第31話 ヨモギ

「アキラ、逃げ……」

「やだ! 師匠も‼」



 パンッ‼



 びしゃっ

 ごとっ


 顔に、師匠の頭から跳ねた、熱い血が。

 師匠、糸が切れたみたいに、床に倒れて。


 師匠の頭に、穴が。

 どう見ても、もう。



「アキラ。アナタに銃は使わナイ」



 ……師匠は。


 ずっと劣等感に苦しんできて。世間から英雄と呼ばれても満足してなくて。これからも恐怖に抗い戦うことで自分の理想のヒーローになれるようにって。これから、まだ、これからだったのに……



「手に感触の残ル、この剣デ――」


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」



 ガキィィッ‼



 師匠の軍刀を拾って、全力で振り切った。

 それがヨモギの軍刀を弾き飛ばして――



「アッ⁉」



 ヨモギが転んだ!

 今だ、トドメを‼



「イヤァッ‼」

「ッ⁉」



 なんで僕、ヨモギを殺そうとしてるんだ?

 だって師匠を。でもヨモギは、友達――



「アキラ‼」

「うわっ⁉」



 つば姉の叫び声が聞こえたと思ったら、突進してきたつば姉に押し倒された⁉ 押さえつけられて、動けない‼



「リズ、逃げろ‼」



 ‼ つば姉、状況がわかってないんだ! 一瞬前のあの光景を見ただけじゃ、僕がヨモギを殺そうとしてるってことしかわからなかったのか‼



氷威コーリィ、ゴメン‼」

「あ、ヨモギ‼」



 ヨモギが起き上がって運動場の出口へ――逃げられた‼



「アキラ、どうしてしまったんだ‼」

「ヨモギが師匠を殺したんだ‼」


「な⁉」


高天原タカマガハラを焼いた3機のインロン、悠仁ユージン以外の2人は竜月タツキとヨモギだったんだ! 僕が竜月タツキを殺してしまって、ヨモギはずっとかたきを討とうと! 今も僕を殺そうとして、止めに入った師匠を‼」


竜月タツキ? リズも? お父さんとお母さんの、かたき?」



 つば姉の力が緩んだ!



「ごめん‼」

「あッ⁉」



 つば姉を振りほどいて走る。運動場を出――廊下にもうヨモギの姿は見えない。どこだ? いや、どこだとしても、僕のやるべきことは!


 走りながら、宇宙服の通信機でコール!



作戦指揮所CIC! ウェルチ義勇兵が布勢ふせ義勇兵を撃って艦内を逃走中‼」


あきらく――かど義勇兵⁉ 何を――』

「捕まえるよう指示を‼ 早くッ‼」

『ちょっ、ちょっと待って‼』



 オペ子さんの戸惑う声。じれったい!



『替わったわ』

「艦長さん!」


『アキラ、どこで何があったか落ち着いて話して』


「は、はい――」



 左舷後部船体の運動場で、ヨモギが師匠を殺した。

 ヨモギは恋人のかたきの僕を殺すために亡命してた。

 今は取り逃がして、どこにいるかわからない。


 要点を押さえ、簡潔に。



『わかったわ。あなたは搭乗機で待機して』

「はい!」

『生身での交戦は避けてね』

「了解!」



 通信終了――すぐヨモギを捕らえるように艦内放送が。流石さすが艦長さん、冷静だ。あんなに気にかけてたヨモギがこんなことになって、本当は辛いだろうに。


 なら、僕は?


 冷静なわけない……! 怒りでハラワタ煮えくり返ってる!

 マトモに判断できてる自信はない、でもやらなくちゃ!


 中央船体のヴェサロイドVD格納庫ハンガーを目指す。

 生身でヨモギと遭遇したら戦闘は避ける。


 元々そのつもりで走ってる。


 僕は生身での戦闘は素人だ。ルナリア王国軍で歩兵訓練も受けてるヨモギに勝ち目はない。さっきみたいな偶然、二度はない。そっちは他の人に任せる。

 僕はVDに乗って、ヨモギがVDに乗り込んだ場合に備える。もしヨモギがVDで艦を攻撃したらアウトだ。僕ごと、みんな殺される。そうさせないためには。


 ヨモギより先にVDに乗らないと。


 でも運動場を出たあとヨモギが真っすぐ格納庫に向かったとしたら、あとから出た僕が同じルートを通って追い抜けるわけない。追いついて、ヨモギと生身で対峙するのもまずい。


 だから僕は、真っすぐここに来た。

 後部船体の、連絡用小型艇ランチの発着場に。


 この後部船体から中央船体へ行くには普通、両船体を結ぶ橋の中のエレベーターを使うしかない。ヨモギも通るだろうそのルートは使わずにヨモギを追い抜く可能性があるとしたら、これしかない。


