第7節 大切な仲間

第25話 革命の乙女

 新しく愛鷹アシタカに配属されたアーカディアン義勇兵だという金髪の少女が転んだ時、掴まったつば姉の上着が破れて。僕の頭を抱いてはだけた胸元を隠したつば姉は、その姿勢のまま自室に着替えに戻った。


 連行される間、僕はずっと。

 つば姉の素肌の胸の谷間を。


 顔で感じ続けた。



「今回のことは、事故だ」

「う、うん」

「このような形、不本意だ」

「うん?」

は、また今度な」

「⁉」



 着替え終わって部屋を出る前。

 つば姉にそうささやかれて。

 体がカーッと暑くなった。


 今度、何する気?


 つば姉、押しが強くなってきてる……でも僕が好きなのはカグヤなんだ。いくら迫られてもつば姉とは何もしない。それでも――ごめん、カグヤ! 僕は、他の女性のおっぱいを!


 気持ちいいと、感じてしまった……!



 ◆◇◆◇◆



「リズ=ウェルチ、16歳デス。アキラ、よろしくネ♪」



 ぱっちりした青い双眸そうぼう

 ウェーブした短い金髪。


 ふわっと花が咲いたような雰囲気の少女。

 ぴしっと敬礼した彼女に、僕も答礼する。



かどあきら、14歳です。よろしくお願いします、ウェルチさん」


「敬語はダメ! アト、呼び捨て♪」

「ええと、では。よろしく、リズ」

「ハイ♪」



 ロビーに戻ったあと、場所をホテルの会議室に移して、僕と義勇兵の金髪少女――リズの顔合わせをすることになった。


 部屋にいるのは6人。

 僕とリズの他に――


 つば姉・艦長さん・しまさん・師匠。


 艦長さんは愛鷹アシタカの責任者だからわかるとして、後の3人はなんで同席してるんだろう。わざわざ部屋を貸し切って挨拶する理由も謎だ。



「デモ、ワタシはアナタのコト、アキラって呼びますカラ。アキラもワタシのコト、ヨモギって呼んでもいいデスヨ」



 ! この、ヨモギってあだなのか。



「リズ、の方でいいかな」

「いいケド、どうシテ?」



 僕にとってその名前は、アーカディアンで同じギルド・クロスロードの仲間で、世界大会の集団の部ではチーム・ヴァーチカルとして一緒に戦った、砲戦が得意な上位ランカーのプレイヤーネームだ。



「友達に同じ名前がいて、まぎらわしいから」

「そーなのデスカ! どんな人デスカ?」

「ええと――」



「ちょっとタンマ」



「艦長さん?」

「エイラ?」


「リズちゃん、伝わってないわ。あのね、アキラ。リズちゃんは、アーカディアンのヨモギのプレイヤーよ」



 ……。

 ……。



「ええ⁉」



 でもヨモギは。いつも迷彩服とかワイルドな格好で。地毛というより染めたような色合いの金髪を逆立てて――いや、アバターの容姿はともかく。態度や話し方、カグヤ以上に乱暴で。歴の浅い竜月タツキの面倒見たり、良く言えば姉御肌なんだけど。


 ぶっちゃけ不良っぽくて。


 悪い子じゃないんだけど悪ぶってるっていうかそんな感じで。

 いかにも育ちの良さそうな目の前の少女とは真逆っていうか。



【いーか? アキラん】

【アタイの方に来た敵は任せな】

奇環砲ガトリングガンで蜂の巣にしてやるぜ‼】



「オー、話す順番間違えマシタ。ソーリィ、アキラ」

「え、ちょっ、本当にヨモギなの⁉」


「イエス……ア、アタ――」

「あた?」

、だよ。

「ヨモギ!」

「はぅぅ……」

「あのキャラ、演技ロールプレイだったんだ……」



 エイラ――艦長さんと、ゼラト師匠――布勢ふせさんもそうだったんだし、現実リアルとネットでキャラが違うなんて珍しくもないか。家の中と外で違う、っていうのと同じようなモンだし――



「ちょっと違いマス」

「え?」


「意識して演じてるンじゃないんデス。現実リアルではワタシこういう風にしかしゃべれまセン。そしてアーカディアンではああいう風にしかしゃべれまセン。車の、ハンドル握ると性格変わる人みたいニ」


「あ、ああ……」


「今、ヨモギの口調でしゃべって、顔から火が出そうデス……」

「ああっ! ごめんね、無理させちゃって。もうわかったから」



 ――ああ、そうか。


 今のこの部屋の面子、クロスロードのメンバーなのか。

 10人中、6人も……なんか凄いな。あとの4人は――


 カグヤと悠仁ユージンは、ルナリアンだった。

 竜月タツキ蔵人クロードには、連絡入れてない。


 怖いんだ。


 2人がなのか知るのが。ネット上でのゲーム仲間に現実リアルでのことを聞いたことはないし、以前は特に知りたいとも思わなかった。でも今は、気になる。


 ルナリアンか、味方アースリングか。


 聞いて、アースリングと答えられてもそれを素直に信じられないし、ルナリアンだと答えられても――なんて言えばいいのかわからない。たとえルナリアンだったとしても友達は友達だけど、やっぱり気まずいし。


