第10節 女王親征
第37話 破局の足音
『緊急速報です。太平洋連邦のスペースコロニーで、ルナリア王国に占領されている
……何、それ。
『現在のコースからは地球への落下が予想され――』
これ、ルナリア王国軍の仕業……?
戦争、終わったんじゃなかったの?
ざわ……ざわ……
軌道エレベーターのホールがざわめく。
みんな
その中の誰かの話し声が耳に入った。
「これ、ロボットアニメで見た、コロニー落とし⁉ 地球がめちゃめちゃになっちゃう‼」
「大丈夫、あんなの作り話さ。コロニーなんて見た目はデカイけど中身はスカスカの筒だ。実際に落としたら大気圏突入時に砕けて燃えて、地表には小さな破片が落ちるだけで大した被害には――」
――とも、言われてるけど。
コロニーが地球に落ちたことなんて現実には1度もないんだ。いくら精度の高いシミュレーションしてても、実際どうなるかなんて落ちてみなきゃわからない。
楽観は――
『
⁉
隕石衝突による恐竜絶滅は有名だけど。その時の隕石って、あの程度の大きさだったの? 僕が
つまり。
効果の不確かなコロニー落としじゃない。
小惑星で確実に地球を壊滅させる気か。
「やっぱりダメじゃない!」
「うっ、うるせぇっ!」
「地球行きはキャンセルだ‼」
「途中でここにもぶつかるかも‼」
「どこか、安全なコロニーに――」
「「逃げろォォォッ‼」」
地球に降りるエレベーターを待ってた客達が一斉に出口に向かう。
「ママ、
「パパ!
「うん……!」
離れ離れにならないように3人で固まって、人波に流される。
『各国政府はこの事態に対し――』
ブツッ
放送が途切れた?
また別の――な⁉
『アースリングの皆様、ごきげんよう』
ホールの高い所に設置された大型
切り替わった画面に映るその姿は。
黒髪の上に、銀色の
白と黒の軍服ワンピース。
肩にかけた紫の羽衣。
腰に帯びた宝剣。
『
独立宣言の時と同じ衣装のカグヤが。
あの時と同じ、冷たい微笑みで。
僕を、見下ろしていた。
◆◇◆◇◆
『我々ルナリア王国とあなたがた地球諸国は戦争状態にあり、先日それを収めるための交渉が始まりました――ですが残念なことに、それは決裂いたしました』
決裂……
戦争、終わるって思ったのに……。
もう、終わった気になってたのに。
『和平の条件として我が国が地球側に要求したのは、既にそちらから獲得したスペースコロニーを全基、正式に我が国の領土として認めることでした』
取った物は返さない、か。
取られたコロニーに住んでた身として、いい気はしない。けど、月の人達には
なら、それくらい――
『ですが交渉とは互いの要求をすり合わせ、譲歩し合い、双方の妥協点に落着させるものです。我々としても初めの要求を押し通すつもりはなく、最終的にコロニー1基を残し他は全て返却するところまで譲歩しました』
1基だけ⁉
『コロニーが1基あれば、そこに
確かカグヤは前に……
今あるコロニー全部じゃないと月の人口が入りきらないって。それをたった1基のコロニーを拡張して全人口を収めるのは並大抵のことじゃない。そうしてでも戦争を終わらせる気はあった?
なら、どうして――
『一方、地球側からの要求は無条件降伏の一点張り。
は……?
ルナリア王国に代わって、今度こそ国連がルナリアンの問題を解決するんじゃ――え、あれ……? そういえば。
そんな話、誰からも。
聞いてない、ような。
『おかしなものです。L1・L2の南北の計4ヶ所のハロー軌道で行われた先の戦闘。3宙域で我が軍が勝利し、そこのスペースコロニー群を占領しました。敗れたのはL1北ハロー軌道での戦いのみ。3対1、総合的にも我が軍の勝利です』
え。そう、だったの?
『にも関わらず
認識が、相手と違った?