 船外に出て、小型艇ランチで中央船体に向かう。


 エレベーターの位置は運動場から結構遠かった。小型艇ランチ発着場の方がずっと近い。エレベーターの移動速度より小型艇ランチの全速力の方が速い。


 これだけ条件を重ねれば‼


 小型艇ランチの操縦席に乗り込む。左手のスロットルレバー。右手の操縦桿。左右のフットペダル。操縦方法は高天原タカマガハラで乗った無重力用小型航空機ドルフィンと同じだ、動かせる! 発着場のハッチを開いて発進‼



「CIC! オペ子さん‼」

かど義勇兵⁉ え、小型艇ランチで⁉』


「格納庫のハッチ開けて! あとパイロット控え室からオーラムに乗り込むためのダクト外してください! そのままだと乗り込めない‼」


『りょ、了解‼』



 500mちょいの距離を一気に飛んで急ブレーキ。中央船体のせんろう、VD格納庫の後部ハッチにゆっくり進入、小型艇ランチから降りて宇宙遊泳。


 格納庫に並ぶ4機のVD。どれもまだ動きはない。

 その1機、金色の〝オーラム〟へ――飛び移る‼


 オーラムの後頭部ハッチから中へ、頭部コクピット内の操縦席に着いて機体を起動、全天周モニターに周囲の景色が映――目の前のサフィールが動いた⁉



「うわああああ‼」



 とっに両操縦桿を前へ。オーラムを前進させて前に立つ青いVD、ヨモギの〝サフィール〟の背中にぶつける! 両ペダルを踏み込んで加速アクセル、サフィールごと外に――出た‼


 ギリギリ、間に合った!

 で、これからどうする!


 師匠のかたきは討ちたい。胸をかきむしりたくなるような、この怒りと悲しみをヨモギにぶつけたい――けど、それでも!


 ヨモギが死ぬなんて嫌だ‼


 なら今できるのは、ヨモギを殺さず倒すことだけ!

 コクピットはけて攻撃してサフィールをとす‼


 それで、いいよね? 師匠――



小型艇ランチ使って先回りしやがったのか‼ 時々スゲェ頭切れるよな、アキラん‼』



 ボッ――視界の足下で青い光⁉ サフィールの背部推進器スラスターの炎! サフィールが離れてく。引き離される。同じ重量級なのに向こうの方が速い――こっちは今、背部メイン推進器スラスターを欠いてるから‼



「CIC‼ ルベウスパックを‼」

『ルベウスパック射出します‼』



 レーダーに映る愛鷹アシタカの光点からもう1つ光点が飛び出てくる。ルベウスパックを装着した無人航宙機〝メルキュール〟だ。自律飛行でこっちに向かってくる。


 ルベウスパック。


 4種の着脱式バックパックの中で最大推力の推進器スラスターを備えた高機動型。

 師匠の愛機ルベウスの性能を模倣するための――師匠、力を貸して‼



『させっかよォ‼』



 サフィールが奇環砲ガトリングガンをメルキュールに向けた!


 左操縦桿の引鉄トリガーを引いてオーラムのきょう激光対空砲ビームファランクスを撃ちながら、パッドを親指でずらして手動照準、弾道予告線を奇環砲ガトリングガンの弾道警告線に交差させる!



 ドガァァッ‼



 よし! サフィールの撃った弾は激光対空砲ビームファランクスのレーザーに突っ込んで自滅した‼



『マジか! 器用だなオイ‼』



 ルベウスパックがメルキュールから分離して、ジョイント部からドッキングセンサーのガイドビームを放つ。オーラムを動かしてそれを背中に受ける。軸線同調、後は機体が自動で姿勢を微調整――



 ガシィッ‼



「うおおおお‼」

『なろぉぉぉ‼』



 合体完了したルベウスオーラムで、両手の短機関銃サブマシンガンを斉射‼

 しつつ全速前進、その場から離脱! 奇環砲ガトリングガンの弾を回避‼


 宇宙空間を飛び交って!

 弾を撃ち合い避け合う!



「――ハッ! ――ハッ! ――ハッ!」



 苦しい! 体がGできしむ。今オーラムの出力段階はMAXのギア4。前回はギア2が限界だったのにいきなりこれは。でも腕が互角のヨモギがギア4にしてる以上、こうしないと瞬殺される。


 大丈夫、だ!


 耐G教習で習った。VDの基本動作、前後左右の移動で発生する水平方向へのGでは人体はそうそう機能不全は起こさない。

 ヤバいのは足下に向かってかかる+Gと、頭上に向かってかかる-Gだ。それらが発生する上昇や下降、弧の内外に頭を向ける姿勢での旋回をなるべく控え、耐G呼吸法をしてれば戦える‼



「ヨモギィィィッ‼」

『アキラァァんッ‼」



 ガガガッ‼

 ガガガッ‼



「なんでだよ! 師匠はかたきじゃないのに‼」

『説教がウザくて、ついカッとなってさ‼』



 速度と旋回性能が命の高機動射撃戦ドッグファイト、鈍重な重量級で、武器の奇環砲ガトリングガンは取り回しが悪いサフィールに一番不向きな戦い。



「それだけのことで‼」



 オーラムは同じ重量級でも今はルベウスパックでサフィール以上の機動力を得てるし、武器も小回りの利く短機関銃サブマシンガン。危険なGのかかる機動を避けていてもなお、機体条件はこっちが有利――



