最終章

第11節 千尋の谷

第41話 奈落

 僕は間違った。


 決定的だったのはアーカディアン義勇兵になった時だ。戦いから離れるチャンスだったのに、戦うと決めた時。あの時、僕がすべきだったのは戦うことじゃなかった。


 戦いたかったんだ。

 ロボットに乗って。


 もちろんあの時だって真剣に考えてた――ただ、思考に偏向バイアスがかかってた。本物のロボット、ヴェサロイドVDのパイロットになれる道が現れたら、もうそれしか見えなかった。その道の上でカグヤを取り戻すとなると、戦争を終わらせるために戦うくらいしか思いつかなかった。


 取るべき手段を間違えた。

 その先に正解はなかった。


 僕が本当にやらなくちゃいけないことは、はいようしょうこうぐんに苦しむ月の人達を救う手立てを考えることだった。でも僕は医学とか政治とか難しいことはわからなくて、何もできる訳ないって。それは大人が何とかしてくれるだろうって。


 人任せにしちゃ、いけなかった。


 月の人達を救うために、争いを収めるために、本当は何をすべきなのか。ちゃんと自分の頭で考えて行動しないと駄目だった。これまで考えたことがなくても、すぐには何もできないとしても、その初めの一歩を踏み出さないといけなかった。


 ようやくそう気づいて。


 今さらながら考えて、とりあえず浮かんだのが、月の人達に謝ることだった。だから大気圏に突入する中、全周波数チャンネルで通信を送った。ちゃんと届いたかな。あんな言葉1つで戦争が終われば苦労しないけど……



 何かが変わるきっかけに、なればいいな。



 ◆◇◆◇◆



 小惑星を砕いたあと、僕はオーラムとタカマガハラのコロニー内に退避、その構造材を盾にして大気圏突入時の超高熱をやり過ごした。4年間を過ごした町が目の前で燃え落ちていくのは悲しく、最後にその町が自分を守ってくれたことに感謝して、お別れした。


 そして月の人達へ通信を送って。


 地球の空に投げ出されたあと、オーラムは重力下では飛べないので脱出装置が作動。コクピットのある頭部が胴体からロケットで射出され、とたんに中が真っ暗に。胴体の主電源から切り離され予備電源に切り替わったから、省電力モードになって全天周モニターの表示が切れたんだ。



 ガクンッ!



 少し揺れた。落下傘パラシュートが無事開いたみたい。あとは下に着くのを待つだけ……動作は全自動で僕はすることないし、隕石落下を阻止できて気が抜けたら、どっと疲れが……


 そう……防いだんだ。


 これ、凄いことだよね。地球に住む70億もの人を救った訳で。あの時は、ぶっちゃけカグヤとつば姉の方が心配だったからあんま実感なかったけど。


 えへへ。


 表彰は……されるよね?

 歴史に名前、残るよね?


 英雄って。


 そしたら父さんと母さんも、もう〝ただの人殺しの親〟じゃなくなる。僕のことで世間から後ろ指差されることも減って、堂々として、られ……zzz



 ◆◇◆◇◆



「(ちょっと! 押さないで!)」

「(邪魔ッくさいな、コイツ!)」



 ッ!?


 起きた――あ、落ちてる感覚がない。下に着いたのか。なんか外が騒がしい。人がいるみたいだ。とりあえず全天周モニターけて確認してみよう。



『急げ、早く!』

『逃げるんだ!』



 !? ……コクピットの球殻状の内壁に映し出された周囲の景色は、高いビルの建ち並ぶ大都市、その大通りを埋め尽くす人と車の群。その広い道路のド真ん中にいる……僕、凄い通行のさまたげ! でも……なんだこれ、徒歩の人達は車の間を縫うように車道も歩いてる。みんな叫んで――英語だ――いらってる、じんじょうな様子じゃない。



『ママー、オーラムだよー』

『え!? 知らないわよ!』


 

 渋滞で立ち往生した様子の母娘。5歳くらいの娘さんの方がぺたぺたオーラムの顔をさわってる。こっちからは透明な壁越しに見えるけど、あっちからはオーラムの顔が見えるだけで中の僕は見えない状態。


 その歳でアーカディアンをご存知とは。

 中々感心な、将来が楽しみなお嬢様だ。



『オーラム、いたい?』



 生首状態のオーラムを心配してくれてる。

 優しい子だな。ありがとう――



 ゴッ!



「うわぁッ!?」



 体を固定した操縦席が遊園地の絶叫マシーンみたくゴロゴロ回って――オーラムの頭部が転がってる! モニターは一面、濁った茶色の泥水――


 洪水!?


