第23話 ぼくのヒーロー

「しっかし、ヴェサロイドVDが実現してたなんてな」

「俺等、いい時代に生まれたよな!」


「早く実機乗りて~!」


「あなたも実機に乗りたくて義勇兵に?」

「ううん、お金。避難所からも出れるし」

「あっ、高天原タカマガハラから来た人?」

「うん」

「ルナリアンから高天原タカマガハラ、取り戻そうね」

「うん!」


「チャンピオン、大丈夫かな」

「いや、ダメでしょ」

怪我けがなくてもアレじゃ戦えないよ」



 ガラッ――



「(あ、帰ってきた)」

「(しーっ!)」


「みなさん、お騒がせしました」



 ぺこり。



「アキラ! もう大丈夫なのか?」

「うん、師匠。ただの疲れだって」 



 耐G訓練後、立てなくなった僕は精密検査を受けて――Gで脳の血流が減ったことによる異常はなく、Gの負荷による筋肉疲労と診断され、義勇兵のみんなが休憩してる教室に帰ってきた。



「しっかり食べて、しっかり休めば大丈夫だって」

「そっか。でもフラついてて、転んだら危ねぇな。帰り、送ってくよ」

「そんな、悪いよ。心配しすぎ」

「弟子が師匠に遠慮すんなよ。それにお前は地球軍パイロットのトップガンだぞ? 地球の未来のためにも体には万全の注意を払わねぇと」

「いや、それは――」



「ゲームと現実リアルを混同すんなよ」



 誰かがそう言って、部屋の空気がピシッと凍りついた。注目を浴びながら、にらむように僕を見下ろしてるのは……自己紹介で下位ランカー相手に調子こいてた中位ランカーだ。


 10代後半くらいの男子。

 太平洋連邦軍の義勇兵。



「トップガン? そりゃゲームじゃそうだろうがよ。現実リアルでは現実リアルの力で評価しねーとダメだろ。現実リアルのソイツは、ただの雑魚ザコだ」


「おい――」


「あの程度のGで倒れる奴、戦場じゃ足手あしでまといだぜ。味方まで危険にさらす――それは味方を殺す、ってことだ」


せ!」


「ゼラト、ギルドの仲間だからってひいはよくねーぞ」

ひいじゃねぇ、事実だ。アキラは現実リアルでも最強のパイロットになれる。これから鍛えて、Gを克服したあかつきには――」

「それはいつだ。戦いはすぐにでも再開するんだぜ?」


「戦ってる内すぐ慣れる!」


「それまで生き残れんのか? 運良く本人は生き残ったとして――それまで何人、足引っ張られた味方が死ぬんだろうな? 俺は嫌だぜ、そんな死に方」



 ちゅう位氏いしは、ぐるりと教室を見渡した。



「みんなもそう思うだろ⁉」


「そ、それは……」

「まぁ、ねぇ?」



 みんな、消極的な肯定って感じだ。



「な、ゼラト。俺はみんなが言いづらいことを代表して言ってんだ。俺達自身の命、そして地球の命運がかかってんのに遠慮なんかしてられねぇからな」

「だからって、こんな――」



「師匠、かばわないで」



「アキラ⁉」

「僕の問題だから。僕にはなさせて」

「アキラ……! ああ、わかった」



 師匠が退き、僕1人でちゅう位氏いしと対峙する。



「アキラ。みんなのため、地球のためだ。アーカディアン義勇兵、辞めてくれよ」



 この野郎――って。

 短気を、起こすな。


 この人の言い分は、師匠以外この場の全員から賛同を得てる。これを無視すれば僕と僕をかばう師匠が孤立して、義勇兵の団結にヒビが入る。それじゃ戦力が落ちて月に負けかねない。地球が勝つため最善を尽くすなら僕はこの人と、この場の全員に認められないと。


 だから――



「僕と、対戦してください」

「ああ?」


「アーカディアンで。あなたの言う通り、足手まといは辞めるべきです。でも足手まといでないなら戦力維持のため辞めるべきじゃない。だから僕と戦って、本当に足手まといか見極めてください」


