第3章
第8節 残酷な世界
第29話 佐甲斐燕
プールで溺れて、つば姉に助けられた。
人工呼吸してもらって、唇と唇が――
あれからずっと。
ドキドキしてる。
【あ、ありがとう、つば姉】
【嫌じゃ、なかったか?】
【僕は全然! ただ、申し訳なくて】
【わたしも嫌じゃないから、気にするな】
しまったと思った。
また、つば姉に気を持たせるようなこと。
でも、つば姉に気を
本当に、嫌じゃなかった。
僕はカグヤ以外とは、恋する相手以外とは、キスもその先もしたくないはずなのに……って、ずっとそんなこと考えてて。
気づいたらもう夕方で。
僕達6人は遊園地を出て。
ホテルへの帰路についた。
横を歩くつば姉は、笑顔だ。
つば姉が笑顔だと、嬉しい。
僕のせいで心配かけちゃったけど、誕生日の今日1日つば姉に笑顔でいてもらうって目標、順調かな。今は自分のことよりつば姉に喜んでもらうことに集中しよう。
「
クラッカーの音。
きらびやかに飾りつけられた、ホテルのパーティ会場。待ち構えてた
「ありがとう、ございます……っ!」
つば姉、感激して泣いてた。
こうして。つば姉の17歳の誕生日を祝う、
◆◇◆◇◆
翌日。僕達はまた
「父さん、母さん、行ってきます!」
「行ってらっしゃい、
「体に気をつけるのよ」
今度は宇宙に出たまま当分帰らない。コロニー近辺に留まりつつ、他の艦やそのVD隊と連携しての訓練を続ける。
艦隊行動――
艦隊のほとんどはVD運用機能のない普通の宇宙艦だけど。
彼等に
『オレ達で邪悪なルナリアンをぶっとばし! 地球の
オオーッ
『ゼラト! ゼラト!』
『ゼラト! ゼラ――』
地球軍は、義勇兵を募って訓練して。この前の戦いの損耗を、地球や他の
ヨモギによれば、月も似た状況だとか。
【この前の戦い、月も大変でシタ。入ったばかりの新兵が戦ッテ。休息・補給・訓練、必要デス。準備整うマデ、アッチからは攻めてこないでショウ】
敵より先に体勢を整えられるかが勝敗を左右する。
どちらかの体勢が整ったら、そのまま戦闘になる。
――やるぞ‼
◆◇◆◇◆
初日の訓練が終わり、自由時間。
遠心重力を発生中の
何階層もある全長260mの船体内で
通信で本人に居場所聞けば済むけど。
ちょっとだけ驚かせたいから。
――いた。
運動場で1人、つば姉は木刀を振ってた。
白い胴着に黒い袴の剣道着姿。髪は後ろで高く結い上げて――
木刀を構え、振って。
構えを変え、振って。
激しい動きじゃない。こういうの、型稽古って言うんだっけ。
1つ1つの
ぱちぱちぱち
「え――アキラ?」
「あ! ごめん、つい」
「いや、今終わったところだ」
つば姉に近寄って、箱を差し出す。
綺麗に包装された、平たい箱を。
「はい、これ」
「え……」
「開けてみて」
つば姉が箱を受け取り、包装紙を破かずキレイに取る。箱を開いて、手に取ったのは――
空色のリボン。
「お誕生日プレゼント。昨日は用意できなくてごめんね。これ、売店で買ったんだけど……心はこもってるよ! ゲームの時から、
「……っ!」
「つば姉?」
つば姉はリボンを胸に抱いて、ギュッと目を閉じた。
その頬を、昨日のパーティの時のように涙が伝う。
「ありが、とう……!」
「どういたしまして」
泣くほど喜んでくれるなんて。
これを選んで正解――
「っ、うわああああ……!」
……泣き方が。
尋常じゃない。
「ど、どうしたの⁉」
ガシッ!
つば姉が、僕にすがりついて。
僕の胸に顔を押しつけて――
「お父さん! お母さん! なんで死んじゃったの‼」
つば姉の、ご両親が⁉
「うっ、うう、うわぁぁぁ……」
普段の頼もしい姿からは想像もつかない、か弱い、小さな女の子のように泣きじゃくるつば姉に、僕はどうしたらいいかわからなくて。泣き止むまで、その背中をさすることしかできなかった。
◆◇◆◇◆
「すまない……取り乱して」
「ううん……気にしないで」
泣き止んで、僕から離れたつば姉。
その顔は、涙の跡で真っ赤だった。
「説明、させてくれるか」
「つば姉が、よければ」
「ありがとう……」
「うん」
「わたしの両親は先日――8月15日。ルナリア王国軍が
‼ あの日、に……
「3機いたインロンのどれが両親を殺したのかはわからない。どれでも同じだ。3機とも両親の
そんな……。
でも
「わかっている。〝またクロスロードのみんなで遊べる日を取り戻す〟という、お前の望みのためには
「つば姉……」
僕のために、そこまで。
「ただ、あの時のわたしは
コロニーに侵入した3機のインロン。
3機の内、
それが
つば姉は、残り2機と交戦。
内、1機の飛行能力を奪って――それは地上に
実機のオーラムに乗ったばかりの僕が、戦って倒した。
その時……コクピットを潰して。
パイロットを、殺してしまった。
それで。
2機目のインロンは多分、仲間を殺した僕を恨んで。
交戦中のつば姉を振り切って僕の方へ向かってきた。
やられそうになった時、カグヤのシルバーンとつば姉のグラディウスが駆けつけてくれて。2機目のインロンはカグヤに突き飛ばされたあと、つば姉に
それから。
カグヤが、実は敵の一味で。
僕を連れ去ろうとしていて。
つば姉はそれを見抜き僕を守ってくれた。
辛い現実から逃げ出そうとオーラムの出力全開で飛び出して、Gに潰されて気絶した僕を、
あの時のつば姉。
両親を亡くした直後だなんて。
全然そんな風に見えなかった。
もしかしたら、顔に泣いた跡があったのかも知れない。
でも僕は、自分のことでいっぱいで、気づかなかった。
情けない……!