『降伏しなければこのまま戦争だ、それでもいいのか――と。ええ、無論、構いません。勝っているのは我々なのですから。それでは戦争を再開しましょう――あなたがたの、お望み通りに』
「何やってんだ政府は!」
「せっかくの終戦の機会を‼」
『手始めに、
な――
『
地球に隕石を落とすのは。
それと同じ、ってことか。
『あなたがたがそのような態度を改めぬ限り、我々にアースリングの滅亡を
相手を、滅ぼすって……
『あなたがたは
スラッ――カグヤが剣を抜いて、天に掲げた。
『
『女王陛下、万歳!』
『ルナリア王国、万歳!』
カメラが引いて、檀上のカグヤの前に並んだ灰色の軍服を着た大勢のルナリア兵達の、軍刀を振り上げ唱和する姿が映し出される。
『『万歳! 万歳! 万歳ッ‼』』
ブツッ
「うわぁぁぁぁっ‼」
「ふ、ふざけるな‼」
乗っ取られてた放送を取り返したのか、画面はさっきのニュースに戻った。でももう何言ってるのかわからない。周り中、悲鳴や怒鳴り声で包まれて。
……カグヤ。
胸がぎゅっとする。戦争が終わったから、その内また会えるだなんて思ってたのが恥ずかしい。
また、あんなこと言わされて。
「ちくしょう! 月の女王め‼」
「あの女は悪魔だ‼」
「誰かあいつを殺して‼」
喧噪に混じる、カグヤ個人への憎悪。あんなのカグヤの本心じゃない、利用されてる犠牲者だってわかんないの?
——でも、僕も
大好きなカグヤが。
人から憎まれてる。
憎悪がいかに克服しがたいか。ヨモギの1件だけでも僕はあれだけの想いをしたのに、そんなものが無数にカグヤへ向けられる。隕石落としで大勢の人を殺したら、その遺族からさらに。
それに。
つば姉もきっと出撃する。心がもう、限界なのに。それじゃ艦長さんが言ってた通り、実力を発揮できずに死んで――そんなことに、させてたまるか。
守るんだ、2人を。
僕の、愛しい人を。
だから。
「父さん、母さん――」
「ああ」
「ええ」
「えっ⁉」
「行くんだろう、あれを止めに」
「わかってるわ、あなたのことは」
「父さん、母さん……!」
涙声の2人に、ぎゅっと抱きしめられる。
僕も目頭が熱くなって、声が
「でも――いいね?」
「必ず、生きて帰るのよ」
「うん……必ず、帰るから……!」
僕の二の腕を掴んだ2人の手が、震えてる――手が
その顔をしっかり見て。
忘れないよう心に刻み。
敬礼する。
「……いってきます!」
「「いってらっしゃい」」
◆◇◆◇◆
人を押し分け、道に迷い。
ようやく軍の区画へ。
ここ、軌道エレベーター〝
アーカディアン義勇兵になったプレイヤーは会員証がそのまま軍の身分証として使えるから。
「君⁉」
すぐ、受付のお姉さんに呼び止められた。
「アーカディアン義勇兵の
「君が! ごめんなさい、
げっ⁉
「なら別のVD搭載艦に乗せてください!」
「それが、それも、全部……」
「そんな⁉」
ここまで来るのに時間かけすぎた‼
「どうしたね」
落ち着いた、男性の声がした。
振り向くと、金髪をオールバックにした白人の将校が。威厳があって、渋くてかっこいい、ナイスミドル。国連軍の青い軍服にはたくさん勲章がついてて、階級は艦長さんより高そう。後ろに大勢、部下らしき人達を引き連れてる。
「げっ、
お姉さんが怯えた様子で敬礼した。
「何かトラブルかね」
「はっ! 実は――」
国連軍のトップ⁉
「……なるほど。ご苦労、君は仕事に戻りなさい。彼の相手は私がしよう」
「⁉ ——イエッサー‼」
「
「はい! そうです‼」
慌てて僕も敬礼した。義勇兵に正規兵に敬礼する義務はないけど、耐G教習会の時みたくそれが通じないと困る。幸い、
「初めまして。私は国際連合統合軍・総司令官、クロード=ウィーラー
「初めまして!
クロードっていうのか。
あっちはハンドルだけど。
そういえばクロスロードの仲間で
「しかし本当にそっくりだね」
「えっ」
「アバターの君に」
僕のアバターを知ってる⁉
「あの、
「うむ、遊んでいるよ。君を倒したこともある」
「え⁉」
誰。いや、まさか――
「一度だけ。世界大会・集団の部の決勝戦でね。まぁ、直後に撃破されてチームは負けてしまったが」
って、それもう1人しか!
「
「そう、俺!」
ま、まさかあの
金髪のやんちゃ坊主って感じのアバターと、その印象通りの性格としゃべり方から、つば姉や師匠と同い年くらいと思ってたのに。若々しくて年齢よくわからないけど、艦長さんと同じくらい? それで階級は
「やー、やっと会えた! そ、俺も国連軍人だったんだ。エイラから
「ど、どうも……」
「積もる話――は、移動しながらしよっか。まずはこっち。ついてきて」
「あの、
「
「う、うん……じゃあ、
「格納庫。アキラも出撃したいんだろ? 俺に任せろ‼」
美形のオジサマが。
親指をグッと立て。
白い歯を光らせて。
笑った。
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