第36話 二者択一

「戦争が、終わるからよ」



 病院の個室。ベッドの上で体を起こす僕に、側の椅子に座った艦長さんが神妙に告げた。普段のおちゃらけた雰囲気がなくて、なんだか……


 ……怖い。



「地球と月の間で、和平会談が始まったわ。その話し合いがまとまったら講和条約が結ばれて、正式にこの戦争はおしまい」


「なんで……そんな、急に」


「え? それは、ほら。先の会戦で、が……亡くなったから」

「彼? ――あ、そうか。悠仁ユージンが」



 別に急じゃなかった。

 考えてみれば当然だ。



「ええ……月の独立運動は、実質的な主導者ジーン=アームストロングの卓越した知略と指導力に大きく依存していたわ。彼を失ってはもう月は戦えない。だから対話のテーブルについたんでしょう、月のせいしゃ達は」



 僕は――


 友達としての悠仁ユージンが死んだことが、ただ悲しくて。独立戦争の主導者アームストロングとしての彼の死の影響に、全く考えが及んでなかった。


 なんか、拍子抜けだ。


 終わってみればあっけなかった。

 てっきりもっと長引くもんだと。


 でも。


 この短期間で、友達を4人も亡くした。

 もうこれ以上、心がつとは思えない。


 だから。


 終わってくれて。

 助かったんだろう。



「アームストロングたいを討ち取ったのはつばめちゃんだけど、彼を追い込んだのはあなた。彼は悠仁ユージンだった……それを〝よくやった〟なんて無神経なこと言えないけど。あなたの奮戦がこの戦争を終わらせた。そのことには、胸を張っていいのよ」


「は、はい……」



 気をつかいながらねぎらってくれるのはありがたいけど。

 それより気になることがあって、素直に喜べない。



【あなたはもう、愛鷹アシタカに乗ることはないわ。艦のみんなとは、お別れ】



 義勇兵じゃなくなれば、どのみち愛鷹アシタカを降りることになる。でも今すぐ降りるってことは、それまでの短い間ですら、つば姉と会えなくなる――



「あの!」

「うん?」


「アーカディアン義勇兵制度がなくなるの、条約が結ばれて正式に戦争が終わったらですよね?」


「ええ。そうね」


「なら、それまではまだ僕は義勇兵ですよね。なんで、もう愛鷹アシタカに乗れないんですか?」


「あなたには艦外での休暇を与えます。義勇兵制度の解除まで。解除されたらそのまま一般人に戻る。だからもう、愛鷹アシタカに乗る機会はないの」


「え……え?」


「書類上ではもうしばらく義勇兵だけど、生活上はもう一般人ってことよ。この軌道エレベーター〝アメノハシラ〟の基部、オノゴロジマに新居を手配したから。そこでご両親と平和に――」


「まっ、待ってください!」

「……」

「それ、クビってことですか⁉」


「解雇じゃないわ。あなたには入隊から義勇兵解散までの任期分の給金満額と、挙げた戦果の分のあてが――」


「そういうことじゃなくて!」

「やっぱ……納得できない?」


「はい。まるで僕を戦いから遠ざけようとしてるような――いやでも、どうせもう戦いは終わるんだし。むしろ……愛鷹アシタカから遠ざけようとしてる?」



 艦長さんが、頭を押さえた。



「……え、本当に⁉」

「ええ……」

「なっ、なんで‼」



つばめちゃんがね。もう、あなたに会いたくないって」



 ◆◇◆◇◆



 視界が、歪んだ。

 つば姉、は——



【これからも……側にいて、いいか?】



 って。なのに……



「あなたに会わせる顔がないと言ってたわ」

「え⁉ ど、どういうことですか?」

「あなたとの約束を破って、悠仁ユージンを殺してしまったって」



 あ……あぁ!


 違う、約束なんてしてない‼ 悠仁ユージンはつば姉のご両親のかたきだけど、またみんな一緒に遊びたいって僕の願いのために恨みを水に流す――って、つば姉が自分から言い出してくれたことで。でも僕はつば姉にそんな自己犠牲してほしくなかった。


 あの時、それを口にしてれば‼



「あなたを助けにジェスターを攻撃した時〝この状況ならコクピットをける余裕がなかったと言い訳が立つ、両親のかたきが討てる〟と思った――あなたを裏切ってしまったって。悠仁ユージンの死を悲しんで悪夢にうなされるあなたを見て、後悔して泣いていたわ」



 そんなこと……!



