第35話 優先順位

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁッ‼」



 目を背けた。粉々に飛び散った……悠仁ユージンだった、から。



たいがやられた⁉』

『う、嘘だ……』

『もう、おしまいだぁッ‼』



 敵の声。



『みんな! オレ達の勝利だ‼』

『オオーッ‼』

『『ゼラト‼ ゼラト‼』』



 師匠にふんした、つば姉の声。

 師匠をたたえる、仲間達の声。



『2人とも、ご苦労様。あなた達が無事でよかった――任務完了よ。帰ってきて』



 艦長さんの声。


 みんなの声が、遠く聞こえる。

 意識が朦朧もうろうとする……疲れた。


 敵軍――ルナリア王国軍の艦隊は悠仁ユージン、総司令のジーン=アームストロングが戦死して、総崩れになって、高天原タカマガハラへ撤退していった。


 自軍――地球軍艦隊は追撃はせず、戦闘終了と勝利を宣言し、ヴェサロイドVD隊はそれぞれの母艦に帰投した。


 僕もつば姉のルベウスと一緒に、母艦の愛鷹アシタカへ。オーラムを降りて、更衣室に――































「ぎッ⁉ ぎゃあああああああああッ‼」































 ◆◇◆◇◆



 突然、体中に激痛が走った。


 更衣室で居眠りしてるのを発見されて、医務室に運ばれて、ベッドで眠っていた時のことだった。

 筋肉を傷めてから間を置いて発生する、筋肉が回復する際に分泌ぶんぴつされる発痛物質による――


 筋肉痛。


 VDを最大出力で飛ばして、強い+Gがかかる機動もして戦った結果だ。耐G呼吸法でグレイアウトは防げたけど、僕の筋力が強いGに耐えられないことに変わりはない。


 体ができあがってないのに。

 一人前の真似をした代償か。


 全身の筋繊維がズタズタになった僕は指1本動かせなくなった。幸い脳にも骨にも異常はなく、寝てれば治るってことだけど。


 その後。


 愛鷹アシタカ千葉ちばでも他のL1北ハロー軌道のコロニーでもなく地球に向かい、4つある軌道エレベーターの1つ〝アメノハシラ〟の静止軌道ステーションに入港した。僕はステーション内の回転式重力居住区にある国連軍の病院に移送され、個室に入院。


 あの戦いから、1週間。


 父さんと母さんはすぐ千葉コロニーからこっちに移って、毎日お見舞いに来てくれるけど。当初は僕が面会謝絶状態で、そのあとはみんなの方が忙しくて、倒れてからこっち、軍医のフローラ先生や衛生兵の人達以外、愛鷹アシタカのみんなと会えてない。


 さみしい……



 ◆◇◆◇◆



悠仁ユージンはどうして、みんなに優しくできるの? ケンカを仲裁したり、悩み相談に乗ったり)

(アキラだってカグヤと氷威コーリィのケンカをなだめたり、竜月タツキにアドバイスしたりしてるじゃないですか)


(ギルドのみんなは友達だもん)


(あぁ……相手が友達ならともかく、私は交流の浅い人にまでそうしてると。それがアキラには不思議なんですね?)


(うん……僕はそんな誰にでも優しくできないし、したいとも思わないから。悠仁ユージン見てると、僕、心狭いなぁって)


(アキラ。人には誰しも優先順位があります。家族・友人・恋人といった大事な相手を、そうでない人より大事にするのは当然のこと。それは私だって同じですよ)


(え? でも――)


(なのに私が、順位の低い人にまで親身に接しているのは、心が広いからではありません。ただの見栄っ張りです)


(?)


(人からよく思われたくてお節介を焼いていたら、色んな人から頼られるのが常態化してしまって。内心めんどくさいと思いつつも、幻滅されたくなくて、いい人を演じ続けてしまっているんです)


(ええー⁉ そんな理由?)


(あはははは。そして、こんな風に誰にでもいい顔をしてると、大事な人とそうでない人への態度に差をつけづらくなる。つけたつもりでも伝わらない。それで本当に大事な人を失うことにもなりかねない――だから、アキラのように好き嫌いをはっきり表してる方がいいんですよ)


(そう、なの?)


