第34話 刹那の領域

『では、再戦です』

「ッ!」



 ジェスターが両手に1丁ずつ持つ銃を向けてくる、その2本の弾道警告線を全速力で避ける‼ なおも追ってくるジェスターとその弾道警告線から逃げ続け、ルナリア艦隊から離れていく――


 やばい!


 この距離は悠仁ユージンの間合いだ。ジェスターの右手の短機関銃サブマシンガンと、左手の激光短銃ビームハンドガンの。悠仁ユージンが最も得意な近距離での撃ち合い、高機動射撃戦ドッグファイトの。

 こっちの武器はさらに至近距離で使う格闘武器の振動長刀ヴァイブロウォーブランド。近づ――



『おっと』

「くっ!」



 ――こうにも、こっちが警告線を避けた隙に距離を取られて近づけない。このままじゃ撃たれる一方だ。


 なら!


 武器選択ダイヤルを回して、振動長刀ヴァイブロウォーブランドの使用モードを格闘から射撃に変更! 引鉄トリガーを引き――オーラムが、ジェスター目がけて刀を投げつける‼



 ブンッ!



 ジェスターは余裕で回避、でもそれで警告線がこっちかられた。この一瞬の隙に使用武器変更! オーラムがルベウスパックに懸架マウントされた短機関銃サブマシンガン2丁を空いた両手で引っ掴む‼



「このォ‼」

『むっ――』



 ガガガガガッ‼



 ジェスターのいる辺り一帯に適当に弾をばらまく。狙いをつけるとかえって的確にけられるから。もく通りジェスターは大きく下がって回避した――よし、仕切り直し!



悠仁ユージン! カグヤはどこ⁉」

『ここには来ていませんよ』



 ガガガッ‼

 ガガガッ‼



 互いに2丁の銃を使い、高速で飛び回り有利なポジションを奪い合いながら撃ち合いけ合う、高機動射撃戦ドッグファイトが始まった。せわしなく動く僕達の間を、2本の弾道予告線と2本の弾道警告線が駆け巡る。線が相手にふれそうな時に命中を狙って弾が放たれ、それ以外でも牽制の弾が飛び交う。


 周囲の敵も味方も援護して来ない。

 この速さに着いてこれないんだ。


 事実上の一騎討ち!



『陛下には別の戦場へ行ってもらいました。君に会わせたくないので』

「カグヤがアースリングの僕にこだわると、民衆の支持を失うから⁉」



 ガガガッ‼

 ガガガッ‼



『ええ。カグヤの頼みで君をさらったら、君は我が軍の兵を殺し脱走。今日また何人もの同胞を殺した君が女王の側にいることを、最早ルナリアンは許さない。そして君が生きている限り、カグヤは女王に専念できない――こうなった以上、君にはここで死んでもらいます』



 互いに放った銃弾が。

 互いの機体をかすめた。


 でも、こっちは間一髪で避けられただけ。

 あっちは余裕を持って紙一重で避けてる。



『カグヤからは君を殺さないよう言い含められていますが――君が強すぎてコクピットをける余裕がなかった、とでも言い訳するとしましょう。今日の君の戦い振りを見るに、それもあながち嘘にはならない』


「もう勝った気⁉」



 でも、悔しいけど、実際押されてる……! 僕はゾーンに入ってるのに。むしろゾーンで感覚が研ぎ澄まされたことで、悠仁ユージン高機動射撃戦ドッグファイトの技量の高さが前よりわかる。思ってた以上にずっと、僕より上手い。


 それに――



『負ける気がしません。君がもうギア4で戦っているのには恐れ入りましたが、流石さすがに完全とまではいかないようですね。動きにゲームの時ほどのキレがない』



 そうだ。


 それで、さらに差が開いて。

 その上、機体の相性も悪い。


 高機動射撃戦ドッグファイトに求められるヴェサロイドVDの性能は、加速性と旋回性。軽量級で高機動型のジェスターはその点で優れてる。重量級のオーラムには向いてなく、高機動型のルベウスパックを装備してもなお、その差は埋まらない。



『私の接近を許した時点で君は詰んでいる』



 このままじゃ負ける。

 なら、やるしかない。


 スピードが劣ってるってことは、逃げられないってことでもあるから。

 それに悠仁ユージンをつば姉と戦わせないためにも、僕が受け持った方がいい。


 だから今この場で!

 悠仁ユージンを――超える‼



 ドウッ‼



『ムッ⁉』

「ぐっ‼」



 両操縦桿を跳ね上げ両ペダルを踏み込み、オーラムを真上へ飛び上がらせる。途端に体にのしかかるGに耐えながら、眼下のジェスターを撃つ‼



 ガガガッ‼

 ガガガッ‼


 ――ドガァン‼



 爆発、でもやれてない。撃った弾のほとんどは避けられ、唯一直撃コースだった弾がジェスターの激光短銃ビームハンドガンのレーザーで撃ち落とされての爆発。流石さすがにすぐにはやらせてくれない、でもこれからだ!