「だから! ゲームの実力なんか――」


「いえ、実機を想定した規定レギュレーションで。僕はギア1、あなたはギア4で戦いましょう。今の僕じゃ実機では、そうしないと戦えないでしょうから」



 本当はギア2まで耐えられるけど。

 この場ではそれ証明できないから。



「てめぇ、それで俺に勝てると思ってんのか‼」

「勝てるとは思ってません」



 思ってるけど。



「負けても、僕はギア1での力をあなたに〝足手まといにはならない〟とだけ認めてもらえればいいんですから」

「……それで俺が認めなかったら、素直に義勇兵を辞めると?」

「はい。約束します」



 どよどよ



「みんな聞いたな⁉ いいぜ、やってやる‼」

「はい! よろしくお願いします‼」



 ◆◇◆◇◆



 僕が勝った。

 楽勝だった。


 ちゅうとん内のVDヴィディシミュレーションルーム。アーカディアンのきょうたいそのものなシミュレーターから出ると、ギャラリーから歓声が上がった。



「凄かったぜ! さっすがチャンピオン‼」

「それに比べて。ただの当て馬だなアイツ」

「どっちが足手まといだか」

「ぎゃはははは!」



 よく言う……あ、ちゅう位氏いしも出てきた。

 すっかり肩を落とした彼の前に立つ。



「僕のこと、認めてくれますか?」

「あ……」



 右手を差し出す。



「え……」

「一緒に、戦いましょう」


「おおー!」

「かっこいー!」


「う、う」

「う?」



「うわぁぁぁぁぁぁぁッ‼」



「あっ⁉」



 走り去ったちゅう位氏いしは、そのまま先に帰ってしまって。

 気まずい空気のまま、今日はお開きに。

 僕は師匠に送られ、帰路に着いた。



 ◆◇◆◇◆



 夜の千葉ちばコロニー。


 中央軸シャフトの電灯が消えて真っ暗になった円筒の中。その内壁に敷き詰められた町の灯りが星みたい。採光窓でその星空が途切れないのが、密閉型コロニーのいいとこだ。


 AIによる完全自動運転タクシーの中、師匠と2人きり。



「アイツ、辞めちまうかもな」

「えっ⁉」


「みんなの笑い者、和を乱した悪者、になっちまったからな。針のムシロだ。これからもその中にいるのは、つれぇよ」

「僕が追い詰めたせいだね……精一杯いい子ぶったんだけど。夕焼けのせんじきで殴り合ったあとは友達に、的な展開にならなかった」

「狙ってたんかい‼」



 手の甲でビシッとされた。



「……お前は威圧にぜんと立ち向かい、それでいて声を荒げず礼儀正しく、丸く収まるようできる限りのことをした。立派だったぜ。あれでダメならどうしようもねぇよ、気にすんな」


「ありがとう。そうできるようになったのも、師匠のおかげだよ」

「ああ……あの時の」



 4年前。


 アーカディアンが始まってしばらくした頃。まだ師匠含め、のちにギルド・クロスロードのメンバーになる誰とも仲良くなってなかった頃。ユーザー掲示板で、僕は数名のプレイヤーにからまれた。


 イベントの集団戦のあと。

 相手チームのメンバーに。


 その試合では僕はオーラムじゃなく、EVD-05〝アイルディーズ〟を使った。きょう激光対空砲ビームファランクスと、手・肩・腰に計6丁の極光銃ビームライフル、計7つのビーム砲を持つ強襲きょうしゅう殲滅型せんめつがたVD。


 その7色のビームで。


 複数同時照準マルチエイミングによる7門一斉射で、僕は1人で全ての敵機を瞬殺した。

 マルチエイミングは登録した複数の射撃武器を1つのスライドパッドで同時に照準をつけ、トリガーを引くとその全てを一斉に発射する。

 武器の数が多いほど全ての武器を命中させるのは難しくなる。各武器の照準が合うタイミングがバラけて、一度照準があった対象も他の照準が合うの待ってる間に外れたりするから。


 7門を同時に操って。

 7機を同時に墜とす。


 そんなこと余程の格下相手にしかできないから、やられた方は屈辱。



【お前とやると楽しめねぇんだよ!】



 そう言われて。

 カッとなって。



【僕もつまんないよ。雑魚ザコと戦っても】



 そしたら関係ない奴等まで僕に噛みついてきて。掲示板は炎上した。誰も味方してくれなくて、全プレイヤーが敵に見えて、怖くて、心細くて、悲しくて、誰かに助けてほしくて。そんな時――


 本当に助けてくれたのが、ゼラトだった。



【いい加減にしろお前ら】

【1人相手によってたかって】


【アキラ、お前は間違ってねぇよ。実力差のある者同士でやっても楽しくねぇ、それはただの事実だ。だからって誰が悪いわけでもねぇのに、お前が悪いみたく言ったアイツらが悪い】


【それでも〝雑魚ザコ〟とか、人を見下す発言はよせ】


【誰かを雑魚ザコと呼べばそいつだけじゃなく、そいつと互角以下の関係ない奴も全員、雑魚ザコ呼ばわりしたことになっちまう。それで余計な反感を買ったんだ】



 以来、僕は。


 本音でも、事実でも、たとえ突っかかってきたヤツ相手でも、人を侮辱するような発言は一切しないようにしてる。他人と言い争わず、ケンを売られても買わず、気の合う相手とだけ過ごすようになった。


