第18話 決意

『……それは、ダメ』



 僕と一緒に地球側に来て。

 月と地球の和平を目指して。


 そう言った僕を。

 カグヤは拒んだ。


 そんな――



『ははははは! ザマァないな、アキラ‼』

『やーい、やーい!』

『カグヤ様は女王様だ‼』

『貴様などと行くものか‼』

『そうだそうだ!』



 カグヤ親衛隊!

 調子に乗って‼



『るっさい! アンタ達は黙ってなさい‼』

『(×5)イエス! ユア マジェスティ‼』



 ピタッと静まり返る。

 そのまま息止めてろ。 



『ンッ! ――あのね。アタシ達はどうしても地球側、四大国の持つスペースコロニーが欲しいの。四大国がそれをくれるなら、すぐにでも停戦する。でもヤツらは絶対にくれない――だから、戦って奪うしかないの』



 そういえば演説でも言ってた。

 他のコロニーも攻めるって。



「ルナリアンが作った物だから……?」


『それは建前。アタシ達はスペースコロニーに住みたいの。回転数を下げて中の重力を月と同じ1/6Gにすれば、体の衰えたルナリアンでも住める』



 ! 高天原タカマガハラ要塞でしてたみたいにか‼



『スペースコロニーにルナリアン全員を移住させて、最初は1/6Gにして。少しずつ重力を上げていくことで無理なくリハビリしてはいようしょうこうぐんを治療する。最終的には地球と同じ1Gに戻して、人間にとって自然な重力下での暮らしを取り戻す。それがアタシ達の願い』



 そういう、ことだったのか。



『そして月の全員を収めるには、現存する全てのスペースコロニーが必要なのよ。四大国がアタシ達の要求を呑むにはコロニーの今の住人を全員地球に退去させなきゃいけない』



 それは……かなり、無茶だ。


 

『それにスペースコロニーの0Gゼロジー産業は四大国の主要産業よ?』



 0G産業。


 無重力0Gを利用した産業。どこでも重力のある地球や月ではできない。回転する重力区と回転してない無重力区の両方を持つスペースコロニーでだけできること。


 化学工業で例えれば。


 異なる物質を混ぜ合わせる時、重力下だとどうしても重い物質が下に偏って不均一になるけど、無重力下なら均一で高品質な物が作れる。


 そんな風に、精度が要求されるあらゆる仕事に無重力は理想的な空間で。

 その製品は重力下での製品を完全にりょうし、莫大な経済効果を生んでる。



「それ全部手放すなんてできない、から?」


『地球の為政者どもにも、今さらどうしようもないのよ。全てを救うことはできなくて、救う者と救わない者を定めて……アタシ達は、後者に選ばれた。アタシも為政者として、その判断を間違いとは言えない』



 認めるの⁉



『でも、切り捨てられた側のアタシ達がアースリングを気遣う義理もない。だからアタシ達は戦って、アースリングから奪い取るの』



 ……!



「月の事情も、わかるけど! でも無茶だよ! 月の少ない人口で地球に勝てる訳ない! 最後は負けて、犠牲は無駄になる。何か別の道を――」

『勝つわよ! そのための計画プランを大佐が考えてくれたんだから‼』


「大佐って、悠仁ユージン? カグヤはあいつに騙されてるんだ‼」

『大佐はそんな人じゃない! 抗議しても黙殺されて、泣き寝入る他なかったアタシ達に〝戦って勝ち取る〟って道を示してくれた、救世主よ‼』



 ダメだ、信用しきってる!

 悠仁ユージンのヤツ、よくも……!



『大佐の示してくれた道が唯一の希望。他の道なんて探すだけ時間の無駄! もう待てないって言ったでしょ――アタシのパパは、はいようしょうこうぐんで死んだの‼』



 うっ‼



『そしてママも今、重いはいようしょうこうぐんで入院してる! このままじゃママまで――そんなことにはさせない‼』


「お母さんまで……」


『そして女王として、同じ想いの人全ての願いも背負って戦う! この誓いだけは……いくらアンタの頼みでも、曲げられないの‼』



 悲痛な声が、胸に痛い……!

 ちくしょう、僕には、何も!



『だから、ごめん!』

「え――」

『話はここまで! アタシと一緒に来て‼』



 しまった‼


 シルバーンが向かってくる!

 カグヤを敵と思えず油断した‼


 だめだ、やられ――



 ドガァァァンッ‼



『なッ⁉』

「えッ⁉」



 シルバーンが吹っ飛ばされた!

 その背中で起こった爆発に!

 バックパックが破壊されてる!


