第27話 取り戻せ、全てを

 艦長さんがヨモギの手を引いて、いったん医務室へ。

 転んだヨモギに大事ないか、念のため診てもらった。


 豊かな金髪と胸の、30代の白人女性。

 軍医のフローラ=ニューマンしょうに。



「うん、異常なしね」



 よかった……!



「まだ1Gの感覚に慣れてなくて、歩くのに神経使って。その疲れで注意力が落ちて転んじゃったのね。今だけは気をつけて。1Gに慣れるまでの辛抱よ」


「ハイ! アリガトウございマス‼」


「ありがとう、フローラ先生。では、安心したところで食堂へ行きましょうか。早くしないと重力タイムが終わって、お昼が宇宙食になっちゃうわ」


「それは嫌デス!」

「オレも」「僕も」


「じゃあ急ぎましょう。先生、それじゃ」

「失礼しマス!」

「「失礼します!」」

「はぁ~い」



 ◆◇◆◇◆



 宇宙船の、無重力の中では、食事に大きな制限がある。

 重力下でのような食事も、それ以前に調理もできない。


 無重力の空間で飛び散らないよう、固形物の食べ物は粘性の高い塊にされて、液体は密封されたパックから直接すする。

 昔は一握りの宇宙飛行士が食べてたそんな〝宇宙食〟を、今は一般人も地球や各コロニーを結ぶ宇宙船の機内食でよく食べる。


 味も美味しい。


 宇宙に人が住むのが当たり前になって、宇宙食もかなり進歩した。バリエーションだって豊富だ――それでも変わらないのは、宇宙食がだってこと。


 宇宙用艦艇では普通の食事ができる。


 軍艦は一度出港したら長期間港には戻らないことも多い。宇宙艦の場合はその間、艦内はずっと無重力になる。それで乗組員クルーが運動不足――はいようしょうこうぐんにならないよう、宇宙艦には必ず回転式人工重力区がある。


 その重力下でなら地上と同じように調理して、食事ができる。

 その特権を使わず、わざわざ保存食を食べたいとは思わない。


 ――ホテル並の洒落た食堂。


 ちょうど訓練を終えたとこだったつば姉も合流して、5人でテーブルに着く。艦長さんがみんなの注文聞きながら注文用のタッチパネルを操作。


 ヨモギはカレー。

 師匠はラーメン。

 僕はハンバーグ。

 つば姉はカツ丼。


 艦長さんはミートソーススパゲッティ。


 厨房でそれらを調理してくれるのはきゅうよういん。戦闘技能の他に調理も専門に学んだ軍人さんだ。出てきた料理は、やっぱりホテルの食事並に美味し――ん?



「さて、次は――」

「エイラ、次パネル貸してくだサイ」

「ヨモギ、その次オレ」

「ゼラト、その次はわたしに」



 僕まだハンバーグ半分くらいなのに‼

 4人はもう食べ終わって、デザート⁉



「よし、マルゲリータピザっと」

「ワタシ、天丼」

「オレは、チャーハンかな」

「わたしは、ざるそば――」



「デザートじゃないの⁉」



「(×3)それは食後に」

「アトで!」

「デザートはデザートで食べるんだ⁉」



 凄い食欲。

 体鍛えてるからか。

 僕も、こうなれるのかな。



 ◆◇◆◇◆



 昼食後。

 つば姉も一緒に行動。


 艦長さんに連れられて前部船体に戻る。

 目的地はその、上甲板のせんろうの一画。


 船尾楼の大部分は格納庫ハンガーで、その高所に隣接した、窓ガラス越しに格納庫の様子を見下ろせる部屋――



「パイロット控え室よ」


「おお、オレ達の機体!」

「サフィールもありマス!」



 ガラスの向こうで全高20mの機械の巨人ヴェサロイドVDが4機、整備台メンテナンスベッドに固定されて直立して、こちらに横顔を向けてる。整備台では、可動式の足場で整備士達が働いてた。



