第30話 リズ=ウェルチ

 運動場の床にへたり込む僕の側に。国連軍の青い軍服を着て、腰に洋刀サーベル型の軍刀を吊った、僕より少し年上のお姉さんが。呆然ぼうぜんと立ち尽くしてる。


 ヨモギ。


 波打つ短い金髪の下は、いつも弾けるような笑顔だったのに。

 今は、瞳の青いその目をくもらせて、ゆうのように生気がない。



「もしかして……話、聞いてた?」

「ウン……氷威コーリィのパパとママ……」



 やっぱり、それで。


 ヨモギもルナリアンで、当時はまだルナリア王国軍にいた。

 自分の同胞が友達の両親を殺めてたんだ、平気なはずない。


 元気づけないと。



「気に病むことないよ。つば姉だって、ヨモギを責めたりしない。いくら親のかたきがルナリアンだからって、関係ない他のルナリアンに八つ当たりなんか――」


「関係、アル」

「え……?」



氷威コーリィの両親、殺したノ、ワタシ――カモ、知れナイ。アノ時、3機のインロンの1機にワタシ、乗ッテタ」



 血の気が引いて。

 肌が、粟立った。



 ◆◇◆◇◆



「作戦デ。命令デ。出撃シテ、町を焼イテ。人、殺しテル、わかってるつもりデシタ……わかってなかッタ。氷威コーリィの涙、見るマデ。友達、あんなに泣かセテ……!」



 ヨモギの目から、涙が。



氷威コーリィに、ナンテ言って謝レバ……!」



 ……。


 早くヨモギに、何か言ってあげないと。

 なのに、何かが頭に引っかかって――


 !



「ちょっと、待って……3人の内1人は、悠仁ユージンで。1人は、僕が殺してしまって。残り1人は、そのあと僕に猛然と襲いかかってきて、コロニーに穴を開けた――」


「ソレ、ワタシ。かたき、討ちたカッタ」



 ……やっぱり。


 言われてみればそうか――あのインロンのパイロットの腕前は、対峙した時わかった。僕と同じ、アーカディアン最上位クラスと同等。ヨモギもその、上位ランカーだ。


 なのに、気づけなかった。

 余裕が、なかったからか。



「アノ時。オーラムにアキラが乗ってるノ、わかってマシタ。周辺域公開通信オープンチャンネルで話してタノ、聞こえてたカラ。わかった上デ、殺そうとしマシタ」



 そん、な……



「カグヤ――女王が、助けヨウとしてる人ッテ知らされてたノニ。それでワタシ、たいから〝罰だ〟ッテ。高天原タカマガハラ要塞デ、シバラク独房に入れられてマシタ」



 悠仁ユージンと親衛隊が僕を追ってきて。

 捕まって、要塞に連れてかれた。


 あの時か。



「カグヤは女王ダカラ、アースリングの恋人連れ込ンデモ許さレテ。ワタシは一兵卒いっぺいそつダカラ、恋人を殺したアースリング殺す、許されナイ」


「恋人⁉」


「元々、革命には乗り気じゃなかッタ。それでも革命軍で、カグヤと親友にナッテ、彼と恋人にナッテ。フタリと一緒ナラ――ッテ、思ってたノニ。開戦早々、彼を亡くシテ。カグヤとは気まずくナッテ。アソコに居場所、なくナッテ」



 僕が殺したあの男が。

 ヨモギの恋人……。


 僕が、ヨモギから。

 恋人を、奪った……?



「ソレでワタシ、地球軍コッチに亡命したんデス。アキラ。アナタに近づイテ、殺すタメニ」



 ⁉


 胸が、ばくばくして。

 体が、がくがくする。



「……月の、人達の、ためじゃ」


「ソレはウソ。父への反感、地球との戦争に否定的ナノ、ホント。デモ、そのタメに命がけで行動したりシナイ。ワタシはタダ、復讐したカッタ――アッチでは許されなかッタ。だからコッチ来て、ズット機をうかがってマシタ。昨日きのうプールで、ヤット実行できた。デモ氷威コーリィが来るの早クテ、失敗しまシタ」


「それじゃ、あの時の足の激痛は!」

「ワタシが、潜水で近づイテ。掴みマシタ」



 ヨモギはあの時、僕を見てて。

 僕からつば姉が離れた隙に。


 僕は、ヨモギに。

 殺されかけてた。



「……」

「……」



 やばい。

 僕、今。


 絶体絶命、だ。


 ヨモギの声は平坦で、憎しみは感じない。

 でも本当に憎んでないとも思えない。

 げんに一度、殺されかけてる。


 ヨモギと2人きりの、この状況。

 下手なこと言ったら、殺される。


 なんて言えば助かる?


