第42話 修羅

 真夏の太陽のもと、所々コンクリートがひび割れた高層ビルの屋上をひた走る。けに羽織った濃緑のマントがはためく――その音に混じる、銃声。



 パ、パン――

 タタタタタッ



 この廃墟の町の各地で争う敵味方の。

 そして、自分へ向けられた敵の銃の。



 タタタッ

 タタタッ



 銃弾が次々と側をかすめる。


 前方、階段出口を覆う塔屋ペントハウスの陰から半身を出した、いかにもマフィアらしい黒服に黒眼鏡サングラスの男。その手の短機関銃サブマシンガンから放たれる銃弾を、走りながら全てかわす。難しくはない、半分は元から狙いが合ってない。撃たれると自分に当たるものだけ、わずかに身をよじってければいい。



 その銃口から伸びるを。



「化物か!」



 悲鳴を上げるその男へ右手の回転式拳銃リボルバーを無造作に向ける。銃口から伸びるレーザーサイトのようなを男の胴体にぴたりとつけて、引鉄トリガーを引く。



 バンッ



 予告線に沿って飛んだ弾が直撃し、男は倒れた。でも敵はまだ大勢いる。走り続ける僕へ、四方八方から弾道警告線が飛んでくる。それを怪盗が防犯センサーのレーザーをけるみたいにまたいでくぐって、発生源へとガンガン銃弾を叩き込んで線を消していく。


 弾道予告線

 弾道警告線


 それは20m級の搭乗式ロボット兵器〝ヴェサロイドVD〟のコクピットに投影される戦闘補助エフェクト。自機の射撃の弾道を示すのが予告線。他機のを示すのが警告線。それはVDのコンピューターが、センサーのとらえた情報を元に予測したもの。


 僕の脳はそれと同じことをしている。


 銃の状態・重力・風・湿度——弾道に影響を与えるあらゆる情報を目で見、耳で聞き、肌で感じ、無意識下で統合して算出した弾道の曲線を、はっきり色が見えるまでに思い描いて自分の視界に重ね合わせる。


 敵のなら赤、味方のなら青の警告線。

 自分のなら緑の予告線として。


 こんなこと普通の人間にはできない。チートだ。見えない連中には悪いが、これはゲームじゃない。生き残るため、やれることは何でもやる。この優位性アドバンテージを活かし、敵の弾を外し、自分の弾を当てていく。



 バンバンバン――



 弾切れの度に回転式弾倉シリンダーを振り出しからやっきょうを捨てる。弾倉に6つ空いたレンコンの穴のような薬室チャンバーへ、肩から腰に斜めに巻いた弾帯から抜いた実包カートリッジ6つを指先を細かく動かしそうてん――



 チッ!



 弾丸の衝撃波が頬をかすめ――撃ち返して無力化――少し血が出た。予測は予測、外れることも考慮して余裕を持ってかわしてるけど想定以上にズレた。まだまだだな。この技を覚えた3年前、暴徒から私刑リンチされた上に兵士から銃を向けられ時、ゾーンの集中力で初めて仮想弾道警告線を見た頃より大分精度は上がったけど。


 今では見ようと意識せずとも見える。

 今みたく時でも。


 ゾーンに入ってない時は弾自体は見えない。入ってる時なら見える、今のも弾を見てからけられただろうけど仕方ない。ゾーンにはいつでも入れるようになったけど、いざって時まで温存する。体感時間が長くなるため疲労が激しいから、頼りすぎは危険だ。



 バン!

 バン!


 ――ダンッ!



 銃弾を応酬しながら走り続け、建物から建物へと跳び移っていく。


 2車線分の道路の上空を跳び越え。

 1階分の高さを跳び上がり。

 3階分を跳び降り、転がってうけ


 この忍者みたいな体術は密林ジャングル暮らしで身に着けた。戦闘員でもこんな芸当できる奴はしょうなのでちょうほうされてる。だから今回も僕は単独で、建物づたいに道をショートカットして敵の親玉ボスを目指すよう指示された。



 ガシャァァァン!!



 窓を突き破り、ガラスの破片と共に元ホテルの大広間に降り立つ。あちこちに配置された黒服達。奥まった所に身なりのいい太った男。あいつがボスだ。



「な!? ——や、れッ!!」



 タタタタタッ

 ババババンッ



 黒服達が短機関銃サブマシンガンを連射してくるのをけて撃ち返して一掃し。残るはボスとその側の――アフリカの大地に不似合いな、着流し姿で腰に日本刀を差した日本人らしき黒髪の美女。



 時代劇の、用心棒?