つば姉の機体

 漆黒の剣士

 CVD-01〝グラディウス〟 


師匠の機体

 紅蓮の拳闘士

 OVD-02〝ルベウス〟


ヨモギの機体

 蒼海の砲兵

 OVD-03〝サフィール〟


僕の機体

 金色の獅子王

 EVD-01〝オーラム〟



「ワタシのサフィール。新シク用意してくれたんデスね!」

「ん……そうか。リズが元々乗っていたサフィールは」

「ハイ、氷威コーリィ。捕虜になる時、ゼラトにとされまシタ」

「オレ悪くないよな⁉」

「エエ。ワタシを拾ってクレテ、ゼラトには感謝してマス」



 ああ、この感じ――



「アキラ、どうした⁉」

「つば姉? 何?」

「何って――」

「(×3)アキラ?」



 他の3人にも次々と心配されて。

 自分が泣いてることに気づいた。



「……ごめん。世界大会の集団の部のこと思い出して。試合前、チーム・ヴァーチカルのみんなで、いつも母艦の控え室でこうして話したなって」


「そうでシタ、ネ……」

「ああ、そうだったな」



 ギルド・クロスロードの10人が5人ずつ、〝ヴァーチカル〟と〝ホリゾンタル〟の2チームに分かれて出場して。決勝戦でぶつかりあった。



「ヴァーチカルには、悠仁ユージンもいて。みんなを引っ張ってくれた」



 だけど、悠仁ユージンは。月の軍事指導者で。

 カグヤを神輿みこしにして利用してる張本人で。



悠仁ユージンとの時間、楽しくて、好きだったのに。こんな――」

「アキラ! 大丈夫だって、オレ達がついてるだろ?」

「師匠……?」


「グラールも入れりゃ、こっちにゃクロスロードの仲間が6人もいるじゃねぇか。オレ達が力を合わせりゃ不可能なんてねぇ! 戦争を終わらせて、カグヤを月の女王のしがらみから解き放って――悠仁ユージンとだって、仲直りできるさ‼」


悠仁ユージン、とも……?」


「アキラ。革命家としての彼ハ、ワタシも怖いデス。デモ、悪い人じゃないデス」

「ヨモギ……」

「ソシテ、ゲームで悠仁ユージンだった優しい彼モ、嘘じゃないデス。ルナリア王国軍の力を削いで月を降参させられレバ、彼もタダの悠仁ユージンに戻れマス」



 ……そうなのかな。


 ルナリア王国軍総司令ジーン=アームストロングとして自分が黒幕と語った悠仁ユージンの、別人のような冷たさがショックで。悠仁ユージンとはわかりあえないって思い込んでたけど……


 叶うのなら、僕だってまた悠仁ユージンと――



「……そう、だよね。取り戻そう。クロスロードみんなで遊べる、日常を」


「それでこそオレの弟子だ! これからがんばろうぜ‼」

「わたしの弟子でもあるぞ――その意気だ、アキラ」

「私も力を尽くすわよ‼」

「ワタシも、デス」


「みんな……ありがとう‼」



 ◆◇◆◇◆



「じゃ、こっからはお仕事! 私はCICに戻るわね♪」



 艦長さんと別れ――


 つば姉、師匠、ヨモギ、僕。

 パイロット4人は、VDに搭乗。


 壁のダストシュートみたいな穴に飛び込んで、ダクトを通って格納庫内の自機の、後頭部の出入口ハッチへ。アーカディアンの会員証カードでハッチを開いて、エアロックを抜けて、コクピットへ。


 直径2mの球殻の内部空間。

 その中央に位置する操縦席。


 肘掛けアームレストの先に左右1対の操縦桿レバー

 足置台フットレストの先に左右1対のペダル。


 着席してシートベルトを締めると、宇宙服のバックパックと股関部のジョイントがシート側のジョイントと自動で接続される。最後に左肘掛けアームレストのカードリーダーに会員証を差すと、球殻の内壁一面の全天周モニターが――



「うわ⁉」



 いた途端、目の前に人が現れた。


 機体頭部の前後左右上に配されたカメラで撮ったを3D合成した全天周モニターの映像は、機体頭部が透けたように見えるから、実際は頭部装甲を隔てた向こう、オーラムの顔の前にいるんだ。いたのは――



『よう、来たなアキラ』

「おやっさん。うん!」



 白髪で太っちょのおじいちゃん。

 整備長のニコラス=ノエルちゅう


 ランニング中に転んだ僕を助け起こしてくれてからよく話すようになって、今は〝おやっさん〟って呼ばせてもらってる。

 整備士は班に分かれて、それぞれがVD1機を担当してる。おやっさんは全整備士をまとめる整備長であり、オーラム整備班の班長だ。



『点検整備はバッチリだぜ!』

「ありがとう、おやっさん!」

『リスト確認しとけ』

「はーい!」



 右肘掛けアームレストのタッチパネルを叩いて、周りの景色に重なってモニター上に表示されるチェック項目を確認。各部フレーム、装甲、損傷ナシ。各部推進剤、満タン――


 ゲームにはなかったこの作業!

 本物に乗ってる感が興奮する!



「ねぇ、おやっさん。このオーラム、僕が高天原タカマガハラから持ち帰った2機目のだよね」

『おお。だがやられた1機目も首から下は無事だったから、回収して予備パーツに取ってあるぜ』

「そっか……よかった」



 どっちも高天原タカマガハラが敵に奪われる前、軍属の整備士だった父さんが「息子が乗るかも知れない」って気持ち込めて組み立ててくれた機体だ。大事にしたい。



「なるべく壊さないように乗るね」

『ん? そりゃ、いけねぇな』

「え?」


『どんなに壊しても構わねぇ、オメーが生きて帰りさえすりゃな。直せる範囲なら俺達が直してやる。直せねぇほどやられたら別の機体に乗り換えりゃいいんだ』


「えぇ……」


『粗末に扱えってんじゃねぇ。攻撃を食らわないに越したことはねぇ。だが時には機体の腕一本犠牲にして敵を倒す、てな戦術が有効な時もある。機体を惜しんで消極的になった結果、やられてオメーが死んだら本末転倒だ』


