第10節 女王親征

第37話 破局の足音

『緊急速報です。太平洋連邦のスペースコロニーで、ルナリア王国に占領されているタカマガハラが動き出し、現在、地球に接近しているとのことです』



 ……何、それ。



『現在のコースからは地球への落下が予想され――』



 これ、ルナリア王国軍の仕業……?

 戦争、終わったんじゃなかったの?



 ざわ……ざわ……



 軌道エレベーターのホールがざわめく。

 みんなかたんでTVテレビを見つめてる。

 その中の誰かの話し声が耳に入った。



「これ、ロボットアニメで見た、コロニー落とし⁉ 地球がめちゃめちゃになっちゃう‼」


「大丈夫、あんなの作り話さ。コロニーなんて見た目はデカイけど中身はスカスカの筒だ。実際に落としたら大気圏突入時に砕けて燃えて、地表には小さな破片が落ちるだけで大した被害には――」



 ――とも、言われてるけど。


 コロニーが地球に落ちたことなんて現実には1度もないんだ。いくら精度の高いシミュレーションしてても、実際どうなるかなんて落ちてみなきゃわからない。


 楽観は――



高天原タカマガハラにはスペースコロニー部に隣接して、軍事基地に使用されている小惑星があり、その直径は10kmにおよびます。これは太古に地表に激突し、舞い上げた粉塵が日光をさえぎり地球を寒冷化させ、恐竜など当時の生物の大半を絶滅させた隕石と同じ規模です』



 ⁉


 隕石衝突による恐竜絶滅は有名だけど。その時の隕石って、あの程度の大きさだったの? 僕がタカマガハラコロニーで暮らしてた間、ずっと側にあった。悠仁ユージンに捕まって連れてかれてひどい目に遭った。あそこが、それほどの質量兵器に。


 つまり。


 効果の不確かなコロニー落としじゃない。

 小惑星で確実に地球を壊滅させる気か。



「やっぱりダメじゃない!」

「うっ、うるせぇっ!」


「地球行きはキャンセルだ‼」


「途中でここにもぶつかるかも‼」

「どこか、安全なコロニーに――」



「「逃げろォォォッ‼」」



 地球に降りるエレベーターを待ってた客達が一斉に出口に向かう。



「ママ、あきら、掴まって!」

「パパ! あきら、大丈夫?」

「うん……!」



 離れ離れにならないように3人で固まって、人波に流される。



『各国政府はこの事態に対し――』



 ブツッ



 放送が途切れた?

 また別の――な⁉



『アースリングの皆様、ごきげんよう』



 ホールの高い所に設置された大型TVテレビ

 切り替わった画面に映るその姿は。


 黒髪の上に、銀色のティアラ

 白と黒の軍服ワンピース。

 肩にかけた紫の羽衣。

 腰に帯びた宝剣。



わたくしは、十六夜いざよいかぐや。ルナリアンの国、ルナリア王国の女王です』



 独立宣言の時と同じ衣装のカグヤが。

 あの時と同じ、冷たい微笑みで。


 僕を、見下ろしていた。



 ◆◇◆◇◆



『我々ルナリア王国とあなたがた地球諸国は戦争状態にあり、先日それを収めるための交渉が始まりました――ですが残念なことに、それは決裂いたしました』



 決裂……


 戦争、終わるって思ったのに……。

 もう、終わった気になってたのに。



『和平の条件として我が国が地球側に要求したのは、既にそちらから獲得したスペースコロニーを全基、正式に我が国の領土として認めることでした』



 取った物は返さない、か。


 取られたコロニーに住んでた身として、いい気はしない。けど、月の人達にははいようしょうこうぐんのリハビリのためにスペースコロニーが必要なんだ。その中にはカグヤのお母さんも。


 なら、それくらい――



『ですが交渉とは互いの要求をすり合わせ、譲歩し合い、双方の妥協点に落着させるものです。我々としても初めの要求を押し通すつもりはなく、最終的にコロニー1基を残し他は全て返却するところまで譲歩しました』



 1基だけ⁉



『コロニーが1基あれば、そこにはいようしょうこうぐんの重症患者を優先して住まわせ、今後そのコロニーを拡張していって残りの人口を徐々に移住させていけばよいのですから。月の低重力によりはいようしょうこうぐんおびやかされる生活からの脱却という我々の悲願からして、これ以上は決して譲れません』



 確かカグヤは前に……


 今あるコロニー全部じゃないと月の人口が入りきらないって。それをたった1基のコロニーを拡張して全人口を収めるのは並大抵のことじゃない。そうしてでも戦争を終わらせる気はあった?