 撃たれた? 誰に――



『カグヤァァッ‼』

氷威コーリィ⁉』



 つば姉! 千葉ちばコロニー方面から黒いヴェサロイドVD〝グラディウス〟が猛スピードで突進してくる‼ 両手の2丁の短機関銃サブマシンガンを乱射しながら‼



『アキラを返せぇッ‼』

『アンタのじゃない‼』



 バババババッ‼

 ズガガガガッ‼



 シルバーンがきょう激光対空砲ビームファランクスのレーザーを放ってグラディウスの短機関銃サブマシンガンの弾を迎撃、爆発させた――その爆炎の中を突っ切って、グラディウスがシルバーンに肉薄する!



 ヂヂィッ‼



 グラディウスが装備を持ち替えて振るった長大な直刀、振動長刀ヴァイブロウォーブランドの一撃をシルバーンが極光剣ビームサーベルで受け止めた‼



『カグヤ! 今度ばかりは許さん‼』

氷威コーリィ! きゃっ、ちょ、タンマ‼』



 刀を両手で握ってるグラディウスに対して、シルバーンは剣を片手で持ってる。シルバーンが力負けして押し込まれて、振動長刀ヴァイブロウォーブランドの切っ先がシルバーンの頭部に――‼



「やめて! カグヤが死んじゃう‼」

『何ッ⁉』



 グラディウスの動きが止まった。



『アキ、ラ……?』 

『――隙ありッ‼』



 ドガァッ‼



『うぐッ‼』

「つば姉‼」



 グラディウスをシルバーンが蹴り――あ⁉

 シルバーンが銀翼形態になって離脱した‼



「カグヤ‼」


『あーッ、もうッ‼ なんでこうなるのよ! 氷威コーリィ、覚えときなさいよ‼ アキラ! 待っててね、いつかまた、必ず迎えに行くから――』


「ちょっ、待って‼」



 高天原タカマガハラ方面へシルバーンが見る見る遠ざかっていく。だめだ、オーラムのスピードじゃたとえギア4でも追いつけない。でもつば姉のグラディウスの銀翼形態なら――


 ダメだ!


 つば姉とカグヤの腕は互角。

 どっちが勝つかは時の運。

 そんな危険なことは。



「あ、ああ……」



 カグヤが、手の届かない所に――



「カグヤァーッ‼」



 ◆◇◆◇◆



『アキラ……そのオーラムに乗っているの、本当にアキラなんだな?』

「あ、つば姉……! ごめんね、うるさくして。うん、アキラだよ」



 苦しい。


 カグヤを説得できず逃げられた……いや。

 つば姉が来てくれなきゃ僕が捕まってた。

 助かったんだ。今は、そう思おう。



「ありがとう、つば姉」

『――すまない‼』


「え?」


『わたし達は……おまえを見捨てた! おまえを助けずに、千葉ちばコロニーに向かって。わたしがこうして再出撃したのも、コロニーに接近したシルバーンから、コロニーを守るためだ』



 つば姉、それを気にして。



「あの状況じゃ仕方なかったのも。つば姉やしまさんや艦長さんが、本当は見捨てたくなんてなかったのも、わかってる。そりゃ、あの時は心細かったけど。それでみんなを恨んだりしないよ」


『アキラ……っく』



 つば姉?



『うっ、うぅっ、うあああああ……』

「つば姉……ごめんね、心配かけて」



 こんなに、泣かせて。

 こんなに、想われて。


 胸が熱くて、痛い。



『もう、会えないかと思った。わたしは高天原タカマガハラの町を守れず、おまえだけは守りたかったのに、無様に負けて、目の前でお前をさらわれて!』


「つば姉……」


『機体の修理後、すぐおまえを取り戻しに行こうとしたんだ。しかし艦長に力尽くで止められて。あ、いや。艦長は悪くないのだ。1人で敵地に突っ込むなど自殺行為という艦長のお言葉は正しい――それでもわたしは!』


「つば姉、気にしないで」

『アキラ……』

「気持ち、嬉しいよ」

『っ……』


「今、助けてもらえた。だからそれでいいじゃない。ありがとう、つば姉」


『そう言ってもらえると……あ、いやしかし。お前がここまで来なければ、それさえ叶わなかった。誰かが逃がしてくれたのか?』


「えっと。そういう訳じゃ」


『では本当に自力で? 一体どうやって――いや、詳しいことはあとで聞かせてくれ。今はそれより、早く愛鷹アシタカに帰投しよう』


「うん……」



 グラディウスが千葉ちば方面へ発進する。

 あとに続いて僕もオーラムを飛ばす。


 カグヤの去った方角とは、逆へ。

 それが、たまらなく悔しかった。



 ◆◇◆◇◆



 そして僕は、宇宙戦艦愛鷹アシタカに戻って。


 パイロット控え室で艦長さんとしまさんが出迎えてくれて。2人とも凄く喜んでくれた。艦長さんにも「見捨ててごめんなさい」って謝られたけど、また「気にしないで」って返して。


