第26話 宇宙戦艦アシタカ

 国連軍の宇宙戦艦愛鷹アシタカはスペースコロニー高天原タカマガハラを脱出してこの千葉ちばコロニーに来る途中、僕を捕まえにきたルナリア王国軍との戦闘でダメージを負った。


 ようやくその修理が終わって、僕達は再び愛鷹アシタカに乗る。

 降りた時は部外者だった僕も、今は愛鷹アシタカ乗組員クルーの一員だ。



「いってきます!」

「「いってらっしゃい」」



 国連軍の青い軍服を着て。両親に見送られて部屋を出て。

 ホテルの中庭で他の乗組員のみんなと合流、まずは朝礼。



「アキラ、おはよう」

「つば姉、おはよう!」



 つば姉――佐甲斐さかいつばめじゅん


 切れ長の目に、真っ直ぐで長い黒髪。凛としたたたずまいの大和やまと撫子なでしこ。スラリとした長身を国連軍の軍服で包んで、その腰には日本刀型の軍刀をベルトで吊ってる。


 他の乗組員もみんな帯刀してて、壮観。


 正規兵ではないアーカディアン義勇兵の僕には軍刀は支給されてないし、軍服に階級章もついてないから、同じ軍服を着てても結構違う。


 階級章は要らないけど。

 日本刀は僕も欲しいな。



「はーい、みんなちゅーもーく!」



 お立ち台の上で声を上げる艦長さん、大友おおともゆきたい


 小さな体を少しでも遠くから見えるようにするためか、両手を挙げて台の上でぴょんぴょん跳ねてる。綺麗な銀色の短髪が舞って、体格に不釣り合いな大きなおっぱいが上下に――んんッ!


 その隣に、僕と同じ階級章のない兵士が2人。


 短い金髪のお姉さん――ヨモギこと、リズと。

 短い黒髪のお兄さん――ゼラト師匠こと、布勢ふせさんが。


 2人とも軍刀は持ってる。


 ヨモギは洋刀サーベル型。

 師匠は日本刀型。


 ヨモギの刀は地球軍に来る前、ルナリア王国軍でもらった物って話。ルナリア王国軍も母体は国連軍・月方面軍で、真剣の軍刀を常備するって国連軍の制度をそのまま受け継いでるらしい。

 で、師匠の刀は義勇兵になる前、国連軍の正規兵だった時に支給され物。


 僕だけ刀持ってない。ぶー。



「新入りを紹介するわよ! はい、2人とも挨拶!」


「アーカディアン義勇兵、リズ=ウェルチ、デス。ヨロシクお願いしマス!」

「アーカディアン義勇兵、布勢ふせつかさです。よろしくお願いします!」



 びしっと敬礼。



「ウェルチ義勇兵、布勢ふせ義勇兵。両名とも、宇宙戦艦愛鷹アシタカにようこそ!」



 みんな一斉に拍手。



「ゼラト! ようこそ、英雄‼」

「金髪の姉ちゃん、可愛いな‼」



 ヨモギは昨日、師匠は本日付けで愛鷹アシタカ所属になった。昨日ヨモギの話のあとで、師匠も宇宙巡洋艦利根トネからこっちに転属になるって教えてもらった。


 僕も、師匠とヨモギに話した。


 僕がどういう経緯で愛鷹アシタカに乗ることになったのか。

 カグヤや悠仁ユージンとのこと、一度捕まって自力で逃げたこと。



【犯されソウニ。身内がゴメンなサイ!】

【いいんだよ。ヨモギは気にしなくて】


【カグヤが敵の女王で気にしてるだろうとは思ってたけど、そこまでとんでもないことがあったのか。よっしゃ、オレもお前がカグヤを取り戻せるよう手伝うぜ!】

【師匠、ありがとう!】



「それじゃ、行きましょう‼」



 艦長さんの号令で出発する僕達に、しまさんが手を振る。



「気をつけて!」

「はーい!」



 しまさんはもう愛鷹アシタカには乗らない。


 しまだい博士はかせヴェサロイドVDの開発者。これまで愛鷹アシタカに乗ってたのはあくまでVD試験運用のため。開戦してVD運用艦が求められ、愛鷹アシタカはその任を解かれて前線で戦うことになったので、しまさんは後方で新型機の開発にいそしむことになった。


 寂しいけど、しまさんは軍人じゃないし仕方ない。

 しまさん=グラールはいなくても、愛鷹アシタカには――


艦長さん=エイラ

 つば姉=氷威コーリィ

  師匠=ゼラト

  リズ=ヨモギ

 

 4人のギルド・クロスロードの仲間がいてくれる。

 凄く心強い。これから、みんな一緒にがんばろう!