 それで、まだどっちかわかってなかったヨモギ・竜月タツキ蔵人クロードの3人に確認取れずにいたんだけど――



「ヨモギは、アースリングだったんだね」

「イエ? ワタシ、ルナリアンですヨ?」


「……え⁉」


「ワタシ、ルナリア王国軍のパイロットでシタ。でもこの前の高天原タカマガハラを巡る戦いデ、ゼラトと戦って負けて、ゼラトにコクピット回収してもらって、捕虜になりまシタ!」



 捕虜⁉



「そーだったんだよ。戦場で見慣れた戦い方するサフィールがいて、まさかと思ったらホントにヨモギが乗ってて。びっくりした――」



「ヨモギ‼ 大丈夫⁉」



「ハイッ⁉」


「地球の軍人にひどいことされてない⁉ 殴られたり……その、強姦レイプされたり‼」


「レッ⁉」


「ごめん、無神経だよね……でも、そういうの言いづらいだろうけど、ちゃんと訴えなきゃダメだよ! 僕も支えになるから‼」


「ま、待ッテ! されてマセン、本当に。みなサン優しくしてくれまシタ‼」


「本当に……?」

「ハイ!」


「アキラ。リズちゃんの身柄を預かってた千葉ちばVD試験運用部隊の母艦、宇宙巡洋艦利根トネの艦長は私と同じで部下に狼藉ろうぜきを許さない人だから、大丈夫よ。そのあとはウチが引き取ったしね」


「艦長さん……そうですか。よかった……」



 敵の中に、1人囚われる。それがどんなに怖いか、僕も味わって知ってる。ヨモギがあんな想いしてなくて本当によかった。



「……心配、ありがトウ、アキラ」

「ううん、ごめんね騒ぎ立てて」

「いいんデス……嬉しかったカラ」



「んんッ!」



 ッ! 大きな咳払い――つば姉だった。笑顔だけどなんかオーラが怖い! 違うんです今のは別にいい雰囲気になってたわけではなくて! って、なんで恋人じゃないつば姉相手に弁明したくなってるんだ僕‼



「リズ、そろそろ話を先に進めないか?」

「ハイ、氷威コーリィ。エト、何ヲ話しまショウ?」


「地球軍に入った経緯とか」


「OKデス! エト、アキラ。ワタシ、ゼラトにワザと負けたんデス。地球側に、亡命するタメに。地球軍で戦うノモ、強制ジャなく自分カラお願いしまシタ」


「ワザとって。結構ガチで撃ってきたろ」

「アレくらいしないと、疑われるカラ!」



 師匠とヨモギのいつものやりとりだ。

 口調は違ってもヨモギなんだな。


 すごくほっとする。

 ただ――



「ねぇ……ヨモギ、地球軍に入っていいの? 同胞と戦うことになるのに」

「そうしてでも、止めたいんデス! 月が地球と戦って、自滅するのヲ!」


「ヨモギ……」


悠仁ユージン――アームストロング大佐は確かに凄い人ですケド、だからッテ遥かに物量で勝る地球軍に勝ち目があるトハ思えマセン! なのにミンナあの人にあおられて、戦うしかないッテ、反対するのは非国民、って空気になっテテ――怖い。ダカラ!」



 月にも、こういう風に考えられる人はいるんだな。

 これなら和平の道も見える。希望が湧いてくる。



「そのこと――月の内情をリズちゃんから詳しく聞くために、こうして集まったの。リズちゃんを怖がらせないように、馴染みの顔ぶれだけ集めてね。リズちゃん、よろしくね」


「ハイ! お任せくだサイ‼」



 ◆◇◆◇◆



 ヨモギのしてくれた話によると。


 ルナリア王国軍のヴェサロイドVDパイロットの大半は、地球軍でいうアーカディアン義勇兵のような存在らしい。つまり元・国連軍月方面軍の正規兵ではなく、ゲームアーカディアンVDヴィディの操縦を覚えた民間人による義勇兵。


 彼等は2種類に分けられる。


 ベテラン勢と。

 ルーキー勢に。


 ルナリア王国が生まれたあの日より前から、月では水面下でクーデターの準備が進んでいた。その革命運動を主導していたのは、悠仁ユージン――アームストロング大佐率いる月方面軍の軍人と。


 一部の市民による有志。


 その市民サイドの革命家の内、アーカディアンを遊んでいた者は、月方面軍によって秘密裡に軍事訓練――特に耐G訓練を施され、実機でも出力全開で戦える、ゲーム通りの実力を出せるようになっている。