(ええ。なので引け目を感じる必要はないんですよ。君はそのままでいいんです)



 ……昔、そんな話をした。



 あの時は、悠仁ユージンの言葉が嬉しかった。

 それ以来、悠仁ユージンをもっと好きになった。


 誰にでも優しいのはただの見栄みえだと言った悠仁ユージンの言葉を、僕はみにはしなかった。そういう面もあるのかも知れないけど、それでも根が優しくなければ他人に優しくなんてできないだろうから。


 だからあの言葉は。


 気取らない悠仁ユージンの照れ隠しくらいにしか思わず、深く考えることはなかったけど……今になって、凄く重いことを言ってたんだとわかった。


 優先順位。


 それを明確に定め、下位のものより上位のものを優遇する、その取捨選択を徹底する。どちらも大切であっても、どちらか選ばないといけないなら、上位のものを取って下位のものは切り捨てる。


 それが、あの。


 ルナリアンのためならアースリングが何人死のうが構わないと言い切った悠仁ユージンの冷徹な姿勢の理由なんだ。

 そう言われた時は僕の、ギルド内のアースリングの優先順位が低いことがショックで、受け入れられなかったけど。


 今なら、少しわかる。


 国連軍・月方面軍兵士の周辺住民への乱暴を止めたり、虐げられた月の人達のために独立運動したり……そんなとこは、僕の知ってる優しい悠仁ユージンらしいと思う。

 その、現実リアルでの大事な人達と比べれば順位が低いってだけで、悠仁ユージンがゲーム内で接していた僕達のことを内心では何とも思ってなかった、ってことじゃないんだ……多分。


 そう、思えるようになった。

 時間が経って……だから。


 もっと時間をかければ、もっとわかり合えるかも知れない。落ち着いて話し合えれば、歩み寄れるかも知れない――そんな期待をいだいていたけど。


 もう、叶わない。

 もう、いないから。


 悠仁ユージンは………粉々になって。

 ヨモギは……頭だけになって。

 師匠は………頭を撃ち抜かれて。

 竜月タツキは………下半身だけになって。



 死んだ。



 みんな、いなくなってしまった!

 もっと、一緒にいたかったのに!


 もう嫌だ‼


 こんなことが一体、いつまで続くんだ!

 お願い、側にいて、いなくならないで‼



(大丈夫だ、アキラ)



 優しい声……女の人の。

 頭を撫でる手の温もり。


 ああ……



(わたしがいる。ずっと一緒だ)



 つば姉だ。


 つば姉が両手を広げてる。

 その腕の中に飛び込んだ。


 つば姉!

 つば姉!



(アキラ、愛してる)



 うん。


 僕も愛してるよ、つば姉――



 ◆◇◆◇◆



「‼」



 目が覚めた。


 病院のベッドの中。

 今は……午後3時。


 昼食後、昼寝してたんだった。



「はーっ」



 友達の死がつらくて、悲しくて、悪夢を見てたはずが。途中からつば姉にデレデレする内容になって。死んでしまったみんなに申し訳ない。


 ……カグヤにも。


 僕の恋人はカグヤなのに、他の女性に甘えて。でも、カグヤのことは愛してるけど、アイツとは何だかんだ張り合いながら対等に接するのが嬉しいのであって、甘えたいとは思わないんだ。だから夢に出てこなかった。


 僕が甘えたいのは、つば姉。


 つば姉は昔から僕を弟のように可愛がってくれて。僕も、ひとりっ子だから本当のとこはわからないけど、きっとお姉ちゃんがいたらこんな感じかなって……そう、つば姉への〝好き〟はきょうだいの〝好き〟なんだと思ってた――けど。



【愛してるよ、つば姉】



 夢で、確かにそう言った。

 心から、愛してると思った。

 姉じゃなく、恋愛対象として。


 夢の中の自分は現実の自分とは別の人格、なんてこともなかった。夢の中でつば姉にいだいてた気持ちは、普段からいだいてる気持ちと同じだ。


 僕は、つば姉に恋してる。

 僕は、つば姉も愛してる。


 カグヤも、つば姉も、両方とも!

 恋愛対象として好きだったんだ!


 あぁッ、もぉッ‼

 やっとわかった‼


 ……4年前。


 アーカディアンが始まって1年目。ゲームの中で僕は、カグヤとつば姉——氷威コーリィと、ほぼ同時期に出会った。あの頃から僕は、2人とも大好きで。あの頃はどっちの方が上とか考えもしなくて。それでも何の問題もなかった。


 当時、僕は10歳。

 思春期に入る前。


 恋を意識する前だったから。


 でも2年目から意識するようになった。

 カグヤと氷威コーリィへの気持ちが恋かどうか。


 世の中には普通の〝好き〟とは違う、恋愛感情という特別な〝好き〟が存在するってことは知識としては知ってたけど、それまで恋をしたことのない身には「これがそうだ」ってはっきりしなかった。


 ただ――


 一度に恋できるのは1人までらしいので、カグヤと氷威コーリィ、どちらかへの気持ちは恋で、もう片方への気持ちは恋じゃないんだろうって考えた。実際、僕の2人への気持ちは質が違った。