 ……いや、違う。

 そうじゃ、ない。


 ヨモギに――友達に。自分が助かるために、心にもない言葉を吐くなんてできない。たとえ許してもらえなくても、余計に怒らせるとしても、本心を伝えるんだ。



「アキラ?」



 正座して。両手を床に揃えて。

 頭を床につくほど深く下げる。



「ごめん、ヨモギ‼」

「何を謝っテルノ? アキラ、悪くないデショ?」

「……うん。町を襲った敵と戦って殺めたことについては、僕に非があったとは思ってない」


「なら、何ヲ?」


「君を悲しませたことを。パイロットを殺さないよう、もっと気をつけて戦うべきだった。そうすれば君を悲しませずに済んだ。そうできなかったことは、悔しい。申し訳ないと思う」


「ソレって」

「うん……」


「ワタシが悲しまなけレバ。彼がワタシの大事な人じゃなけレバ。別に殺しテモ問題なかッタ、てコト?」


「……うん」



「彼が、竜月タツキデモ、同じヨウニ思いマスカ?」



「え?」



 何を言われたのか。

 わからなかった。



 ◆◇◆◇◆



「彼は〝ラーフラ=マリック〟――インド系ルナリアン。アーカディアンでのプレイヤーネームは〝竜月タツキ〟デス」



 嘘だ。


 竜月タツキ――僕と同型で色違いの、銀髪に褐色の肌をした小柄な少年のアバターを使うプレイヤー。ギルド・クロスロードの仲間。世界大会・集団の部でもチーム・ヴァーチカルで一緒だった。上位ランカー揃いのチームで、中位ランカーの自分は足手まといなんじゃって気に病んでた。


 仲間想いの、優しい子。


 アーカディアンで、ヨモギは竜月タツキにべったりだった。

 知らない男より、竜月タツキが恋人って言われた方がわかる。


 けど。



「彼が、竜月タツキ? そんな、だって。声も、態度も、全然違った……」



 だって、あいつは。

 あの時のあいつは。


 民間人だった僕を見下してた。


 竜月タツキは僕より遅れてアーカディアンを始めた後輩で。僕は竜月タツキに請われて色々教えて。竜月タツキは僕のこと、慕ってくれて。竜月タツキは僕に、いつもへりくだってた。


 だからあいつが、竜月タツキなはず――



現実リアルの彼は体、厳つクテ。声、低クテ。デモ内面は、アキラが知っテル通りノ繊細な竜月タツキ。外見と内面のギャップに悩んデタ彼は、ゲームでは内面のイメージの、きゃしゃで小柄な少年のアバター使って。声は、ボイスチェンジャーで変えてマシタ」



 現実リアルとゲームでは、違う顔。

 ヨモギも、エイラも、そうだ。


 竜月タツキも……?


 それじゃ、本当に……?

 僕が、竜月タツキを、殺した?



「フタリ、戦った時の会話、聞いてマシタ」

「え?」

「アキラ、感じ悪カッタ」

「それは……!」



 カグヤをさらわれて気が立ってたし。

 相手はコロニーを焼いた敵だから。



「アキラ、昔、ああでシタネ。フルバースト事件の後、丸くなッタ」



 ……そうだ。


 団体戦で、格下の連中を複数同時照準マルチエイミングで瞬殺して。

 逆恨みされて、侮蔑的な言葉で言い返して。

 その言葉が第三者の反感まで買って。

 あの時、かばってくれた師匠に言われた。


 たとえ自分が正しくても。

 人を見下す発言はよせって。


 以来、態度を改めた。


 誰に対しても礼儀正しく、穏やかに。

 そういう仮面を被った。猫を被った。



「彼がアーカディアン始めタノ、そのアト。彼、優しいアキラしか知らナイ」



 !



【それだけ腕に差があるって言ってんだよ、この下手クソ‼】

【それがお前の本性か! 普段いい子ぶって、腹の中じゃ俺たち格下ランカーを見下してたんだな‼】



 仮面は、ゲームの中で対人トラブルを起こさないためで。

 現実リアルで、コロニー焼いた敵の前でまで被る必要ないって。


 あの時は、師匠のいましめを破って。

 見下す態度を、取ってしまった。



【アキラはすごいよね。上位ランカーでも、世界王者になっても、全然偉ぶらなくて】

【アキラのそういうとこにね、いつも救われてるんだ】



 それが、竜月タツキの中の僕?

 僕はそれを、裏切った?



「ショックだったと思いマス。彼、アキラに憧れてたカラ。アバター、同じタイプにするクライ」



 同型、それで⁉



「アノ日、彼がインロンに乗ったノモ、アキラの影響」


「え?」


「作戦、コロニーの中、飛ぶ必要アッテ。マズ飛行能力あるインロン使われるコト、決まッテ。乗る人、後で決まッテ。彼、前からインロン好きで。デモ非人間型で扱い難しいインロン、乗りこなせナクテ。志願するか迷ってたケド、大会決勝戦の前、アキラに〝乗ればいい〟ッテ言われて。志願シタ、言ってマシタ」



 あの時の話!



