第2章

第5節 行くべき道

第17話 檻を破る獅子

 男根だんこんの先端が切れて。

 弾痕だんこんで体中、穴だらけで。

 床に血溜まりを作る、男のむくろ


 っちゃった。


 強姦ごうかん。生きていちゃいけない存在。いいようにされてたまるか――って思ったら、衝動的に。は考えたけど、このあとはノープラン。


 まずいな。

 逃げよう。


 洗面所で体の血を洗う。

 男が脱いだ軍服を着る。


 拳銃を拳銃嚢ホルスターに入れて。

 男の突撃銃アサルトライフルを担いで。


 軍帽を目深にかぶって、部屋を出る。


 ルナリア兵に成りすまして要塞内を移動、格納庫ハンガーで乗り物を奪ってここから脱出する! 格納庫からここまで、銃を突きつけられながら歩かされた道順は脳に焼きつけてる‼



 ドクン

 ドクン



 心臓が、早鐘みたいに。息が苦しい!

 こういうコソコソしたの苦手なんだ‼


 今のとこ廊下にひとはない。


 部屋に連行されてる間も人と会う頻度は低かった。ガラガラなんだ、今ここは。要塞の規模に対して新しく入ったルナリア兵の数が少なすぎて、満遍なく見張りを置く余裕がない。


 それなら。


 僕があの兵士を殺したこともまだバレてないかも知れない。あの部屋に監視カメラがあったとして、まだ誰もその映像をチェックしてなくて。

 非力な民間人の僕が屈強な兵士を殺して逃走、なんて想定してなくて油断してるのもありえる――


 なんて、楽観は危険だけど。

 そうでも考えてないと。

 不安に押し潰されそうだから。



 ◆◇◆◇◆



 ――エレベーター前に到着。


 これでこの回転式重力居住区から無重力区に上がれる。▲ボタンを押して、乗り籠ケージが下りてくるのを待つ……もどかしい、早く来て! こうしてる間にも誰か来るかも知れない‼



 ピーン



 来た! 開いた扉に飛び込んで!

 行き先階ボタンと閉門ボタンを‼



「待ってー‼」



 ⁉


 閉じかけた扉に、にょきっと伸ばされた腕が挟まれた。安全装置が働いて扉が開いて、20歳くらいの女性兵士が入ってくる。



「セーフ!」



 ああああああ……!


 扉のそばにいる女性兵士から距離を取って乗り籠ケージの反対側へ。なるべく見られないように顔を伏せて。突撃銃アサルトライフルの銃口を女性兵士には向けずに、でも何かあれば即座に撃てるようにさりげなく構える。



「君ちっちゃいねー、って。軍服ぶかぶか。どうしたの?」

「ッ‼ ……えっ、と。サイズ、間違えたみたいで」

「配給ミスかぁ。急な決起で、ドタバタしてたもんねぇ」



 とっさについた嘘は、向こうの事情と整合性が取れてたみたいだ。


 てか、話しかけないでよ!

 社交的だな、ちくしょう‼



「君、義勇兵だよね。市民から入隊した。私は元・国連軍組~♪」


「あ、ハイ……」


「ヒドイ話よねー、君みたいな小さい子まで戦わなきゃいけないなんて。でもそうしなきゃ、私達に未来はないしねぇ。それもこれもアースリングどものせーだ!」


「ええ……本当に」



 それは嘘じゃなく、僕もそう思う。ただ、月の人達を苦しめた地球の政治家達と、何も知らなかった僕みたいな一般人を一緒くたにされちゃたまらないってだけで。



 ピーン



「お、着いた」



 乗り籠ケージの中が無重力になって、扉が開く。女性兵士のあとに続いて外に出る。



「私こっち。君は?」

「あ……逆、です」

「そっか。じゃねー♪」

「ええ、それでは」



 女性兵士がヒラヒラと手を振りながら、逆の手で壁のリフトグリップを掴んで廊下を進んでいく。僕は逆方向へのリフトグリップに掴まる――けど、視線は後ろ、彼女の方へ向けたまま。


 彼女は僕の正体に気づいてないみたいだけど、それは演技かも知れない。僕が油断して背中を見せた途端に撃ってくるかも――その時は、先にこっちが撃つ!