 ◆◇◆◇◆



 町の端から斜行エレベーターに乗り、コロニーの円筒形シリンダーに栓をするボトルキャップ状の無重力区へ昇る。その中の宇宙港の船渠ドックに停泊中の、愛鷹アシタカへ。


 リフトグリップに掴まって移動中。

 通路の窓越しにその威容が見えた。


 全長約520mの三胴船トリマラン


 長さ約260mの船体ハルが前に1つ、後ろに2つ。前部船体の船尾から左右に伸びる橋に後部船体の船首が連結されてる。船体1つでも、20世紀最大の水上戦艦〝大和やまと〟の263mと同じくらい。


 同じ形の艦はアーカディアンの中でも見たけど。

 こうして実物を落ち着いて眺めるのは初めてだ。



「改めて見ると、凄い」

「んふふ。そうでしょ」



 艦長さんが得意気に胸を反らした。


 前部船体の上と下にある真っ平らな甲板かんぱんは、カタパルトデッキ。

 そこを滑走して発進するVDの出てくる所、せんろう格納庫ハンガー


 全身に配置された火器。

 艦長さんが列挙していく。



「まずは――」



 前部船体の先端。

 艦首特装砲の極光攻城砲ビームサージガン1門。


 前部船体の船尾楼上。

 主砲の極光無反動砲ビームデーヴィスガン、上下2門。


 舷側に並んだ砲塔。

 副砲の電磁軌条砲レールガン、前後計20門。


 舷側の窓っぽい所。

 激光対空砲ビームファランクス、前後計32門。


 前部船体の舷側中央。

 小型マイクロミサイル発射扉、左右16門。



「――よ!」



 覚え切れないけど凄い!



「敵を討つ剣であり、味方を護る盾であり――何より、私達の帰る家よ。さ、入りましょ」



 ◆◇◆◇◆



 宇宙服に着替え艦内へ。



「アキラ。ゼラト、リズ。またあとでな」

「うん、つば姉。また後でね」

「じゃーな、氷威コーリィ

「またネ!」



 各員が自分の持ち場へ向かう中――



「義勇兵の3人には、私が艦内を案内するわ!」

「「よろしくお願いします!」」

「エイラ。艦長自らガ、いいんデスか?」


「いーのよ。艦長たる者、こーして乗組員の好感度を稼がないと!」


「部隊指揮官が主人公の恋愛ゲームじゃないんだから……」

「あら~? つかさクンも、そーゆーの好きなクチ?」

「ギクッ……え、ええ。まぁ」



 艦長さんに連れられて愛鷹アシタカの中の狭い通路をリフトグリップで渡り、前部船体の船尾に向かう――上下の格納庫に挟まれた区画。



「ここが艦の頭脳。作戦指揮所こと、CICよ♪」



 扉を潜る――え⁉

 この景色、船渠ドック



「あ、あれ? 外に出た?」


「いいえアキラ。映像よ。CICは球殻状で、壁は全天周モニターなの」

「知らなかった……! コレ凄い、興奮します!」

「いい反応くれて、私も嬉しいわ♪」


「VDの全天周モニターは見慣れてっけど、こんなデカいのは初めてだ」

「外に出レバ、プラネタリウムみたくなりマスね。素敵デス♪」



 その空間に、金属の木が伸びてる。


 入口から奥へ向かう、クレーンのような格子状の鉄骨の幹。そこから枝のように伸びた幾つものアームの先に座席があり、人が外向きに座ってる。幹の先端にも座席があり、こっち向きに座った栗毛の女性、副長のえきあかちゅうが顔をしかめた。



「艦長、早く席に着いてください」

「いや~ん、急かさないでぇ~ん」

「早くしろこの愚図グズ

「ひどーい!」



 元々愛鷹アシタカは作法にうるさくなくて、艦長さんと付き合いが長い副長さんともなればこれくらい悪し様に軽口を叩く。みんな慣れたもので、それを見て笑ってる――慣れてない師匠とヨモギは目を丸くしてるけど。


 艦長席は副長席と、背中合わせになってた。

 艦長さんが着席し、僕たち3人は側のゲスト席に。



「じゃ、まずは港から出るわよ!」


「アイアイ・マム!」

「ゲート開放!」

全機能オールシステムズ正常グリーン!」



 周りから次々と声が上がって――



ばつびょう! 愛鷹アシタカ、発進‼」



 おお……!


 艦長さんの号令と共に艦が動き出す。

 船渠ドック内を前へ進み、ゲートをくぐり――


 星の海へ‼


 本物の宇宙戦艦の発進シーン……! アニメで見てきたことをこの身で体験するの、VDで散々な目に遭ったってのに、やっぱ感動するなぁ。



「航海長、自動航行システムに移行して」

「アイ・マム。自動航行システム起動!」



 今日は修理を終えた愛鷹アシタカと搭載VDの動作確認を兼ねた訓練のための日帰り航海で、遠くには行かない。作成済みの航路に沿って、艦は自動で千葉ちばコロニーの周りを回り出す。



「では、CIC要員をしょうかーい! 私が艦長! 大友おおともゆき大佐! んで、こっちの赤いのが――」


「副長と船務長を兼任している。えきあか中佐だ。かど義勇兵、ウェルチ義勇兵、布勢ふせ義勇兵。改めて、これからよろしくな。貴官らの健闘を期待する」


「(×3)ハッ!」


「で、この強面こわもての男が航海長!」

精悍せいかんとか、他にようが――」


「こっちのオッサンが砲術長!」

「壮年の男と言ってくださいや」


「この少女が通信士オペレーター管制官コントローラーのオペ子ちゃん!」

「あ、あだじゃなくて本名を紹介してください!」



 オペ子さん、今日はおだんご頭だ。普段はツインテールだけど、無重力では髪がバラけちゃうからまとめてるんだな。そういや、つば姉も長い黒髪を後ろでまとめてた。


 ――全員の紹介と挨拶が終わった……あれ?