「お、お願いします、先生!!」

「どれ、お相手進ぜようか!!」



 !? 一瞬で目の前まで迫ってきた、すり足で! 左手で刀の鞘を押さえ右手をつかにかける――やばい、だ。つば姉みたいな、日本古来の武術の使い手。抜き打ちで横薙ぎに振るわれた一閃ですぱっと僕の体が両断される姿が脳裏に浮かぶ。



「〝限界突破イクシード〟!!」



 ゾーンに入り、世界の時を遅らせる。女の刀が鞘からほとばしる――なんて速さだ、これじゃ刀の間合いの外に逃げるのは間に合わない!



 バッ



 膝を曲げ、上体を後ろに投げ出した。体が地球の重力に引かれて落ちるスピードは自分の力で体を動かすより遥かに速い。リンボーダンスのように体を反った僕の顔前を刃が通過――今だ! 女の懐に飛び込み、鳩尾みぞおちを拳銃の銃口で突く!!



 ガクッ



 声もなく、女は崩れ落ちた。

 あとはボスに銃を突きつけ。



「まだ、やる?」

「降参します♡」



 ◆◇◆◇◆



 3年前、僕は世界に1人はぐれた。


 アメノハシラ宇宙要塞からオーラムで出撃した時、宇宙服に着替えた更衣室に携帯電話スマホを置いてきてしまって。以来、誰とも連絡が取れてない。


 カグヤ、つば姉。

 父さん、母さん。


 せめて、この4人とだけはまた会いたい。話がしたい。その一心で生きてきたけど、生きるだけで精一杯でその方法を探す余裕はなかった。


 避難所で暴徒と兵士に殺されかけ殺し返したあと。


 無我夢中で逃げる内、僕は密林ジャングルに迷い込んだ。それから知識も道具もない状態からのサバイバル。何度死にかけたか。恐怖で心が壊れ、半狂乱で彷徨さまよった。ゾーンだけを頼りに捕食者から逃げ、魚・鳥・小動物を捕らえた。刃物がないので歯でかぶりつき、火がないので生のまま食べた。


 そうした捕食に慣れた頃。

 気がゆるんで、逃げ遅れた。


 オスの、獅子ライオンから。


 その牙が目前に迫った時、先住民族の狩人に助けられ、その人の村に保護された。内陸で暮らす彼等は隕石落下による津波の被害に遭わず、地球と月の戦争にも無縁で、僕を憎むどころか知りもしなかったので助かった。僕は村で雑用して働きながら狩りを教わり、ナイフ1本あれば獅子ライオンと戦って勝てるようになった。


 あの頃はよかった……でも。


 村は銃を持った集団に襲われ全滅した。たまたま狩りに出てて難を逃れた僕は、村人を殺して村に居座るそいつらをいんに乗じて皆殺しにし、かたきを討ったけど――その時、知った。



 世界の有り様を。



 戦争に勝ったルナリア王国は、負けた地球の全国家をへいどんした。ルナリアン全員が悲願だった月からスペースコロニーへの移住を果たし、重力の強さを調整できるそこでリハビリしてはいようしょうこうぐんから解放され、支配階級として安定した暮らしを手に入れた。


 一方。


 それまでスペースコロニーに住んでいたアースリングは全員地球へ送られた。隕石落としの被害に遭いながら生き延びた人が難民としてあふれる地球に、宇宙からさらに大量の難民が流入——地球は大混乱に陥った。


 あの戦争は、確かに地球側が原因だけど。

 これじゃ加害者と被害者が逆転しただけ。


 僕の送った通信で、月の人達が感激してアースリングと和解しようなんて流れにはならなかった。そこまで劇的な効果を期待した訳じゃないけど……むなしい。


 それはともかく。


 ルナリアンがアースリングを支配したことより、ことの方が問題だ。ルナリアンはスペースコロニーに住み、アースリングは地球に住む。だがその地球上の土地で王国がちゃんと統治したのは、宇宙に繋がる4基の軌道エレベーターとその基部の巨大人工浮島メガフロート、そしてかつての四大国でも重要だった地域だけで。


 他の大部分は放棄された。


 元々ルナリア王国の国力は小さい。そこに隕石落としでへいした地球諸国が合流してもタカが知れてる。とても地球全土を統治する力はなかった。だから優先順位の高い地域に絞って、統治できる分だけ統治した。


 あとは無法地帯。


 そこに住む見捨てられた人々は、住む場所や食べ物がなければ、ある者から奪うしかなくなった。村を襲った連中もそうだった。


 生きるために奪うのも。

 奪われぬよう守るのも。


 武力がなくては、始まらない。


 無法地帯は武装勢力――事実上の独立国が林立して限られた資源リソースを奪う合う弱肉強食の戦国時代になっていた。つまり村が襲われたのは、そんな世の中にしてしまったからだ。