『急に動きのパターンが変わりましたね』

「――ハッ! ――ハッ! ――ハッ!」



 これまでより色んな方向に!

 縦横無尽に動き回って戦う!



『だが今の方が普段に近い――なるほど。動きがぎこちなかったのは垂直方向のGがかかる機動をけていたからという訳ですか。今それを解禁したと』



 そう。


 ヨモギとの戦い以来けていた上方への加速、弧の内側に機体頭部を向けての急激なカーブ、それら強い+Gのかかる機動も使うようになって各段に選択肢の幅が広がった。


 攻撃も、回避も、余裕を持ってできる!

 よし、なんとか互角にまで持ち込んだ!


 ただ――



『しかし危険な賭けだ。君の体でそのGに耐えられますか?』

「――ハッ! ――ハッ! ――ハッ! 耐えてみせるよ‼」



 +G――足下に向かうGに引かれて下半身に偏る血液を、耐G呼吸法で上半身に押し返す。でないと脳の血が不足して、視界が狭く暗くなるグレイアウト、その先の視界が暗転するブラックアウト、しまいには失神するG-LOCジーロックを引き起こす。


 そんな症状になってたら勝てない。

 だからならないよう、に……?


 あ、れ。


 視界が……狭い? 暗い……まだ少しだけど、グレイアウトが始まってる! 耐G呼吸法だけじゃ耐え切れないのか、僕にはGに耐えるのに一番必要な肉体の力が足りないから‼



「――ハッ! ――ハッ!」



 ジェスターをしっかり目で追う。視界が狭くなって見失いやすくなった。見失ったら終わりだ――怖い! 喉元に刃を突きつけられたみたいだ‼



 ガガガッ‼

 ガガガッ‼



 撃ってきた――両操縦桿を手前にひねり、オーラムをのけぞらせて頭部に来た弾を回避――あ! しまった、動いたせいでジェスターが視界から外れた‼



 ぞくっ



 悪寒。背中にピリッとした感覚――考えるより先に左ペダルを踏んで右に飛ぶ。直後に機体の左側を通りすぎる、背後からの弾。助かった……!



『今のをけるとは――ふむ』



 今のは、殺気を感じ取ったのか? 気配を捉えるだなんて、そんな第六感みたいな、常識じゃ説明できない直感。そういや最初の悠仁ユージンの奇襲もこうして避けたんだ。これもゾーンの力……?


 でも、不安だ。


 確実に機能してくれるかわからない、この感覚をアテにして戦うのは危険だ。それよりグレイアウトを何とかしないと。筋力不足は今すぐにはどうしようもない、耐G呼吸法だけで……!



「――ハッ! ――ハッ! ――ハッ!」



 耐G呼吸法の精度を上げるんだ。

 より上手いやり方を模索しろ。


 ゾーンならそれができる。


 時間が遅く感じるほど拡大した五感を、体内に向ける。体内の血流を感じ取り、動作と効果の連動を把握しながら、耐G呼吸法の足とお腹への力の込め方を調節する。



「――ハッ! ――ハッ!」



 試行錯誤。悪かった方法を切り捨て、良かった方法を取り入れていく。いいぞ、効果が上がってきてる、脳に血が行き渡る――


 視界が!

 正常に戻った‼



 グイッ!

 ダンッ!



 操縦桿を左より右を大きく前へ押し、前進しつつ左へ曲進。グリップの左を上げて右を下げ、機体を左に傾ける。同時に両グリップを手前にひねって、機体を仰け反らせる!



 ギュオォォッ‼



 オーラムが体を内側に倒しながら大きく左にカーブ、後ろから撃ってくる弾をけながらジェスターへと向き直る! 体に猛烈な+Gがかかるけど――視界は良好‼



「ハッ‼」

『むっ⁉』



 ガガガガガッ‼



 こちらの牽制射撃を避けて、ジェスターの攻撃が中断した。いいぞ……これだけの+Gがかかってもグレイアウトを起こさないレベルで脳の血流量を維持できる! ずっと悩まされてきたGを遂に克服した!


 戦いの均衡が崩れていく。

 徐々にこちらが押してる。


 いいぞ……ジェスターの動きはにぶってないのに脅威を感じない。Gの心配が消えて余裕ができたからだ。これなら勝てる!


 手動照準で両手の短機関銃サブマシンガンをジェスターへ向ける。

 左の弾道予告線で退路を塞ぎ、右の本命で――


 うっ!