 おかげで楽になった。

 おかげで楽しくなった。



「あの時から、師匠は僕のヒーローなんだよ」

「オレが……お前の?」

「うん」


「違う……」

「?」


「オレはヒーローじゃない、そう見せかけてるだけの偽物だ。でも本物になりたいから、なるために、ルベウスに乗って戦うんだ」



 なるために、って――



「その、師匠。ルナリアンは」

「ああ、彼等は普通の人間だ。それと戦えば自動的に正義の味方になれる、都合のいい悪役だなんて思ってねぇよ」


「え⁉」


「義勇兵募集のPVのことだろ? 渡された台本読んだだけだ。あのルナリアンへの敵意をあお宣伝プロパガンダはオレもどうかと思う……でも仕方ねぇよ。そうでもして士気高めて戦わなきゃ、負けてみんなひどい目に遭うんだ」


「うん……師匠、ちゃんとわかってたんだ」


「オレはシンプルな勧善かんぜんちょうあくの話が好きだが、現実がそんな単純じゃねぇことぐらい常識でわかってるっつーの」

「うぅ。疑って、ごめんなさい……」



 頭を、くしゃくしゃ撫でられた。



「誤解を招くようなオレの普段の言動のせいだ、気にすんな!」

「そんな! ありのまま振る舞って、責任感じる必要なんてないよ!」



「ありのままじゃ、ないよ」



 ⁉ ――師匠の口調も、声も。

 別人みたく穏やかに変わった。



「し、師匠……?」

「アキラ君、ぼくはね。いじめられっ子だったんだ」



 ◆◇◆◇◆



「昔は心身ともに弱くてね。中1の時、学校でいじめられて不登校になって。そんな時アーカディアンが始まった。ロボットを操縦して、ロボットのパイロットに成り切れるゲームが」



 ……!



「アニメの、スーパーロボットのパイロットによくいる、熱くて強い人がぼくの理想でさ。いじめられる弱い自分が嫌いで、そんな強い人になりたかった――だから演じた。誰も本当のぼくを知らない世界アーカディアンで、理想の自分――ゼラトを」



 ゼラトのキャラは演技ロールプレイ……。



「弱きを助け、強きをくじく、愛と正義の熱血ヒーロー。けど、ゲームの中でいくらそう振る舞っても、現実リアルのぼくが変わるわけじゃない。現実リアルのぼくは学校さぼってネトゲでイキがる引きこもり。むしろ余計に情けなくなったよ」



 師匠が、そんな……。

 想像もしなかった……。



現実リアルでもぼくはゼラトになりたかった。それで不登校のまま中学を卒業した後、国連軍に入ったんだ。そして軍で鍛えて、ぼくは強くなった。体だけは」


「だけ?」


「うん。軍で格闘術を習い始めた時は〝強くなればいじめっ子に仕返しできる〟って思ったんだけどね。力をつけてから〝しまった〟と思ったよ」


「しまった?」


「今のぼくなら彼等を簡単にまつりにできる。でもそれじゃ弱い者いじめだ。ぼくは彼等と同じことがしたかった訳じゃない。ぼくが本当に欲しかったのは、恐怖にって自分より強い者に立ち向かえる〝勇気〟だったんだ」



 勇気……。



「たとえばさ、朝のぼく、どう思った?」


「横暴な少尉から僕を助けてくれた時? かっこよかったよ!」

「ありがとう。でもね、あんなのちっともかっこよくないんだ」


「え……?」


「ぼくは義勇兵の特権を利用しただけだ。軍規を盾にしたって意味では少尉と同じ。義勇兵だからできた。正規兵の時に、上官に逆らってでもできたかな」



 そう、だよな。


 正規兵が、上官に盾突くって。

 それが正しいことでも罰せられて。

 将来を断たれるリスクすらあるんだ。


 悠仁ユージンみたいに――



「これももう、義勇兵になった今は確かめようがない。いじめっ子も正規兵も、もう怖くないのを相手にしてもダメなんだ。今の自分でも心底怖いものに立ち向かわないと勇気の証明にならない――それが、戦争さ」


「師匠でも、戦いは怖い?」


「もちろん。撤退戦の中、VDでの出撃を申し出た時は震えたよ。でも、だからこそ勇気を振り絞ったって実感が持てた。でもまだ自信持てない。これからも戦って恐怖に抗い続ければ、いつか理想の自分になれたと思える――そのために戦ってるんだ。地球のためでも、正義のためでもない。不純だよね……幻滅、させたかな」


「しないよ‼ 自分と戦って、師匠は凄いよ」

「……ありがとう」


「でも、どうして教えてくれたの? 人に話したいことじゃないよね?」

「心苦しかったから。ぼくが君のヒーローだって言われて」

「えっ⁉ 言っちゃ、いけなかった……?」

「ううん……ただ、逆だからさ」



 逆?



「君こそが、ぼくのヒーローなんだよ」

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