「それは、まぁ」


『VDは消耗品の道具、それを忘れるな。そう扱うことは、機体を大事にすることと矛盾しねぇ。どんなに傷ついても搭乗者を生かす、それがVDにとっても本懐ほんかいなんだからよ』


「オーラムがそう望んでる?」


『機体に心が宿るってオカルト話じゃねぇぞ。別にそれでも構わねぇが、今言ってんのはVDの設計者の想いだ。VDのコクピットが広くて快適なのも、被弾率の低い頭部にあるのも、パイロットの生存率を上げるためにしま博士が定めた仕様だ。その気持ちを、無駄にすんなよ』


しまさんが……わかったよ‼」

『よし! じゃ、またな‼』

「行ってきます‼」



 おやっさんも他の整備士もVDの側から退避して、VD各機の整備台の拘束が外れる。床のレール上を動く足下の台座に運ばれて、格納庫の前方ハッチを向いて4機が一列に並んだ。



 ガチャッ!



 そしてオーラムの背中にアームが運んできた〝サフィールパック〟が装着される。サフィールと同じ奇環砲ガトリングガン振動長刀ヴァイブロウォーブランドを搭載した、サフィールの性能を模倣するためのバックパック。



『CICより格納庫へ。発進準備よろしいですか?』



 オペ子さんだ。



佐甲斐さかい機、よし!』

布勢ふせ機、よし!』

『ウェルチ機、いいぜ!』



 ヨモギ⁉ ――とと。



かど機、よし!」



 ハッチが開き、星が散らばる宇宙と、その中を前へ真っ直ぐ伸びる上甲板が見えた。甲板の装甲がわずかに左右に割れて、下からレールが現れる。格納庫の床のレールから続く、電磁射出機リニアカタパルトのレール。



『VD各機、発進どうぞ!』


佐甲斐さかいつばめ! グラディウス、出ます‼』

布勢ふせつかさ! ルベウス、発進します‼』

『リズ=ウェルチ! サフィール、出るぜ‼』

かどあきら! オーラム、行きます‼」



 両操縦桿を前へ滑らせ!

 両ペダルを奥まで踏む!



 ズシャッ‼



 うぎっ――水平Gがかかって体がシートに押しつけられる。電磁加速されてレール上を高速で滑る台座に乗って、一瞬で前部船体いっぱいを駆け抜けたオーラムが、艦首から飛び立つ‼


 暗い真空の海の中。


 前方に、先に出た3機の推進器スラスターの炎の光。

 その後尾、ヨモギ機の後ろに着いて飛ぶ。



「ヨモギ、その口調。アーカディアンの中だけじゃないんだね」

『ああ。ゲームでもリアルでも。操縦桿握ッとこーなっちまう』



 リズモードに慣れてたから驚いたよ。

 でも、やっぱこの方がヨモギらしい。



『私語はそこまでだ。各機、わたしに続け‼』


『了解!』

『おう!』

「了解‼」



 先頭の佐甲斐機グラディウスに続き、僕達後続も間隔を一定に保ちながら飛ぶ。

 時々、色々な方向へカーブする、訓練用のフライトプランに沿って。


 カーブ時には強い+Gがパイロットにかかる。

 編隊を組む訓練と、耐G訓練を兼ねてるんだ。


 今こそ耐G呼吸法を実践する時‼


 3秒で腹式ふくしききゅう

 吐く時は一気に!



 ―――ハッ!

 ―――ハッ!

 ―――ハッ!



『アキラ! 大丈夫か⁉』

「つば姉! まだ平気‼」


『辛かったらすぐに言えよ‼』

「師匠! うん、そうする‼」


『がんばろーぜ、アキラん‼』

「ヨモギ! うん、がんばろう‼」



 ――ああ。


 楽しい。楽しんでる場合じゃないけど、楽しい。戦うって決めたばかりの頃は悲壮ぶってて、こんな気持ちになれなかった。みんなのおかげだ。


 心に余裕ができて。


 Gはやっぱキツイけど。

 それが心地よく感じる。


 前はGのこと、厄介としか思わなかったけど。

 Gがあるから、機体の動きを体で感じられる。


 VDに、ロボットに乗ってる実感。


 機体が急激な機動をする時、強いGがパイロットを襲う。

 それに抗い耐えるため、パイロットは全身に力を籠める。


 言い換えれば。


 機体が力を発揮する時、パイロットも力を入れるってことで。よく考えればそれは、機体とパイロットの同調シンクロ


 ロボットと共に戦う一体感。


 それはむしろ素晴らしいことじゃないか。

 そう考える余裕がなかったのが不覚だ。


 やっぱロボットって、最高‼


 オーラム……早く君が全力を出せるよう、僕、がんばるよ‼

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