第36話 二者択一
「戦争が、終わるからよ」
病院の個室。ベッドの上で体を起こす僕に、側の椅子に座った艦長さんが神妙に告げた。普段のおちゃらけた雰囲気がなくて、なんだか……
……怖い。
「地球と月の間で、和平会談が始まったわ。その話し合いがまとまったら講和条約が結ばれて、正式にこの戦争はお
「なんで……そんな、急に」
「え? それは、ほら。先の会戦で、彼が……亡くなったから」
「彼? ――あ、そうか。
別に急じゃなかった。
考えてみれば当然だ。
「ええ……月の独立運動は、実質的な主導者ジーン=アームストロングの卓越した知略と指導力に大きく依存していたわ。彼を失ってはもう月は戦えない。だから対話のテーブルについたんでしょう、月の
僕は――
友達としての
なんか、拍子抜けだ。
終わってみればあっけなかった。
てっきりもっと長引くもんだと。
でも。
この短期間で、友達を4人も亡くした。
もうこれ以上、心が
だから。
終わってくれて。
助かったんだろう。
「アームストロング
「は、はい……」
気を
それより気になることがあって、素直に喜べない。
【あなたはもう、
義勇兵じゃなくなれば、どのみち
「あの!」
「うん?」
「アーカディアン義勇兵制度がなくなるの、条約が結ばれて正式に戦争が終わったらですよね?」
「ええ。そうね」
「なら、それまではまだ僕は義勇兵ですよね。なんで、もう
「あなたには艦外での休暇を与えます。義勇兵制度の解除まで。解除されたらそのまま一般人に戻る。だからもう、
「え……え?」
「書類上ではもうしばらく義勇兵だけど、生活上はもう一般人ってことよ。この軌道エレベーター〝
「まっ、待ってください!」
「……」
「それ、クビってことですか⁉」
「解雇じゃないわ。あなたには入隊から義勇兵解散までの任期分の給金満額と、挙げた戦果の分の
「そういうことじゃなくて!」
「やっぱ……納得できない?」
「はい。まるで僕を戦いから遠ざけようとしてるような――いやでも、どうせもう戦いは終わるんだし。むしろ……
艦長さんが、頭を押さえた。
「……え、本当に⁉」
「ええ……」
「なっ、なんで‼」
「
◆◇◆◇◆
視界が、歪んだ。
つば姉、は——
【これからも……側にいて、いいか?】
って。なのに……
「あなたに会わせる顔がないと言ってたわ」
「え⁉ ど、どういうことですか?」
「あなたとの約束を破って、
あ……あぁ!
違う、約束なんてしてない‼
あの時、それを口にしてれば‼
「あなたを助けにジェスターを攻撃した時〝この状況ならコクピットを
そんなこと……!
「気にしなくていいのに! 確かに、
「ならそれは、私から伝えておくから」
「え? ――いえ、自分で伝えます!」
「いいえ、私から。あなたはもう、あの
な……!
「あの
「今が、そうだと?」
「ええ。戦闘後、あの
艦長さんがハンカチで目許を押さえた。
そうだよね、艦長さんも、悲しいよね。
僕も……!
「——そして、あなたに振られて。そのあとリズちゃんに襲われたあなたが反撃しているのを、あなたの方を加害者と疑って止めてしまった――こうしたこと全てが、あの
え――あの時、僕を止めたことまで⁉
それでつば姉を責めたりしないのに‼
……いや。
つば姉の立場と性格じゃそう考えて当然なのか。つば姉もつらいだろうとは思ってたけど、そこまでとは頭が回らなかった。そんなつば姉に僕は「甘えたい、
バカか‼
「振られたばかりの相手と
「でも、もう終戦でしょう? なら――」
「世界の火種は、月だけじゃないわ」
えっ――
「世界は、四大国にまとまる前に比べたら大分安定したけど。それでもまだ各地に飢餓・貧困・差別・抑圧――争いの芽はある。月はあくまでその1つ。これからも、いつどこで何が起こるかわからない。その火を消すのが私達、国連軍の仕事」
地球と月。
それが対立の全てじゃない。
世の中そんな単純じゃない。
そんな当然のこと、僕は忘れてた。
「そしてもし
「い、いや。つば姉が限界ってわかってるのに、まだ戦わせる気ですか⁉ つば姉にこそ休暇をあげてくださいよ、せめて落ち着くまで――」
「そうしたいけど、私じゃできないの。上の意向だから」
「上……国連軍の?」
「そう。あの
つば姉まで
でも、そうか……そういうことか。
「つば姉は、今や大事な英雄だから。その心を乱す存在を近づける訳にはいかない。そういうことですね?」
「ええ」
