第24話 黄金の勇者

「僕が、師匠の……?」

「話すと長いんだけど。聞いてくれるかな」

「うん、もちろん。聞きたい」



 師匠はタクシーの窓の外を向いて。

 遠くを見る目で、静かに話し始めた。



 ◆◇◆◇◆



「4年前。アーカディアンの1年目。親しくなる前、君が下位ランカーだった頃から、僕は君を知ってた」

「僕、あの頃〝勝敗より外見優先のカッコつけ野郎〟とか言われてたね」

「ごめん。実はぼくもそう思ってた」

「あはは。気にしないで」



 当時を思えば当然だ。



 重量級汎用型VD

 EVD-01〝オーラム〟



 黄金の鎧を身に纏い。

 胸に獅子の面をいだく。

 機械仕掛けの巨人の闘士。


 そのヒロイックな外見でプレイヤーを魅了しといて、乗ってみるとクソ弱い、って散々な評判だった。それに乗り続けて、負けて醜態をさらし続ける僕は〝見かけ倒し〟なオーラムを体現するプレイヤーと思われてた。


 オーラムは確かに難しい機体だ。

 まず〝汎用型はんようがた〟ってのが難しい。


 メイン推進器スラスターのバックパックが着脱式で、特定の武装と一体化した数種類のバックパックを換装できるヴェサロイドVD


 それが汎用型のだけど、とは言いづらい。


 換装用パックは汎用型VDの4機種全てが装着できる。なので1機種に合わせてバランスが取られてない。汎用型以外の機種ではパックは機体の一部なのでバランスが取れてるのに比べ、換装用パックを装着した汎用型VDはバランスが悪く、運動性が落ちる。


 これだけじゃ、ただの弱い機体だ。


 現実なら、多様な状況に対応するべく多様な機体を用意しておくより、機体は汎用型を用意してどの状況にもパックの換装で対応する方が安上がり、って考え方もできる。でも乗り換えにコスト的な制約のないゲームでそれは通じない。


 ゲームで、この欠点を埋め合わせるには。


 汎用型の特徴を、複数のパック・複数の性能を使い分けられることを、一度の戦闘の間に利点として活用しないといけない――つまり。


 戦闘中にパックを換装する。

 でも、それがまた、難しい。

 

 戦場で母艦から射出されたパックと合体ドッキングして換装するのは隙が大きく、敵に狙い撃ちにされる危険が高い。安全に換装するなら一度帰投して、母艦の中で換装してから再出撃するのがいいけど、時間がかかるし、一度敵に背を向けて逃げるのも大変だ。


 どっちにしろ至難のわざ


 それが問題にならないくらい上手く換装できるようになって初めて、汎用型は真価を発揮する。これだけでも相当ハードルが高いけど、オーラムにとってはさらに悪いことがある。


 戦場での換装も。

 母艦への帰投も。


 やるならスピードが命だ。


 でもオーラムは重量級の、遅い機体。

 重量級と汎用型は最悪の組み合わせ。


 皆の下した結論が――失敗作。



「ぼくも最初はオーラムの見た目にかれて乗ってみたんだ。胸にライオンって、ぼくの理想の熱血キャラが乗り込むような、ヒーロー物のスーパーロボットの定番だしね。でもオーラムだと全然勝てなくて、それに耐えられなくて、すぐ乗らなくなっちゃった」


「そう、だったんだ」

「でも、君は違った」



 別に、僕に根性があったわけじゃない。


 今でも大好きな、僕が生まれて初めて見たロボットアニメ。僕が〝ロボットを操縦したい〟って思うきっかけになった、そのアニメの主人公機に、オーラムの外見は似ていた。


 だから一目見て、自分の愛機に決めた。

 降りるなんて選択肢は僕にはなかった。


 それだけなんだ。だから全然勝てなくて、すごく扱いづらい機体だってわかっても乗り続けて、時間をかけて、オーラムの欠点を克服していった。


 そして――



「オーラムを乗りこなした君は快進撃を始めた。ランク最下層から、あっと言う間に最上層へ」



 オーラムも他の汎用型と同じで、戦闘中の換装さえできるようになれば弱い機体じゃなくなる――そこまでになるのが他の汎用型よりさらに難しいってだけで。


 それでも他の機種より強くなるってわけじゃない。

 勝てるようになったのは、僕の腕が上がったから。


 各パック装着時のオーラムの挙動を体に覚え込ませて、汎用型のバランスの悪さも気にならなくなった――それは正確かつ繊細に機体を操る技術が身に着いたことを意味した。機体が遅いせいでシビアなタイミングを見極めて換装する内に、戦闘での状況判断力も養われた。


 オーラムに鍛えられたんだ。



「君は何度倒れてもあきらめず、逆境に抗うことで力をつけ、ぼくのいる上位陣まで登ってきた――〝少年漫画の主人公かコイツ〟〝コイツこそがヒーローだ〟って思ったよ。まぶしかった。そして、狂おしいほど嫉妬した」