 ピッ――右の弾道予告線がジェスターに触れて赤く明滅し、発砲を促す効果音が鳴る――けど、ジェスターは一瞬で飛び退いて予告線から外れた。


 撃てなかった。


 予告線が、ジェスターの頭部に当たってたから。くそっ、またこれか。せっかく照準が合っても、コクピットに当ててしまう時には撃てない。でももう、勝負は着いた。



悠仁ユージン、投降して!」

『おや、もう勝った気ですか?』


「今のでわかったでしょ⁉ 今の僕は、殺す気ならあなたを倒せる……殺させないで! 僕はもう二度と、友達を殺したくないんだ‼」


? もしや、知りましたか?」


「知ったよ。僕の殺したインロンのパイロットが竜月タツキだったって! それでヨモギはかたきを討とうと地球に亡命して僕に近づいて――戦いになって、僕はヨモギのことまで殺してしまった‼」


『ラーフラに続きリズまで……なら、2人のかたきも取りませんとね』

「無理だよ! 意地を張らないで降参して‼ じゃないと僕は――」



『――〝限界突破イクシード〟――』



 ッ⁉


 ジェスターから感じる気配が。

 圧が、爆発的に膨れ上がった。


 なんだこれ。


 道化師ジェスターの顔が、一層不気味に見える。

 禍々しく恐ろしい――死神みたいだ。



 ガガガガガッ!

 スイッ――



 耐えかねて撃った牽制弾、ジェスターはその弾丸の雨をすいすいとかいくぐっていく――なんて動きだ!

 ジェスターのスピードは増してない、ただ動きが滑らかになった。丁寧に、余裕を持って操縦してる。


 まるで、こちらの動きがゆっくり見えてるみたいに――



「まさか悠仁ユージンも、ゾーンに⁉」

『君の専売特許ではありませんよ』

「じゃあ、今の〝イクシード〟って」


『はい、自己暗示で自発的にゾーンに入るための合言葉です。別に言葉は何でもよくて、exceedイクシード、限界を超えるという動詞に設定したのは私の趣味です。中二病と笑ってください』



 笑えない。


 自分の意思で自由にゾーンに入れる……?

 ゾーンの使い手としても僕より先輩って!



 ガガガッ‼

 ガガガッ‼



 銃弾の嵐を回避――くっ、際どい……!


 ジェスターの攻撃をけるのに、余裕が持てなくなった。

 一方、こっちの攻撃は余裕で回避されるようになってる。


 追い抜いたと思ったら。

 あっさり抜き返された。


 ゾーンだけが僕にあって悠仁ユージンにないものだと思ってた前提が、崩れた。ゾーンを駆使してゾーンに入ってない悠仁ユージンをやっと超えたっていうのに、悠仁ユージンにまでゾーンに入られたら。


 からみ合って飛び、撃ち合い、避け合い。

 相手の回避行動も計算して布石を打ち。

 自分の有利な方へ追い込んでいく。


 ゾーンの集中力は行動の最適解を導き出す。互いがゾーンに入った中で、最善手を取り合う。それに相手がどう返し、さらに自分がどう返すか。


 先の先まで読める。


 膨大な予測に基づく未来予知――その中に、僕が勝利する筋道が見い出せない。このままじゃあと3手、2手――あと1手で僕は!


 くそぉぉぉ‼



「あきらめてたまるか! 僕はカグヤと添い遂げるんだ‼」

『気持ちだけでは何もできません――さようなら、アキラ』



 ジェスターの弾道予告線が。

 こちらの頭部に迫ってくる。


 ゾーンで圧縮された時間の中、それははっきり見える。でもそれから逃れるすべはどこにも見えない。こんな力あったって、決まりきった結末をただ待つことしかできない。あ、ああ、ああっ‼



 ――死ぬ。



 い、嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ! 死ぬのは嫌だ! 死にたくない‼ 父さん、母さん、カグヤ、氷威コーリィ、エイラ、グラール、蔵人クロード――



「誰か、助けて‼」































 ズガッ































「……え?」



 ゾーンが解け、正常に動き出した世界の中、目の前で。

 ジェスターの、道化師の顔の中央に、風穴が開いてる。


 一瞬前、何かがジェスターの顔を内側から突き破って、すぐ引っ込んだのが見えた――あれは、くい? そうか、振動杭打機ヴァイブロパイルドライバーだ。その主は――ジェスターの背後でたたずむ真紅のVD、ルベウス。



『アキラ、無事か!』

「し、しょう……?」



 師匠の声をした、氷威コーリィ――つば姉。


 つば姉のルベウスがジェスターに背後から近づいて拳を振るい、前腕部の振動杭打機ヴァイブロパイルドライバーでジェスターの頭部を貫いたのか。

 弾道予告線を出さない格闘武器装備で背後から接近されると気づきにくい――世界大会で竜月タツキが師匠をとした時と同じ。

 流石さすが悠仁ユージンも、極限の戦いの中でつば姉の駆るルベウスに背後から迫られては反応できなかったのか。


 そうだ、悠仁ユージン! ……は――


 ……。

 ……。


 ジェスターの顔に開いた穴の奥で。

 赤黒い、生き物だった何かが。


 散らばっていた。

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