「気にしなくていいのに! 確かに、悠仁ユージンが死んだのは悲しいですけど。あの時、僕は死にたくなくて。誰か助けてって。そしたらつば姉が助けてくれて。嬉しかった。恨んだりしません‼」


「ならそれは、私から伝えておくから」

「え? ――いえ、自分で伝えます!」


「いいえ、私から。あなたはもう、あのに会わないで。話さないで。その方がいいと、私も判断しました。だからあなたをふねから降ろす措置を取ったの」



 な……!



「あのも、ちゃんとあなたに会って謝るべきだと言っていたけど。私が止めた。スジを通そうとするのは立派だけど、そんな正しさで自分を追い詰めてもよくない時もある」


「今が、そうだと?」


「ええ。戦闘後、あのから色々聞いたわ。ご両親を亡くしてひとりで苦しんでたこと、気づいてあげられなくて情けなかった。しかも竜月タツキ・リズちゃん・悠仁ユージンがご両親のかたきだった――かたきとはいえ、友達だったその3人が死んでしまった。交流の深かったつかさクンも」



 艦長さんがハンカチで目許を押さえた。

 そうだよね、艦長さんも、悲しいよね。


 僕も……!



「——そして、あなたに振られて。そのあとリズちゃんに襲われたあなたが反撃しているのを、あなたの方を加害者と疑って止めてしまった――こうしたこと全てが、あのさいなんでる」



 え――あの時、僕を止めたことまで⁉

 それでつば姉を責めたりしないのに‼


 ……いや。


 つば姉の立場と性格じゃそう考えて当然なのか。つば姉もつらいだろうとは思ってたけど、そこまでとは頭が回らなかった。そんなつば姉に僕は「甘えたい、なぐさめてほしい」とか考えてたのか――


 バカか‼



「振られたばかりの相手となに話したって苦しいだけよ。そこまでして会う必要ない。もう限界のあのにそんな負荷かけられない。兵士の心理状態メンタルは戦闘力に、いては生死に直結する。その死はさらに作戦全体に影響し、より多くの命を左右する」


「でも、もう終戦でしょう? なら――」

「世界の火種は、月だけじゃないわ」



 えっ――



「世界は、四大国にまとまる前に比べたら大分安定したけど。それでもまだ各地に飢餓・貧困・差別・抑圧――争いの芽はある。月はあくまでその1つ。これからも、いつどこで何が起こるかわからない。その火を消すのが私達、国連軍の仕事」



 地球と月。


 それが対立の全てじゃない。

 世の中そんな単純じゃない。


 そんな当然のこと、僕は忘れてた。



「そしてもしつばめちゃんの心理状態メンタルが最悪な時にが起こったら―—」


「い、いや。つば姉が限界ってわかってるのに、まだ戦わせる気ですか⁉ つば姉にこそ休暇をあげてくださいよ、せめて落ち着くまで――」


「そうしたいけど、私じゃできないの。上の意向だから」


「上……国連軍の?」


「そう。あのつかさクンの影武者を務めて、戦いが終わったあと、みんなに真実は明かしたけど……偽物でも、あの戦いであのは味方を鼓舞しながら多数のVDを撃破し、敵の大将まで仕留めた。あの自身に英雄の資質があることを示してしまった。それで新しい英雄として白羽の矢が立ったの」



 つば姉まで宣伝プロパガンダに利用するのか。

 でも、そうか……そういうことか。



「つば姉は、今や大事な英雄だから。その心を乱す存在を近づける訳にはいかない。そういうことですね?」


「ええ」


「わかりました。でも、僕はもうつば姉を苦しめたりしません! だから、会わせてください‼」


「え? いや、だから――」


「違うんです! 確かに1度、つば姉の告白を断ってしまったけど。それは僕が自分の気持ちに気づいてなかったからで。さっきやっとわかったんです、僕はつば姉のこと愛してるって。だから、これから――」


つばめちゃんと恋人になる気?」

「はい!」


「カグヤはどうするの」

「カグヤとも恋人のままです!」



 艦長さんがジトッと目を細めた……し、視線が痛い。



「二股~?」


「どちらとも、他に好きな人がいることを隠して付き合う気はありません。ちゃんと2人に伝えます。それで受け入れてもらえたなら、3人で――」


「ハーレムルート?」

「そ……そうです!」


「それは……やめときなさい」

「非常識ってわかってます、それでも――」



「待って、違うの」



「え?」


「一夫多妻でも一妻多夫でも多夫多妻でも。当人達がそれでいいならそれでいい。みんなで幸せになれるならそれが一番だと私は思う。それにケチつけて邪魔する資格なんて他人にない」