 嫉妬⁉



「オーラムは正に、君のようなヒーローのための機体だった。当時、記事のインタビューでゲームスタッフのリッケンバーグ氏が言ってたんだけど、知ってる?」


「あ、うん。あの話だね」



〝アフォート=リッケンバーグ〟



 〝こう操兵そうへいアーカディアン〟の開発スタッフの1人。しまさんら実機のVD開発チームの依頼でVDシミュレーターを元にゲームアーカディアンを作ることになった民間企業の、ゲーム事業部の人。


 ホテルでしまさんがしてくれた裏話にも出てきた。


 実機開発の初期段階、しまさんの設計したVDはみんなミリタリーテイストで工業製品的な、いわゆる〝リアルロボット〟のデザインだった。

 オーラムのようなヒーロー型やインロンのような怪獣型、いわゆる〝スーパーロボット〟的デザインのVDは、ゲーム開発チームのリッケンバーグ氏の提案で導入されたものだって。



【リアル系だけじゃもったいないですよ】


【兵器であるVDの姿を玩具おもちゃ的なスーパー系にしづらいお気持ちはわかりますが】

【実機開発のためにも、まずこのゲームを成功させなきゃいけないんですよね?】

【ならまず、娯楽エンターテインメントとして最善を尽くしましょう】


客層ターゲットを広げるんです】


【ロボット好きと一口に言っても、リアル・スーパーと好みは分かれます】

【でも、ロボットを愛する気持ちはみんな一緒です】

【そのみんなに〝ロボットを操縦する〟って最高の体験を届けたいじゃないですか】



 それでオーラムが生まれた。

 僕にとって氏は、恩人だ。



「彼、言ってたね。オーラムは搭乗者をヒーローにしてくれる機体。オーラムの癖を掴むにはオーラムに乗り続けるしかなく、その難しさに最初は誰でも苦戦する。でもその逆境を乗り越えた時ヒーローに相応しい技量がつくし、何より逆境に抗うその姿勢こそがヒーローの証。アキラ氏は最初にそれを成し遂げてくれた――って」


「照れくさかったな……」



 氏の話を受け、世間のオーラムへの印象は改善された。

 扱いづらいのに変わりはないので使う人はまだ少ないけど。



「ぼくは、正にそんなヒーローになりたくてゼラトを演じてたのに、オーラムの可能性に気づかず〝黄金の勇者〟になり損ねた。君のあとから真似するようにオーラムに乗る気にもなれなかった。あれ以来ずっと、君に劣等感をいだいてる」


「師匠……」


「あの事件の時、ぼくが君を助けたのは、その劣等感の裏返しなんだ。君に恩を着せて、君より優位に立ちたかった――最低だろ」



 師匠の声が、うるんだ。



「それからも、総合成績じゃ負けてる君に唯一まさってるVD格闘戦を教えて、師匠って呼ばせて、仮初かりそめの優越感にひたって――なんて小さい、情けない奴だろう。だからぼくに、君にヒーローなんて呼ばれる資格、ないんだよ」



「そんなことない‼」



「アキラ、くん……?」



 自分が恥ずかしい。実機のオーラムに出会った時、僕はロボットアニメの主人公になったつもりで、でも上手くいかなかった。現実はアニメじゃないんだから当然だと納得してたけど、師匠は僕ができなかったことを実現した。


 自分が情けなかった。

 師匠がうらやましかった。


 大好きな師匠に嫌な気持ち抱く自分が嫌だった。でも師匠はもうずっと前から、僕のせいで嫌な想いしてたんだ。


 なのに僕は、自分ばかり辛いみたいに。



「心の中で何思ってたっていいじゃないか! 師匠はそれをおくびにも出さずに僕と仲良くしてくれたんだから」


「自分を良く見せようと見栄ミエ張ってただけだよ」


見栄ミエでもいいんだ。上位ランカーになってから、僕をねたんで突っかかってくる奴ばっかだった。それが普通なんだ。師匠は違った。ねたんでも相手を傷つけようとはしなかった。そう振る舞えたことが、師匠が優しい証拠だよ」


「そう、なのかな」


「それに……たとえどんなつもりだったとしても、師匠のしてくれたことで僕は救われた。僕にとってはそれが全てだ。たとえ師匠が違うって言っても、師匠は僕のヒーローだよ」