 それがベテラン勢。


 対して、建国後に行われた募兵に応じて新たに入隊した月のアーカディアンプレイヤー達。彼等はまだ満足な訓練は受けておらず、実機では出力を全開にできず実力を出し切れない。


 それがルーキー勢。


 ベテラン勢は、地球側からL1宇宙要塞高天原タカマガハラとL2宇宙要塞ヘスペリデスを奪ったルナリア王国軍初の作戦にも、元・月方面軍の正規兵と共に参加していた。

 ルーキー勢は、その次の地球軍が高天原タカマガハラとヘスペリデスを取り返そうと攻め込んだ時の防衛戦から参戦してる。


 それを聞き、艦長さんが彼我ひがせんりょくを分析した。



「パイロットの大半の耐G訓練が済んでないのはあちら地球こちらと同じ――なら、今から充分に挽回可能ね。その条件なら物量で勝る地球軍が有利。リズちゃんの言う通りよ」



 カグヤと。

 ヨモギは。


 ベテラン勢だった。


 僕がアーカディアンでカグヤ・ヨモギ・悠仁ユージンと同じギルド・クロスロードに入った頃から、3人は現実の月で一緒に革命の準備をしてた。


 あの日々の裏で、そんなことが……



「カグヤを月の女王に、ッテ話は最初はなくテ。4年前、大佐はカグヤをあくまでVDパイロットとしてスカウトしたそうデス。ソモソモ〝ゲームで操縦を覚えた民間人を実機のパイロットにする〟って案も、ゲームセンターで知り合ったカグヤの天才的な操縦を見てひらめいたトカ」


「なんてことだ……」



 しまさんが顔を覆った。


 しまさんが実物のVD開発のデータ収集のためにと生まれたアーカディアン。悠仁ユージンの発想で月ではそのプレイヤーが実機のパイロットになって。この前の戦いでその力に敗れた地球軍も今、慌てて同じことをして。

 一緒に、アーカディアンを遊んでいた者同士が地球と月に分かれて戦う――っていう、今の事態に繋がった。



しまさんのせいじゃないよ」

「アキラ……ありがとう」


「カグヤは昔カラ、落ち込んでる月の人タチを励まそうト、歌ってマシタ。デモ、歌うことでみんなの心は慰められテモ、月の問題は解決できナイ。解決して、自分も両親も、ルナリアンみんなを救いタイ――そう言うカグヤに大佐は革命の計画を打ち明けテ、カグヤはそれに乗ったンデス」



 カグヤらしいな。


 そのしんな願いに、胸が熱くなった。そして、その願いを戦う方向へと誘導した悠仁ユージンの所業が恐ろしく、改めて怒りが湧く――当時のカグヤ、まだ9歳か10歳だぞ。



「カグヤは、凄いデス。尊敬してマス。ワタシは、カグヤとは全然違いマス」



 ヨモギ自身に革命志向はなく、ただ父親の命令で戦っていた。ヨモギの生家、ウェルチ家は英国貴族だった。でも第3次世界大戦で全てを失い難民となり、欧州連邦によって月へ棄民された。

 そこまで落ちぶれてもヨモギ――リズの父親は自分が貴族のつもりでいて、同じ難民のはずの周囲の人達を〝平民〟と見下して尊大な態度を取り、娘のリズにもそう振る舞うよう強制した。


 その言いつけに従ったリズは。

 月の子供達の中で孤立した。



「本当はミンナと対等ニ、友達になりたカッタ」



 内心では父に反発し、グレたいとさえ思っていたものの、従順な良い子に育ったリズはどうしても表向きそうなれなかった。その抑圧されたストレスのせいなのか、アーカディアンの中では逆に不良少女ヨモギとしてしか振る舞えなかった。


 胸糞ムナクソ悪くなる話だ。



「月で革命運動が始まったコロ、民を守る為に戦うのは高貴なる者の義務ノーブレスオブリージュダ――ト、父もソレに参加しました。立派なコト言ッテ、タダの自己陶酔デス。そして〝そのゲームをやっているならパイロットになれ〟と、ワタシを大佐の許へ送り込んだンデス」



 その親父、殺したい。



「ツラかったケド、カグヤと出会えたのは良かッタ。本当のワタシを受け入れてクレタ、一番の友達デス。デモ、カグヤが大佐にそそのかさレテ戦うのニハ反対デス。カグヤを助けるためニモ、大佐タチを止めナイト。ダカラ地球軍に来まシタ」


「ヨモギ」

「アキラ?」


「僕も同じ想いだよ。戦争を止めて、カグヤを今の立場から解放したい。それが僕の戦う一番の理由なんだ。だからさ、ヨモギ。これから同じ艦で、一緒にがんばろう?」


「! ……ハイッ‼」



 僕の差し出した手を。

 ヨモギは、力強く握ってくれた。

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