 カグヤのこと考えると、ドキドキして。

 氷威コーリィとは一緒にいると、あったかくて。


 漫画とかでの恋愛描写から推察するに、カグヤへの気持ちの方が恋なんだと結論づけたんだ。だからそれ以来、カグヤは恋する相手、氷威コーリィはお姉ちゃんって自分に言い聞かせて、そう振る舞ってきた。


 悠仁ユージンの言葉。


 優先順位をはっきりさせないと、本当に大事な人も失うっていうの、気にしてたんだ。それが怖くて、ちゃんとしなきゃって――でも、違ったんだ。


 2人への気持ちに。

 優劣なんてなかった。


 夢の中の僕はぼーっとしてて、カグヤのことを思い出さなかった。それでカグヤへの気持ちと比較しなかったから、つば姉への気持ちを何の疑いもなく、素直に恋愛感情だと思えた。


 きっと。


 恋愛と呼べる気持ちは1つじゃないんだ。

 2人の人を同時に愛することもあるんだ。


 本当は違うのかも知れない。でもそれなら、カグヤへの気持ちが偽物でつば姉への気持ちが本物なのかも知れないし、どちらも偽物ってこともありえる――そういうの全部、もう、どうでもいい。


 カグヤが好きだ。


 カグヤが敵の、月の女王だってわかって、普通に結ばれるのが難しいとわかって怖かった。地球と月に引き裂かれてこのまま破局なんて絶対に嫌だ。


 つば姉が好きだ。


 つば姉の「抱いて」ってお願いを断ったら「もうベタベタしない」と言われて、胸が張り裂けそうだった。自分の方が振られたような気分になった。


 どちらとも、ずっと一緒にいたい。


 どちらにも、いつも笑顔でいてほしい。幸せでいてほしい。ただ、2人が幸せでいてくれさえすれば、幸せにするのは僕でなくても構わない――なんて、思えない。僕が幸せにするんじゃなきゃ嫌だ!


 誰にも渡してたまるか‼

 2人は僕だけのものだ‼


 こんなにも独占欲を起こさせる気持ちが恋愛じゃないって言うんなら、そんな気持ちの定義はクソ食らえだ。僕が誰を好きかは僕が決める。僕はどちらとも恋人として付き合って、どちらとも結婚したい。


 ちゃんと、打ち明けた上で。


 2人のことを好きになってしまったんだって、カグヤとつば姉に正直に話して。許してもらって、3人で暮らしたい……そう、2人に伝えよう。


 愛想、尽かされるかな。

 普通、尽かされるよな。


 好きな人には自分だけを見てもらいたいって思うのが当たり前だ。僕だってそうだ。どっちも好きだと言えば、どっちからも嫌われそうだ。


 二兎を追う者は一兎をも得ず。


 それでも……どちらかを選ぶなんてできない。というかっていうのがありえない。選ばなかった方への気持ちはあきらめる? そんな風に切り捨てられる程度の気持ちなら、どっちにしろ偽物だ。


 自分の気持ちにも。

 好きな相手にも。

 嘘はつけない。


 どちらも好きになってしまったんだから、それを正直に打ち明けるしかない。どちらとも一緒にいたいと願ってしまったんだから、そう申し出る他ない。それで嫌われてしまったら、それはしょうがない――とは言いたくないけど――しょうがない。


 少なくとも。


 どちらも失うくらいなら――そんな打算でどちらか一方を選んで、その人だけを愛してるフリをし続けるなんて、絶対に無理だ。


 まずは、つば姉に伝えないと。


 つば姉にはこれまで、散々甘えさせてもらったのに。僕がバカだったせいで、何もお返しできてない。一方的に与えられるのはダメだ。これまでのこと謝って。埋め合わせして。いっぱい喜んでもらわないと――



 コンコン



 ん? ノックだ――あ、もしかして!



「はい! どうぞ‼」

「失礼しまーす♪」



 あ……



「いらっしゃい……艦長さん」



 入ってきたのはつば姉じゃなくて。

 大友おおともゆきたい。艦長さんだった。



「あら? 嬉しくなさそうね」

「いえ⁉ 滅相めっそうもありません‼」


「ふーん? まぁいいわ。お加減どう?」


「あ、大分よくなりました。まだ少し痛みますけど、もう動けます。じきに退院だそうです」


「よかった」


「長らく戦線を離脱してすみませんでした。すぐに原隊に復帰して、職務にはげみます!」



 艦長さんが、静かに首を横に振った。



「艦長さん……?」

「あなたはもう、愛鷹アシタカに乗ることはないわ。艦のみんなとは、お別れ」



「……え⁉」



「アーカディアン義勇兵の制度が、解かれるから」

「そんな、何故なぜ⁉」



「戦争が、終わるからよ」



 喜ぶべきその言葉が。

 死刑宣告に聞こえた。

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