「わかりました。でも、僕はもうつば姉を苦しめたりしません! だから、会わせてください‼」
「え? いや、だから――」
「違うんです! 確かに1度、つば姉の告白を断ってしまったけど。それは僕が自分の気持ちに気づいてなかったからで。さっきやっとわかったんです、僕はつば姉のこと愛してるって。だから、これから――」
「
「はい!」
「カグヤはどうするの」
「カグヤとも恋人のままです!」
艦長さんがジトッと目を細めた……し、視線が痛い。
「二股~?」
「どちらとも、他に好きな人がいることを隠して付き合う気はありません。ちゃんと2人に伝えます。それで受け入れてもらえたなら、3人で――」
「ハーレムルート?」
「そ……そうです!」
「それは……やめときなさい」
「非常識ってわかってます、それでも――」
「待って、違うの」
「え?」
「一夫多妻でも一妻多夫でも多夫多妻でも。当人達がそれでいいならそれでいい。みんなで幸せになれるならそれが一番だと私は思う。それにケチつけて邪魔する資格なんて他人にない」
「なら、どうして!」
「上手くいけば問題なくても、上手くいかなかったら大問題だから」
「いかなかったら……?」
「ハーレムを認められるかどうかなんて個人の価値観よ。そうそう変えられるもんじゃないわ。もし
「ぐっ」
それは僕も、考えたけど。
「長期的にはその方がいい。さっさと次の恋を見つけて前向きに生きていくには。でも今、彼女が負う心の傷はこのまま別れるより深くなる。それが癒える前に出撃なんてことになったら――そこまで考えてのリスク管理よ」
僕は……そこまで考えてなかった。
2人への想いを素直に貫く。
それで嫌われても自己責任。
でもそれは、2人の気持ちを考えてなかった。自分が嫌われて傷つくのは自業自得だけど、好きだった相手を嫌いになる方だって凄く嫌な気分になる。2人にそんな想いをさせるかも知れないって、考えもしなかった。
僕はなんて、独りよがりな……!
「カグヤだけにしときなさい」
「え――いえ、でも、僕は!」
「ルナリア王国は解体される。カグヤは月の女王から普通の女の子に戻る――あ、アイドルは続けるのかも知れないけど。それでも国家元首より会いやすい。再会して、結ばれなさい。それでハッピーエンドよ」
ハッピーエンド……?
「その時カグヤに〝
「そ、それはできません! 好きな人に、嘘をつくなんて」
「それは自己満足よ。恋人でも夫婦でも、隠し事があったっていいの。教えてもらったって嬉しくもないことなら、ずっと黙って騙してくれてた方がいいってこともある」
「でも……!」
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
2人とも好きだ。あきらめたくない。
ずっと騙し続けるのも耐えられない。
……でも。
それが、自己満足。そのせいで相手を死なせるかも知れないのに、それでもまだエゴを通そうっていうのか?
でも、だから身を引く――のは、嫌だ。胸が潰れそうだ! でも――ああ、同じとこグルグルする‼
僕は、どうしたら……
「アキラ」
「っ――」
そっと、艦長さんが僕の頭に手を置いた。
優しく撫でられて、体から力が抜けてく。
「あなたももう、限界だってわかってる。だからあなたももう、がんばらないで」
「あ……」
「欲張りで言ってる訳じゃないのよね。世の中の人間は、相手を騙して二股だ不倫だやってるってのに。あなたは包み隠さず相手と向き合おうとした。そういう誠実なところ、私は好きよ」
「艦長、さん……」
「でも、あなたも
「う、あぁ……!」
何も、納得なんてできてない。
でももう何も、言い返せなかった。
◆◇◆◇◆
僕は艦長さんの決定を覆せなかった。
翌日、退院して地上に降りることに。
地球の赤道上、太平洋に浮かぶ
「「
「うん……」
両親のあとにトボトボとついていく。
『
つば姉⁉ ――壁の
『貴官を2階級特進させ、
『はっ! ありがとうございます‼』
大勢の軍人さんが並ぶ豪華な式場。つば姉が階級の高そうな軍人さんから星型の勲章を受け取ってる。表彰がてらつば姉を地球軍の新たな
つば姉。
姿は見えるのに、凄く遠い。
会いたい、ふれたいよ――
ブツッ
突然画面が切り替わった?
これ、ニュース番組——
『緊急速報です。太平洋連邦のスペースコロニーで、ルナリア王国に占領されている
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