 ……。

 ……。

 ……。


 角を曲がり女性兵士の姿が見えなくなる。

 どうやら本当に気づかれてないみたいだ。


 殺さずに、済んだ。

 でも、このあんは。


 彼女を殺せばそれだけ他の兵に異変が伝わって僕の危険が増す、そうならなくて良かった――ってもので。

 殺人そのものに対する忌避感じゃない。と、思う。彼女がおかしな素振りを見せていれば、僕はためらわずに引鉄ひきがねを引けていた。その確信がある。


 もう、慣れたっていうのか。

 たった2人、殺しただけで。


 1人目の時は、あれだけ取り乱して。愛鷹アシタカのみんなを守るために戦った時は「人を殺す覚悟なんてできない」って思ってたのに。

 2人目の時は、あっさり殺せた。殺して、むしろ清々した。でもそれは、相手が腐れ外道だったからだと思う。


 今の人は悪い人には見えなかった。


 あれっぽっち話しただけじゃ人間性なんてわかんないけど。僕を仲間と思い込んでいるからとはいえ朗らかに話しかけられると敵意も湧かなかった。


 それでも。


 自分が生きるためなら、僕は彼女を撃てた。必要なこととはいえ、それができてしまうのは、やっぱり普通じゃない。


 僕はもう、身も心も。

 人殺しなんだろうな。



 ◆◇◆◇◆



 その後も数名の兵士と遭遇したけど、軽くしゃくを交わし、誰からもとがめられることなくやり過ごせた。でも心臓はバクバク、喉はカラカラだ。


 そして、ようやく更衣室まで戻ってきた。


 ここで脱いだ僕の宇宙服はそのまんまで、またそれに着替える。変装はここで終了だ。ヘルメットは金魚鉢みたいに全体が透明で頭が丸見え。表面の光の反射で遠くからは中の顔が見えづらいのが唯一の救いか。


 更衣室からエアロック室に入る。


 室内の空気が抜け切ったら、真空区画の格納庫へ。

 真っ暗。壁をまさぐって照明のスイッチを入れる。



「うわ……!」



 だだっ広い直方体の空間。壁は灰色、デパートの屋内駐車場を拡大したみたいな雰囲気。その壁面に並ぶ数隻の小型宇宙船と、数機のヴェサロイドVD


 全高20mの、機械仕掛けの巨人や巨獣。


 道化師の姿、ジェスターが1機。

 有翼竜の姿、インロンが3機。

 金甲冑の姿、オーラムが――



 オーラムが1機⁉



 重厚な黄金の鎧に身を包んだ闘士。

 その胸には獅子ししかしら浮き彫りレリーフ


 完全な姿でたたずんでる。


 悠仁ユージンのジェスターに首をねられて頭だけでここに来たはずなのに、もう修理したの――あ、そうか。


 元々ここにあった、別のオーラムだ。


 僕が乗ったオーラムはこの高天原タカマガハラで運用されてた試作機、当然ここにはスペアパーツがたくさんあって、それで組み上げられた機体が1機分だけとは限らない。



 トッ――



 壁を蹴って無重力空間を遊泳、オーラムの頭部へ。適当な機体をはいしゃく――って思ってたけど、あの姿を見たら他の機体は考えられない。


 オーラムの、無表情な顔が迫る。

 無言で、じっと僕を見つめてる。



「僕が不甲斐ないせいで、やられちゃって、ごめん! 図々しいのはわかってるけど、お願い。また僕に力を貸して‼」



 クリアパーツの双眸そうぼうが、照明を反射してきらめいた。



 チカチカッ



 ? それとは違う光。

 壁で火花……銃弾の着弾⁉

 後ろ――銃を構えた宇宙服の集団!


 くそっ、見つかった‼


 火花が散る中、弾が当たらないよう祈りながら急いでオーラムの後ろに回り込む。後頭部の出入口ハッチにあるカメラに僕のアーカディアンの会員証をかざす――開いた! 急いで飛び込みハッチを閉める――助かった!



 バババババッ‼



 オーラムの装甲を弾丸の雨が叩く音。VDの超硬質ナノチューブ製の分厚い装甲に人間用の銃なんて通用しない!

 よかった、きっとしまさんが僕の身分証明IDで実機のオーラムが起動するようにしたっていう設定、この機体にも適用されてるんだ!


 やっぱり、僕のオーラムだった。


 初めに乗った、やられちゃった1機目と。

 アーカディアンで乗ってるデータのと。


 体は違っても魂は同じ。


 オーラムの操縦席に着いて、会員証を左肘掛けアームレストのカードリーダーにセット。操縦席を覆う丸い全天周モニターが点いて周りの景色が映し出される。


 両手で左右の操縦桿を握りしめる。

 両足を左右のペダルにかける。



「行こう、オーラム‼」



 グン――



 両操縦桿を前に押すと整備台メンテナンスベッドの拘束が自動で外れ、オーラムを前進。右操縦桿だけ中央位置ニュートラルに戻し、左右の操縦桿の前後位置に差違をつけて右旋回、壁の方へ向き直る。


 並ぶ、インロン3機とジェスター1機。


 両操縦桿のダイヤルを親指で回して使用武器選択、押し込んで決定。右は極光剣ビームサーベル、左は激光対空砲ビームファランクス



『くそ、誰だお前‼』



 オーラムの右手に光の剣が握られる。


 右操縦桿のパッドを親指でずらして、全天周モニターに仮想投影された緑の線状エフェクト、オーラムの右肩から伸びる、格闘武器の攻撃の軌道を示す攻撃線を、肩口を支点に動かす。その線を端のインロンの胸に埋め込ませて――右操縦桿の引鉄トリガーを人差し指で引き絞る!