 泣いて僕に抱き着いてきた艦長さんを、つば姉が怖い顔で引きはがした。


 それから。


 僕とつば姉と、艦長さん嶋さんの4人で艦長室に移動して。

 僕は3人に、ジェスターにさらわれてからのことを話した。


 ジェスターのパイロットが悠仁ユージンだったこと。悠仁ユージン国連軍大佐、ルナリア王国軍総司令、ジーン=アームストロングで。この戦争の首謀者だったこと。


 高天原タカマガハラ要塞で、案内係のルナリア兵の男に殴られたこと。そいつから聞いたカグヤの立場のこと。そいつに犯されそうになって、殺して逃げたこと。


 全部、包み隠さず。


 特に最後の話をした時は、嫌われたり気味悪がられたりしないか、不安だった。僕がしたことは間違ってないって胸を張って言えるけど、ただの民間人の行いとしては尋常じゃないのも確かだから。

 3人ともアーカディアンで、同じギルドで、ずっと仲良くやってきた大切な友達。もうその関係を、なくしたくなかった。


 でも、3人とも。


 驚きはしてもそういう素振りはなかった。男を殺して、脱走して、運が悪ければ死んでたので、その無謀を注意はされたけど。

 ああしなかったら僕は殺されないまでも確実に犯されてたので「〝そうなった方が良かった〟とは言えない」って困った顔で苦笑した。

 そして。ともあれ僕の命とお尻が無事だったことを、喜んでくれた。



 それが何より、救いだった。



 悠仁ユージンのことでは、3人ともショックを受けてた。


 悠仁ユージンは僕達のギルド・クロスロードのギルドマスター。3人それぞれに悠仁ユージンとの友情や思い出があって。その気持ちの分だけ怒り、悲しみ、戸惑ってた。


 ちなみに3人とも、悠仁ユージンとはアーカディアンの中だけの関係で現実リアルでは面識がなかったけど、現実リアルでの彼、ジーン=アームストロングの名前は知ってた。


 ジーン=アームストロング大佐。

 国際連合統合軍・月方面軍所属。


 同じ国連軍人のつば姉と艦長さん、国連技師のしまさんにとっては身内で。アームストロング大佐は優秀で実直な軍人として国連内では有名だったらしい。


 実直で。


 上官の不正を告発して。

 上官の不興を買って。

 月に左遷された男として。


 月方面軍に配属されることは国連軍の人事において島流しを意味したと、3人は教えてくれた。月の低い重力下ではすぐ運動不足になってはいようしょうこうぐんになることは国連軍じゃ周知の事実で、誰も行きたがらない場所だから。


 アームストロング大佐のように実直さゆえに世渡りに失敗して、という例もあるけど。配属される者の大半は単に素行に問題のある者で。僕を犯そうとしたあの男はそっちだろうってことだった。


 あんな奴がまだ大勢。

 カグヤの側に……


 国連軍月方面軍は実質、月の市民が暴動を起こさないか監視するのが仕事で。しかも兵士はそんなゴミクズばかりで、度々基地周辺の市民に狼藉ろうぜきを働いて。


 元々、月方面軍の月市民との関係は最悪だったらしい。でもアームストロング大佐の赴任以降は、彼が組織を改革して兵士の犯罪を厳しく取り締まり、市民と交流する企画を催し、関係を改善した。国連内では有名な美談だったらしい。


 これまでは。


 それで月方面軍と月市民が団結して、戦争を起こすだけの力を得て。この戦争が始まることに繋がってしまったのだから、笑えない。


 国連は。


 月社会の統治者なのに、月市民の訴えを聞かず不良軍人ばかり月に送り込んで、余計に苦しめて。あげ両者に背かれるという、この事態を招いた。


 自分が籍を置く組織の暗部と失態に。

 3人とも、申し訳なさそうにしてた。



 ◆◇◆◇◆



 みんなとの話が終わって。


 愛鷹アシタカ千葉ちばコロニーに到着するまで、僕は居住区の空き部屋を借りた。ようやくベッドでゆっくりできる。でも目が冴えて眠れなくて、色々なことが頭に浮かんでくる。


 今日はまだ、西暦2037年8月16日。


 カグヤとのデートに朝早く出かけて、その途中で高天原タカマガハラが襲われたのが、昨日のことだなんて。もう、ずっと前のことのような気がする。


 始まってしまったアースリングとルナリアンの戦争。

 僕はアースリングで、カグヤはルナリアンの女王で。


 僕はこれから、どうするんだ。

 ……答えはもう、決まってる。


 僕はもう、戦って、人を殺して。そのことに慣れてしまって。

 死ぬことや殺すことに怯える一般人じゃなくなってしまった。


 なら、迷う必要もない。

 カグヤ、僕は戦うよ。

 たとえ君と敵対しても。



「必ず君を、取り戻す」

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