『ああ! 友達を殺すほどのこっちゃねぇ、でもな‼』



 ――だけど、まただ、撃てない‼


 照準が合っても、頭部に当たりそうな角度の時は引鉄トリガーを引けない。

 それで手数が減った分、差し引きゼロでギリギリ互角になってる。



『改めて理由なんかなくても殺してぇんだ。本当は、残ってるクロスロードの全員を‼』


「な⁉」


『だってラーフラが……タツキんがにいんだ。きっと寂しがってる! みんなで行ってやらねぇと。でないとまた、みんな一緒に遊べねぇじゃんか‼』



 ‼


 また。クロスロードのみんなで。一緒に。

 それは僕の願いでもある――けど、もう。


 叶わない。


 願う前から、叶わなくしてたんじゃないか。僕が、自分で。初めて実機に乗って戦った日に、竜月タツキを殺してしまっていたから。そのせいでヨモギに恨まれて、師匠まで……みんな、僕のせい……?


 ヨモギに向けたはずの怒りが、憎しみが。

 ヨモギを素通りして、自分に返ってくる。


 僕は……!



『でもダメだ……さっき、ゼラトは怒りに任せて撃てたけど、氷威コーリィは撃てなかった。アタイが敵とも知らず無防備だったのに。氷威コーリィから両親を奪った後ろめたさが頭もたげてよ……』


「ヨモ、ギ……」


『今からみんなを殺すのも無理だ。どっちみち、このあとすぐアタイは死ぬ。月も地球軍も裏切って孤立無援じゃな――なら、せめて』


「君は……!」


『アキラんだけでも連れてかねぇと。あっちで、4人で、また仲良くしよう?」

「ダメだ、そんな! ヨモギ、生きることをあきらめないで‼ ――うわッ⁉」



 ドガァン‼



 被弾した! 動揺しすぎた‼ 左腕損失――ヤバい! 左手の短機関銃サブマシンガンが使えなくなったし、片腕なくしたVDはバランスが悪化して機動性が落ちる! 今すぐサフィールを倒さないと確実にやられる‼



 ガチッ



 右操縦桿のパッドを親指で押し込んで自動照準。オーラムが右手の短機関銃サブマシンガンの銃口がサフィールに向くように右腕を動かす。銃口から伸びる緑の弾道予告線がゆっくりサフィールへ迫る――


 ゆっくり?


 オーラムの動きが鈍い。

 いや、サフィールもだ。


 こっちに迫る奇環砲ガトリングガンの赤い弾道警告線も奇妙なほど遅い。

 世界全体がスローモーションみたいに。これ、もしかして。

 一流のスポーツ選手とかがたまになるっていう、超集中状態。


 〝ゾーン〟か。


 これなら正確なタイミングで撃てる。

 ただ、待ち遠しい。照準、早く……!



 チカッ



 弾道予告線が赤く明滅し始める。予告線が敵機に触れて「撃て」っていう合図。でも、まだダメだ。予告線はサフィールの頭部に触れてる。自動照準機能が狙うのは敵機の中心部――胴体だけど、その途中に頭部があったから。そこを通りすぎるまで撃てない。


 早く!


 サフィールからの弾道警告線がもうそこまで迫ってる。

 ソレもこっちの頭部に、全天周モニター上、僕の目の前!



 ビ――



 警告音。警告線がオーラムの顔に触れたんだ。コクピットが警告灯で真っ赤に。一瞬後には奇環砲ガトリングガンが火を噴いて成形炸薬HEAT弾の嵐がオーラムの頭ごと僕を――



 カチッ



 引鉄ひきがねを引いた。

 オーラムが短機関銃サブマシンガンを斉射する。

 弾丸がサフィールの頭部に迫る。


かたき討とうとしねぇと、タツキん裏切ることになる気がして。意地張ってごめん。ゼラトにも、向こうで謝るよ)


 ヨモギ?



(アキラんのこと、嫌ってなんかないよ)



 僕だって……!



(カグヤのこと、頼んだぜ)



 ――爆発。



 スローだった世界が、元に戻った。



「あ、あ!」



 サフィールの頭部が破裂していた。

 あの日の、竜月タツキのインロンのように。



「僕は、また……!」



 ごん



 何かが飛んできて、オーラムの顔にぶつかった?

 弾かれて、目の前を漂ってるの――よ、ヨモギ!


 よかった、脱出してたんだ‼


 ヨモギ、笑ってる。

 ちょっと困ったような苦笑。

 でも、優しくて。

 怒りも憎しみもない、穏やかな――































 顔だけが。































「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」



 胴体のない。

 首から上だけが。

 そこに浮かんでいた。

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