 ズボァッ‼



 オーラムが突き出した極光剣ビームサーベルがインロンの胸を貫く。引鉄トリガーを引きっぱなしでオーラムの腕を伸ばしたまま、パッドを動かして腕を振る。光の刃がインロンを中からえぐって切り裂く。



『やめろォ‼』

「るっさい‼」



 右ペダルを踏んでオーラムを左にサイドステップさせながら、左操縦桿を引いて左旋回。その動きに合わせてオーラムが剣を振り、隣のインロンを斬り伏せる‼


 ――ごめんよ。


 君達VDに罪はないのに。こんな、パイロット不在で身動き取れない君達を一方的に破壊して。でもこうしとかないと、逃げたあとで追撃されちゃうんだ。



 ザシュッ――ドガァン‼



 最後のインロン、そしてジェスターも切り裂く。前のオーラムを撃破したジェスターがあっさり破壊される。ジェスターにやられた仕返しに寝込みを襲ったみたいで情けないけど、気にしてる場合じゃない。



 ドガァン!

 ドガァン!

 ドガァン!



 他の宇宙船も破壊する。飛び散った機体の破片が兵士の何人かに突き刺さって血が飛び散るのが見えた――知ったことか。

 ここにある乗り物の類は全て破壊した――あれ? そういえば、カグヤのシルバーンを見てない。ここじゃない、他の格納庫にあるのか? それを探してる余裕はない。


 もう出よう。


 着脱式バックパックは見当たらない。これも探してる暇はない。でもビームサーベルと激光対空砲ビームファランクスだけじゃ心許ない。右手のサーベルをしまって、宙に浮いてるジェスターが持ってた短機関銃サブマシンガンを拾って装備。



 ガォォォォッ‼



 左操縦桿の引鉄トリガー激光対空砲ビームファランクスを発射、オーラムの胸の獅子が口から吐いたレーザーが外への扉を吹き飛ばす! ぽっかり空いた穴から、僕とオーラムは宇宙に出た。



「……さよなら、高天原タカマガハラ



 ◆◇◆◇◆



 ゴォォォォ……



 両足底部の推進器スラスターから火を噴いて。

 オーラムが宇宙空間を疾走する。


 目的地は愛鷹アシタカが向かってた、千葉ちばコロニー。高天原タカマガハラを出てから結構経ったけど、追っ手が来る様子はない。あとはこのまま到着を待つだけ――え?


 赤いマーカー!

 前方から敵機⁉

 銀色のあの姿‼


 EVD-02〝シルバーン〟――カグヤ‼



『オーラム⁉ 誰が‼』

「……僕だよ、カグヤ」


『アキラ⁉ なんで‼ 演説してたアタシの代わりに大佐が連れ帰ってくれたって! オーラムも破壊したって‼』

「そのあと、逃げて来たんだ。このオーラムは要塞にあった別の機体」



 すれ違う。


 シルバーンが反転。

 あとを追ってきた。



『待って‼』

「待てない」



 シルバーンは左手にロープを引いてて、そこに5つのプラティーンの頭部がくくりつけられてる。僕が倒した親衛隊の5機のだ。カグヤはこいつらを救助してたのか。


 しまった。


 カグヤさえ中にいないとわかってれば、オーラムで高天原タカマガハラ要塞を攻撃してあそこにいた兵士を皆殺しにしたものを。首謀者の悠仁ユージンも殺して、この戦争を止められたかも知れないのに――くそ!



『嘘ついて、無理矢理さらって、怒ってるよね……。勝手なのはわかってる……でもお願い、側にいて‼ 心細いだろうけど、安全はアタシが保証するから‼』


「心細い、どころじゃないよ‼」


『ッ⁉』


「敵意と殺意に囲まれて、銃を突きつけられて、殴られて‼ 生きた心地がしなかった。あんな怖い所には、もう1秒だっていたくない! いくらカグヤの頼みでも、あんな所で暮らすのだけは絶対にゴメンだ‼」


『え、え⁉』


「僕の安全、全然守れてないじゃないか! ――それに、守っちゃダメでしょ。カグヤ、アースリングの僕との関係で立場悪くしてるって聞いたよ。これ以上悪くなったら女王から引きずり下ろされる、激怒した民衆にりょうじょくされて殺されるって‼」


『誰もしないわよ、そんなこと!』


「本当にそう言い切れる? 少なくとも僕は犯されかけた。僕を散々銃で脅しながら部屋に連行した男に。だからチンコ噛みちぎってブッ殺して逃げてきたんだ」


『な……』


「そいつが言ってた。君が暴徒化したルナリアンに襲われる時が来たら、自分が真っ先に犯してやるって!」


『ッ……!』


「カグヤ、僕と一緒に来て! あんな所にいちゃダメだ‼ 月の人達を想うなら、地球に亡命して和平に尽力して――」



『……それは、ダメ』



 苦し気な声だけど。

 でも、はっきりと。


 カグヤは僕を、拒絶した。

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