第40話 失楽園

 地球に隕石を落とすのが。

 地球の人を大勢殺すのが。


 カグヤの意志?



「なんで! どうして……!?」


『アタシ達が戦争に勝って生きのびるため。マトモに戦ってたら国力で劣る月に勝ち目はない。だからマトモじゃない手段で敵の国力の源を絶つ……それだけのことよ』



 そ、それだけって!



「人類が宇宙に進出したと言っても、まだ大半は地球に住んでるんだ。地球に隕石を落とすってことは、人類の大半を殺すってことなんだよ!?」



『それが何よ!!』



 ッ!?



『ええそうよ、月の人口なんて全人類の1割にも満たないわよ! そんな一握りのために人類の大半が死ぬのは間違ってるって言いたいの!?』


「い、いや」



 そこまで考えてなかったけど。

 はかりにかけてどちらが重いかは。


 考えるまでも――



『ずっとそうだった! 〝大勢おおぜい〟の都合で月にてられて。助けを求めても無視されて。この前の和平交渉でも足下見られた……それが民主主義!? 社会的少数者マイノリティは切り捨てられて当然って!!』



 し、しまった……!


 失言だった!

 地雷踏んだ!



『アースリングのその正義が、数の暴力がアタシ達をしいたげてきた――だから! アースリングの数をルナリアンより減らしてやるのよ!! そうすれば今度は、アタシ達が正義になる!!』


「待って、そんなつもりじゃ――」



『自らかかげた正義に焼かれて滅び去れッ! アースリング!!』



 ◆◇◆◇◆



『(×5)ご無事ですか、陛下!!』



 この声!?


 接近してくる敵VDが――5機!

 全機EVD- 03〝プラティーン〟!

 各機別々の武装パックの!



「またアンタ等か! ストーカー集団!」

『(×5)ルナリア女王親衛隊、だッ!!』



 カグヤの追っかけども!

 カグヤとの話の邪魔だ!



『アンタ達!? 来ちゃダメ!!』


『何をおっしゃいます!』

『そうです!』

『加勢いたします!』

『我等一同!』

『カグヤ様と共に!』



全門一斉射フルバースト!!」



 じゅっ――メガバスターキャノンの残り5つを複数同時照準マルチエイミングで斉射、解き放った大口径のビームがプラティーン5機全てに直撃した。



『レッド? ブルー!』



 ……。



『返事して、グリーン!』



 カグヤの呼びかけに誰も応えない。あれだけうるさかった声がピタリとんで。どうしたんだ……ビームは自動照準で狙い通りに、各機の胴体に命中した。コクピットのある頭部は無事なはず――


 !?



『ホワイト! マーブル!』



 ……。


 プラティーンは、どれも。

 上半身が、なくなってた。



『イヤァァッ!!』



 メガバスターキャノンの威力が高すぎて、着弾点を中心に起こった爆発が大きすぎて、頭部も巻き込まれたのか。VD用の他の荷電粒子砲ではこんなことなかった。


 じゃあ。


 確認してこなかったけど。

 これまで撃った敵も大体。


 死――



『アキラの、バカァァッ!!』

「カグヤっ!?」



 シルバーンが向かって――速い!!


 ザシュッ! ――今度はオーラムの左足のスキー板が斬られた! シルバーンが装着してるのは高機動型ルベウスパックか。元々軽量で素早いシルバーンの最速形態、小回りの利かない今のオーラムじゃ回避しようがない!



 ギュルッ!



 側を通りすぎたシルバーンがUターンして――この間に右肘掛けアームレストのタッチパネルを叩く! メガバスターキャノンの部品パーツ分離パージ! 砲の推進器スラスターを失って加速力は落ちるけど、身軽に!



『うわぁぁぁッ!!』

「くうっ――!」



 オーラムを急上昇させてシルバーンの突進をかわす――よし、アブソレイルパックの次世代型大出力推進器スラスターは、バックパック本体のだけでも重量級のオーラムに今のシルバーン並の速度を与えてくれてる!



「カグヤ、待って!」


『あんな奴等でも! アキラから見ればただのストーカーでも! アタシには大事な戦友だったの!!』


「っ……!」



 バジィィィッ!!



 オーラムの空いた両手で1振りずつ極光剣ビームサーベルつかを抜き、光の刃を発振。こっちも二刀流でシルバーンが振り下ろしてきた極光剣ビームサーベル×2を受け止めた――僕のすぐ頭上で、4本の光刃が火花を!!



「危ないな!? コクピットに当たる!!」

『当てる気よ! 今さら何言ってんの!!』


「……え!?」


『初めから、殺し合いでしょ!?』

「違う! 君を殺す気なんて!!」

『アンタにはなくても!!』

「嘘、でしょ!?」

『アンタを殺す――この力で!!』



 シルバーンが後退する――

 回り込んで再接近して――



『〝限界突破イクシード〟!!』



 悠仁ユージンがゾーンに入った時の合言葉!?