 それに、さっき見たアレは。

 こうなる直前、確かに見た。


 あの女の子が。

 水に飲まれた。



「あ、あ、あぁぁぁッ!」



 女の子は一瞬で見失ってしまった。そして次々と、他の人達が視界をよぎる。流されながら、必死の形相で手足をバタつかせて――気密がしっかりしてるVDのコクピットには今のとこ浸水はないけど、この人達は!


 た、助けないと!

 ……どうやって!


 オーラムはもう動けない!


 ここを出たら最後、僕もおぼれ死ぬ!

 む、無理だ、僕には何もできない!


 自分だけ、この安全な場所で。この人達が死んでいくのを、ただ眺めていることしか――何だそれは。何でこんな! 今しがた、70億の人を救ったばかりなのに!!



「う、うっ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」



 ◆◇◆◇◆



 長い長い時間が過ぎて。

 流れがんだらそこは。



 地獄だった。



 夕暮れ時、水浸しの廃墟。

 コナゴナに倒壊した建物。


 人間や……

 犬猫の……


 水死体。


 やがて、僕は駆けつけた救助レスキュー隊に保護されて。オーラムのコクピットを降り、宇宙服を脱いで、渡されたトレーナーとジーンズに着替えて。連れて行かれた近くの――ここはアフリカの赤道付近らしい――避難所にいるよう言われた。


 そのあいだ


 救助隊の人が教えてくれたことや聞こえてくる周囲の会話、ラジオ・テレビから、僕は世界に何が起こったか知った。


 地球の沿岸部が。

 津波に飲まれ壊滅した。


 僕の見た地獄は、そのほんの一部。

 あんな光景が、世界中に広がって。


 隕石落下の衝撃による津波。


 隕石は、落ちてた。

 僕は、失敗してた。


 高天原タカマガハラの小惑星は複数に割れて、それらはまだ充分大きく、大気圏突入でも燃え尽きずに地上に落ちた。僕がもっと早く砕いていれば、燃え尽きたはずだったのに。


 陸に落ちた物は、人口密集地を直撃し。

 海に落ちた物が、津波を引き起こした。


 おびただしい数の人が、死んだ。


 死んで死んで死んで……

 死んで死んで死んで……


 死んだんだ。

 僕のせいで。


 何が英雄だ、役立たず。


 それでも。直径10kmの隕石がそのまま落ちた時に起こると予想された、地上が真っ暗になるほど大量の土砂が上空に巻き上げられて、地球が冷えて死の星になることだけは防げた。でもそんなこと考えても、言い訳してる気にしかならなかった。


 そして――


 地球各国は被災者の救助と支援に乗り出したけど、到底追いつかず。それどころかあまりの人的・物的被害に行政機能も維持できなくなって……当然、戦争なんてできる訳なくて……隕石が落ちた次の日。



 西暦2037年9月1日 日曜日



『国際連合およびその常任理事国たる米州連邦・欧州連邦・亜細亜連邦・太平洋連邦の4国は、ルナリア王国に対し無条件降伏する』



 地球と月の間の戦争は。

 月の勝利で幕を閉じた。



 僕達は……負けた。



 ◆◇◆◇◆



「ねぇ、君」

「え……?」



 数日後。避難所で膝をかかえてうずくまってたら、被災者の1人らしい中年女性が話しかけてきた。やつれてるけど、きれいな人。優しい笑顔。



「こっち来て、みんなと一緒に遊ばない? 被災地だからってジッとしてると、エコノミークラス症候群やはいようしょうこうぐんになっちゃうわよ」



 ああ……そういうこと。

 また……廃用症候群このはなしか。


 見ると色んな年代の男女が集まってた。バスケットボールを手にした人もいる。これからそれで遊ぼうってこと……?



「はい。やります」

「よし! ――君、名前は?」

かどあきらです」

「ミカド・アキラ……?」



 おばさんの表情が固まって……

 険しくなってくる、なんだ……?



「あの、パイロットの?」

「え――はい、そうです」



 ガッ!



 !? おばさんの両手がすーっと伸びてきたかと思ったら、突然首をめられた! 苦しい……え、嘘、何コレ!?



「おい!?」



 誰かがおばさんをがしてくれた。

 げほっ、あ、危なかった! 助か――



「離して! コイツが夫と息子を!」

「何言って――」

「コイツが、ミカド・アキラよ!」

「何!?」



 そのおじさんも険しい目で僕をにらむ――いや、この2人だけじゃない、周り中、大人も子供も全員!? みんな殺気立って、そこらの瓦礫から鉄パイプや割れて尖った角材を手に取って……



「こいつがミカド・アキラか!」

「月の女王の恋人!」

「裏切り者!」

「よくも隕石を!」

「人殺し!!」



 !?