 なら、どうして――



『一方、地球側からの要求はの一点張り。はいようしょうこうぐんに苦しむ我々へ救済措置の提示も一切なく。ただルナリアンは全てのコロニーを返し、全員が月に住み、ルナリア王国を解体して再び国連統治下に降れと。そこから一歩も譲歩しませんでした』



 は……?


 ルナリア王国に代わって、今度こそ国連がルナリアンの問題を解決するんじゃ――え、あれ……? そういえば。


 そんな話、誰からも。

 聞いてない、ような。



『おかしなものです。L1・L2の南北の計4ヶ所のハロー軌道で行われた先の戦闘。3宙域で我が軍が勝利し、そこのスペースコロニー群を占領しました。敗れたのはL1北ハロー軌道での戦いのみ。3対1、総合的にも我が軍の勝利です』



 え。そう、だったの?



『にも関わらず何故なぜ、あなたがたは勝ち誇って降伏を迫るのでしょう』



 何故なぜって、それは。


 悠仁ユージンが、ルナリア軍の総司令で独立運動の主導者だった、ジーン=アームストロングたいが死んだから、月はもう戦えないって。艦長さんもそう、地球側こっちが戦争に勝った前提で話してた。


 認識が、相手と違った?



『降伏しなければこのまま戦争だ、それでもいいのか――と。ええ、無論、構いません。勝っているのは我々なのですから。それでは戦争を再開しましょう――あなたがたの、お望み通りに』


「何やってんだ政府は!」

「せっかくの終戦の機会を‼」


『手始めに、タカマガハラを地球に落とします。地球に住まう70億人のアースリングの大半が死滅するでしょう。いかに戦争とはいえやりすぎと思われますか? わたくしはそうは思いません』



 な――



何故なぜなら我々ルナリアンに、命の危険さえあるはいようしょうこうぐんを抜本的には解決しようのない月に住み続けよ、というあなたがたの要求は。我々全員に〝死ね〟と言っているも同然なのですから』



 地球に隕石を落とすのは。

 それと同じ、ってことか。



『あなたがたがそのような態度を改めぬ限り、我々にアースリングの滅亡をけるよう配慮を求められる道理はございません』



 相手を、滅ぼすって……



『あなたがたは高天原タカマガハラ落下を阻止するべく軍を動かすのでしょう。我が軍はそれを阻止するべくタカマガハラを防衛します。その戦いが、地球の命運を左右する決戦となりましょう』



 スラッ――カグヤが剣を抜いて、天に掲げた。



わたくしもヴェサロイドを駆り出陣し、兵等と共に戦います。それではアースリングの兵士達よ、戦場であいまみえましょう――月の戦士達よ、我に続け‼』


『女王陛下、万歳!』

『ルナリア王国、万歳!』



 カメラが引いて、檀上のカグヤの前に並んだ灰色の軍服を着た大勢のルナリア兵達の、軍刀を振り上げ唱和する姿が映し出される。



『『万歳! 万歳! 万歳ッ‼』』



 ブツッ



「うわぁぁぁぁっ‼」

「ふ、ふざけるな‼」



 乗っ取られてた放送を取り返したのか、画面はさっきのニュースに戻った。でももう何言ってるのかわからない。周り中、悲鳴や怒鳴り声で包まれて。


 ……カグヤ。


 胸がぎゅっとする。戦争が終わったから、その内また会えるだなんて思ってたのが恥ずかしい。

 また、あんなこと言わされて。悠仁ユージンが死んでもまだ、カグヤを利用する大人が周りにいるんだ。



「ちくしょう! 月の女王め‼」

「あの女は悪魔だ‼」

「誰かあいつを殺して‼」



 喧噪に混じる、カグヤ個人への憎悪。あんなのカグヤの本心じゃない、利用されてる犠牲者だってわかんないの?

 ——でも、僕もしまさんに言われるまでわかんなかった。こんな演説しちゃ、カグヤ自身も憎まれて当然なのか。


 大好きなカグヤが。

 人から憎まれてる。


 憎悪がいかに克服しがたいか。ヨモギの1件だけでも僕はあれだけの想いをしたのに、そんなものが無数にカグヤへ向けられる。隕石落としで大勢の人を殺したら、その遺族からさらに。


 それに。


 つば姉もきっと出撃する。心がもう、限界なのに。それじゃ艦長さんが言ってた通り、実力を発揮できずに死んで――そんなことに、させてたまるか。


 守るんだ、2人を。

 僕の、愛しい人を。


 だから。



「父さん、母さん――」


「ああ」

「ええ」


「えっ⁉」


「行くんだろう、あれを止めに」

「わかってるわ、あなたのことは」


「父さん、母さん……!」



 涙声の2人に、ぎゅっと抱きしめられる。

 僕も目頭が熱くなって、声がうわずった。



「でも――いいね?」

「必ず、生きて帰るのよ」

「うん……必ず、帰るから……!」



 僕の二の腕を掴んだ2人の手が、震えてる――手がほどけてゆっくり離れると、2人の涙と僕の涙が、無重力で宙に舞って混じり合った。


 その顔をしっかり見て。

 忘れないよう心に刻み。


 敬礼する。



「……いってきます!」

「「いってらっしゃい」」



 ◆◇◆◇◆



 人を押し分け、道に迷い。

 ようやく軍の区画へ。


 ここ、軌道エレベーター〝アメノハシラ〟の静止軌道ステーションには太平洋連邦軍と国連軍の宇宙要塞がある。軍関係者以外立ち入り禁止のそこに、アーカディアンの会員証カードで入る。


