてほしいと思っていますよ。ですが……君は違う。そうではありませんか?」


「……! わかる、のか」


「なんとなく、そんな気はしていました。この頃、遠くを眺めてはここではないどこかへ行きたい――そんな顔をしていたので」



 そんなことまでお見通しとは。

 本当に、この人には敵わない。



「……3年前に生き別れて、どうしてもまた会いたい人が何人かいる。その内の1人が、会いに行ける場所にいるとわかったんだ」


「おお! どこです?」

「地球連合王国」

「なんと、あの国ですか」



〝地球連合王国〟



 ウチを含む、無法地帯で争い合うあまの武装組織――いわゆる〝国〟の中の最大勢力。地方の有力者レベルのウチでは手が届かない、莫大な費用と高度な技術力が要るヴェサロイドVDを運用できる国力を持ち、その力で版図を広げ今や無法地帯の大半を掌中に収めている。


 無法地帯の国とだけじゃない。

 ルナリア王国とも戦っている。


 むしろそれが本命。


 強硬な反ルナリアン派で、ルナリア王国を打倒して地上と宇宙を合わせた地球圏全土をアースリングの手に取り戻すことを目標に掲げている。実際、今やルナリア王国とも互角に戦えるほどの勢いだ。



 その国王は――佐甲斐さかいつばめ



 カグヤ――月の女王、十六夜いざよいかぐやと対をなす〝地球の女王〟と呼ばれるようになった、つば姉だった。



「同じ無法地帯の彼の国なら、ルナリア王国に比べれば入国も人探しも容易――それで君はすぐにも飛んでいきたかったのを、今回の戦いでの私達の身を案じて残ってくれていたのですね」


「まぁ……な」


「そういうことなら、行ってください。もう戦闘は済みましたし、さっきも言ったように組織はこれ以上君に甘えるべきではない。君も、他人に遠慮して自分の願いを我慢してはいけませんよ」


「オヤジ……!」


「長旅になるでしょう。車と食料、武器弾薬を用意します。餞別せんべつに持っていってください。でもそれは明日にして、今日はしっかり休むといい」


「ありがとう……ございます。これまで、お世話になりました……!」


「こちらこそ。ありがとう、アスラン」



 頭を下げる僕の肩にふれた手は、温かかった。



 ◆◇◆◇◆



 その夜、宴が開かれた。


 ウチの組織が持ち込んだ食料を振る舞って。町の中央広場で住民たち、そして両組織の構成員たちが集まってどんちゃん騒ぎ。元々予定されてたものだ。ウチの勝利を祝し、負けた者達を仲間として歓迎するための。そこに僕の送別会の意味も加わった。


 いいな、こういうの。


 昼間、殺し合った者同士が肩を抱き合う。まだぎこちないのは仕方ない、これから仲を深めていく、これはその第一歩だ。会場の端でその様子を眺めていると、仲間の1人が声をかけてくれた。



「よっ。行っちまうんだな……初めは怖かったのが最近よーやく普通に話せるようになったってのにな」


「お前には、世話になったな」


「へっ、よせよ――達者でなアスラン。大事な人と、会えるといいな」


「ああ。ありがと――」



 キィィ……



「みんな! 伏せろッ!!」

「なっ、なんだなんだ!?」



 ゴゥッ!!



 遠くから聞こえた高速で何かが飛翔する音。僕が警告に叫んだ直後には、それは側にやって来ていた。上空にたたずむ影。街灯りに照らされて浮かび上がるその姿は、1体の機械仕掛けの巨人。足裏と背中の推進器スラスターから青い炎を吐いて滞空する――VD。


 ゆっくり降りてくる。


 推進器スラスターの排気が起こした風が吹き荒れる。蜘蛛の子を散らすように僕等が退避し、ガランとした広場にそいつは降り立った。皆ががくぜんと見上げる中、銃を持つ右手を天に掲げ――



 ドキューン!



「「うわぁぁぁぁぁっ!!」」



『この町は我が軍が確保する! 不法居住者ども、抵抗は無駄だ、投降せよ!!』



 天へそびえた光の柱。

 極光銃ビームライフルのビームだ。


 その雷光に、一瞬はっきり姿が見えた。


 黄金の鎧の闘士。

 胸に宿した獅子。


 嘘だろ……どうして君が、こんな。



「オーラム……」



『当方は――ルナリア王国軍である!!』

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