「待ってください! カグヤは確かに恋人ですけど、僕は彼女と敵対してでも地球軍として戦いました! 隕石だって僕が砕いたんです! ……それでもこうなってしまったけど、砕かなかったらもっとひどくなってた。あなた達だってみんな死んでたんですよ!?」


「皆殺しにはしなかったから感謝しろだと!? 生き残った俺達を奴隷にするのが目的だろう! ルナリアンも支配する相手がいないと困るだろうからな!!」


「違う!」



 そんな作為は誰にもない。ルナリア王国は国力差を覆すために地上を根絶やしにするつもりで隕石を落として、それを僕が中途半端に防いだ結果なんだ!



「お前はその共謀者だ! ルナリアンと戦うフリして、小惑星を程よく砕いて地球に火の雨を降らせ、地獄に変えた!!」


「違う!!」


「夫と息子のかたき!!」

「おば、うあッ!!」



 ガンッ!!



 おばさんに、頭を角材で殴られた!

 転んだ僕に、また――他の人も!?



 ガンッ!

 ガンッ!

 ガンッ!


 バキィッ!!



 痛い、怖い、痛い!! 殺到した被災者達に体中メッタ打ちに! 地面を這いつくばって逃げ回っても容赦なく上から硬い物が降って――この状況! これまで命がけで戦ってきたけど、過去最悪だ。僕はVDに乗ってなかったらただの運動音痴のモヤシっ子なんだ、身を守る術なんてない――なぶごろされる!



「待て! 何の騒ぎだ!!」



 攻撃がんだ……? 暴徒達が離れてく――いや、銃を持った兵士らしき男の人数名に押しのけられてる。軍の救助隊の人達! 助かった……!



「悪いのはそいつだ!」

「そいつはアキラだ!」

「よこせ、殺させろ!」


「何? ……ふむ、ふむ……そうか」



 暴徒達の話を聞いていた兵士の男が1人、こっちを向いた。



「よぉ、久し振りだな」

「え?」


「昔お前にフルバーストされた雑魚ザコプレイヤーの1人さ」


「あの時の……」



「話は聞いた……うん、お前が悪い」



「は……?」


「お前にも言い分はあるだろうが、このままじゃ暴動になるんでな。彼等をなだめるためだ。っつー訳で」



 ニヤニヤ笑いながら。

 男が拳銃を抜いて。

 銃口を、僕に向けた。



「死ね」



 ◇◇◇◇◇



 何でたよ。


 何だってこんなことになってるんだ。僕は地球軍の一員として充分務めを果たしたはずだ。そりゃ個人的な動機の方が強かったけど、そんなの当たり前だろ。


 救ったんだ。


 取りこぼした命は多すぎるけど、それでも救ったんだ。多くの人を――同胞たるアースリングを。なのに何で、同じアースリングに殺されようとしてるんだ。誰も止めようとしない、他の兵士も被災者達も、みんな血走った目で笑ってる。



 ……ふざけるな。



 もう地球も月も関係ない、僕の命をおびやかす者は全て敵。

 敵、敵、ここにいるのはみんな敵、敵は全て――



 殺す。



 ◇◇◇◇◇



 パンッ



 放たれた弾丸が、側を通過する。


 ゾーンに入った。この状態なら、銃口をよく見れば弾が飛ぶ方向は予測がつく。VDの弾道警告線のように、思い浮かべたその軌跡から、兵士がひきがねを引く寸前に身をかわす。ゾーンはあくまで知覚の拡大、身体能力は上がってないけどだけなら速く動く必要はない。



 パンッ

 パンッ



 続けて放たれた弾をゆらゆらと避けながら、すっと男に歩み寄る――きょうがくに見開かれる目――男の手の拳銃をそっと掴んで――



 グリッ

 パンッ



「がッ……!」



 銃身を半転させ、男の人差し指を押し込んでひきがねを引かせて発砲。腹に穴を開けて崩れ落ちる男から拳銃を奪って――タカマガハラ要塞に掴まった時以来2度目か、もう慣れた――発砲。側にいた他の兵士数名の頭を撃ち抜く。


 群衆から悲鳴が上がった。

 足下の男も何かわめいてる。


 まだ生きてる、何かされても面倒だ。

 頭を撃ち抜いてトドメを刺して――



 ガチャッ



 拳銃を捨て、男がかついでた両手持ちのゴツイ銃、突撃銃アサルトライフルを奪う。安全装置セーフティは――このツマミか。ひねって射撃モードを〝安全〟から〝連射〟に。銃把グリップを右手で持って、銃身の前の方を左手でしっかり保持。銃口を暴徒達——まずは最初の、おばさんの方へ。



「ひっ!」

「ま、待てッ!」































 タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ――































 あ、弾切れ。

 ま、いいや。



 もうみんな、死んだから。

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