「……ありが、とう……!」



 師匠は顔を手で覆って、肩を震わせた。

 僕も涙があふれて、ぐしゃぐしゃになった。



 ◆◇◆◇◆



 2人泣き止んで、照れくさい雰囲気で、タクシーはホテルに着いた。

 師匠が先に降り、僕の方のドア側に回って、手を差し伸べてくれる。



「どうぞ」

「ありがとう」



 耐G訓練でフラフラになった僕が転ばないようにって。

 その手を取りながら車を降りる――なんか、これって。



「お姫様みたいで恥ずかしい」

「はは、仕方ないよ」



 タクシー乗り場から手を引いてもらい、建物の入り口へ。



「アキラ!」

「あ、つば姉!」

「おかえ――あっ」



 ロビーで僕を見つけて駆け寄ってきたつば姉が、隣の師匠を見て慌てて敬礼した。師匠も背筋を伸ばしてそれに答礼する。

 正規兵と義勇兵は、挨拶で敬礼する義務はない――義務に従ってるんじゃなく、自発的に敬意を払ってやってるんだ。


 清々しいな。



「お疲れ様です。自分は国連軍じゅん佐甲斐さかいつばめであります!」

「国連軍アーカディアン義勇兵、布勢ふせつかさであります! 訓練中、かど義勇兵が疲労で一時歩けなくなったので、大事を取って自分がここまで付き添いました」

「ッ! ――そうでしたか。同僚がお世話になりました。感謝します、布勢ふせ義勇兵」

「どういたしまして!」



 ……。


 これ、つば姉は〝布勢ふせつかさ〟がアーカディアン仲間の〝ゼラト〟だって知ってるけど。師匠の方は目の前の女性が〝氷威コーリィ〟だって気づいてないんだよね?


 チラっとつば姉を見ると目が合う。なんとも居心地悪そうだ。

 「自分は氷威コーリィだ」って言うタイミング、掴みかねてるっぽい。



「つば姉、言っちゃっていいんじゃない?」

「そ、そうだな。その……布勢ふせ義勇兵」


「はい」


「わたしだ、氷威コーリィだ」

「あ、やっぱり⁉」



 まぁ、声でわかるよね。容姿も氷威コーリィのアバターそっくりだし。



「エイラとグラールもいるぞ。会っていくか?」

「マジで⁉ おう、会ってく会ってく‼」



 2人とも瞬時にゲーム内と同じ口調に。

 うん、やっぱりこの方が落ち着くな。



「ああ、それと愛鷹アシタカの艦長さんにも挨拶しとこうかな」

「その艦長がエイラだ」

「なぬ⁉ てことはエイラ、たい? 等兵とうへいだった頃なら泡吹いてたぜ」

「わかる、その気持ち――」



「ゼラト!」



 若い女性の声がした。見ると、国連軍の青い軍服姿の女性が手を振ってる。

 白人さんだ。歳は僕より少し上くらいか。ウェーブした短い金髪に青い瞳。


 ふわっとした笑顔、柔らかい雰囲気。

 西洋人形みたいな、物凄い美少女だ。



「あれっ、なんでここに?」

「今日から愛鷹アシタカ配属になったんデス!」

「そうだったのか!」



 師匠の知り合い? ゼラトって呼んだってことはアーカディアンでも付き合いのある人とか? 僕も知ってる人だったり?



氷威コーリィ、今〝アキラ〟って言いまシタ? その子がアキラなんデスか?」

「ああ、そうだ。この子がアキラだ」

「ワォ‼」



 金髪の娘がぴょんと跳ねたかと思ったら、こっちに走ってくる⁉

 あ。つば姉がささっと僕を背中に隠した。つ、つば姉……。



「アウッ⁉」

「お、おいっ⁉」



 ガシッ‼



 つまづいた金髪少女の伸ばした右手が、つば姉の胸元を掴んで。つば姉が受け止め切れずに、2人して僕の方に倒れ――てぇぇ⁉



 バターン‼



 っつ……結局3人して転んだ! や、やばい、僕、誰か下敷きにしちゃってる! 顔が何か弾力のあるものに――



「大丈夫か? ほら」

「サンクス、ゼラト♪」



 師匠が金髪少女を引き上げたみたいだ。

 じゃあ僕が下敷きにしてるの、つば姉?



「ソーリィ。氷威コーリィ、アキラ」

「リズ! 気をつけ――きゃああああッ⁉」



 つば姉に抱きしめられた⁉ ちょ、これ! 僕、つば姉の胸に顔うずめてる‼ つば姉、なんでここで抱きしめるの⁉



「こ、コラッ。動くな、離れるな! 見られちゃうだろ‼」



 見られるって、何を――⁉


 顔に当たるこの柔らかい感触……まさか、素肌? さっき金髪少女が掴んだ時、つば姉の上着のボタンが取れて、胸元がはだけて……つば姉はそれを隠そうとして、僕の顔を押しつけた?


 つまり僕は今、生まれて初めて?

 母さん以外の女性のおっぱいに?



 ナマでふれてるーッ⁉



※ アフォート=リッケンバーグ氏はながやん先生が二次創作で考えてくださったキャラクターです。VD開発秘話を語るに当たり、今回お借りしました。ながやん先生、素敵なキャラクターをどうもありがとうございました!


出展『みじカク⇔すぐヨム 機巧操兵アーカディアン/選択画面でL+R+AB…隠しVDが!』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054881335570/episodes/1177354054883268294


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