「なら、どうして!」


「上手くいけば問題なくても、上手くいかなかったら大問題だから」


「いかなかったら……?」


「ハーレムを認められるかどうかなんて個人の価値観よ。そうそう変えられるもんじゃないわ。もしつばめちゃんがそういうの大嫌いだったら? 百年の恋も冷めるってもんよ」


「ぐっ」



 それは僕も、考えたけど。



「長期的にはその方がいい。さっさと次の恋を見つけて前向きに生きていくには。でも、彼女が負う心の傷はこのまま別れるより深くなる。それが癒える前に出撃なんてことになったら――そこまで考えてのリスク管理よ」



 僕は……そこまで考えてなかった。


 2人への想いを素直に貫く。

 それで嫌われても自己責任。


 でもそれは、2人の気持ちを考えてなかった。自分が嫌われて傷つくのは自業自得だけど、好きだった相手を嫌いになる方だって凄く嫌な気分になる。2人にそんな想いをさせるかも知れないって、考えもしなかった。


 僕はなんて、独りよがりな……!



「カグヤだけにしときなさい」

「え――いえ、でも、僕は!」


「ルナリア王国は解体される。カグヤは月の女王から普通の女の子に戻る――あ、アイドルは続けるのかも知れないけど。それでも国家元首より会いやすい。再会して、結ばれなさい。それでハッピーエンドよ」



 ハッピーエンド……?



「その時カグヤに〝氷威コーリィのことも好き〟なんて余計なこと言っちゃダメよ?」

「そ、それはできません! 好きな人に、嘘をつくなんて」


「それは自己満足よ。恋人でも夫婦でも、隠し事があったっていいの。教えてもらったって嬉しくもないことなら、ずっと黙って騙してくれてた方がいいってこともある」


「でも……!」



 嫌だ、嫌だ、嫌だ。


 2人とも好きだ。あきらめたくない。

 ずっと騙し続けるのも耐えられない。


 ……でも。


 それが、自己満足。そのせいで相手を死なせるかも知れないのに、それでもまだエゴを通そうっていうのか?

 でも、だから身を引く――のは、嫌だ。胸が潰れそうだ! でも――ああ、同じとこグルグルする‼


 僕は、どうしたら……



「アキラ」

「っ――」



 そっと、艦長さんが僕の頭に手を置いた。

 優しく撫でられて、体から力が抜けてく。



「あなたももう、限界だってわかってる。だからあなたももう、がんばらないで」


「あ……」


「欲張りで言ってる訳じゃないのよね。世の中の人間は、相手を騙して二股だ不倫だやってるってのに。あなたは包み隠さず相手と向き合おうとした。そういう誠実なところ、私は好きよ」


「艦長、さん……」


「でも、あなたもつばめちゃんと一緒、真面目すぎ。そんなに真面目に生きなくていいの。誰もあなたを責める資格なんてない。高潔に生きて他人を傷つけ、自分も全て失うくらいなら。ズル賢く立ち回って、確実に得られるものだけ得なさい」


「う、あぁ……!」



 何も、納得なんてできてない。

 でももう何も、言い返せなかった。



 ◆◇◆◇◆



 僕は艦長さんの決定を覆せなかった。

 翌日、退院して地上に降りることに。


 地球の赤道上、太平洋に浮かぶ巨大人工浮島メガフロートオノゴロジマ〟から垂直に伸びる軌道エレベーター〝アメノハシラ〟の、高度3万6千kmにある静止軌道ステーション。病院のあったその中の回転式重力区から、無重力区のエレベーター乗り場へ。



「「あきら、ほら」」

「うん……」



 両親のあとにトボトボとついていく。

 みじめだ……戦争が終わったってのに。



佐甲斐さかいつばめじゅん



 つば姉⁉ ――壁のTVテレビ



『貴官を2階級特進させ、ちゅうに任ずる。またその功績をたたえ、流星章シューティングスターを授与するものとする――おめでとう』


『はっ! ありがとうございます‼』



 大勢の軍人さんが並ぶ豪華な式場。つば姉が階級の高そうな軍人さんから星型の勲章を受け取ってる。表彰がてらつば姉を地球軍の新たな偶像アイドルにするための式典だ。会場はここのどこかにある。あの式のために愛鷹アシタカはここに来たんだ。


 つば姉。


 姿は見えるのに、凄く遠い。

 会いたい、ふれたいよ――



 ブツッ



 突然画面が切り替わった?

 これ、ニュース番組——



『緊急速報です。太平洋連邦のスペースコロニーで、ルナリア王国に占領されているタカマガハラが動き出し、現在、地球に接近しているとのことです』

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