 シルバーンの動きの質が変わった!!



『死んで! アキラ!!』



 ◇◇◇◇◇



 僕は……


 ヨモギの件で、思い知った。誰かを殺したら、その人を大切に想う誰かに憎まれ、復讐される。だからもう誰も殺したくないって、あのあとの会戦の中で思ったんだ。


 でも。


 少しでも早く、多く敵を倒さなきゃいけない状況で手加減してる余裕なんてなくて。今回も、地球滅亡の危機を前にそんなの構ってられないって。敵を積極的に殺しはしなくても、絶対に殺さないなんて配慮はしなかった。死んだらソイツの運が悪かったんだって。


 結局また、殺した。


 それでも、カグヤだけは殺さない。大好きなカグヤを取り戻すために戦ってきたんだから。それはカグヤも同じだと思ってた。何があってもカグヤが僕を殺すことだけはないって。カグヤの目の前で親衛隊を殺して、カグヤが襲ってきても、まだ。


 なんてバカだ。


 自分が学んだ憎しみの泥沼からカグヤを救いたくて隕石落としを止めに来たのに、そこでカグヤ自身の大切な人を殺すなんて。


 それもこれも、僕が。


 〝十六夜いざよいかぐや〟のことを見てなかったから。現実リアルで会って本名を名乗りあっても、僕は彼女をアーカディアンのカグヤとしか見てこなかったから。僕の知らない所で彼女が月の人達と結んだ絆が見えなかった。だから月の女王は全国民を大切に思ってるって、そんな当たり前のことを失念した。


 受け止められなかったんだ。


 ルナリア王国の行いについて、カグヤを責めたくなかったから。カグヤ自身に責任のあることだと思うと、カグヤを嫌いになりそうで怖かったから。カグヤは周りの大人達の言いなりだと決めつけた。


 仮にそうだとしても。


 カグヤは嫌々やらされてるんじゃない、カグヤ自身が月の独立を、その先頭に立つことを望んでるって、わかってたのに。その気持ちに向き合ってこなかった。カグヤの心より大事なものなんて、あるはずないのに。


 やっとわかった。


 僕はずっと。

 間違ってた。



 ◇◇◇◇◇



『くぅぅぅぅッ!!』

「うあぁぁぁッ!!」



 シルバーンの極光剣ビームサーベルをオーラムの極光剣ビームサーベルが受け止める。通常なら反応もできない、ゾーンに入ったカグヤが駆るシルバーンの斬撃。その切っ先がオーラムのコクピットに迫る一瞬の中で、命の危機がひきがねになって僕もゾーンに入れた。



 バジィッ!

 バジィッ!


 バジィィィッ!!



 ゆるやかな時の中で、互いの二刀が何度もぶつかり合う。


 踏み込み、退いて、また踏み込んで。

 斬って、突いて、受け止め、はじいて。


 機体の力、自身の技の全てを尽くして斬り結ぶ。世界大会・個人の部の決勝戦を思い出す。あの時は楽しかったのに……


 今は!!



「ごめん! カグヤ!! 僕が悪かった――おびに何でもするから、隕石落としだけはやめて! あれが落ちたら、君が僕に向けるのと同じ憎しみを! 君が無数の人から向けられる!!」



 バジィィィッ!!



『いいの! ――そう、いくらにっくきアースリングが相手でも、こんな恐ろしいこと誰もやりたがらない。でもやらなきゃアタシ達みんな死ぬの。すぐにじゃない、でも確実に、綿わたで首をめられるように!!』


「カグヤ……!」


『それが嫌でアタシはたいの手を取った。あの時から覚悟はできてる。誰かがやらなきゃいけないならアタシがやる。それがアタシが望んだ生き方!』



 バジィッ!

 バジィッ!



『でもねアキラ! アタシは、アンタを憎んでなんかない!!』


「!? でも――」


『アタシがアンタのこと嫌いになる訳ない! 最初にだましてさらおうとした、アタシが悪いのわかってる! アースリングでも、アンタにだけは生きててほしかったから――でももうダメなの!』



 カグヤの泣き声。

 カグヤが泣いて。



『アンタはルナリアンを殺しすぎた! 同胞達はもう決してアンタを許さない。アタシもアンタを殺すよう戦わないと、女王と認められない!!』



 僕が、泣かして……!