 僕が早く、高天原タカマガハラを砕かなかったから。



 あの時、高天原タカマガハラの小惑星を砕いて地球の70億人を救うのが先か、カグヤとつば姉の戦いを止めるのが先かで、僕は後者を選んだ。見知らぬ70億より愛する2人を優先したことに悔いはない……それでも。地球を後回しにしたこの結果を見続けて、平気でいられるほど図太くもない。


 隕石の落下とそれが生んだ津波で。

 地球の人口70億の約半数が死んだ。


 無数の廃墟に残るしかばねの山。

 生き残り同士の殺し合い。


 全て、僕の責任。


 村を失ったあとフリーの傭兵になった僕は、無法地帯を渡り歩いた(王国統治領には市民権のない者は入れなかった)。どこに行っても、隕石落下を指示した月の女王、十六夜いざよいかぐやと。その恋人の僕へのえんの声が満ちていた。


 あの避難所で僕が被災者と兵士を殺したことは知られてなかったけど、あそこで被災者の1人が言っていた〝かどあきらは月の女王と共謀し、支配する分だけ人間を残すよう隕石を適度に砕いて落とした〟って強引な言いがかりは、通説になっていた。


 そんな中、僕は名を偽り、正体を隠し。

 真実が露見するのに怯えて生きてきた。


 組の構成員になった今でも。

 仲間の誰にも明かせてない。


 幸いと言うべきか、整形もしてないのに容姿が変わりすぎてて、一度もかどあきらと疑われたことはない。今の僕は――


 白い短髪で。

 褐色の肌の。

 小柄な拳銃使いガンマン


 元は黒かった髪は、ストレスのせいだろう、いつの間にかそうしらになっていた。生白かった肌は、日焼けした。背だけは、17歳になってもあまり変わってない。



 そして、名前は――



 ◆◇◆◇◆



「アスラン、終わったぜ」

「ああ、サンキュー」



 敵のアジト、元ホテルの一室で仲間の報告を受ける。そこでは敵の生き残りで怪我もなかった連中が縛り上げられ1ヶ所に集められ、ウチの組のモンに囲まれてる。みなげんな顔だ。彼等を代表するようにその1人、さっきの女用心棒が疑問を口にした。



何故なぜ、殺さなかった」



 そう。ここで縛られてる者の大半はボスが降参するまで立っていた者じゃない。戦闘中、僕に倒された者だ。僕が、無力化した。


 さつけつは。

 点穴てんけつとゴム弾。


 点穴てんけつ経穴けいけつを押す技術。経穴けいけつは東洋に伝わる、刺激すると健康に影響を与える体の部位、いわゆる。日本人にもしんきゅうやツボ押しマッサージでお馴染みだ。


 これも独学で覚えた。

 悪党の体を実験台に。


 どの経穴ツボを押せばどうなるか大体わかる。その中でも強く押すと動けなくなる急所を、格闘では指先や銃口で直接押し、射撃では非致死性兵器のゴム弾をピンポイントで撃ち込んで押す。


 それが僕の戦い方。


 僕のせいで35億が死んだ。

 それでも生き延びた命。

 できれば生きてほしいから。



「勝者が敗者を従えるのがいくさ。どちらが勝ってもいくさが終われば仲間になるんだ。その時、仲間の数は多い方がいいし、仲間の間に遺恨は少ない方がいい」


「どちらが勝っても、だと? 勝たなくても良かったとでも言うつもりか!」


「ああ。そっちのボスはこっちのボスと同じ、マトモな統治者だからな。それでもどっちが上か決めなきゃオレ達は1つになれない。今回のはそういう戦いだろ」



 女用心棒は、凄いぎょうそうにらんできた。



「敵も味方も大勢死んだ、殺し合った中で自分だけ手を汚さず聖人せいじんヅラか、ぜんしゃめ!」


「生きるために他者の命を奪うのは全ての命に与えられた権利だ。オレはそれを否定しない。その上で犠牲が少なく済むならそれに越したことはない」


「そうやって命を賭した戦いで相手に手心を加えられるのがどれほどの屈辱か! 貴様は人の尊厳をはずかしめている、それは精神の殺人だ!!」


「そうか」



 拳銃の弾倉シリンダーを振り出し、空の薬室チャンバーに弾を1発そうてん。銃口を女の額につける。



「非礼をお詫びする」

「は、何を――」



 バンッ

 ビシャッ



 今のは実弾。僕が回転式拳銃リボルバーを愛用するのは、こうして多様な弾丸を使い分けられるから。


 女は死んだ。


 大方、不殺野郎だから殺されることはないとタカくくって、負けた腹いせに揚げ足取ろうとしてたんだろうな。


 バカめ。



「命は重く、尊厳はより重い。殺さぬことが尊厳をおかすことになる場合はつつしんで殺そう。それが礼儀だ」



 オレはアスラン。

 その名の由来は。


 トルコ語の獅子アスランと。

 インドの闘神とうしん——阿修羅アスラ

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