【あのね、ぼく、エメロード以外だと中々勝てなくて。それでエメロードばかり乗ってるけど、本当は他に乗ってみたい機種があるんだ】

【乗りたい機種に乗るのが一番だと思うよ】



 インロンのことだったのか。


 僕が乗るように勧めた。

 それなのに僕は、彼に。



【だったら乗るなよ! アンタみたいな下手クソにインロンは百年早い‼】

【お前がぁ! ――って……んだぁ‼】



〝お前が乗れって言ったんだ〟



 あの時、そう言ってたのか。それで激昂した彼は、コロニーに穴が開くのもいとわずに極光無反動砲ビームデーヴィスガンを撃とうとして。僕はそれを阻止しようと、その砲口があるインロンの頭部を撃って。中のコクピットごと、爆破してしまった。


 竜月タツキと戦うことになったのも。

 竜月タツキを殺すことになったのも。


 僕の言葉の、せい。



「あ、ああ……」


「ワタシも上位ランカー。アキラの気持ち、わかりマス。ウザイですヨネ、ねたンデ絡ンデくるヤツ。彼、普段はソウじゃナイ――デモ内心、アキラに憧れナガラ、ねたんでもイタ。アノ時は、ソレが出た――アキラが、普段見せナイ、下位者を見下す態度、見せたヨウニ」



 そうだ、それでムカついたんだ。


 格下の自分を見下しただろって絡まれて。下位者にねたまれたのがきっかけのフルバースト事件以来、言いたいことを我慢してたストレスが爆発して。ちょっと懲らしめてやろうって。


 殺す気なんてなかった。


 あの程度で、誰が人殺しまでするか。

 あの程度を、我慢しなかったせいで。


 僕は! 竜月タツキを‼



「あ、ああっ、ああああああ‼ 竜月タツキ! 竜月タツキ‼ ごめん! ごめん‼」



 涙で、何も見えない……!



「ワタシのセイでもありマス。彼、ワタシやカグヤとの腕の差に悩んデテ――ワタシ、自信を持たせタクテ。実機デノ強さが本当の強さ、アキラはキット普通の人で実機は無理。本当の強さでナラ、アナタはアキラより上——ッテ、アキラ引き合いに出して励まシタ」



 ヨモギ……?



「〝実機では自分の方が強い〟〝実機ならアキラに勝てる〟〝アキラに勝ってみたい〟……そんな気持ちが、アキラに敵愾心てきがいしん、抱いた時。あふれ出したんデス、キット」



 僕のこと、フォローしてる?

 僕のこと、憎んでるんじゃ?



「実機だからッテ気を大きくシタ、彼も悪イ。そんな意識を植えつけた、ワタシも悪イ。氷威コーリィの家族を奪ったワタシに、被害者顔する資格もナイ」


「ヨモギ……」


「それにアキラ、謝ってクレタ。ワタシニモ、彼ニモ。それに、優しかッタ。捕虜になったワタシのコト、凄く心配してクレテ、嬉しカッタ」


「ヨモギ……」

かたき許す理由とシテ、コレ以上ナイ」

「ヨモギ……!」



「デモ許さナイ」



 え――



「許したくナイ。これダケされても許せないナラ、モウどうしようもナイ」


「ヨ、ヨモギ……!」


「許す、許さナイ、心の問題。謝られテモ、償われテモ、責める資格がなくテモ。ワタシの心が許してないナラ、ワタシの答えは変わらナイ――ダカラ、アキラ」



 涙を拭うと、目の前でヨモギが。

 抜き身の洋刀サーベルを、振りかぶってた。



「死ンデ」































 ガキィィィィン……!































 振り下ろされた洋刀サーベルと、交差する日本刀。ヨモギの洋刀サーベルが僕に届く前に、横から伸びた日本刀がそれを受け止めてくれた。その日本刀の主は――


「師匠!」

「ゼラト⁉」

「おおッ‼」



 キィン‼



 師匠が刀で刀を弾く。

 ヨモギが数歩下がる。



「話は聞いた、やめろヨモギ! そんなことしても竜月タツキは喜ばねぇ‼」

「……ハ? ナンでわかるノ? ワタシにもわからないノニ‼」

「あんなにアキラを慕ってた竜月タツキかたき討ちなんて望むはずないだろ‼」


「そんなのわからないジャナイ! 本人に聞かなキャ!」


「……仮に、竜月タツキが望んでたとしても。復讐は何も生まない! オレも昔は、自分をいじめた奴等に復讐したかった――でも心が軽くなったのは、そんなことしても意味ないってわかった時なんだ‼」



 師匠――



「何も生まナイ? 何か生まなきゃダメ? 生産的なコトしかしちゃイケナイの? ラーフラとの子供生みたかッタ。もう生めナイ。ナノニこれ以上、何を生めッテ言うノヨ‼」



 ヨモギ……!

 ごめん……!

 僕のせいで!



「ワタシはアキラを許さナイ。許せッテ言う人も――許さナイ」































 パンッ

 ドサッ































 え……?


 師匠が、倒れた。

 ヨモギの右手に拳銃。

 師匠の背中に、赤い染み。



「がはっ!」



 師匠が、撃たれて。

 胴から、血が……



「い、痛い! 痛い痛い痛い‼」

「し、しッ⁉ 師匠ォォォッ‼」


「サヨナラ。ゼラト」



 嘘だ、こんなの。

 きっと何かの。


 間違いだ。

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