「戦術長は……?」

「アキラ。現実の艦にその役職はねぇんだ」

「そうなの、師匠⁉」

「ああ、オレも知った時はショックだった……」



 宇宙戦艦なのに‼



「戦術長なんて要らないモン! こうじょうほう引鉄ひきがねは艦長である私が引くのー‼」



 ◆◇◆◇◆



「じゃ、行きましょうか!」

「(×3)ハイ!」



 艦の運行は他の人達に任せ、艦長さんは僕達を連れてCICを出る。ちょっと移動するとすぐに、エレベーターの入り口が。ここは前に来たことある。前部船体の船尾から2つの後部船体の船首に続く橋だ。


 扉が開き、中に入る。


 エレベーターが橋の中を下に降りていく。慣性飛行中の今、橋は船体に格納されてた部分が足されて片方500mに伸びてる。

 それを前部船体側の付け根を軸に回転させ、遠心重力を発生させてる。下に降りるほど、回転半径が長くなるほど遠心力は強くなっていき、完全に降り切って後部船体に到着すると、地球上と同じ1G。


 ここからは、床に足をつけて歩く。


 愛鷹アシタカの生活施設は、人工重力区である後部船体に集中してる。

 そして2つの後部船体のどちらにも、同じ施設が備わってる。


 後部船体同士は行き来が面倒なので片方にしかない施設があると不便だし。後部船体は轟沈時には前部と切り離して脱出艇にもなるから、1つの中で必要機能が完結してる方がいい。


 まずは、乗組員が寝起きする船室のドアが並ぶ区画へ。



「船室は階級によって待遇が違うわ。1人部屋なのは艦長以下、各科長の高級士官まで。2人部屋には一般の士官。そして大部屋に下士官・兵が詰め込まれるの」



 露骨なピラミッド構造。

 まぁ軍隊だし仕方ないか。



「アーカディアン義勇兵は士官待遇だから2人部屋になるわね。アキラとつかさクンで相部屋、リズちゃんはつばめちゃんと相部屋でいいかしら?」


「やった……! 異論ありません。師匠は?」

「自分もありません。よろしくな、アキラ!」

「うん!」


「ワタシも! 氷威コーリィと一緒、嬉しいデス!」



 射撃場

 運動場

 シャワー室

 医務室

 霊安室

 艦内神社



つかさクンは乗艦経験あるし、退屈してない?」

「いえ。巡洋艦の利根トネより広くて充実してて感動です。ここまで違ったとは……正直、ショックです」

「艦の大きさは、居住性に直結するものね……ここはかなり贅沢な部類よ」

「はい、それを噛みしめてます」



 へぇ。僕は廊下とか狭いと思ってたけど。

 やっぱ見る人の知識で印象変わるんだな。


 娯楽室

 映画館

 TV局

 ラジオ局

 図書室

 PC室

 美容室

 洗濯所

 売店



「では最後。食堂に行ってお昼にしましょう!」

「ワァイ! ワタシ、もうお腹ぺこぺこデス!」


「ヨモギは食いしん坊キャラか?」

「違いマス! ゼラトの意地悪!」



 ――ん?


 ヨモギの体、なんかフラついてるような。



「ヨモギ、大丈夫? 疲れた?」

「アキラ。エエ、少しアワッ⁉」


「「ヨモギ⁉」」

「リズちゃん⁉」



 ヨモギが転んだ。昨日も転んだし。

 ……そういえば、確かカグヤも。



「「ヨモギ、ほら」」

「アキラ、ゼラト……」



 僕達の手を取って、ヨモギが立ち上がる。



「サンクス……ソーリィ」


「気にしないで。廃用はいようしょうこうぐんなんだよね。月の低重力の影響で。カグヤも高天原タカマガハラで遊んだ時、何もない所で転んでたよ」


「ア。ソレ、違いマス」

「あ、あれ?」


「カグヤも、ワタシも、実機乗るため体鍛えてるノデ、はいようしょうこうぐんは治ってマス。タダ、それデモ……月の1/6Gの中にズットいたセイで、1Gの中での平衡感覚、忘れテテ。筋力はあってモ、歩きづらいンデス」


「そうなんだ……」



 月の低重力がルナリアンの体をむしばんでることに変わりはない。この戦争の原因を目の当たりにして、胸がズキッとした。



「ああ、もう‼」

「エ、エイラ⁉」



 ガバッと、艦長さんがヨモギを抱きしめた。



「不便をかけてごめんなさい。これからはもっと配慮するわ。取り合えず今は、私が手を引いて歩くわね」

「エイラ……アリガトウ、ございマス……!」



 ヨモギの目許で、涙が光った。


 ヨモギ、よかったね。

 艦長さん、優しいな。


 この人の部下になれて、良かった。

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