 アーカディアン義勇兵になったプレイヤーは会員証がそのまま軍の身分証として使えるから。愛鷹アシタカを降ろされたけど身分はまだ義勇兵、ちゃんと機能してよかった。



「君⁉」



 すぐ、受付のお姉さんに呼び止められた。



「アーカディアン義勇兵のかどあきらです! 休暇中ですが、この事態ですので! 宇宙戦艦愛鷹アシタカが停泊している船渠ドックはどちらでしょうか!」


「君が! ごめんなさい、愛鷹アシタカはもう出撃したの。アレを止めるために」



 げっ⁉



「なら別のVD搭載艦に乗せてください!」

「それが、それも、全部……」

「そんな⁉」



 ここまで来るのに時間かけすぎた‼



「どうしたね」



 落ち着いた、男性の声がした。


 振り向くと、金髪をオールバックにした白人の将校が。威厳があって、渋くてかっこいい、ナイスミドル。国連軍の青い軍服にはたくさん勲章がついてて、階級は艦長さんより高そう。後ろに大勢、部下らしき人達を引き連れてる。



「げっ、元帥げんすい!」



 お姉さんが怯えた様子で敬礼した。

 元帥げんすいと呼ばれたその人も答礼する。



「何かトラブルかね」

「はっ! 実は――」



 元帥げんすいって、艦長さんのたいより5つ上の軍の階級で、国連軍では最高位で、確か1人しかいなくて。じゃあ、この人が。



 国連軍のトップ⁉



「……なるほど。ご苦労、君は仕事に戻りなさい。彼の相手は私がしよう」

「⁉ ——イエッサー‼」


かどあきら君、だね?」

「はい! そうです‼」



 慌てて僕も敬礼した。義勇兵に正規兵に敬礼する義務はないけど、耐G教習会の時みたくそれが通じないと困る。幸い、げんすいは気を悪くした様子もなくにこやかに答礼を返してくれた。



「初めまして。私は国際連合統合軍・総司令官、クロード=ウィーラーげんすいだ」


「初めまして! かどあきらです‼」



 クロードっていうのか。

 蔵人クロードと同じ名前だ。

 あっちはハンドルだけど。


 そういえばクロスロードの仲間で現実リアルではまだ会ってないの、もう蔵人クロードだけだな。いや、今はそんな場合じゃ――



「しかし本当にそっくりだね」

「えっ」

「アバターの君に」



 僕のアバターを知ってる⁉



「あの、元帥げんすいもアーカディアンを?」

「うむ、遊んでいるよ。君を倒したこともある」


「え⁉」



 誰。いや、まさか――



「一度だけ。世界大会・集団の部の決勝戦でね。まぁ、直後に撃破されてチームは負けてしまったが」



 って、それもう1人しか!



蔵人クロードなの⁉」

「そう、俺!」



 元帥げんすいの声がいきなり高くなって、渋いオジサマから陽気な少年の声になった。蔵人クロードの声だ。てか、見た目オジサマのままだからギャップが……‼


 ま、まさかあの蔵人クロードが。


 金髪のやんちゃ坊主って感じのアバターと、その印象通りの性格としゃべり方から、つば姉や師匠と同い年くらいと思ってたのに。若々しくて年齢よくわからないけど、艦長さんと同じくらい? それで階級はげんすい——てか、国連軍で一番偉い人って。


 まいがする……



「やー、やっと会えた! そ、俺も国連軍人だったんだ。エイラから愛鷹アシタカで君と会ったって報告受けてから、ずっとうらやましくて」


「ど、どうも……」


「積もる話――は、移動しながらしよっか。まずはこっち。ついてきて」



 蔵人クロードは部下の人達を解散させて、リフトグリップを握って1人廊下を進み出した。僕もあとに続く。



「あの、元帥げんすい――」

蔵人クロード、な。敬語も禁止。友達だろ?」

「う、うん……じゃあ、蔵人クロード。どこに行くの?」

「格納庫。アキラも出撃したいんだろ? 俺に任せろ‼」



 美形のオジサマが。

 親指をグッと立て。

 白い歯を光らせて。


 笑った。

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