『アキラ、愛してる! 他の誰かに殺されるくらいなら、アタシがこの手で! そうすればアキラは、アタシだけのもの!!』



 押され、始めた。



 機体条件はほぼ互角。

 VD格闘戦の技量も。

 ゾーンによる強化も。


 でも。


 カグヤはコクピットに当てるのも構わず攻撃してくるけど、僕はそれはできない分、不利になる。


 カグヤは実機のGにも完璧に耐えてるようだけど、僕は前よりマシって程度。耐G呼吸法でグレイアウトは抑え込んでも体が悲鳴を上げて、動きが鈍くなってくる。


 その差が、出てきた。


 ゾーンの超感覚で予測する幾通りもの攻防の果てに、僕の敗北が見える。カグヤにもきっと見えてる――



『あ、ああ!』

高天原タカマガハラが!』



 味方の悲鳴!?



『大気圏に落ちる!!』

『もういい、撃て!!』



 ドシュッ

 ドシュッ



 ——ドガガガガガガガッ!!



『『くそぉぉぉ!!』』



 味方のVD達がまだ高天原タカマガハラに近づけてない状態で撃ったミサイルが、敵のVDや高天原タカマガハラから放たれた激光対空砲ビームファランクスに片っ端から撃ち落とされた。



『アタシ達の勝ちよ!!』

「いや! まだだッ!!」


『無理よ! アンタはここで!!』



 ——ここだ!


 ガチャッ! 両操縦桿のグリップを下に倒し、オーラムを下降させる! 見上げるとオーラムの背中から上に伸びた2本の青い火柱に、シルバーンが突っ込んだ!



 ドカァン!

 ボシュッ!



 よし、計算通り! たいしたシルバーンから頭部コクピットは無事射出された!



『な!? 推進器スラスターの排気で!?』



 通常のVDの推進器スラスターの液体燃料ロケットの炎に、VDの耐熱装甲を破壊する力はない。でもアブソレイルパックに積まれた次世代の推進器スラスターはどれも、荷電粒子砲と同じ重金属の粒子ビームを噴射する。荷電粒子砲と違ってすぐ粒子が拡散するけど、拡散前なら威力充分。


 光の翼。


 推進器スラスターがビーム砲になるなんて考えもしなかったろう。それならゾーンでも予測できない。カグヤの裏をかくための奥の手だ。



『陛下!』

『あ……』



 敵のVD1機がシルバーンの頭を掴んで退避してく。これでカグヤは大丈夫。



「あとは!」

『アキラ!』



 つば姉の声!?

 戻ってきたんだ!



『もう無理だ! あそこに突っ込んだらおまえも地球の重力に捕まる!』

「つば姉! カグヤも、大丈夫だから!!」



 光の翼の加速力で!

 高天原タカマガハラの直上へ!


 使用武器変更、オーラムが極光剣ビームサーベルをしまって腰の後ろから極光銃ビームライフルを手に取る。


 要塞部の小惑星に!

 ゼロ距離まで接近!



原子螺旋錐誘導弾アトミックドリルミサイル!!」



 小惑星の岩肌に極光銃ビームライフルの銃口を突き立てて、銃身の下のグレネードランチャーからミサイル発射。ミサイルは岩に突き刺さり、その場では爆発せずに尖端のドリルで岩盤を掘って小惑星の中にもぐっていく。


 僕はその間に離脱――































 カッ――































 小惑星が割れた。


 その中心でミサイルが起爆して。

 核爆発が内側から砕いたんだ。


 間に合っ、た。


 僕と、オーラムは……

 戻れない、落ちる……



『『アキラぁぁぁーッ!!』』



 ◆◇◆◇◆



 こんにちは。

 僕は、かどあきら


 国連軍アーカディアン義勇兵としてVDで戦ってきた、アースリングです。


 今、地球へ落下するVDの中にいます。


 これまで敵として戦ってきたルナリアンの皆さん。

 この通信が届いていたら、どうか聞いてください。


 僕は、勉強の嫌いな中学生です。

 国際情勢とか、興味ありません。


 月の人達がはいようしょうこうぐんに苦しんでいること、多分ニュースで見たことあります。でも覚えてません。戦争が始まって改めて知って、それが地球各国の棄民政策によるものだと聞いた時は、ひどい話だと思いました。


 そんな他人ひとごとな反応でした。


 だってそれをしたのは偉い人達で、僕は何もしてないから。同じアースリングというだけで一緒くたに月の人達から敵視されるのを、いい迷惑だと思ってました。


 それが、間違いでした。


 僕のような大衆の無関心さが反映された世論が、月の人達をずっとないがしろにさせていたのだと思います。自覚がないだけで、僕はまぎれもなく加害者でした。


 ごめんなさい。


 僕にアースリングを代表する資格なんてありません。ただ、その1人として言います。僕だって住んでいたコロニーを焼かれて、月の人達を恨む気持ちはあります。


 でも。


 どちらが悪い、どちらが先に手を出した――って、相手が先に謝るまで謝らないなんて意地の張り合いをしていたら、いつまでも謝れないから。謝ったんだから許せとか、そちらも謝れとかも言いません。ただ、謝らせてください。



 本当に……すみませんでした……!

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