「ごめんなさい! 気づいて、あげられなくて……!」
「謝ることはない。わたしが打ち明けなかったのだから――機会がなかったのだ。みんな、あれからずっと大変で。
それじゃ、つば姉はずっと。
悲しみを、ひとりで抱えて。
「辛くないフリにも慣れたが――
‼
嬉し涙じゃ、なかった。
なのに僕は、
「皆がせっかく用意してくれた誕生会が台無しになると思って、大泣きするのは
「ご、ごめん!」
「謝るな。サプライズパーティーも、お前からのプレゼントも、嬉しかったのは本当なんだ。このリボン――大切にする」
すっ
つば姉が僕の贈ったリボンを、髪の結び目につける。蝶々結びにした空色のリボンは、つば姉の黒髪に、やっぱりよく似合ってた。
「どうだ……?」
「やっぱり。すごくかわいい」
「そ、そうか……ありがとう」
つば姉、嬉しそう。
それが僕も嬉しい。
少しはつば姉の支えになれたかな――いや、これくらいじゃ足りない。つば姉は今までずっと、自分も辛いのに僕をずっと気遣って、守ってくれてたんだから。
今度は僕の番。
「ねぇ、何か僕にしてほしいことない? 僕にできることならなんでもするから」
「……なんでも?」
「うん!」
「…………なら」
つば姉? 胴着の胸元に、手を――
「抱いてくれ」
「……え」
「抱くとは、性交するという意味でだ」
「あ……」
「わたしの純潔を、もらってくれ」
つば姉、待って――
「アキラ、愛している」
……あ、ああ。
「4年前。当時、わたしの格闘戦特化スタイルは邪道と非難されていて。ゲームを楽しめなくなっていたわたしを、お前は救ってくれた」
◇◇◇◇◇
僕が師匠にVD格闘戦を教わり始めてすぐ、師匠は自分がよく手合わせする
師匠と氷威がよく手合わせしてたのは、2人のVD格闘戦の腕が拮抗してたからもあるけど、そもそも格闘戦を練習する人が少なかったのもあった。
難しすぎるんだ、格闘は。
自動照準して
だから。
格闘を嫌う多くのプレイヤーは「アーカディアンは射撃を楽しむゲーム。格闘は邪道」と言って、格闘を楽しむ少数のプレイヤーをディスっていた。
でも、僕は。
◇◇◇◇◇
「VDの戦いに邪道なんてない。VDでできることはみんな正道。難しい格闘戦が上手いなんて凄い――そう言ってもらえて、わたしは救われた。あの時からずっと、お前を想っている」
そんな、前から……
「おまえの気持ちはわかっている。恋人にしてくれなくていい、カグヤと別れてとは言わない――ただ、一度だけ抱いてほしい。この気持ちが届かないなら、せめて」
で、でも。
つば姉としてしまったら、カグヤが悲しむ。僕は、カグヤが他の男と――なんて、絶対に嫌だ。なのに僕がカグヤ以外の女性となんて、できるわけない。
「……」
「……」
「ごめん……なさい」
「〝できること〟には、含まれないか」
「うん……」
「わかった! すまない……忘れてくれ」
つば姉が僕に背を向ける。
声が、肩が、震えていた。
「親の死さえ
「そんな! こと――」
「もう、ベタベタとおまえに迫らない」
え――
「ただ、これからも……側にいて、いいか? おまえを守らせてほしい。わたしにはもう、おまえしか守りたいものが、生きる目的が、ないんだ」
「は……い」
「そう……よかった」
自分を振った男のために、命がけで?
僕はこれからも、それに甘えて?
本当にこれでいいのか。
「つば――」
「来ないで」
ッ!
「すまない……今は、1人にしてくれ」
つば姉は、運動場を出て行った。
去り際に、光る雫が床に落ちた。
がくっ――
つば姉に、笑ってほしくて。
それで昨日から――なのに。
何、つば姉を泣かせてんだよ‼
――でも、じゃあ。
どうすりゃよかったんだ‼
つば姉の気持ちには応えられない。いつかこうなるってわかってた。ならせめて、つば姉に期待を持たせないよう、早く僕をあきらめられるよう、冷たく突き放すべきだった?
それができなかった!
つば姉が好きだから!
好きなんだ。つば姉のこと大好きなんだ。それは嘘じゃないんだ。
ただそれは、恋じゃなくて。言われた方は嬉しいことじゃなくて。
だから言えなくて。でも本当は。
いつもありがとう。
つば姉大好きだよ。
そう言って抱きつきたい。つば姉に迫られて困った顔するんじゃなくて、自分からベタベタしたい。でもつば姉の気持ちに応えないのに、それは許されない。
それで。
告白されたわけじゃない。つば姉が僕に恋してるだなんて僕の思い上がりかも知れない。それを免罪符に、これまで曖昧な関係を続けてきた。
ずっと、一緒にいたかったから。
拒絶して、疎遠になるのが嫌だった。
結局、そのエゴで余計つば姉を傷つけた。
「この、クソ野郎がぁぁ‼」
拳を床に叩きつけ――
「ひゃ⁉」
「えっ?」
「アキラ……」
「ヨモギ⁉」
いつの間にか、側にヨモギが立っていた。
その顔はどこか、思い詰めたようだった。
何か……物凄く。
嫌な予感がした。
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